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勇者進化論  作者: 虎次郎
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第3話 選り好みする仮勇者




さて、本日は魔物討伐――ではなく、雑事任務である。


雑事任務というのは、言うならば雑用。



簡潔に表現するならば――人手が足りないよ、そこの兄ちゃん、力を貸しとくれ――と、いうわけだ。



で、この雑事任務なのだが、ギルド内ではどうにも不人気らしく……。













☆ ☆ ☆















「これなんてどうでしょう? 王都南部の憩いの公園にある噴水の大掃除」


「……いや、レイナさん? あの馬鹿みたいに大きい噴水の掃除なんて短期間に終わるはずないから。というより誰、そんな依頼をギルドに持ち込んだの。ひょっとして王国関係者――え、ただの一般人? 馬鹿なの? どれだけ掃除好き?」




赤毛の若いギルド事務員レイナは「それなら次は……」と嬉々とした様子で依頼の整理票をぺらぺらとめくる。


彼女に応対されるのは、これまた若き傭兵、タカオ・アサクラだ。



黒髪黒瞳、涼しげで身軽な服装に、剣1本だけを装備し、防具を何一つ身に付けないこの青年は、当サンエストル・ギルドでは色々な意味で有名である。


屈強な身体を持つ者の多い傭兵の中、上背だけはある痩せぎすの青年。

どんな任務であれ剣一本のみを持ち、盾・鎧といった防具は装備せず、普段着に近い軽装で魔物討伐にすら臨む。

その剣技はサンエストル・ギルド屈指の傭兵にして彼の師、ゲオルグ・ジョルテのお墨付き。

ギルドのランク上昇に興味を持たず、魔法を苦手とするのは師匠譲りという似たもの師弟。


加えて、その若さと秀目美麗とまでは言えないまでもなかなかに端整な顔つきは、当ギルドの某女性事務員を悩ましてならず――。



…………


まぁ、色々と有名なのだ。






そして私は、ライド・アルム。


当ギルドの上席事務員であり、ギルド長への日々の報告担当であり、新人の指導担当であり、窓口担当でもある。

今日も今日とて、窓口カウンターで依頼を受けに、あるいは依頼の完了報告に訪れる傭兵達の相手をしている。


日々の定型業務ということもあり、手は動かしながらも耳は若い2人の会話に傾ける。



「では、これは? 商品の棚卸をしたいのだが、人手が足りない、助けてくれ……王都西にある《黒星雑貨屋》さんからですねぇ」


「そこって確か、王国治安隊が規制している怪しい物品を仕入れたとかいって、結構きつい処罰受けたところじゃなかったか? 懲りもせずにまだ商売続けてたの?」


「はぁ……話に聞くと、今は真っ当な雑貨ばかり扱う店になったそうです。噂によれば怪しい客層と店構えは変わってないそうですけど……」


「ってことは、いずれまた自警団が手入れに動くんじゃない? 運悪く店主と一緒に治安隊に突き出されるのはごめんだ。というより……ギルドももう少し依頼主を選んだらどうなの。そんな怪しい依頼まで引き受けて」


「まぁそう言わずに。来るもの拒まずのギルドですから」



エヘヘ、とまるで子供のように暢気に笑うレイナ。


まぁ、ギルドは基本的にどのような依頼であっても受託してしまうから、中には怪しい依頼が出てくるのも仕方ない。下手すれば王国治安隊に突き出されるような仕事の片棒担がされることもある。これについてはギルドでも厳しくチェックするようにはしているが、細部までは管理しきれない部分もあるのだ。



「じゃあ次は~~……と」


「……レイナさん。別に無理して雑事任務ばかり選ばなくてもいいから。何なら採集でも護衛でも、なければ討伐でも……」



そんなタカオの進言を聞いているのかいないのか、レイナは再び依頼整理票をぺらぺらとめくり始める。



それにしても、甲斐甲斐しい。


彼女達は窓口横の応接席で向かい合って、あれでもないこれでもないと話し合っているが、通常事務員がわざわざ一傭兵の為にそこまでして仕事を選んでやる義理はない。


ギルドでは日々舞い込む依頼を、要点だけ簡潔に紙に書き出して整理している。

それを傭兵達には自由に閲覧できるようにしているし、緊急事案であれば目立つように掲示し、傭兵達に声を掛けて急募する。

つまり、傭兵達はそこから自由に依頼を選び出し、窓口で正規に受け付けるのだ。


希望に合致する依頼はないか、個別に相談する。そんな面倒なこと、わざわざする必要もないのだが、彼女、レイナ・フォノスはタカオ・アサクラに対してだけは、そういうことをしている。


つまるところ、それだけ彼女にとってタカオは特別なのだ。



まぁ、私もこれについては目を瞑ることにしている。


彼女が窓口を外すので私の負担が多くなるのだが、それを差し引いてもタカオが雑事任務を消化してくれるのは大きい。



傭兵達は所詮は冒険者達が大部分だ。

全員がそうであるとは言わないが、実に血の気の多い連中で、討伐任務で魔物を倒して腕を上げたい、ランクを上げたいとか、そういう者達が多い。何故に大して評価されない雑事任務など、というわけだ。

実際、雑事任務などはランク最下位のランクEの連中にやろせろとばかりに、見下している輩もいる。


達成しても、例えばランク上昇のための評価にはあまり考慮されないというのは事実だから、どうしても雑事任務の消化率は悪い。

依頼を長期間放置するというのはやはりあまり良くないことであり、度々どうしたものか各ギルドでは悩みの種になる。


面倒なもの、時間のかかるもの、関わったらややこしいことに巻き込まれそうなもの――そういった依頼整理票からどんどんと棚の奥へと追いやられ、まるで埃のように鬱積し、いずれ誰かに清掃されるのを待つ、というわけだ。


なればこそ、こうして雑事任務を積極的に消化してくれる傭兵の存在は非常にありがたいのだ。


レイナもこの仕事を始めて日が浅いとはいえ、その辺りを心得始めたのか、雑事任務にあたっても嫌な顔1つしないでくれているタカオに積極的に雑事任務を勧めている。




「疎遠になってしまった恋人との仲を修復したい、助けてくれ、っていうのもありますね。……う~、重いし、かなり痛いですね。……試しにやってみます? 何なら私も手伝って――」



「なにが悲しくてそんなことやらなきゃいけないの?」



単に少しでも長くタカオと話をしたいからだけではないのか――そんな気が、しないでもないが。

















☆ ☆ ☆

















結局、ギルドで受けた依頼は、簡単な運搬作業となった。

帝国から遠路遥々商品を仕入れてきたので、それを倉庫まで運んでほしい、というわけだ。



「はじめまして、ギルドから派遣されました、タカオ・アサクラです」


「いやあ、すまないね、傭兵の兄ちゃん! もともと手伝いはいるんだが、こいつが怪我して療養してるもんでね。1人だと時間がかかって難儀してたのさ」



そう言って朗らかに微笑するのは、恰幅のいい中年の女性。


取り扱うのは薬品で、いわゆる回復薬とか解毒剤と呼ばれるものだ。それも品質的にかなり上等な高級品である。

ひとつひとつは軽いのだが、繊細に扱う必要があるので、1人で運び込むとどうしても時間がかかるのだという。


最初、ギルドに頼んでも柄の悪い傭兵が寄越されるかもしれず、少し迷ったというが、結局依頼することにしたらしい。

俺のような青年が来てくれて安心した、とのことだ。


早速、作業を開始する。



「そういや知ってるかい兄ちゃん。最近このあたりもなんだか物騒になってきてねぇ。魔物に襲われる人が急に増えてきてるってんだよ。やだやだ、怖い話だねぇ」


「そうですね」


「どこもかしこも、北方大地で魔王が復活したって噂で持ちきりだし、怖い世の中になってきたよ。御伽噺に出てくる勇者様ってのが、いよいよ来てくださるのかねぇ」


 

そうですね、と再び生返事で応じる。



それにしても、最近の人々の話題は皆同じだ。


王国中、いや帝国も含め世界中が同じなのかもしれないが、人々の話題といえば魔王復活の話題だ。


魔物の出没が多くなっているものだから、噂が噂でとどまらなくなってしまい、次第にではあるが得体のしれない恐怖が覆い始めている。

それでも、王国にせよ帝国にせよ、根も葉もない噂として切って捨てているようだし、実際具体的な動きを見せていないから、あくまでも市井の噂にとどまっている。


だからなのか、人々にもそれほどの危機感はなく――。



「そういやアンタ、聞いたかい? 王国の近衛騎士団、エイゼル様の噂をさ――」 



と、次なる話題、いわゆるゴシップネタに移る、という具合だ。




















「はい、お疲れ様でしたタカオさん。こちら、今回の報酬です」


窓口のレイナより報酬の入った皮袋を受け取る。

討伐任務に比べれば少ないが、簡単な仕事だったし、これぐらいが相場だろう。 



「はい、どうも……何か、騒がしい、ね。何かあったの?」



騒々しいのはいつものこととはいえ、今日は一段と騒がしい。

朝はそうでもなかったはずなのだが。


傭兵達がいくつものグループを作って、お互いに顔を付き合わせて何やら相談している様子で、熱気と、加えて慌ただしい雰囲気が立ち込めていた。


断片的に「報酬が……」「帝国の……」「北方……」「魔物が……」といった声があちらこちらから漏れ聞こえてくる。



「はぁ……それがですねぇ。先程ライトアローで、オーラキア帝国・帝国ギルド・ギルド長の名前で緊急事案が送られてきたんです」


「珍しい。ギルド長任務か」



通常、ギルドは人々からの依頼を仲介するだけだから、ギルド自体の名前で依頼を起こすことはない。


だが稀に、それぞれの都市のギルド長から直接依頼が起こされる。

それは大概の場合、極めて緊急性が高いものであり、放置されれば人々の安全に支障を来す恐れがあるものだ。

こういう事態となれば国家騎士団も当然出動するのだが、どうしても初動が遅れる場合がある。

少しの時間でも惜しい、というような場合、国からギルド長へ依頼し、傭兵を動かしてもらう。

すなわち、依頼者は国家といえるのだが、ギルド長の名前で依頼が起こされるのが通例だ。


まぁ、例外もあるようだが……。



ちなみに《ライトアロー》とは、この異世界における魔法の1つで、言うならば異世界版の超高速通信方法だ。


この魔法、名前そのままの代物で文書を光の矢で相手に届けることができる。

さながら、時代劇にありそうな矢文といったところだろうか。


かなりの高等魔法ということで、魔法使いの中でも一部の者しか行使できないという。




「ええ、まったく。で、内容なんですが、全世界のギルドに同一のモノが発信されているようです。要約すると、帝国の北方砦《白の要塞》に多数の傭兵を招集し、警備任務に当たってもらいたい、というものです。期間は2ヶ月。さらに報酬が1人に対して、なんと金貨5枚」


「それはまた……!」


その報酬金額に思わず息を呑む。内容からして帝国からの依頼なのだろうが、随分と豪気だ。


金貨5枚あれば、1人なら少なくとも5年は遊んで暮らせるほどの金額である。まさに破格の報酬。


なるほど、傭兵達が目の色変えて相談するのも当然だった。



「というわけで、先程からこの騒動なんです。……えっと……タカオさんはどうします?」


「俺? 俺はやめとくよ」


「あ、そうなんですか。え、でも……」


俺の返答を聞くや、おかしなことにレイナは嬉しげな表情になったり不審そうな表情になったり悲しげな表情になったりと、百面相になっていた。


レイナがあれやこれやと考えを巡らせて表情をコロコロ変えるのはよくあることなので、あえて放置。


傍目から見る分には面白い。





(まだゲオルグ先生への返事すら考えてないからな……)



3日前、《夜の森》でゲオルグ先生より帝国行きを誘われた一件。


俺はそれに対してまだ答えを出していない。期限は一応あと11日ある。必然的にこの王都サンエストルをしばらく離れることになるし、ゆっくり考えたい、と思う。




(……それにしてもこの一件、何だかきな臭い)




近頃の魔王が復活したという噂。



活性化する魔物。



伝承に謳われるとろによれば、魔王復活の際は魔物が人々を大いに苦しめる。



古の時代より、魔王が降臨するとされる大陸北にある不毛の地、北方大地。



北方大地との国境近くあるとされている、帝国擁する3大砦の1つ、通称《白の要塞》。



この北方大地への最前線に、今になって集められる傭兵……。





素人考えだが、これらの符号から単純に予想されることといえば―――




………………


…………


……




戦争?










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