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全日本可哀想選手権  作者: 千東風子


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03 本性

 

 男の無駄に良い頭がこれまでになく回って、静かにスマホを起動し動画撮影を始めた。

 振り返って廊下の状況も忘れずに撮り、しばらく扉の前で音声だけを拾う。

 リビングの二人は何度も男が早く死んで全財産を自分たちのものにする将来を語っては嘲笑って楽しんでいた。

 やがて会話がなくなって嬌声だけになり、ああ終わりそうかなというところで、男は静かに扉を開けてリビングのソファで盛っていた二人にレンズを向けた。


 真顔の無言で。


 男は冷静だった。

 二人に裏切られていたという事実よりも、現在男の住む家で事に及ぶ二人の浅はかさと詰めの甘さ、そして、すべてを説明するかのような会話から、男を扱き下ろすことで興奮しているその(さま)が理解不能でもはや気持ち悪かったのである。

 恐らく、行為の度に同じようなことを言っているのだろう。ただただ気持ち悪く、吐き気を抑えることに集中したことで冷静になれたのかもしれなかった。


 いるはずのない男にスマホを向けられ、二人は悲鳴やら言い訳やら騒ぎ立てた。

 男は何も応えずに、繋がったまま裸で喚き散らす二人をずっと撮影し、おもむろにテレビをつけてニュース画面の日付と時間を流れで撮って、そのまま無言で廊下に散らばる服と鞄を指先で摘まんで玄関から共用廊下に放り投げ、その際に転がっていた彼女用のマンションの鍵を回収し、素っ裸の二人の腕を引いて家から追い出した。

 もちろん施錠してドアガードも立てた。

 その後すぐ、二人から絶え間なく連絡が来たが、すべて無視してブロックした。


 しばらく呼び鈴を鳴らし、玄関扉を叩いて騒いでいた二人だったが、男が全部無視していると急に静かになった。

 静かな中、近づいてくるサイレンに男は気付いた。それも一台ではなく、何台もどんどん近づいている。

 男はまさかと思ったが、そのまさかだった。

 男に玄関を開けてもらえない二人が「部屋の中で自殺しようとしている」と警察に通報したのである。


 さすがに警察官の「開けてください」に玄関を開けた男は、厳つい警察官と救急隊員に部屋に入られ、事情を説明する羽目になった。

 唖然としながら、なんでこんな目に遭わなければならないのかと、二人の裏切りとは別の怒りが沸々と湧き上がり、涙がこみ上げてきた。

 その様子を見た警察官と救急隊員から男が情緒不安定だと認定されてしまい、刃物は持っていないか、薬は持っていないか、通院歴は? 親族は? とまるで取り調べのように話を聞かれ、益々感情が荒ぶった。


 そしてトドメが男に刺さる。

 警察官に「心配しているご友人たちに会うか?」と聞かれ、「いえ」と男が短く答えたのにも関わらず、別の警察官に伴われて服を着た彼女と友人が部屋に入ってきて、彼女が微笑んで言ったのである。


「生きててよかった……! 病気に悲観して馬鹿なことを考えるんじゃないかと心配したわ! 私たちが離れたらあなたは()()()()()()でしょう? ね、話し合いましょう?」と。


 感情の起伏は結構あったとしても、堪忍袋の緒がワイヤーロープ並である男でもさすがにキレた。

 どうせもうすぐ死ぬんだから、浮気をしようが何をしようが、孤独になるくらいなら目を瞑るでしょう? と彼女は言ったのだ。


 男の心はどんどん静かに凍えていった。

 こんな、人間だったのか。

 それとも、気付かないうちに変わってしまったのだろうか。

 そんなことを考えても、目の前の現実が変わることもなく、ただ、裏切られていたことだけが事実だった。

 男は無表情で先ほど撮影した動画をMAX音量で再生した。


「やめろっ!」


 止めようとかかってきた友人は警察官に取り押さえられ、再生をやめるように警察官に言われた男は、静かに言った。


「その女性とは結婚の約束をしていました。その男性とは大学に入学して以来、友人としての付き合いがありました。この家はその女性との結婚後の新居にと購入した家です。でもその二人、さっきまで私のことを「早く死なないかな」って笑い合ってここでセックスしていたんです。その場面を私に撮影されて追い出されたので、私を引っ張り出して言いくるめようと、自殺するなんて虚偽の通報をする人たちですよ? おまわりさんは、不貞をした二人と関係を絶とうとしただけの……私が買った私名義の私が住む家になぜあの二人を入れたのですか?」


「は? 虚偽? ……おい、ひとまず外へ! もう一回話を聞け」


 警察官たちが取り押さえた二人をそのまま部屋の外に連れ出し、厳しい口調で事情を聞き始めた。

 二人の「玄関が開いたからもう警察は帰っていい」などという信じられないことを言う声を聞きながら、男と部屋に残った警察官は軽く息を吐いた。


「おっしゃるとおり、ここはあなたの家です。申し訳ありませんでした」


 警察官の謝罪に男は少しだけ肩の力を抜いた。


「二人には厳しく言ってください。今後、私は弁護士を通そうと思います。さっきの聞いたでしょう? あの二人は、私を蔑んで、会って話しさえすればいくらでも言いくるめられると思っているのでしょう。会えないと分かると、また中で倒れているとか通報しますよ?」


「通報されれば来ないわけにはいきませんので……、ですが緊急性がないと分かっていての通報は罪に問われることがあることをしっかりとお話しいたします」


「よろしくお願いいたします。ではこれで終わりでいいですか?」


「はい。その、……大丈夫ですか?」


 男より少し年上の警察官がそっと尋ねたその言葉に、男は笑った。


「大丈夫なわけないじゃないですか。昨日までと世界がひっくり返ったんです。そしてこれから……戦うことになるでしょう」


 警察官たちは心底同情の光をたたえた目で礼をして引き上げていった。

 男の言葉どおり、それからはまさに戦いとなったのである。



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