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全日本可哀想選手権  作者: 千東風子


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04 戦いのコングが鳴り響く

 

 次の日、男が出社するとすぐに上司に呼び出された。

 何でもズバズバ言うのが武器の上司が珍しく言い淀み、意を決したかのように告げた言葉がまさに戦いのコングとなったのである。


 彼女……男的には元彼女から、『婚約者が性的な動画を撮影し、連絡が取れなくなっている。恐怖で身体が動かず出社できない』と、深夜三時に会社宛にメールが届いたというのである。


 男はあまりのことに二の句が継げなかった。

 すべてが嘘、とも言えないところである。

 男には少なくとも昨日までは結婚の意思があったので婚約者と呼ばれても仕方がない。

 男が二人の浮気真っ最中の性的な動画を撮ったのも、その後の連絡を一切絶っているのも事実である。

 恐怖で身体が動かないと言われれば、目に見えることではないので他人には否定できない。

 しかし、この言い方だと男に無理矢理性的な動画を撮られて恐怖で病んだと読み取れ、完全に男が加害者で元彼女が被害者の図が出来上がっていた。

 しかも、男が事情を周囲に話すことを想定して、『嘘』ではなく『認識の相違』で逃げられることしか言っていない。

 素晴らしい保身だった。


 取り繕っても仕方がないので、男は感情や想像などをできるだけ排除して、昨日起こったことだけを上司に説明した。

 それを聞いた上司は人事部と法務部、元彼女の上司も同席して一回で話を済ませた方が良いと判断し、関係者を招集した。


 関係者以外を排除した狭い会議室にて、再度あらかたの話が終わると、男は元彼女の言う性的な動画のさわりだけを皆に見せた。

 すると、誰もが口を閉ざした。「そんなこと、ある?」であったし、「そんなこと、する?」でもあったし、「そしてこんなこと、する?」となったからである。


「その、一方の話だけでは判断できませんので、なんとも……ですが、私の個人携帯にも今朝方電話があって、恐怖で出社できない旨、心療内科を受診して弁護士を立てると言っていました」


 元彼女の上司がそう言うと、全員ため息をついた。


「心療内科で何かの病名の診断書をもらって金払って弁護士付けて、なんとか自分の有利にってことだよねぇ……。別れたいのか別れたくないのか、傷害やハラスメント、リベンジポルノで警察に訴えたいのか?」


 人事部が呟くので、「精神的苦痛の慰謝料を請求したいのでは」と男が補足した。


「業務や社内の他の者には関わりがなく、当事者同士のプライベートでの話ということでよろしいか? 違法行為であれば会社としても処分も検討しなければならないが、現在のところ痴情のモツレ? でいいのかな?」


 法務部が淡々と確認すると、男はまずもって騒がせていることを謝罪した上でそれもきっぱりと否定した。


「痴情のモツレではないですね。情けない話ですが、私が金目当ての女性に引っかかっただけという話かと」


「なんというか、君はいやに冷静だね?」


 法務部のその問いに男は苦笑するしかなかった。


「まだ、実感がないのかもしれません。……彼らは私の父の遺産のことも言っていたので、最初からの目的が金だったかもしれないと思うと、十年以上……なんだったのかなと。今、まるで他人事のようなんですよね。それよりも来週から病休に入らせていただいて入院するので、それまでには終わらなさそうで厄介だな、という気持ちしかないというか」


「ああそうか、入院は来週からか。……まずは、体調だな。君も代理に入ってもらった方が良いと思うが、弁護士にはあてはあるのかね?」


 特記事項のある社員をきちんと把握している人事部が法務部に目配せをしながら男に聞いた。もしあてがなければ弁護士を紹介をするつもりなのだろう。


「ありがとうございます。父が亡くなった時にお世話になった先生が相続と離婚にお強いので、お願いしようと思います」


「ならばいい。君は治療に専念することだ。ただ、君から聞いた事実と違うことや新しいことが出てくれば、また話を聞かせてもらうことになるのは承知しておいてほしい」


 あくまで第三者の目で調査していくと人事部に言われ、当然のことと男は頷いた。


「離婚に強い……。もう入籍していたのだったか?」


「いえ、来月新居での生活が始まってからと思っていましたので、まだです」


 婚姻届は準備していたかと尋ねられた男は否と答えた。

 法務部が少し考えて呟いた。


「君の財産目当てならば配偶者になるのが一番手っ取り早い。もしもの時には相続できるし、別れる時も財産分与があるからな。精神的苦痛の慰謝料も自分の不貞の慰謝料と相殺したかったから、か? 署名して出そうと用意していた婚姻届があるならまだしも、勝手に婚姻届を出すとかまでは考え過ぎか。それこそ犯罪だ」


 法務部の言葉に男は黙った。

 元彼女の上司も黙った。


「え、やりそうなの?」


 法務部は思わず素で尋ねた。


「結構な執念深さは、ある人です……。だからこそ仕事で粘り強く成果も出しているのですが、その面がマイナスに作用した時のフォローは半端なく……」


 元彼女の上司が力なく言った。彼女のまわりのトラブルを宥めて回ったのは両手の指では数え切れないのだ。彼女が繋ぐ利益も大きいことから咎められてこなかっただけである。


「あの、そもそもさ、うちの会社でバリバリ働いていてなんでそんなに金・金なワケ? すげー浪費家なの? 借金とか?」


 男の上司が男に尋ねた。

 それもそのはずで、この会社はどの部署にいても給料はけして安くはなく、同年代の平均年収よりも遥かにもらっているはずなのである。


 男は考え込んだ。浪費している姿もギャンブルをしている姿も見たことはなかったし、むしろ無駄金を使うのを嫌い、コスパを意識していたように見えた。借金は聞いたことはないし経済的に困ってはいなかったはずである。

 男は昨夜から起こった事実だけに目を向けていたが、ここにきて初めて『何故?』に目を向けた。


「やはり執着、じゃないでしょうか。昨日彼女は長くても三年くらいだと思っていたのに、と言っていました。付き合い始めたのは父が亡くなる直前の二十歳の頃なので、三年って順調にいけば社会人一年目です。結婚して難癖付けてとっとと離婚して、三年で大金をせしめて本命と一緒になろうとしたのに蓋を開けてみれば十二年もかかって、しかも最後の最後にバレて……、だからと言ってここで手を引くとは思えないですね。既に私の財産のすべては自分の物だと思っていそうです」


「婚姻届を勝手に出しても戸籍を見なきゃ分からんし、黙っていれば気付かれない、か。結婚しようとしていたことは周知の事実だし、後出しで入籍していたことが知られてもそこまでおかしいこともない。お前にもしものことがあったとしたら余計に異議を申し立てる人は他にいないしな。おい……本気でやりかねないんだが」


 男の上司がゲンナリして、今日はもう休みを取って役所に婚姻届の不受理届を出して弁護士のところに行ってこいと男を送り出した。


 この判断が正しかったことは後日判明する。

 元彼女はこの日、心療内科で診察を受けた後、その足で男の欄を勝手に埋めた婚姻届を役所に提出しに行っていたのである。



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