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勇者進化論  作者: 虎次郎
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EX05 決心した勇者







「―――私に話せるのは、ここまでぐらいだろうか」



ヴァルゴアン王国王都サンエストル。王国騎士団騎士団長執務室。


普段は執務に使うことが専らで客など入れることのないこの部屋だが、今日は珍しく3人の客が入っていた。



「そうですか……朝倉君はこの異世界に来てからそうやって生きてきたんですね」


「たくましいやつだよ、ほんと。傭兵になって生きようなんて俺には思いつきやしないね」


「……ユウスケ君、朝倉君も生きていくのに必死だったということですよ」



キョウコ・イマムラ、ユウスケ・ウエノ、そしてミサト・エイジマ。


私は王国騎士団ユリウス・アイスラーとしての立場ではなく、タカオ・アサクラの保護者として、話せる限りのことを彼女たちに話した。タカオ君と故郷を同じくする者たち、彼女らにはそれを知る資格があると思えたからだ。


まして――彼女達はタカオ君ただ1人を捜し求めて、オーラキア帝国から"脱走"してまで、このサンエストルまでやってきたのだから。



「すまないな、タカオ君の現在の居場所が分かればぜひ教えてやりたいのだが、私でも彼の行方は掴めん。方々手を回してはいるんだが……」


「いいさ。団長さんの話を聞く限りだと、アイツもかなりの実力を持っているみたいだ。だったらそう簡単に死にはしないだろ」



正直、私個人としても忸怩たる思いがある。《黒い牙》は確かにタカオ君をあの帝都オーケルンまで捕捉していた。だが、その後が完全に途絶えてしまった。以来、今もってタカオ君の行方は知れない。



「で、この次はどうするよ、キョウコ。タカオのこの世界での振り出し地点まで遡って、結局俺たちも振り出しに戻っちまったわけだが」


「……一度、オーラキアまで戻りますか?」



おそるおそる、といった様子でミサト君が提案する。どうやら彼女はこの3人の中でも少々気弱なようだ。


気に障ったのか、ユウスケ君が眉を吊り上げていち早く反論する。



「お前、まだそんな舐めたことを言うつもりか。俺はあそこに戻るのだけはごめんだね。そりゃあエドはいいやつだったが、周りの連中――特に八貴族の連中だけはもうかかわりたくもないからな」


「ま、まぁそこについては私も同感ですけど……けど、こう手がかりがないんじゃ……」



キョウコ君達が《勇者召喚》されながらも、勇者としての道を歩まず、はては帝国を出奔する事態になるまでの事情について、私は彼女達から聞いていた。


つまるところ、彼女達は帝国内の権力闘争にいいように利用されてしまったのだ。迫りくる魔王の脅威を前にして、身内での権謀術数に明け暮れるとはあきれ果てるしかないが……。


帝国内政を司る貴族たち――通称、八貴族の間ではここのところ内部的な対立が先鋭化しているとは聞いていたが、そこまでに至っていたか――。


ともあれ、キョウコ君達は帝国内部の陰惨たる政治闘争に愛想を尽かしてしまった。もとより、無理やり《勇者召喚》された、という思いが彼女達の中にはある。ほんの少しのきっかけで、不信感を爆発させるには十分だったのだ。




「もう1つ……いえ、2つだけ教えてもらいたいことがあります」


「私に教えられることならば、なんでも」


「――『クリスティアナ』という人間と、『ホムレウス』という人間について」


「……!!」



ここでその名前が出てくるとは思わず驚く私を尻目に、ユウスケ君とミサト君はそういえば、と首肯する。



「――そうか、よく覚えていたなキョウコ。あんな召喚直後のことなんて。そうだぜ、そいつらの正体がまだ割れてなかった」


「結局、皇帝陛下を始め、誰一人としてあの後おしえてくれなかったんですよね。考えてみれば、それもユウスケ君の癪に障ったみたいですけど……」



やはり、彼女達はそこまで踏み込んでいたか。先ほどまでのタカオ君のこれまでの軌跡から、その2人の人物については意図的に外していたのだが……。



私は黙考する。


ホムレウス氏についてはともかく――『クリスティアナ』については、どうだろう。話してしまってもいいのだろうか。話してしまえば事態が複雑化するのではないだろうか。



『クリスティアナ』――クリスティアナ・バーグマンは、一介の私人ではない。言い方は悪いが、クリスティアナを上手く使えば、この世界最大の国家の急所をおさえることもできうる。


そこに、タカオ君がオーラキア帝国まで彼女を護衛したという事実と、彼らがオーラキア帝国の皇城に入ってからの行方が途絶えているという事実、今現在になってもオーラキア帝国の次期皇位継承者が公にされないという事実。


これらの事実と、キョウコ君達の召喚直後に起こった突然の事件。



導き出される答えは1つしかない。


クリスティアナ・バーグマンは皇城内で暗殺者集団《焔》に拉致された。そして、タカオ君はそれを追跡、その最中に消息を絶った。


であるとすれば、タカオ君の行方不明の原因は《焔》の追跡中に"何か"があったため、ということになる。それはすなわち、タカオ君がクリスティアナ・バーグマンの救出に失敗し、彼女は依然《焔》ないしはその後ろ盾――クリティアナ拉致の首謀者の手の内にある、ということを意味する。


この場合、タカオ君は追跡の最中に《焔》の手練の返り討ちに遭った、という考え方をするのが自然なのだが………それを信じたくはない。



ここまでならば、それほど事態は複雑ではない。首謀者が何者であるにせよ、事が公になる前に彼女を秘密裏に救出してしまえばすむ話だ。《焔》を使うなど、帝国のみならず、《焔》とは組織理念そのものが真っ向から対立する傭兵ギルドも黙ってはいない。要請があれば、我が騎士団としても《黒い牙》を動かすことを想定しなければならない。




だが――そこにキョウコ君達が介入するとどうなる?


"正式"な《勇者召喚》によって異世界から召喚されたキョウコ君達もまた、ある意味では非常に政治的な意味を持つ存在だ。日々その脅威を増す魔王を討つための、人類側の最後の希望。



この両者の符合は、事態にカオスをもたらすだけではないのだろうか。この時期――魔王の軍勢に対して人類が一丸となって対応すべきときに、情勢にいらぬ要素をもたらしはしないだろうか。


一国の騎士団団長の立場を預かる身としては、そこが少し気がかりなのだ。




「団長さん?」


「おいおい、今更これ以上は話せないなんてこと言わないでくれよ。俺たちにとってみれば、後の手がかりはこれだけなんだから」



キョウコ君たちが一様に胡乱げな視線を私に向ける。


……私はどうするべきなのか。『ホムレウス』氏については話しても問題あるまい。だが『クリスティアナ』は別だ。


しかし、『クリスティアナ』という存在は、タカオ君を辿る道筋に直結する――。


………………


………






私は、心を決めた。


ヴァルゴアン王国騎士団騎士団長としての立場ではなく――タカオ君の保護者、親としての立場を優先すると。




















私が、今度こそ私の知りうる限りを話したとき、キョウコ君達はようやく据わりが悪かったものが落ち着いたような、そんな表情となっていた。



「……ミサト、ユウスケ」


「ん?」

「なんでしょう、キョウコさん」



キョウコ君の目はいつのまにか何かを決心したようなものに変わっていた。初対面のときに彼女から感じた悲壮感はなりをひそめたのか、もう感じなくなっている。その代わりに彼女から感じるのは、力強い覇気だ。



「私はキルクハイム王国に行ってみようかと思う」


「――キルクハイムへ?」



ほぉ、キルクハイムか。


私としては、あの国に対してはあまりいい思い出はない。かつての《白竜戦争》では私は帝国側の軍人として参戦していたが、随分と手痛い目に遭わされている。


聞くところによれば、リベルト王子が政治の実権を手にしているというが。



「アイスラー団長、キルクハイム王国では近々闘技大会が開かれるんですよね?」


「ああ、そういえばそんな時期だね。あの国では3年に1度、世界中の猛者を集めて闘技会が催される。かなり大きなものだよ」



私も一度参加したことがある。世界中の騎士だけでなく、傭兵を始めとした腕に覚えのある者たちが大挙して集まる。前回の優勝者は確か、帝国の《紅の騎士団》の団長、ブリジット・エアリーだったか。



「それに出場して――優勝してやりましょう」


「……はぁ? キョウコ、またお前は何を言い出すかと思えば」



ユウスケ君が何を馬鹿なことをと言わんばかりの声を上げる。確かに突拍子もないが……これは案外……。



と、いきなりキョウコ君が含み笑いを始める。



「ふ、だからアンタは浅はかなのよ、ユウスケ」


「――な、なにぃ!? お前、言うに事欠いてだな――!」


「いい、朝倉君はきっと生きている。私達はそれを信じるしかないわ。でも、彼の行方は杳として知れない。私達もいろいろ手を回したけど、もう策がない。クリスを追うにもそちらも手がかりなし。となれば最後の手段。朝倉君の方がこっちを向くように仕向ければいいのよ。世界的な闘技大会で優勝すれば名前が売れる。そこで私達が勇者であると公表した日には大盛り上がり間違いなし。そうすればいくらあの鈍感な朝倉君でも私達がこの世界に来ていることに気づくわ。分かる?」


「……はい」




一息に喋るキョウコ君に、ユウスケ君もいささか圧倒されたらしい。


なにか……ふむ、印象が違ってくるな。彼女はこんなにも饒舌だったのか。それとも、キョウコ・イマムラは元々こういう性格なのだろうか。



「で、でもキョウコさん、世界中から強い人が集まるんでしょう? そんな簡単には――!」


「甘い! ぬかりはなし、よ。優勝する、とは言ったけど、そこまで優勝に拘る必要はないわ。要は思いっきり目立てばいいのよ、目立てば。大会中に勇者だってことを公表するだけでも、注目度は抜群! それに、私達には"あの力"があるじゃない。優勝だってそんな難しいことじゃないわ」



「――なるほど、そういやそうか。俺たちにはあのチート級の力があったな」




………チート? 


この世界に召喚されたばかりのタカオ君もそうだったが、異世界の人間の使う言葉は時々いまいちよく分からなくなる。


それにしても、若いわりにはこのキョウコ・イマムラという少女はよく考えている。私が話しを終えたあのわずかの間に、そこまで思索をめぐらせていたか。



「しっかし、キルクハイムか。地理的にはヴァルゴアン王国とはオーラキアを挟んで反対側だろ? また長い旅になりそうだな」


「……ええっと、違うわよユウスケ。キルクハイムに行くのは私だけ!」


「なに!?」

「ど、ど、どういうことですか、キョウコさんッ!?」



「ミサト、ユウスケ……貴方達にはドラングース王国に向かってほしい。行って、ホムレウスとかいう朝倉君を召喚した糞爺をとっ捕まえてほしいのよ」



……なんと。なかなか無茶を考えるな、このお嬢さんは。


タカオも時々無茶な行動をしでかしていたが、そういう行動に打って出るのは異世界人の特性なのだろうか?







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