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勇者進化論  作者: 虎次郎
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第12話 潜伏する仮勇者


勇者様が召喚された、という噂を始めて耳にしたのはいったいいつの頃だったろう。


人々は口々にこれで世界が救われると、魔物の脅威に怯えなくてすむと、魔王は滅ぼされるのだと話した。そこにはわずかながらの疑いもない、絶対的な確信があった。


この世界の人間なら知らぬ者はいないとも言える、昔からの伝承。すなわち、光の勇者が異世界より召喚され、魔王が討ち滅ぼされるという話。


この話のとおり、世界は動いているといってもいいのだろう。次は光の勇者の活躍によって王は討たれる、というわけだ。


魔物の侵攻は急速に進んでいる。誰しもが、自らの住む都市がかのガルト事件のような惨事になることを恐れている。そんなことになる前に、きっと勇者様が世界を救ってくれる。そんな期待を抱くのは、ある種当然のことだ。


だが――そんな勇者への期待を、この耳にするたびに、俺は複雑な気分にさせられていた。


勇者が召喚された――……では、同じく《勇者召喚》で召喚された俺は――なんだ?








☆ ☆ ☆









「ハンス・アグリールさんですね」


「は?」



オーラキア帝国、帝都オーケルン。常時人通りの多いこの市街の大通りで、俺はいきなり1人の男に呼び止められた。


ダークグレーのスーツを完璧に着こなした、頭の先から踵の先まできっちりと身なりを整えた男。サングラスをかけているので双眸は分からないが、堅物の雰囲気をぷんぷんと匂わせている。



「えっと……確かに俺はハンスだがね。あんたは?」


「これは失礼。私、こういうものです」



そう言って、男はその一つ一つが丁寧な動作で懐から四角く小さな紙を取り出し、俺に差し出した。見慣れないものに一瞬戸惑ったが、どうやらこれが噂に聞く、名刺、というやつらしい。


受け取った名刺には『ギルド本部 広域運営連絡調整員兼機動調査員 グレイ・ダイクス』……と、なんとも長たらしい、一読しただけでは意味不明な肩書きとともに名前が書かれていた。



「不躾でたいへん恐縮なのですが、ハンスさん、貴方にギルドから直接依頼したいことがあって、こうしてお訪ねした次第です」


「……はぁ?」









極まれにだが、個々の傭兵に対してギルドが直接依頼をすることがある。


基本、このようなことはありえないことだ。日々、人々からギルドに持ち込まれる依頼は、傭兵が自ら選択して受けるもの。ギルドからいわば押し付けられるような形で依頼を処理することはない。


だが、非常に処理困難な依頼であるとか、依頼者が特殊な地位にある者である場合――このような依頼は特別管理任務とも呼ばれるが――ギルドが傭兵を選ぶ。


紹介とは言うが、実情は強制に近い。その依頼を受けるか否か、適正に処理できたかどうかが、今後の傭兵としての査定を左右するからだ。


こういった依頼を断ったばかりに、傭兵ランクを下げられた者もいると聞く……上がることはあっても、下がることはないと言われる傭兵ランクだ。下位ランクに落ちるなど、傭兵として不名誉の極み、侮蔑の対象である。まぁ、わざわざそんなリスクを侵して依頼を断る奇特な輩はそうそういないだろう。



「では、お受けいただけるのですね?」


「ま、見返りもいいしな。断る理由もないさ」



大通りから場所を変え、路地裏の場末の酒場。客の入りも少なく、昼間でも非常に薄暗く狭い酒場で、俺はグレイに依頼の説明を受けていた。


結論としてだが、俺はほぼ即断でその依頼を受けることを伝えた。なんといっても、提示された報酬が破格すぎた。……男1人、当面は遊んで暮らせる額だ。



「それは良かった。いやはや、今回の任務は少々特殊でして……ハンス・アグリールさん、あなたのような腕の立つ傭兵が何人も必要なんですよ」


「特殊だから、ギルドが直接依頼するんだろ。まぁ褒めてもらえるのはありがたいがね」



これは失礼、とグレイはずれたサングラスを直すような仕草をした。どうにも慇懃無礼な感じがして、いい印象がない。



「で、だ。そろそろ依頼の中身を詳しく教えてくれてもいいんじゃあないのか?」


「そうですね、概略だけでも先にお伝えしておきましょう。詳細な中身については、後日、全員が揃ってからお話しさせていただきますので」




曰く、今回の依頼はこのオーラキア帝国で誘拐された帝国のとある要人を救出すること、らしい。


どうもこの要人というのが高度に政治的な問題を孕む存在のようで、帝国が前面に立って解決することができないらしく、水面下で処理を――すなわち形式上はどこの国家にも属さないギルドに協力を依頼して解決することになった、とのことだ。


で、ギルドは腕利きの傭兵を集め、救出作戦を行うことになった、ということなのだが……。



「無論ですが、これは極秘事項です。そのため、この要人というのが誰なのかについては、作戦決行の直前までは伏せさせていただきますので、ご了承ください」



……こう言ってはなんだが、非常にキナ臭い、と思う。


つまるところ、世界屈指の強国であるオーラキア帝国が国内で起こした不祥事を、ギルドの傭兵を使って解決してしまおう、とぃうことだ。


その要人というのが、いかなる存在なのか分からないが、水面下で解決しなければならないような人間など、そうはいない。


極端な発想かもしれないが、帝国が表立って動けば――国家間レベルでの戦争が勃発しかねない問題、ということだって考えられる。


……まぁ、そこは俺のような現場の傭兵が考えることじゃあないかね。せっかく、法外な報酬にありつくことができるんだ。これを断る馬鹿はいないだろうね。



「今回の依頼には俺以外に何人が参加するんだ? それだけの案件なんだ、相当数が参加するんじゃないのか?」


「いえいえ、量より質、頭数がいればいいというものでもありませんので、今回は少数精鋭で行うつもりです。少数の方が、作戦上、いろいろと都合が良いものでして……」



少数の方が都合が良い、ねぇ。作戦そのものも、どうやら相当にやばそうな感じがするな、これは。



「そうそう、実はお一人連れてきているんですよ。一応、紹介しておきましょうか」



そう言うや、グレイは立ち上がって酒場の出入り口に向かった。酒場の外に誰かを待たせていたのか、外に手招きすると、1人の男が酒場へと足を踏み入れた。



「……ッ!?」



入ってきたのは、目鼻立ちが異様なほどに整った長身の男だった。


腰まで届きそうな長い金髪は首筋あたりで結われ、まるでしっぽのように揺れている。腰に提げられた二本の長剣だけでも威圧感がある。


だが、それ以上に男から圧倒的な存在感が感じられた。ただ酒場の中に足を踏み入れただけだというのに、まるでこの空間すべてが男に制圧されたかのような、そんな感触。ただ、その青い双眸に野蛮なものは見られない。あるのは、ただただ静けさだ。


俺は自分でも気づかないうちに、懐の杖を握っていた。


そんな中、グレイだけが悠然と男に歩み寄る。



「紹介いたしましょう。彼の名は、ルーファス・ロウ。《閃光のルーファス》、といったほうが分かりやすいでしょうか」


「! SS級――か!?」



まさか、こんなところでお目にかかれるとは思わなかった。


傭兵の最上位、ランクSS。ランクS以上の傭兵は二つ名を与えられ、その名前は世界中の傭兵にとって畏敬の的だ。


中でも、《閃光のルーファス》といえば、だ。


ギルド史上を見ても、最強の冠を与えるにふさわしいとも言われている傭兵だ。その凄まじい剣技はオーラキアの三大騎士団の団長たちすら凌駕すると噂される。


驚愕する俺をよそに、グレイはあくまでも淡々と説明を続ける。



「なにしろ、今回の作戦は非常に重要なものでしてね。その成否は、我がギルドとオーラキア帝国の今後の関係にも重大な影響を及ぼす可能性すらあるものです。そのために、当ギルドとしても考えうる限りの人員を選出した、というわけです」


「フン、よく言う。たまたま俺が依頼を抱え込んでいなかったからだろう」



ルーファスの声は、まるで鋼のように硬質感あるものだった。意識しなければ素通りするだけのことなのだが、意識するとその一言一言が身体全体に重くのしかかってくる。


なるほど……これがSS級ってぇわけか。闘うところを見たわけでもないってのに……。



「いえいえ、適材適所、ということです。ルーファスさんにはルーファスさんの、ハンスさんにはハンスさんの、この作戦での役割がありますので。傭兵のランクはこの際、問題とはしていません」



そうは言われても、俺からすればSS級など雲の上の存在である。足手まといにしかなりそうもないのだが……。


どうにも人選がよく分からん。



「ギルドのランク付けなど何の印にもならん。かえって先入観を抱かせるだけだ。貴様らギルドのエージェントの手前勝手な物差しで見定められても、いい迷惑というものだ」


「手厳しいご意見ですが、そう無益なものでもないんですよ? 依頼する側、される側、やはり一定の基準は必要ですから」


「その基準を作るのが貴様らエージェントだというのが気に入らん、と俺は言っているんだ。所詮、貴様らは戦士ではない。だから、あの"アサクラ"のような的外れなランクをつけられた者を生む」



……ちょっと待った。今、聞き捨てならない名前が出てきた気がする。



「アサクラ、だって……?」



突然口を挟んだ俺に、グレイとルーファス双方の視線が一斉に向けられる。そんな名前の奴、この世界でそうそういるもんじゃない……。



「ひょっとしてその"アサクラ"ってのは――」


「ああ、そういえばハンスさんはサンエストルのギルドが振り出しでしたね。だったら、彼のことも知っていて当然ですか。お察しのとおり、"アサクラ・タカオ"さんのことですよ。彼も今回の作戦には参加予定なんです」



なんとまぁ。


あの野郎、どこをほっつき歩いているのかと思ったら……。








☆ ☆ ☆









アサクラ・タカオという人間は、ホムレウス・オルノアンによって召喚された。あの憎たらしい爺によれば、召喚した方法は《勇者召喚》という魔法だ。


このたび召喚されたという勇者様は、オーラキア帝国の宮廷魔術師によって召喚された。伝承によれば、これもまた《勇者召喚》という魔法による。



どう考えても、この二者にさしたる違いはない。あるのは、《勇者召喚》魔法を行使した主体が異なるだけだ。


そして重要なのは、《勇者召喚》は帝国の宮廷魔術師にのみ伝えられてきたということ。


それを何故、ホムレウスが使えたのかは分からない。今もって行方不明だが、いずれは見つけ出して問い詰める必要があるだろう。



それはともかく、おそらく、ホムレウスによる《勇者召喚》はイレギュラーなのだ。


本来は、帝国が召喚した勇者達が、まことに正しい勇者なのだろう。


とすれば、イレギュラーな事態によって召喚された異世界人である俺も、また同様にイレギュラーな存在――ということになる。



俺こそが真の勇者だ、という発想は残念ながら無理がある。そもそも俺が召喚されてからというもの2年以上が経つが、俺に伝承のとおり光の勇者の力が発現する傾向はまったくないのだから。


ならば、俺はいったいなんだ? 



手違いで召喚されたのか? それとも、万が一のときのための予備か?








「――アサクラ様」


「……あ?」



答えの出るはずのない思索の海から俺を引っ張りあげたのは、無機質な女性の声だった。


目を開けて見回すと、とある王国の騎士団の制服を着こなした女が立っていた。黒褐色の髪をシンプルなバレッタで留めた、妙齢の美女だ。



「ああ、カレンか。交代の時間か?」


「いえ、随分とお疲れのご様子ですので、寝室でお眠りになられてはと思いまして」



どうやら軽く考え事をするつもりが、ドツボにはまっていたらしい。遠慮しておく、と丁重に断りつつ、俺はようようと椅子から立ち上がった。



「先ほど、ギルドから連絡がありました。今回の作戦遂行にあたってのメンバー全員の選定が終了したそうです。今頃エージェントが各傭兵を勧誘しているかと」


「それじゃあ、後はヴァルゴアン王国とドラングース王国の回答待ちか」



はい、と女性――カレンはあくまでも事務的に受け答えした。知り合ってから随分と経つが、まったく愛想というものがない。


もう半月ほどになるか、ようやく住み慣れてきたこの部屋。窓際に近づいて厚いカーテンを開けると、白銀の光景が広がっていた。




キルクハイム王国王都ガリバール。


この国において一年で最も降雪の多いこの時節、俺はこの国にいた。




俺の目の前で拉致された――クリスティアナ・バーグマンを救出するために。





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