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全日本可哀想選手権  作者: 千東風子


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13 因果応報と願い

 

 拉致された女は、大人しく根城にしているマンションに連れてこられ、男に囲まれたところで反撃に出た。まわりの関係な人を巻き込む心配もなく、多勢に無勢、一切の容赦はしなかった。

 刃物や木刀を振り回す男たちを淡々と無力化しながら、自分はこうやって戦う術が……力があったのにと、姉を守れなかったすべての鬱憤をこの男たちにぶつけたのである。

 自暴自棄な八つ当たりのその結果、何人死のうが自分が刑務所に入ろうが女は構わなかった。


 最初は傷害致傷の容疑者として警察署に連行された女だったが、状況が明るみに出るにつれ『保護』された。


 男たちは当然自分たちのしていることなど言うはずもなく黙秘もしくは「ただの()()()()」だと言い張っていたが、女を車に押し込む様子が映っている街角の防犯カメラと現場マンションから押収されたパソコンから裏動画の売買が確認され、更には商品()を送る旨の海外とのやりとりが見つかったものだから、大騒動となった。


 女の他にもリストが見つかり、ダミー会社の研修との名目で海外に送り出されたその者たちのほとんどは現地で行方不明となっていた。

 女のように売られた者もいれば騙された者もいるだろうが、身寄りに縁の薄い者ばかりが狙われ、彼らがいなくなっても騒ぐ者も探す者もおらず、いままで発覚することもなかったのだった。

 その後の調べで、このマンションを使っていた男たちは警察が追っている人身売買組織の一員であることが判明し、一斉検挙となった。


 検挙されたとはいえ根絶されたわけではない。組織からの報復を避けるために女は名前も住む場所も変えることになった。

 どうせもう自分の名を呼んでくれる人はいないのだからと、女は大人しく従った。

 もう何もかもがどうでもよかったのだ。

 しかし、粛々と手続きが進む中で多胎妊娠していることが分かると、自分の腹の中に守らなければ消えてしまう命たちがいるのであれば、今度こそ自分の手で守ろうと決意し、産むことに決めたのだった。


 女は強い。守るためにはためらわない。

 弁護士はそのことを重々承知していた。やりすぎると面倒なのでほどほどで止めるつもりではあったが、女は元友人を転がして元彼女を目で射殺すだけでやめた。この二人は女の獲物ではなく、夫である男に遠慮したのかもしれない。


 弁護士が強者の余裕について考察していると、若そうな警察官二人が自転車で到着したので経緯を説明し、警察官はパトカーを呼んで二人を連れて行った。


 さて、本腰を入れてあの二人についている若造弁護士も叩くかと、弁護士も本気を出すことにした。

 あの二人をもう二度と自分の依頼人に会わせる気が更々なかった弁護士は、あれこれ手立てを練りながらパトカーを見送った。


 弁護士の活躍もあり、以後、元彼女と元友人は男に会うことも出来ず、何度も警察沙汰となった元彼女は会社に居づらくなり退社。元友人も男に対する所業が会社で話題になり退社。今までの行いから、二人を擁護する声はどこからも上がらなかった。

 二人はその後、知り合いのいない土地で生涯静かに暮らすことになるのだが、男が願ったとおり勝手に幸せになったかは、男の知るところになかった。







 産んだ子どもたちより先に退院した女は、毎日夫と子どもたちの元に通った。

 唇を噛み締めて母乳を絞り、子どもたちに声をかけて手を握る。時折握り返す小さな指を写真に撮り、その足で男の病室へ行って今日の三つ子を見せるのが女のルーティーンになっていた。

 男も体調がよければ三つ子に会いに行き、手を握った。

 そんな日々の中、女と男は談話室でひなたぼっこをする時もあれば、男がベッドから起き上がれない日は病室で寄り添った。


 三つ子が生まれて一ヶ月半後、三人揃って退院することになり、ベビーシッターと一緒にワゴンタクシーでマンションに向かった。

 家事手伝いもベビーシッターの二人も四十代のベテラン女性で、部屋を整えて三つ子の受け入れ体制は万全だった。女は姉のような母のような三人の手を借りながら、三つ子の育児を始めたのだった。

 日中はベビーシッターに三つ子を任せて病院に通い、その後は身体を休めて夜に備える。夜は女一人で三つ子を見て、また日中はベビーシッターに三つ子を任せて男に会いに行く日々が続いた。


 それから、男の病状は一進一退で入退院を繰り返したが、男は積極的に三つ子に関わった。細くなった腕ではぷくぷくしてきた赤子を抱き上げることが出来ず、座りながら膝に乗せミルクをあげて抱き締めた。男が名付けた一人一人の名を呼んで、抱き締めた。


 ある日、医師が入院中の男の個室を訪れて静かに尋ねた。

 このまま入院しているか、自宅に帰るか、と。

 それは、この入院が最後の入院であり、男が最期をどこで迎えたいかという問いかけだった。

 男は迷った。

 三つ子は一歳になっていた。

 自分が帰ると少なくない介護が発生して女の負担になることが、男にとっての負担だったのである。それでなくても立って歩くようになった三つ子に手がかかる。


 だが、もし受け入れてもらえるなら、自宅で、子どもたちの気配を感じながら最期まで過ごしたいと思っていた。


 なんと答えるか男が迷っていると、女がキッパリと言った。


「先生、すぐに帰りま〜す! お世話になりました!」


 そこから女は早かった。テキパキと手続きをすると、あっという間に男を連れ帰り、そして男を叱った。


「なに遠慮しようとしたの? ここはあなたの家で、私はあなたの妻。意味分かる? ここがあなたのいる場所なの」


 男は涙が堪えられなかった。

 この時ほど、もっと生きたいと願ったことはなかった。

 もっと生きて、病気を治して、この女の身も心も妻として愛して、子どもたちと駆け回りながら孫に囲まれてポックリ逝きたかった。

 眠れないほどに痛む体、一度眠ればもう目覚めないかもしれない恐怖、復帰できなかった仕事、所詮独りだという孤独。……様々なものを失い続けてきた女の側から、また一人いなくなってしまうという申し訳なさ。

 様々な感情が襲ってきて嗚咽を漏らす男を女は「ばーかばーか」と言いながら抱き締め続けた。



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