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世界一のホットケーキ

作者: 緑山ひびき
掲載日:2025/12/10

 社内報に、橘くんの好物は「ホットケーキ」と書いてあった。

 四つも年下の人。でもさりげなく助けてくれる優しさにわたしは心惹かれてる。

 来週、外勤の予定が入った。橘くんと二人きり。場所を調べていたら、近くに「世界一のホットケーキ」を謳う店があることを知った。

 これはチャンス? ここなら、彼も一緒に行ってくれるんじゃない?

 でも予約サイトにも、空きがない。何度もアクセスして、やっとキャンセル待ちの枠を見つけた。でも確保できたのは十七時半。早すぎるかもしれない。

「あの店、ディナーでも予約が取れなくて」

 給湯室で同僚に愚痴る。

「あそこ美味しいよね。ホットケーキ、好きだっけ? そんなに予約取りたいくらい?」

「う、うん! すごく好きなの」

 ちょっと慌てちゃった。


 当日、仕事はなんとか片付いた。17時少し過ぎ。間に合う。

「あのさ」

 駅へ向かう途中、勇気を振り絞って声をかける。

「この近くに、ホットケーキで有名な店があるんだけど、行ってみない? ゆっくりできそうだし」

 彼は一瞬、腕時計に目をやって考える感じになった。あ……それ、ダメなやつ。

「あー、うん。でも、軽くカフェでも寄らない? 喉乾いたし」

 迷った末の返事に、すっと心臓が冷える。やんわり断られた。橘くん、優しいから気を遣ってる。こんな年上じゃ迷惑だよね。


 チェーン店のカフェに入った。もしかしたら、喉を潤した後にホットケーキの店に行ってくれるかもしれない。

「橘くん、ホットケーキ好きって社内報にあったから。……食べる?」

 最後の望みをかけて聞いた。声、うわずってないよね。

「ううん、食べない」

 メニューを見ながら、彼はあっさり首を振った。


 化粧室に立って、予約をキャンセルした。電話口で「承知いたしました」と言われたとき、涙が出そうになった。

 テーブルに戻ると、彼はまた時計を見ていた。

 ぎこちなく笑って、コーヒーを飲み干す。


「じゃあ、そろそろ」

 カフェを出た。

 あの店の前を通る。見るのがしんどい。

「ちょっと、いい?」

 彼が不意に、店の扉を開けた。

「予約していた橘です」

 店員が笑顔で案内する。

「給湯室で、君が行きたがってるの、聞こえちゃって。電話しまくって予約とった」

 彼は少し照れたように笑った。

「連れてきたいと思って」

 言葉も出ないで立ち尽くすわたしに、彼は真面目な顔で続ける。

「一緒にどうかな? もっと二人で話したいから」

 「世界一のホットケーキ」の看板が、温かい照明の下で揺れていた。

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― 新着の感想 ―
両片思いですね! ホットケーキの前にホットケーキは食べられないですものね。 素敵な恋模様でした。
橘くん、まさか予約していたなんて。 このあと、ふたりがどんな話をしながらホットケーキを食べたのか、気になります。 好きなお話だなと思いました。 良かったら続きを読みたいです
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