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全日本可哀想選手権  作者: 千東風子


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05 勝利よりも

 

「弁護士の先生はなんて?」


「戦えば勝てる。だが、更に時間はかかると」


「うわあぁ……。相手、さ。それを知っててのらりくらりと逃げそうじゃない?」


「先生も俺も同じ見解。……手っ取り早く解決する方法がないことは、ないんだが」


「へえ? なら戦うの?」


「戦うというか、もう無関係になりたい」


「あー……、まあ、だよね~。交際期間の最初の頃からその友人? と肉体関係があって二股かけていたのに、内縁? 事実婚? は成立していたから離婚と同じで財産分与しろ? 自分の浮気の慰謝料はおにーさんから精神的苦痛を受けた慰謝料と相殺しろ? だっけ? 厚かましいというか図々しいというか、ここまで来るといっそ清々しいほどだね」


 婚姻届が受理されなかった元彼女は方針を変更した。

 長い交際期間中に受け続けた男からのモラハラを男の友人に相談しているうちに良い仲になってしまったと浮気を認めた上で、既に事実上の婚姻関係にあったとして財産分与を求めてきたのである。ご丁寧に、証拠として元彼女の数年分の日記があるという。


「そりゃあ元々そのつもりだったんだから、ずっと用意してたんだろうねぇ。執念だね」


 その証拠の登場により、男はそれを崩す「やっていない言っていない」証明をしなければならなくなった。

 二人が自白している動画に加えて、幸いなことに男もスケジュール管理を細かくつけており、元彼女の日記の一件一件を否定しているところなのである。元彼女の日記には日時も書いてあったが、そもそも会っていない日や連絡すら取っていない日だったり、元彼女自身が出張で不在だったりと、かなり信憑性を崩すことができていた。


「証拠が杜撰だねぇ。本当に仕事できる人なの? シゴデキな人はそういうところに手を抜かない気がするけど」


 女の呟きに、男は苦笑するしかなかった。


「完璧な証拠を作られていたら俺がもっと困るだろうがよ」


 女が「そりゃそうだ」とカラカラと笑った。

 男はそんな女を見て、ため息をついた。もちろん、自分が今現在渦中にいる不毛な戦いに対してのため息でもあるが、笑って茶をすする女に対してもため息が出たのである。


 女はどう見ても学生で社会人には見えない。社会人経験がないだろうに、他人の言動からその人の仕事ぶりを予測するという、経験を積んだ男のような視点で話を聞いている。

 この年若さで、どれだけまわりの一挙手一投足に敏感に生きてきたのだろうかと、女が歩んできた平坦ではなさそうな人生に対しても、男はため息をついたのだった。


 目が合うと、女は男に「んで?」と続きを促した。

 男はまたも苦笑するしかなかった。


「事実婚もモラハラも否定できるが、時間がかかる。俺にとって今は時間が一番大事なことだって分かっていて、早く終わらせたいなら金で妥協しろって腹だろ」


「おにーさん、ふびーん……。それは盛大にざまぁ? ぎゃふん? したいねぇ~」


「まあ、なんかここまで来るとそれはもうどうでもいいというか。今までを思い返すと、結構あからさまに二人にカモられていたのに、独りになりたくないから縋っていたというか、それに気付きたくなかったんだろうなぁと思うと、その辺を転がり回りたくなるというか」


 大学の他の友人たちは、男がこの二人と関わることをあまり良しとしていなかった。男に見せる顔と違う顔があることはまあまあ有名な二人だったのだ。

 二人は上手に男の根っこに蔓延(はびこ)っていた孤独感を刺激して、洗脳までいかなくても男を二人に依存させていった。やがて他の友人たちは男から離れ、歪な三人の関係が出来上がっていったのだった。


「エリートサラリーマンが床を転がり回るところ見たい! 選手権はおにーさんがぶっちぎりの一位じゃん!? どんどんどんぱふどんぱふっ! おめでとう!! ……なのかね?」


 女が手を叩くと男はゲンナリした目で女を見た。

 男が入院して二週間、二人は毎日のようにここで茶を飲んでいる。一回の時間は短時間だが、雑談をするうちに男がぽつりぽつりと身の上話もするようになっての『選手権』である。

 もっぱら女が男の話を聞きたがり、男は女の事情をほとんど聞いたことはなかった。弁護士以外の面会を一切断っている男と違うはずなのに、女に誰も面会に来ていないことくらいしか、男は知らないのだ。

 男は居住まいを正して、重た(ヘヴィ)そうな女の話を聞く体制を整えた。


「暫定だろが。ほれ、お前こそでかい腹抱えてなんでひとりでここにいるんだよ」


「えー……。おにーさんの話の後じゃ霞んじゃうけど、私の番ね! 私の不憫さに刮目するがいい!」


 女がえっへんと胸を張ると、男はどんなノリだよと力なくつっこんだ。こんなノリだと話が進まなさそうだな、という男の心配は的外れとなる。

 女の話を聞いていくうちに、男はつっこむどころか感情をそぎ落とし、瞬きもせず真顔で女を凝視することになったのである。



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