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勇者進化論  作者: 虎次郎
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第6話 『とんでもないこと』に遭遇する仮勇者



先日の《知性の塔》での魔物討伐の一件。


苦労しただけのことはあり、その報酬は実に十分なものだった。これにより、帝国へ向かうにあたって必要となると予測される路銀は手に入れることが出来たわけだが……。



収穫はそれだけではない。



《知性の塔》頂上部で発見したあの紙切れ。


結局、あの後、紙切れは隠すようにして、ハンス・アグリールにも何も言わずに持ち帰った。



この異世界ではありえないはずの、日本語で書かれた文書は、いったい何なのか。



まさか、俺の他にもこの異世界に召喚された人間が……日本人がいるというのだろうか?


































運ばれてきた果実酒を、ゲオルグ先生は勢いよく喉へと流し込んだ。


まったく、俺の感覚からすれば、昼間から酒をくらうというのは不健康なような気もするのだが……。



「いよいよ、明日だな」



感慨深げに、しかしどこかひっかかるような物言いで言うと、ゲオルグ先生は中身が半分以上は減っているグラスをテーブルに置いた。


王都サンエストルを南北に貫く大通り。この通りから少し離れた路地裏の一角に、この薄暗い酒場はあった。狭く汚い酒場ながら、雰囲気だけは中々のものであり、むしろ怪しげな雰囲気さえ立ち込めている。


それでも、客は多かった。どいつもこいつも、少しばかり正規の道を外れた連中ばかりに見えるのは気のせいか。


そんな場所で、俺とゲオルグ先生は明日からの帝国への護衛任務の打ち合わせをすることとしていた。



ひとまず、一般的な帝国への行程はこうだ。


王都サンエストルを出立、1週間弱ほど馬車を走らせ、交易の盛んな港街ガルトを経由、ターミナルの街ノヴァンへと向かう。ここからは蒸気機関車で、オーラキア帝国との国境を越え、帝国の誇る三大砦《蒼の要塞》へと向かう。ここまでくれば、後は帝都オーケルンは目と鼻の先である。


所要時間としては、約2週間といったところか。




「護衛は俺とお前だけだ。最近、どうにも物騒だからな、依頼主ももう少し護衛を増やしたらどうかと報酬を張り込んでくれたんだが、俺としては少数精鋭の方がいい。その点、お前の実力なら信用できる。聞いたぜ、先日の《知性の塔》での一件」


「あれは……ハンスがいてくれたからだ。俺1人だったら危なかった」



ゲオルグ先生は邪気のない笑顔で嬉しげに語るが、俺にとってはあれは怪我の功名である。


《知性の塔》のあの甲冑を装ったトロル。ハンス・アグリールの援護がなかったら、仮に1人で対峙していたとしたら、どうなっていたか分かったものではない。最悪、殺されていたかもしれないと思う。勝てたのは、多分に運によるところが大きい。


剣から迸った、あの白光のおかげなのだから。


あれが何だったのかは今もって分かっていない。ハンスもあんな魔法は見たことも聞いたこともないというから、何か特別な魔法なのだろうか……。


ひょっとして、これが勇者の力ってやつか――と、一度脳裏に過ぎったが、すぐに振り払った。そもそも、俺が本当に勇者かどうかなんて分かりはしないのだから。




「それでも大したもんさ。お前はもうランクCをとっくに超越してる。ランクB昇格認定試験の声がかからないのがおかしいぐらいだ。ったく、弟子にランクで抜かれそうだな」



「それよりも……そろそろ、教えてくれてもいいんじゃないですか? 護衛対象のこと」


「ん、ああ……そうだなぁ」



どこかすっとぼけた口調で、ゲオルグ先生は再びグラスを傾けた。


それなりの付き合いだ、ゲオルグ先生が酒に関してはうわばみなので少々の酒で酔っ払うことがないのは承知しているが、少し情けない姿である。



「これが、実はちょっと問題があるんだ」



ゲオルグ先生は苦々しい表情から、少しずつ険しい表情へと変化していく。


これは、今回の護衛相手。一癖ありそうな感じだ。……しかし、見縊らないでほしい。



「護衛対象に問題があるのは、珍しいことじゃないでしょうに」



一癖も二癖もあるような依頼主の護衛任務にあたったことは、これまでにも何度かある。別段、心配されるようなことはないと思うんだが。




「まあ、そうなんだが…………ええい、くそ! やっぱり、駄目だ! すまん、タカオ! 今回の話、なかったことにしてもらえないか!?」 


「!?」



言うや、ゲオルグ先生はテーブルに頭を打ち付けんばかりに深々と頭を下げた。酒場にいる他の客たちも何事かと視線を俺達に向ける。



「申し訳なかった、俺がすべて悪いんだ!……事態が急変しちまった。やはり、こんなことにお前を巻き込むわけにはいかん!」



頭を下げたまま話すゲオルグ先生の声は必死だった。



「……理由ぐらい聞かせてもらいます。せっかく苦労して路銀だって稼いだんだ。この土壇場でキャンセルじゃあ、苦労した意味がない」



「あ、ああ。実は――!」



「ッ!?」




俺達は、ほぼ同時に椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がっていた。


その刹那、ばたん、と酒場の扉が乱暴に開けられる音が横手から聞こえてき、横目に何者かが飛び込んでくるのが見えた。


直感的に危険な臭いを感じ取っていた俺は、腰に提げていた剣の柄に手を掛ける。ふと見れば、ゲオルグ先生も壁に立てかけるようにして置いていた長柄両刃斧を手に取っていた。



初めに飛び込んできたのは、いかにも怪しいですと言わんばかりの黒装束に、小剣を逆手に構えた男だ。続けて、数人が同様の出で立ちで酒場に踏み込んでくる。


尋常でない事態だが、考えている暇はない。反射的に俺は剣を抜き放っていた。


先頭にいた黒装束が、素早い動きで飛び掛ってくる。だが、見えない動きじゃない。俺は半身を捻って逆に相手に向かって踏み込むと、相手の肩口を斬り裂いた。赤い血が噴出し、服が汚れる。



(くそ……相変わらず嫌な感触だ)



あまりにも突然の事態に呆けていた酒場の他の客達は、薄暗い酒場に鮮血が舞ったのを目撃して、ようやく我を取り戻した。



「う、うわ――ッ!!」



誰の声が引き金になってか、酒場の中は一気にパニックになる。出口へと、窓へと、カウンターの奥へと客達が殺到する。


怒号と混乱が店内を覆う中、仲間1人がやられても何ら反応を示さない黒装束が、低い姿勢でゲオルグ先生へと突進する。手にした小剣――出で立ちから考えれば、短刀というべきか――が鈍く輝く。


だが、黒装束も相手が悪い。


ゲオルグ先生は長柄斧を構えようともせず、黒装束の接近を許すと、空いた手の一振りで短刀を捌いてみせた。獲物を打ち払われ、一瞬停滞した黒装束に対し、容赦なく拳を突き入れる。ぼき、という音は骨が砕かれた音か。


痛みに悶絶したか、転がるように床に倒れた黒装束に対し、しかしゲオルグ先生は容赦がない。ようやく長柄斧を動かしたと見るや、その柄を勢いよく振り下ろし、黒装束の背中を強打した。もはや反応すらできないか、その黒装束は動かなくなった。



「ッ!」



おっと、余所見をしている場合ではない。いつのまに投げつけたか、目前まで迫っていた短刀を剣で叩きおとす。切っ先は俺にではなく、酒場の床に突き刺さった。


黒装束は残り2人。しかし、この2人は襲撃が失敗したと悟ったか、身を翻して酒場から出て行った。



――逃がすか!



「待て、タカオ! 追わなくていいっ!」



剣片手に駆け出そうとした俺を、ゲオルグ先生が呼び止める。何故、と聞く暇はなかった。外から奇妙な呻き声が2つ、聞こえてきたからだ。


やがて、酒場の入り口にのっそりと長身の男が現れる。



「あ~……とりあえず、これでよかったかな?」


「アイスラー騎士団長!」



長身の男――ユリウス・アイスラー騎士団長は、両側の後ろ手にあの黒装束達を2人引きずっていた。どうやら、一瞬の間に気絶させたらしい。王国騎士団史上最強と謳われる騎士のその早業は、まったく恐るべきものであった。






















その後、アイスラー団長が王国治安隊を手配し、気絶もしくは虫の息の状態の黒装束達を連行していった。


俺たちは店主すら逃げ出してしまった酒場の店内で、とりあえず椅子に座って話していた。



「出待ちですか、団長? 随分とタイミングがいい時に来てくれるじゃありませんか」


「おいおい、ゲオルグ。お前の馴染みだという酒場に来た途端、あんなあからさまに怪しい連中に出会った私の身にもなれ」



苦笑気味に応じる団長。


聞けば、明日王都を出立すると聞いて、俺を捜していたのだそうだ。……どういうルートで聞いたんだ? まぁいいけど。



「それよりも、です。ゲオルグ先生、さっきの連中は何です?」


「あ、ああ。すまん、タカオ。やっぱり、お前には早々に説明しておくべきだった」



ゲオルグ先生は今度こそばつの悪そうに、申し訳なさそうな表情で頭を下げる。


……ということは、まさか今回の依頼絡みか?



「ゲオルグ。まさか、お前……」


「……団長、すいません。そこの床に突き刺さっている短刀、ちょっと取ってもらえませんか?」



傍に突き刺さっているのは、先程の黒装束が落としていった短刀だ。


怪訝な顔をしつつも、団長が短刀を床から引き抜く。そして眼前に持ってくるや、その表情を一変させた。



「成程、《焔》だな」



聞きなれない単語を発して眉をひそめる団長に、ゲオルグ先生はこくりと頷いた。団長が俺の方に短刀を指し示す。



「タカオ君、この短刀には猛毒が塗られている」


「猛毒!?」


「……君には、一度も教えたことがなかったな。教える必要もないことだと考えていたんだが。その様子だと、ゲオルグもこのあたりまでは教えていないようだ」



団長は重々しく、そしてその瞳にはどことなく憤怒を込めて、簡単に説明してくれた。




《焔》。


この世界に数少ないながら存在するとある集団―――暗殺者集団の1つらしい。金で雇われて、人を暗殺する組織である。その中でも最も名前を知られている集団が《焔》なのだそうだ。


聞けばこの暗殺者集団、傭兵ギルドにこそ劣るが、歴史深く、世界中にその根をはっているらしい。……おぞましい話だが、国家がこの連中を使うこともあるのだという。




「先程の黒装束、そして猛毒の塗られた短刀。確証こそないが、《焔》だと見るのが妥当だろう」


「申し訳ありません、団長! 俺は『とんでもないこと』にタカオを巻き込んでしまった!」



本当に申し訳ないと繰り返し、頭を深く下げるゲオルグ先生の表情はかつて見たことがないほどに後悔に満ちていた。団長も難しい顔をして腕を組んでいる。



だが……なんとなく、話の構図が見えてきたような気がする。



「つまり……明日からの護衛対象、その《焔》絡みということですか」


「おそらくだが――クリスティアナ・バーグマン。そういうことだな、ゲオルグ」



またしても聞きなれない単語――今度は人名か。怪訝な表情を浮かべていたのだろう、ゲオルグ先生は後悔ここに極まれりといった表情で、しばらく沈黙した後、ようやく口を開いた。



「……申し訳ありません。おっしゃる通りです」












つまり、こういうことらしい。


ゲオルグ先生がギルドから受けた護衛任務は、人間1人を帝都オーケルンまで護衛するという、単純なものだった――当初は。


報酬もかなりの破格である。ついでに弟子を――俺に見聞を広めさせるいい機会だと、ゲオルグ先生はその依頼を受けることにしたのだそうだ。


護衛対象の名前は、クリスティアナ・バーグマン。帝都出身の19歳の女性だ。


依頼主は、彼女の父親で、クレメンス・バーグマン。交易の関係でヴァルゴアン王国王都サンエストルを訪れていたこの父娘、とある事情によりどうしても娘だけが帝都に戻らなければならず、やむなくギルドに護衛を頼んで帝都の実家へ帰らせることにしたらしい。


これぐらいなら、別段珍しい話でもないのだ。ゲオルグ先生も、よくある話だと思っていたらしい。



だが、3日前になって事態が急変したのだという。



白昼、クレメンス・バーグマンが自宅にて惨殺されたのである。短刀で全身を滅多刺し――あまりにも無残な姿で発見されたのだ。


治安隊が捜査に当たっているものの、犯人はまだ掴まっていない。だが、その手口から《焔》によるものではないかと、報告を受けたアイスラー騎士団長は一瞬考えたという。とはいえ、ここは平和な王都サンエストル。まさか、そんなはずはと、犯人像から除外したそうだ。


父親が殺されたクリスティアナはといえば、犯人の目的が判然としないということもあり、騎士団に保護されることとなった。クレメンスが惨殺された時間帯、偶然にも外出していたことから難を逃れたらしい。


依頼主は殺害されたが、依頼は継続されることとなった。こうなっては、クリスティアナには祖国帝都にしか身寄りがない。彼女も帝都へと戻ることを希望したのだ。



ゲオルグ先生は事態の説明を受けるため、騎士団詰所に出向き、そして正式に彼女へ依頼を受ける旨、伝えた。――だが。


そこで、『とんでもないこと』を彼女から知らされてしまったのだという。





「『とんでもないこと』?」


「彼女の、出生の秘密――つまり」






………………



…………



………






なるほど、それは確かに――とんでもない。




ということは、先程の黒装束たちは―――。



「警告、だろうな。クリスティアナ・バーグマンを護衛すれば、《焔》に狙われることになる……」


「現段階では正式に依頼を受託しているのは俺、ゲオルグ・ジョルテだけだ。《焔》の狙いも俺だったんだろう。……だが、咄嗟のこととはいえ、タカオ、お前もさっきの件で一枚噛んでしまったことになる。襲撃者は全員とっ捕まえたからまだ大丈夫だとは思うが、明日からの護衛任務にお前が参加するというなら……」



俺も《焔》の暗殺者に狙われる、ということか……。



「どうする、タカオ君? 今回の護衛任務、降りるなら今のうちだ。魔物が活性化しているこの時期に、さらに暗殺者からも護衛する必要がある。道中はおそらく困難を極めることになるだろう」


「帝国に行くだけなら、何も今回の護衛に参加する形をとることはないからな。……ただ、お前も《焔》に目をつけられた可能性がある以上は、少しばかり時間をおいてほとぼりを冷ましてからということになるが……」



神妙な顔で2人が俺を見つめてくる。厳しい調子で紡がれるその言葉は、表面的には俺に選択させる装いではあったが、今回の件から手を引けと言わんとしているも同然だった。


理屈は分かるし、彼らが俺を危険から遠ざけようとする気持ちも分かる。正直、俺も暗殺者集団を敵に回すだなんて気が乗らない。



だが――……俺にも、帝国に行かなければならない理由がある。


帝国までの行程は2週間。オーラキア帝国で《勇者召喚》が行われる時期を考えると、今がギリギリの時期だ。今度行われる《勇者召喚》、どうしても自分の目で確かめないことには気がすまないのだから。



俺はまっすぐと2人の視線を見返すと、はっきりと言った。



「とにかく、護衛対象者に会わせてください」



















王国騎士団治安隊、詰所。



その部屋にいたのは、予想していた人物像とはかけ離れていた。


美人。そう形容するのが一番だろう。美しい金髪は後ろで無造作に括られ、日光にあてられ綺麗に輝いている。白を基調としたまるで男性のような服装は、不思議と彼女にはよく似合う。凛々しいとでもいうべきか。しかし、その青い瞳は凍えそうなほどに冷たい。あまりにも整った顔立ちながら、酷く無表情なので、どこか人形かなにかのようにすら見えた。


どこか近寄りがたい雰囲気を持つ彼女に、意を決して話しかける。



「貴方が……クリスティアナ・バーグマンさん?」



向けられた視線はあまりにも冷たいもの。やがてその艶やかな唇が笑みを形作るが、感情はこもっていないように思われた。



「そういう貴方は……傭兵かしら?」


「ああ。タカオ・アサクラ。サンエストル・ギルドの傭兵だ。貴女を、もう1人の傭兵とともに帝都オーケルンまで護衛する」


「昨日のゲオルグ・ジョルテとかいう傭兵もそうだったけど、物好きなことね。《焔》を相手にすることになるのに」



彼女の発する言葉の中にはわずかに嘲りが含まれているようにも聞こえた。どうやら、護衛対象者にも問題がありそうだ。



「……貴方は、自分がどうして《焔》に狙われる状況にあるのか、知っているのか?」








「私が、オーラキア帝国の帝位第一継承者ということかしら?」



こともなげに言ってのける彼女に、俺は呆気に取られた。




『とんでもないこと』―――つまり、こういうことなのだ。







(……なんだかなぁ。どうしてこう次から次に――問題山積みなんだ?)





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