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全日本可哀想選手権  作者: 千東風子


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02 エントリーナンバーワン

 

 男は三十二歳の会社員である。

 幼い頃に母を亡くし、父と子で生きてきたが、その父も二十歳の大学在学中に亡くなった。

 兄弟も親戚もおらず男は天涯孤独の身となったが、父が残してくれた財産で働かずに大学に通い続けることが出来た。

 孤独感に苛まれながらも、男は勉学に向き合った。気の置けない友もいたし、なにより交際を始めたばかりの彼女が男に寄り添ってくれたのだ。


 やがて同じ会社に就職した男と彼女は、仕事に打ち込む忙しい日々を送り、ほぼ同時に別地へ転勤になり遠距離恋愛となった。

 昇進コースに乗るためには、若いうちに打診される転勤先で実績を積んで本社に戻ってくるのがその会社の定石(ルート)で、二人ともキャリア志向だった。


 男も彼女も国内でその名を知られた有名大学を卒業した有望株として入社していたので、転勤は覚悟していた。

 逆に本社に戻ってくると転勤することはあまりないので、それから結婚するつもりだった。


 少なくとも、男はそうだった。


 先に本社に戻ったのは男だった。

 昇進した男は大きなプロジェクトの責任者となり、忙しいながらも充実した日々を送った。

 遠距離恋愛は続き、その一年後にようやく彼女も本社に異動となって男とは別のプロジェクトに携わることになった。


 戻ってきたはいいが、二人ともあまりの激務に結婚の話が具体化することはなく、気が付いたら同い年の二人は三十二歳になっていた。

 付き合い始めて十二年。そのうち遠距離が六年あるが、男はそろそろ籍を入れようと考えていた。がむしゃらに仕事をしてきたが、二人とも責任のある立場につき、仕事をコントロールする側となっていた。

 ここでようやく自分の家庭を持つことを意識し始めたのだった。


 その矢先の「家族を呼んでください」である。


 この先の『将来』がないかもしれないことを彼女に告げないわけにはいかず、別れることも覚悟して、男は自分の病状を告げた。

 彼女は男の側にいることを選んでくれた。

 大学からの友人にも告げると、友人も男を支えると言ってくれた。

 申し訳ないと思いつつも、それがどんなに男のとって力になったか言葉では言い尽くせないほどだった。 

 会社もありとあらゆる制度を駆使して男が病と闘うことを支援した。


 男は病気を得た不運を嘆きながらも幸せを噛み締め、必ず生き延びてみせると決意した。


 それからすぐのこと。

 男の決意も虚しく、その幸せはタンポポの綿毛よりも軽やかに飛んでいくのだが、そんなことを男は想像すらせずに病と闘う準備を始めた。







 取引相手の都合により思いかけず昼で案件が終わったある日。

 夜の会食も延期となり、午後は休みを取って男は寄り道せずに帰宅した。

 二人の新居にと、病気が告げられるよりも前に購入したマンションである。

 一人暮らしをしていたマンションの契約の切れ目で、男が先に引っ越してきていた。

 生活できる程度には片付いているが、これから入院が控えていることもあり、もしものことを考えてある程度身辺整理も進めなければならない。

 病気休暇に入る前の引き継ぎと通常業務とで忙しい中、時間が空いたのはラッキーだった。


 彼女の方も現在住んでいるマンションの契約が切れる来月までに少しずつ荷物を運んでくる予定だった。

 もしも新居の購入を迷っていたら病気になったことで購入できなかったかもしれない。男に万が一のことがあったとしても団信保険で住宅ローンはなくなり、彼女に家を残せることに男は心底安堵していた。


 今日は朝から休みの彼女がもしかしたら荷物を運びに来ているかもしれないな、なんて呑気に玄関扉を開けると、男の時は止まった。

 そこには男物の靴が転がっており、廊下には脱皮のごとく脱ぎ捨てられた男物のスラックス、見覚えのある彼女のスカート、カッターシャツ、そして男物と女物の下着類が転々とリビングに続いていた。


 一瞬で状況を理解した男は、頭が沸騰した。


 土足のまま廊下を進んで半開きのリビングへの扉に手をかけようとしたところで、男はピタリ静止した。

 聞こえてくる声を聞いて、沸騰していた頭が急速冷凍されたのである。

 扉の向こうのリビングからハッキリと聞こえてくる艶やかな女の声は間違いなく彼女のもので、その声で呼ぶ名は男の友人の名だった。


「ふふ……早く死なないかしら」


「悪い女だな……家も財産もかすめ取ろうなんてな」


「孤独で可哀想な人を支えてあげているんだから当然の報酬じゃない? 親なし遺産ありなんて優良物件を逃すはずないわよ。この家も貯金も生命保険も全部私のものよ? あなたみたいな善人面した悪い人にはあげないんだから」


「献身的に支えた伴侶を失って悲嘆に暮れるお前を支えるのが俺だもんな? はっ! どっちが悪人だか! ここに引っ越すつもりもないくせに。しかも俺を連れ込んでこんなことしてるもんな? このソファにあいつが知らずに座るかと思うと……ザマァねぇな!」


「今日の取引先は夜まで連れ回されることで有名だもの。帰って来やしないわよ。こんな家、相続したらすぐに売るわ。入籍さえしてしまえば全部私のモノ。病気だなんて、本当にいいタイミング」


「ははっ、本当にひでぇ女! 十二年も付き合ってるってのにな。病気にならなくったってDVとモラハラをでっちあげてすぐ離婚するつもりだったもんな?」


「だって、そうしないとあなたと結婚できないじゃない。私だってこんなに長くかかるとは思ってなかったわよ。せいぜい三年くらいだと思っていたのに、結婚は本社に帰ってきてからだって頑なに言うから。でもそのおかげで、取れるだけは取るつもりだったけど、全財産が入ってくるなんて、ふふふ……私の日頃の行いの良さよね」


 軽やかな笑い声がリビングに響いた。



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