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勇者進化論  作者: 虎次郎
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EX03 勇者、人探しをする

圧巻。


私がつい先ほど目にした光景は、ただその一言に尽きたと言ってよかった。




端的に言うならば、ほんの数分前まで私は生命の危機にあった。それも、不治の病による危機だとか、老衰による寿命といった誰にでも訪れるものではない。


文字通り、この身を喰い尽くされる危機にあった。



私の足元に転がっているのは、無残に打ち砕かれた魔物たちの無数の死骸だ。私たちが馬車で通りすがるまでは鮮やかな緑に映えていた草原の中を走る街道は、見るにおぞましいどす黒い血と醜い肉塊によって埋め尽くされていた。せっかくのさわやかな草原の香りも、こうなっては血の据えた臭いが多い尽くすばかりである。


この魔物たちは、俗に食人鬼などと呼ばれている。廃墟などに住みつき、群れをなして人間を襲い、その名前のとおり人間の肉を好んで食らう。人間の捕食者とも言える存在であるが、その個々の力は決して絶望的なものではない。ギルドの傭兵を連れていれば、たとえのどかな街道を歩いていたところを不意打ちされたとしても、十分に対処できる相手である。


率直に言って、私に傭兵達のような魔物と闘う力はない。剣は扱えないし、当然魔法の1つも使えない。どうにも絶望的なほどに才能というものがないらしい。そんな私にできるのは、これまでの人生数十年の中で培ってきたギルド内部の書類処理、報告事務、経理といったところか。当然、こんな能力は魔物相手では何の役にも立たない。


そんな私がこの物騒なご時世に護衛の一人も連れず、街の外に出るのはもはや自殺志望者とも言えるわけで、最低限の用心として、傭兵3名に、王都サンエストルから港町ガルト――今では交易の街の見る影もないが――の道中の護衛を依頼していた。


まず断ってくおきたいのだが、彼らは決して無能ではなかったし、三流、四流の傭兵ではなかった。ランクCと下位の評価ではあるが、無数の傭兵の成長を見守ってきた身としては、磨けば光るモノを感じたし、経験さえ積めばそれなりの傭兵にはなるだろうと思えた。


そんな彼らは今どこにいるのかといえば――無数に転がる魔物たちのいずれかの、腹の中だ。




……気分が悪くなってきたので、そろそろ自己紹介しておこう。


私の名前はライド・アルム。

ヴァルゴアン王国王都サンエストルのギルドに20歳になる前から勤め上げ、現在の肩書きは事務長――つい最近になって出世したばかりの、愛する子もいる妻帯者だ。


そんな私の目の前には、圧巻の光景を繰り広げた3人の男女がいた。いずれも年は若い。まだ少年、少女の幼さが抜けきらない、それぞれが個性的な3人組だ。今でも信じがたいが……100匹は超えたであろう食人鬼を瞬く間に討伐――いや、殲滅したのは、この3人だった。



夢か幻か、信じがたいが、常識ある大人としては、やはりこれだけは言わねばならない。


「助けてくれて、ありがとう。君たちは命の恩人だ」


私は感謝の意を込めて、深く頭を下げた。


「いえ……すみません。私たちがもう少し早ければ……」


返ってきたのは、私に対する謝罪の言葉だった。


おそらく3人組のリーダー格なのだろう。腰まで届くだろう漆黒の長い髪を無造作に一本に纏めた、綺麗な娘だった。黒瞳の眼差しからは悲色が覗いているものの、可憐、という言葉がよく似合う。背もすらりと高く、上背は私とほぼ同程度ではなかろうか。上半身は銀色に輝く軽鎧で覆い、腰にはこれまた長い剣を提げている。屈強な戦士から見れば子供同然ともいえる痩せた体型ではあったが、あの食人鬼の群れのほとんどは彼女の剣によって屠られていた。


娘はおそらく護衛の傭兵達のことについて謝ってくれているのだろうと思われたが、それは違う。


私が口を開く前に、しかし娘の右横にたたずんでいた男――いや青年というべきかな――が口を挟んだ。


「"キョウコ"、そう気に病むなよ。冷たいようだが、モノには時機ってものがある。タイミングが悪かったんだ」


そう、そのとおりだ。名前も知らない青年の言った言葉だが、私の言いたいこととほぼ同趣旨だ。


運命の一言ですべてを片付けてしまいたくはないが、護衛の傭兵3人が殺されたのも、私が殺される寸前のところで助けられたのも、たまたま運が悪かったからであり、運が良かったからにすぎない。



「でも……"ユウスケ″君。"キョウコ"さんも私も、それだけで割り切りたくはありませんよ……」


「だったら、俺たちは力をつけるしかないのさ。すべてを救うための力を、な。そうだろう、"キョウコ"、"ミサト"」


なにやら娘の横で、3人組の残り2人が内輪もめ染みた会話を始めたが……。



……いかん、そろそろ限界だ。


そう思った瞬間、私の視界は反転し、一瞬後には雲ひとつない青空を見上げていた。













ようよう意識を取り戻したとき、私は何故か見慣れぬ馬車の中で柔らかなモノに包まれて横になっていた。どうやら毛布をかけられていたらしい。若干高めの若者たちの話し声に呼び起こされるように、ゆっくりと目を開ける。


即座に目に入ってきたのは、先ほどの3人組のうちの1人、最も小柄で、最も幼さが滲み出る、可愛らしいという言葉が似合う娘だった。肩口ほどまでのこれまた黒髪に、両耳には少々目立つ大きめの金色の耳飾をつけている。装飾自体は見慣れぬものだが、おそらく魔法使い達が好んでつけるとされる飾りだろう。身体全体を覆うような漆黒のローブ以外は、外見的な雰囲気からしてもそこいらの街角にいる女子供と変わりない。


身体を起こそうとする私の肩を丁寧に支えてくれたこの娘は、万人を安心させるような笑みで問いかける。


「気がつきましたか。私たちのこと、覚えています?」


「あ、ああ……さっき、助けてくれた子達だね」


ゆっくりと馬車の中を見回すと、今度は先ほどの3人組のうちの最後の1人――これまた若い青年が馬の手綱を握っていた。リーダー格らしき娘の姿は見えない。


戸惑う私に、小柄な娘はゆっくりと状況を説明してくれた。


私があの後急に倒れてしまったこと、倒れてしまった私を置き去りにするわけにもいかず、やむなく自分たちの使っていた馬車に乗せたこと、もともと私たちが使っていた馬車は馬すら殺されて使い物にならない状態であったこと等々。


要は、私はこの娘たちに救出されたということらしい。


事情を聞き、私は改めて礼を言った。


「本当に、ありがとう。君たちが駆けつけてくれなければ、私も魔物の腹の中におさまるところだった」


「気にしないでくれ。俺たちがあんたを見つけたのは、ほんの偶然だ。食人鬼の群れに囲まれている人影を偶々見かけなけりゃ、魔物の群れなんてよくあることと無視して通り過ぎるところだったんだからな」


手綱を握りつつ、青年が振り返って歯に衣着せぬ物言いで喋る。


若干目つきが鋭いが、なかなかの男前だ。やはり黒髪であり、細眼鏡をかけている。薄汚れた灰色のジャケットを着込んでおり、見たところ得物を持っていないように見えるので、戦士なのか魔法使いなのか外見からは見当がつかない。ひょっとしたら、彼に関しては私同様闘う力を持っていないではなかろうか。


「俺たちはちょうど王都サンエストルに向かうところだった。あんたの目的地がサンエストル方面か、ガルト方面か分からなかったが、あんな死骸の山の中に置いとくわけにもいかなかったから、勝手だがこちらに乗車してもらった次第なんだが……」


「いや、かまわないよ。実はガルトに向かっていたんだが、あんなことがあっては一旦サンエストルのギルドに戻った方が良さそうだ」


なんとも無様なものだった。護衛を全員殺されたうえ、ほうほうのていで出戻りすることになろうとは……。



「ところで、君たちのほかにもう1人いたような気がするんだが……彼女はどうしたんだい?」


「ああ、彼女――キョウコなら先発して偵察に出てもらっている。あれだけの食人鬼を殺したんだ、ほかの群れが異変を察知してよりついてきてもおかしくはないからな――と、そういえば、自己紹介してなかったな」


言われて、はたと私も気がついた。私としたことが、名乗りもしていない。



「俺は、ユウスケ――ユウスケ・ウエノだ。一応、剣士という部類になるかな」


それにしては、帯剣していないように見えるのだがと怪訝に思いつつも、私も自己紹介する。


「私はライド・アルム。王都サンエストルのギルドに勤めている。ガルトには、ギルドの仕事でちょっとした調査に出かけるところだったんだが……」


「アルムさん――ですか。私はミサト・エイジマ。魔法使い、ということになりますね。ちなみに、もう1人の彼女は、キョウコ・イマムラ。お気づきかもしれませんが、私たちのリーダーです」







☆  ☆  ☆










「……そうか、それは災難だったな。前途有望な若い傭兵を3人も一度に失ったことは痛いが……君だけでも無事でよかった」


「申し訳ありません、支部長。私ももう少し用心するべきだったのですが」



対面のソファに座るギルド長は、一気に老け込んだようにも見える顔にさらに皺を寄せて苦悶の表情を見せた。


親切にも王都サンエストルまで送ってもらった私は、偵察から戻ったキョウコ、ユウスケ、ミサトの3人組に改めて謝意を伝え、急ぎギルドへと向かった。


本来、このサンエストのギルドに戻るのは1週間後のはずだった。にもかかわらず、2日と経たずに戻ってきた私に事務員達が皆一様に何かあったのかと声をかけてきたが、私は説明もそこそこに当ギルドのギルド長の執務室を訪ねた。


事前の了承もなくいきなり執務室に乗り込んできた私にサンエストル・ギルド長――フェリクス・ブレイダーも最初は面食らっていたが、事情を説明するにつれ、酷く深刻な顔つきへと変化していった。


「いや、これは決して君の責任ではない。ここのところの加速度的な魔物の活動の活発化はもはや対処できないところにまで至っている。……もはや食人鬼程度の魔物、と侮っていられる時勢ではない、ということだな」


魔王が復活した、と市井の人々が口々に噂し始めたのは、まだまだ最近のことだったと思う。魔物の個数が増え始め、また、急速にその個々の力を増大させはじめてから、まだそうそう経っていない筈だ。


にもかかわらず、世界は酷く物騒なものになった。現在では『ガルト事件』とも呼ばれる港町1つが一夜のうちに魔物の襲撃を受けて壊滅した事件。これを境に各国の各都市で魔物の襲撃が増え始め、都市外部では闘う力を持たない商人や旅人は傭兵等の護衛がなければ隣町にも行けない有様となっている。各国では騎士団の力を増強し、世界に点在するわれらギルド組織もまた、あらゆる方面で魔物討伐を行っていた。


それでもまだ、第二の『ガルト事件』ともいうべき大規模な都市襲撃は起こっていない。だが、人心に不安と恐怖ばかりが渦巻くこの状況は、恐慌一歩手前の状態とも言えた。


それだけ、魔王の存在は魔物の生態に影響を及ぼしているのだろう。魔王復活ももはや噂話などと言っておられず、明確な、確定的な事項として人々の話題にのぼる。



「ギルド本部にも今回の件を報告して、魔物に対する一層の警戒を上申しておく。それと、君のガルト復興調査は、また時機を改めることとしよう。加えて………ライド君、君は長期の休暇を申請したまえ」


「支部長、私のことでしたらどうかお気遣いなく―――」


「そういうわけにはいかん。肉体的疲労は一晩休めばある程度緩和されるが、精神的な疲労は一晩でどうこうなるものではない。……酷な言い方だが、ずっと内部の仕事をしてきた君には……今日の体験は衝撃が強かったはずだ」


そう指摘されて、意識的に考えないようにしていたあの凄惨な光景が想起された。



確かに……人間が3人……魔物の群れに無惨に殺される様は……。


急速に嘔吐感が込み上げ、内臓がかき回されるような、呼吸のできないような感覚に襲われる。字面だけでなら、傭兵からの報告書上だけでなら、別段珍しくなんともない事象だというのに……。


「……分かりました。元々出張している身です、早急に引き継ぎを済ませ、休暇を申請することにいたします」







執務室から出た私は、事務室の他の事務員達にも簡単に事の経緯を説明した。……いずれ分かることだが、護衛の傭兵の死に様については意識的に触れないことにし、今後傭兵として再起不能となるほど大きな負傷を負ったことだけ話した。


ガルトへの出張の無期限延期、そして滅多に取得することのない休暇を、それも長期に取得することを話した段階で、皆ある程度事情は察してくれた様子であった。聡い部下達を持って、私は実に幸運である。


「ライド事務長は普段から働き詰めですからね。たまにはゆっくりと静養してください。後のことは私がばっちりやっておきますから」


そう自信ありげに言ってくれたのは、新人の段階から私がギルドの事務を徹底的に叩き込んでいる事務員――レイナ・フォノスだ。肩口にかかる長さの赤毛が特徴的な、明朗快活な娘である。


"とある傭兵″がここのところまったくサンエストルのギルドに姿を見せなくなったことで、最近少々気落ちしている様子も見られていたが、今の意気込みを見れば、まぁ大丈夫だろう。


私は手早く机周りを片付け、挨拶もそこそこにギルドを出た。








「おや……彼女達は……?」


無性に妻と娘の顔が恋しくなって足早にギルドから通りに出たところで、しかしながらすぐに足を止めることになった。


ギルドの出入り口横に設置している掲示板――普段は傭兵募集等やギルドの広報用資料を掲示している――を眺めている、3人組の姿が目に留まったからだ。


私の命の恩人――キョウコ・イマムラ、ユウスケ・ウエノ、ミサト・エイジマだ。3人揃って、なにやら一心不乱にギルドの掲示物に目を凝らしている。見れば、どうやらこのギルドに所属するランクA、ランクBの傭兵達の名簿を見ているらしい。


高ランクの傭兵が多く所属することはギルドにとって誇らしいことだし、それを見て依頼者も安心できるということもあるので、我がギルドではあのように目立つ形で掲示している。


今日は彼女達とよくよく縁があるものだと思いつつ、私は彼女達に歩み寄った。



「やあ、君達。サンエストルのギルドに用事があったのかい?」


「あれ、アルムさん!? こんなところでまた会うなんて……!」


驚いて振り返るのはミサトだけで、他の2人は無反応だった。私の声が届かなかったが、名簿の名前を隅から隅まで確認している。


こんなところも何も、このギルドは私の職場だと説明する。



「あ、ギルドの職員さんだったんですか!? ――それじゃ、すいません、不躾ですけど、教えてほしいことがあるんです!」


ギルドの事務員であったという驚きもそこそこに、ミサトはどことなく縋るような顔つきをする。

その様子に面食らいつつも、命の恩人の頼みとあっては断れないと私にできることならと返答する。


「実はこのギルドに――」



「タカオ・アサクラ」




ミサトの言葉を遮るようにして、いまだ背中を向けたままのキョウコの背中から無機質な声が聞こえてきた。


「このサンエストルのギルドに、タカオ・アサクラという傭兵が所属していると聞きました。彼の居場所を――お願いします、教えてほしいんです」


振り返ったキョウコの表情は、悲壮と焦燥がない交ぜになったなんとも複雑なものであった。


ひとつ確かなのは――今にも涙がこぼれそうであるということだった。




タカオ・アサクラ。



その名は、サンエストルのギルドではよく知られていた。まだ駆け出しのランクCの傭兵でありながら、その実力たるや折り紙つき。師の名前を聞けばそれも納得で、こちらも有名な傭兵、ゲオルグ・ジョルテに、このヴァルゴアン王国の騎士団団長、ユリウス・アイスラー。ともにヴァルゴアン王国内では屈指の実力を持つ男である。ランクCなど不釣合いの極み、その若さからもいずれはランクA以上を目指せる逸材とされている。


そんな彼だが、半年ほど前にとある護衛依頼のもと、ゲオルグ・ジョルテとともにオーラキア帝国に旅立った。その旅から帰ってきた頃には、一回りも二周りも成長しているものと思っていたのだが……。



彼は、帝都オーケルンに到着したという便りを最後に――行方不明だった。



どうやら……期待に応えられそうもない……。







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