第2話 カマキリ嫌いな仮勇者
今回は戦闘中心にしてみました。
試行錯誤しながらなんで、読みづらいかも……。
本日は魔物討伐任務である。
ヴァルゴアン王都南西部、オーラキア帝国との国境を跨ぐようにして広がる大森林。
通称《夜の森》。
この森にここ2、3日魔物が多く現れるようになったので退治してほしい、というわけだ。
「――フンッ!」
真上から振り下ろした一閃は、逆三角形の魔物の頭を両断した。
その魔物の名前はマンティス。
言ってみれば昆虫のカマキリをそのまま巨大化させたような魔物である。
前脚である大きな鎌は振るえば大木すら軽々と切り倒し、触れれば刃部分に生える鋭利な棘が容赦なく肌に突き刺さる。また、その特徴的な大顎は、鎌で捕らえた獲物に向けられ、かじられれば人間などひとたまりもない。
ちなみに、肉食だ。
初めて遭遇した時は――
「いや魔物って……ただでっかいカマキリだよね、これ。名前からしてカマキリだからね」
とばかりに舐めてかかってしまい、危うく頭をかじられそうに――……否、手痛い目に遭った事は苦い思い出だ。
頭を両断されてもなお身動ぎするマンティスに対し、トドメとばかりに回り込んで胴体を両断する。
「ふぅ……これで最後、か?」
剣を鞘に戻して辺りを見回すと、頭を両断され、あるいは胴を両断され、さらには原形を留めぬほどに斬り刻まれたマンティスが多数転がっていた。
数は――……面倒になったので途中でカウントするのをやめている。
とにかく、いっぱいだ。
マンティスは凶暴で攻撃的な魔物だが、そこまで脅威となるような強さではない。
その大きな前脚にさえ気をつければ、別段どうということはない。
それでも、一般の人々からすれば脅威であることに変わりはないのだが。
ここ《夜の森》は王都サンエストルから徒歩で半日もあれば辿り着ける場所とあって、傭兵以外の人々もよく訪れる。
何故かといえば希少な植物の宝庫でもあるからだ。
市場に出せばそれなりの値段で売れるレアな植物が、平気で植生している。
王都にはここからの採集物を頼りに生計を立てている者もいるほどだ。
(なんというか、マツタケの生えるアカマツ林ってところか?)
だが、この森を気味悪がって近づかない者も多い。というよりそちらが多数派なのだ。
巨木がこれでもかというほど密集して植生し、日光は地面まで届かず。
昼間でもまるで夜のように暗く、そこにいるだけでも息が詰まりそうな雰囲気。
それが《夜の森》と呼ばれる所以である。
加えて、オーラキア帝国との国境を跨る、とてつもなく広い大森林だ。
一度深部まで迷い込んでしまえば、日中でもまったく日が届かず、常闇の空間になる場所もあるといわれ、そこにはとてつもなく凶暴な魔物、あるいは邪悪な魔女が住むと言い伝えられ、二度と森から脱出することはできないという……。
真相は誰にも分からない。まさに、闇の中、というわけだ。
俺にしても、この大森林の入り口から少し入ったところまでしか進んだことがない。
ただ、1つ言える事は、この大森林、魔物ですら気味が悪いと感じるところがあるのか。
そうそう魔物が出没するような場所ではなかったということだ。
それが急に魔物が現れるように、ということで、ギルドに依頼が舞い込んだわけである。
(これも魔物を活性化させる魔王の影響ってやつかね……)
そんな益体もないことを考えながら、疲れを吐き出すように溜息1つ。
「アホらし……これだけ間引けば大丈夫だろ、念のため少し見回ってから帰るか。
……んッ!?」
瞬間、首筋にチリチリとした焦げ付くような感触が襲った。
咄嗟、ほぼ反射的に素早く身体を伏せて中腰になる。
その刹那――
――ヒュッ……
と風を切る音が耳に届く。
音がした方向に目を向ければ、背後にあるのは巨木の幹。
俺の胴回りの一回りも二回りも太い幹が、ゆっくりと、やがて左右にずれる光景があった。
(まずい……!)
俺は素早く剣を引き抜き、その巨木から飛び跳ねるように離れた。
ゆっくりと巨木が斜めに倒れていき、その後ろ――この所業を行ったであろう巨大な鎌を持つ、マンティスの姿が現れる。
今の今まで狩ってきた同種のそれと大きさに比べると2倍はある、巨大マンティス。
その複眼は明らかに俺に向けられていた。
「雄を食らう雌カマキリのご登場、か?」
誰に対してというわけでもなく軽口を叩くが、すぐにそんな余裕はなくなった。
その胴長の身体の後部にあるこれまた巨大な翅、それが獲物を威嚇するかのように広がったと見えるや、この大カマキリがまるでトンボのように飛び跳ねて突進してきたのだ。
中空で振りかぶられる2つの巨大鎌。
その巨体に反して素早く距離を詰めてくるマンティスに、身体を投げ出すようにして跳ねて距離を取る。
振り下ろされた鎌はまさに目前を通過した。
足元には先程までに叩き斬ったマンティスの死体が多数で足場悪く、周囲にはあちらこちら不規則に巨木が並んで障害物だらけ、対して敵の得物はこの巨木を易々と両断してくる――。
状況は良くない。即座に迎撃に移る。
横合いから一足跳びに距離を詰め、まずはその中脚を狙い、付け根から一気に斬り落とす。
だが、片方の中脚を失ったぐらいどうということはないのか、マンティスは俊敏に身体を動かすや、その体勢のまま体当たりを仕掛けてきた。
間合いに入りすぎたか、予想外の行動に、数瞬反応が遅れる。
剣を盾にする体勢で身構えるが、回避は間に合わない。
直接ではないとはいえ、鈍重なる衝撃が全身を襲い、身体がふわりと浮かび上がる。
吹き飛ばされるように数メートルは弾かれた俺は、しかしながら巨木の幹に叩きつけられ、今度は背中からの衝撃に呻くこととなった。
幸いにして剣は手放していなかったが、痛みに耐える暇などない。
俊敏な大カマキリは直後に身体を旋回させ、瞬時に距離を詰めてくるや、その2つの巨大鎌を横薙ぎに振り切ってきた。
両側から迫る死神の鎌。
避けきれない――瞬時にそう悟った俺は、真正面から迎え撃つことを選択。
背中の巨木の幹を蹴るようにして跳躍、狙いは左側の鎌――左前脚の根元だ。
交錯は一瞬で―――……速かったのは俺の方。
左前脚を根元から斬りおとされたマンティスは苦悶と思しき悲鳴を上げる。
立て直す時間など与えず、続けてマンティスの胴体に剣を突き入れる。
体液らしき気味の悪い液体で服が汚れるのも厭わず、一気に剣の根元まで力任せに突き入れると、渾身の力を込めてそのまま真下へと叩き落とす。
片方の中脚、左前脚、そして胴体を抉り斬られたマンティスはもはや満身創痍だ。
それでもふらふらと動き出す大カマキリに、力任せにトドメの一閃を放つ。
その一撃は巨大マンティスの頭部をボトリと地面に落とし、数秒遅れて胴体も力なく崩れ落ちた。
「……よし、死んだな」
念のため、というより驚かせてくれた礼に、転がり落ちた頭部を一突きしてから、剣を鞘に納める。
「いや、見事なもんだ!」
「!!?」
突如として背後よりかけられた野太い声に、咄嗟に再度剣を引き抜いて振り向く。
「ああ、驚かせてしまったか! すまない、タカオ!」
「……なんだ、先生か。びっくりさせないでください」
そこに立っていたのは大柄の大男だった。
見慣れた知り合いということで、一息ついて警戒を解く。
眩しいほどに精悍な顔つきと、それに見合う朗らかな雰囲気。
上半身をすっぽり覆う銀色の鎧は鈍く輝き、背中には俺の身の丈ほどはありそうな巨大な長柄両刃斧を背負っている。身長は俺より頭1つ分大きく、その腕回り、胴回りの太さや、俺の倍以上はあるのではなかろうか。
名前はゲオルグ。
傭兵仕事はこういうものだということ、そして闘い方を教えてくれた先生である。
「先生も人が悪い。その口振りだと今まで覗き見していたということですか」
「なぁに、久しく会っていない弟子がどれだけ成長したか、木陰でじっくりと観戦させてもらおうと思ってな。……危なくなったら助けに入ろうかと思ったんだが。それにしても、あの巨大マンティスをたった1人で仕留めるとは大したもんだ。若い奴はやはり成長が早いな」
朗らかに笑うゲオルグ先生。
その大柄な身体に見合う豪快な精神と、そして悪く言えば大雑把なやり方で以って、色々と指導してくれたことが思い起こされる。
ギルドに入った当初、俺は我流で闘い方を覚えていった。
剣を武器として選んだのも、ファンタジー世界では一番それらしかったから、という単なる先入観からに過ぎない。だが、俺は剣道を習ったことがあるわけでも、何らかの武道の心得があるわけでもない。独学で習得していくには、どうしても無理があった。
頼ることができるのはホムレウスぐらいだったが、これが地下室に引き篭もり。
こいつは拙い、と考えていた頃に出会ったのが、ゲオルグ先生だった。
剣技を始めとする戦闘技術、これらは全て彼から学んだものである。
ちなみにゲオルグ先生もギルド会員であり、ランクとしてはBだ。
「で? なんでこんなところで先生と出会うんです?」
「ああ、それなんだが実はな――と、その前にやることをやってしまうか。マンティスの討伐だろ? 俺も手伝うから、さっさと辺りを見回ってこの鬱陶しい森から出よう」
了解、と返事を返して今更ながらに剣を鞘に戻した。
周囲にもはやマンティスの姿が見えないこと、気配がないことを確認し、俺はゲオルグ先生と帰り道を歩いていた。
話を聞けば、ゲオルグ先生は俺に手伝ってほしい仕事があるのだという。
それで朝から俺を捜していたようで、ギルドで確認したら《夜の森》で魔物討伐任務を行っている。ちょうど時間が空いて暇だったこともあり、散歩がてら、様子を見がてら、迎えに来たのだそうだ。
「タカオにとっては簡単な仕事だ、退屈しているだろうと思ってな。油断したところをちょっと驚かせてやろうと思ったんだが、上手い具合に強敵との戦闘の真っ最中だ。まったく、わざわざ足を運んで正解だった。おかげで弟子の成長ぶりがじっくりと堪能することができたからな」
「そりゃよかった。で、仕事というのは?」
「ああ、それなんだがな……なぁ、タカオ。お前に色々と教えるようになってまだ日が浅いから、そんなに偉そうなことは言える立場じゃないんだがな。それでも俺は出来る限りのことをお前に伝えたつもりだし、お前は呑み込みが恐ろしく早いからこうやって殆ど一人前で仕事をしている。
そこで、だ。そろそろお前に見聞を広めてもらおうと思ってな。
今度、ギルドの護衛任務でオーラキア帝国の帝都まで向かう。それにお前を連れて行きたい、ってわけだ。よくよく考えてみればお前とは王国内は方々歩き回ったが、国境を越えたことはなかったからな」
勿論ただの付き添いではなく、あくまでも一端の傭兵としてだぜ、とゲオルグは続けた。
……誘ってくれるのは嬉しいんだが、すぐに脳裏に浮かんだ不安がある。
それをそのまま口にした。
「俺が行っても足手まといにならないか? 帝都までとなると、かなりの長距離だし、俺はランクCだ。帝国内では王国内じゃ出遭わないような強力な魔物が出没するって話も聞く。正直、護衛といってもどこまで役に立てるか分からない」
オーラキア帝国に比べて、ヴァルゴアン王国は弱小だ。
それは、魔物の質という意味でも同様で、帝国内は凶暴な魔物が多いらしい。
それに比してか、帝国内のギルドで活動する傭兵達もかなりレベルが高いと聞く。
また、それがなくともオーラキア帝国の3大騎士団、《白の騎士団》《蒼の騎士団》《紅の騎士団》が強固に魔物を押さえつけているといわれているのだ。
「なに、役に立たなくたってそれも経験だ。伝聞だけでしか知らないというのは、やっぱり頼りないもんだからな。大事なのは自身の肌で感じることだと俺は考えている。でなきゃ本質は分からない。
お前の心配もよく分かるつもりだ。実際王国と帝国の魔物を比べると、帝国内の魔物の方が数段と強力だからな。
だがな、俺はさっきのお前の闘いっぷりを見て確信した。お前は帝国内の魔物とも十分張り合える。正直お前の成長速度を見誤っていた。もっと経験を積ませてから帝国へ、と考えていたんだがな。もう遅いぐらいだ。」
とゲオルグ先生は自身ありげ言うが、俺はなんとも答えようがなかった。
正直、自分がそこまで強くなったのかなんて、まったく実感として湧かない。
行きたい、という気持ちはあるが……いまいち、乗り気がしない。
思い悩む俺に、ゲオルグは軽い調子で肩に手を置いた。
「ま、出発はまだ2週間ほど先だからな。それまでに決めてくれればいいさ。お前の師匠役としては、いい機会だと思ったんでな。俺としては、お勧めだ。ただ、なにも無理強いするわけじゃないからな。ひとつ考えてみてくれたらいい」
帝国行き。
乗り気はしないが、大いに興味はある。
というのも、《勇者召喚》のことがあるからだ。
《勇者召喚》の儀式は帝国の宮廷魔術師によってのみ行われる、という。
そして、魔王復活の噂と、近々《勇者召喚》が行われるのではないかという噂。
同じく《勇者召喚》によって召喚された身だ、興味を持たないないはずがない。
オーラキア帝国に行けば、魔王のこと勇者のこと、もっと具体的な情報が得られるかもしれない。
いずれチャンスがあれば帝国へ行って……と考えたことは幾度もある。
だが、先程考えたような懸念もある。
王国内でも魔物が活性化して治安面で不安が出てきているのだ、帝国内でも当然同じような問題が出ているだろう。杞憂かもしれないが、傭兵の身だ、運悪く命を落とすことだってあるかもしれない。
……冗談じゃない。
こんな異世界で死ぬなんて、絶対にごめんだ。
俺は元いた世界に必ずや帰ってみせる。
帰還の方法を発見し、いずれ掴み取るその日が来るまで、俺は死ぬわけにはいかないのだ。
(……さて、どうしたものか)
思案しつつ、俺はゲオルグ先生と王都への道をゆっくりと歩き続けた。