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【短編小説】わたし、綺麗?

掲載日:2025/12/27

 音を消したテレビはやたらCMが多く、チカチカとうるさい画面を写していて、そう言えば音を消したのはそのCMの所為だと思い出した。

 話題も尽きたしテレビにも飽きた。

 寝る口実が欲しいな、などと考えているとサトルが欠伸をしながら言った。

「お前、なんか怖い話もってないのかよ」

 サトルはプラスチックのコップをぐるぐると回しながら氷を溶かしてできた水を舐めて、青黄色く疲れた目をおれに向けた。


 いまのおれも似たような目をしているのだろう。おれの場合は酒に弱いから、肌は赤黒くなっているかも知れない。

 浅黒い肌のおれとは対照的に、青白い血管が透けているサトルのぶよぶよした腕を見ながら答えた。

「無いな、怪談の類なんてのは」

 きっとあいつの肉は不味い。


 サトルはガチャガチャの歯を見せて欠伸をした。

「別に怪談じゃなくてもいいよ、なんか怖い話してくれ」

 そのガチャ歯で虫歯のないお前が怖い、と言いかけたがやめた。サトルが深酒をするのは歯痛を誤魔化しているせいかも知れない。



「おれは幽霊も宇宙人も否定はしないが肯定もしない。おれ自身がその手の怪奇現象に遭遇した事が無いからな」

「ヒトコワでもいいぜ」

「本当に怖いのは人間でした、ってやつか」


 確かに存在が曖昧な幽霊だとかより、そこら辺にいる人間の方が怖い。

 当たり前だ。

 そんな話でしたり顔をされてもな、と思うがいまのサトルは何でも良いらしい。

「それならまぁ、無くは無いか。その前に煙草が切れた」

 おれが新しい煙草をサトルに要求すると、サトルは半分ほど閉じかけていた目を無理矢理に開いて、ソフトパックから煙草を俺に差し向けた。



 サトルが吸う煙草は香り付きのメンソールと言う便所の芳香剤みたいに悪趣味な煙草だが、ストローを吸うよりは幾分マシだ。


「まぁなんてことは無いんだがな。こないだ飲んで帰った時に、駅前にすげぇ綺麗な女がいたんだよ」

「どんなよ、芸能人で言うと?」

「なんかモデル系っつーのかな、吉瀬美智子とかそんな感じの」

 いまいちピンと来なかったらしいサトルは、おれを手で止めて吉瀬美智子を画像検索した。

「あぁ、美人だな」




 そう、それは綺麗な女だった。

 スラリとした長い手足に濡れた白絹のような滑らかな肌をしていた。

 その肌には新芽の表面みたいに細やかな産毛が白銀色に光っていて、だが頭髪は街中の影を閉じ込めたかの様に黒かった。

 切れ長の目、通った鼻筋。誰がどう見ても綺麗な女だった。黒いマスクで顔の半分を隠していたから、余計にそう思えたのかも知れない。



 その綺麗な女は、誰かを待っているのかぼんやりと立っていた。

 おそらくおれも、ぼんやりしていたのだろう。見惚れていたのかも知れない。

 

 その女と目が合った気がした。

 それは偶然かも知れないし、単純におれがその女の視界に踏み込んだのかも知れない。

 だがその女が少し笑った時、それは確実におれに向けた笑みだと思った。


 おれは女の前で足を止めた。

「こんばんは」

 誰か待ってるんですか、と訊くと女はおれを見て笑った。

「そうかも」



 無視じゃねぇならいける、と思った。

「急にごめんね、お姉さん綺麗なんでびっくりしちゃってさ」

「本当に?」

 マスク越しにでも美しいとわかる造形だ。

 ここまできてガチャ歯なんてのはあり得ない、歯列矯正はしてるだろう。受け口には見えない。

 おれはその夜の勝ちを確信した。


「ほんとほんと。俺こんな風に声かけることないもん」

「とか言って、みんなにそう言ってるんでしょ」

「いや普段はナンパとかしないんだよ、もう学生じゃないし。それくらいお姉さんが美人でさ」

 すると女は微笑んだ目のまま、急に冷たく硬質な声になった。

「ふーん、そんなに綺麗だと思うんだ」


 それまでにない距離感の声にとまどった。

 おれの優位で進んでいた会話は一瞬で主導権が移ると、女はすこし悪戯っぽい目になって訊いた。

「わたし、綺麗?」

 冷たい鉄を押し当てられたような錯覚をおぼえた。

「おもう。本当にモデルとかじゃないの?」

「素人だよ」

 そう言って女はマスクを外した。



 思った通りに美しい女だった。目鼻もシャンパン臭くないし、たぶん街を歩けばナンパやスカウトが煩いだろう。

 そんな女が何故こんなところに?美人局か?

 様々な疑問が頭を駆け巡る。

 もしかしたらおれは口を開けて見ていたかも知れない。それくらい美人だった。

 女はおれを見つめたまま微笑んだ。そして

「これでも?」

 そう言ってシャツの手首を捲った。


 サトルが便所の芳香剤臭い煙と一緒に剣呑な声を吐き出した。

「なんだよ、手首がイカ焼きだったってか」

「まぁそんなところだ」

 まだ何か言いたそうにしていたサトルだったが、口をぱくぱくさせたり、あらぬ方向を見たりして何か考えた後に、結局は面倒になったと言う感じの顔になった。

「ふーん、まぁまぁだな。綺麗な女だと思ってたら手首がそれじゃあな。そんで、その後どうしたの?」

 サトルが両手で揉む形を作った。

「まぁ帰って寝たな」

「そうだよな」


 まぁ、キレイ顔面でスタイルがグンバツで……ってスタイルは良かったの?おっぱいは?と訊いてきたサトルを両手で制する。

「ワンナイトで済むかと思ったんだけどなぁ」

「寝たってそっち!?」

 サトルが咥えていた煙草を落とした。

 サトルが落としたものと同じ、便所の芳香剤臭い煙草を吸い込んでことさらゆっくりと、煙を吐き出した。


「おっぱいも詰め物ナシであっちも最高だったよ。でもダメだったわ」

「え?どう言うこと?」

 はぁ、と言うため息が自分でも驚くくらい厭な感じだった。

 おれは窓の外を指差した。

「今もいるんだわ、通りの向かいにある電信柱の辺に立ってる。おまえ、ここ来る時に気づかなかった?」

「は?」



「はぁ、外に出たくねえ」

 便所の芳香剤みたいな匂いがする煙草を灰皿に押しつけて横になった。

「起きたら全てが終わっていて欲しいよ」

 あーあ、と伸びをすると少し気持ちが楽になった気がした。



 サトルが立ち上がってカーテンを捲ろうとする気配を感じて

「見るなよ、見たらたぶんお前も同じ目に遭う」

 そう言おうとしてやめた。

 こいつなら兄弟になっても、まぁいいか。

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