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全日本可哀想選手権  作者: 千東風子


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14 別れ

 

 陽がよく当たるリビングに置いた介護用ベッドは三つ子たちの格好の遊び場となった。

 よじ登っては降りてまたよじ登る。何度も繰り返してスイッチが切れたように疲れて眠る三つ子の姿に、男はとても癒やされた。

 昼寝する時は男に沿うように三つ子が眠ると、その温かさに全身の痛みも忘れた。触られるだけで痛みが走って身体を拭くのもやっとで、ふんわりとかけられる羽毛布団さえも不快だったのに、不思議と三つ子が抱きついてきても男は平気だった。


 生命力の塊でしかない赤子たちを、男は目を細めながら見るのが常だった。

 一秒でも長く。

 それが男の願いでもあった。

 その男を女がどんな顔で見ているか、身体を動かす自由を失った男が見ることはなかったのだけれども。


 冬を迎えようとしていた少し寒い朝に、男はその生涯を閉じた。

 その前の日、「ぱぁぱっ」と三つ子が一斉に言い出して男によじ登り、手を叩いて喜んでいた。それまでは「まんまんまんまんまん」や「ぶぅ~う~」という意味がつかめない喃語だったのに、明確に男に抱きつきながら「ぱーぱー」と言い出したのだ。


 痛み止めの影響でハッキリと意識を保つのが難しくなっていた男の耳にもきちんと届き、意識が浮上した。


(いつき)


(あおい)


(はやて)


 三つ子の名前は男が命名した。

 女は「男の子の三つ子だから、陸、海、空なんていいじゃん」と言っていたが、男が「いやいやいや自衛隊かよ」と却下し、「意味はいいけど、もう少し捻ろう」と提案した名前が採用されたのである。


 大地に根ざす大樹のような揺るがない人間に。

 紺碧の海のように深くて広い懐の人間に。

 雲をまといながら空を駆ける風のように自由でおおらかな人間に。


 女が生まれた三つ子と初めて対面した時、うにうにと動く手足や表情から、一卵性なのによく見ると少しずつ違う特徴と、動きや表情から既に性格が違うことが分かり、どの名をどの子にと迷うことなく名をつけた。


 子どもたちから「ぱぱ」と呼ばれた男はずっと朦朧としていたのが嘘のように、子どもたちの名を呼び女を見て言葉を絞り出した。


「あれな……」


「……どれ?」


「あの選手権」


「? 『全日本可哀想選手権』のこと?」


「そう……。優勝な……お前でもお前の姉ちゃんでも俺でもなくて……こんな……可愛い子たちを……知らない……お前を手放した……奴らが……ぶっちぎりに可哀想で優勝、な」


 女は男の手を握って一瞬俯いたが、笑いながら顔を上げた。


「それを言うならおにーさんのこと手放した人たちもでしょ! もうさ!! もう最期くらい私のこと『愛してる』って言えばいいのに~!!」


 それはお互い様だろうと、男も笑って言った。


「……次な。次は……最初から、な? ちゃんと、最初から側にいるから。だから……もう怖がるな。怖がらずに、人を好きになって、たとえ愛されずとも、愛して愛して笑って生きろ……いいな?」


 そう言って男の意識は溶けていき、翌朝、女の名を何度か呼んで、女と子どもたちの温かさに包まれながら、男は最期の息を吐いた。


 女は男の手を握り、名を呼び続けた。

 息を吸おうとはくはくとゆっくり動く男の顎が止まるのを眺めながら、女は涙を拭って笑った。


 別れが来ることは最初から分かっていた。今まで失った時は呆然とするばかりだったが、予告されていた男との別れの時は自分がどうなってしまうのか女は想像できずにいた。

 だが、男が指し示してくれた。


 笑えと。


 女もそうか、と納得した。

 笑えばいいのだと、笑って別れて、笑って生きていけばいいのだと。


 女は家族が怖かった。無関心も暴力を振るわれるのも、心が麻痺しても知らずに身が震えるほど恐ろしかった。

 麻痺した感覚が戻るにつれて、なんて世界に自分はいたのかと慄くと同時に、居場所を失い姉を失い、そして男もいなくなるという喪失感が恐怖となって女を襲っていた。

 身体を鍛えて物理的に強くなったとしても、心は脆く柔らかくて、傷だらけだった。


 だが、男は怖がらずに笑って生きろと最期に言った。

 転がっている子どもたちが女を見て笑顔で手を伸ばす。つられて女の口角も自然と上がった。

 女は神も仏も人間も信じていなかったが、この男の言葉は信じてみようと思った。

 あるか分からない次を約束しながらも、他の誰かを好きになれと、こんな自分でも誰かを愛せるのだと、そして笑えと男は言ったのだ。


 二人は最後まで共犯のような協力者のような関係で、けして健全な夫婦ではなかったかもしれないし、境遇だけに目を向ければ、二人の人生は可哀想と同情されるものかもしれない。

 それでも、男は確かに家族を得て幸せに満たされて目を閉じ、女は男の経済力で生きていく道を得た。


 三月七日に生まれたから「『みな』でいいでしょ」と付けられた自分の名を女は好きではなかった。今となってはその名前ですらない。男が呼ぶ名は後から付けられて、女にとっては馴染まないモノだった。

 だが男に呼ばれる度に、金槌で打たれた釘のように、新しい名は女に定着していった。

 その名でいいのだと。

 自分で、いいのだと。

 これからも生きて、いいのだと。



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