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勇者進化論  作者: 虎次郎
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EX02 召喚された勇者





「ここ――どこだ?」








その言葉は多分、俺達3人誰もが真っ先に思い浮かべたはずだ。


まず視界に飛び込んできたのは、純白のシルクをふんだんに使った衣装を着た子供――いや、老人だった。腰が直角に近いほどに折れ曲がっているので、小柄な身体が更に小さく見えるのだ。これも純白のフードが目元まで覆っているが、頬や口回りが皺で大きくたるんでいることから、かなりの年配であることが分かる。


その背後に目を向ければ、数え切れないほどの人がいる。……おかしなことに、誰も彼もが時代錯誤も甚だしい――いわゆるファンタジーを思わせるような服装をしていた。騎士、だろうか。なんというべきか、帯剣している段階でおかしい。


さらにその後ろはといえば――白亜の建物だ。陽光に照らされて眩しく煌く尖塔を中心に、これまた中世ファンタジーを彷彿とさせる建物。




「なに……これ」



肩膝をついて中腰になっている俺は、すぐ隣から上昇してきた声に目を向けた。


隣で尻餅ついてへたり込んでいたのは、同級生の英嶋美里だ。小柄な彼女は目を白黒させて、埃が入り込むような勢いで口をあんぐり開けて呆けていた。――どうでもいいが、その制服の短いスカートでその体勢だと、下着が見えるぞ。



「外国……?」



さらにその横には、きょろきょろと周囲を見回している今村響子。明朗快活、頭脳明晰な――最近は事情あってそうでもない様子であったが――彼女であっても、さすがにこの状況は理解しきれないらしい。


当然ながら、そんな彼女より学力、洞察力で数段劣る俺が分かるはずもない。


俺達はつい先程まで、もはや定例になりつつある高校屋上での昼食会を楽しく――否、しめやかに執り行っていたはずなのだ。それが、突如として眩い光に包まれたかと思うや――この有様である。


……もしかして、白昼夢というやつか?




「――成功です」



しわがれた声が耳に入った直後、辺りにどよめきが広まった。どうやらその声はあの小さな老人から発せられたものらしく、その背後では大勢の人々がざわざわと口々に何かを囁きあっている。


完全に、俺達は置いてきぼりだ。


あまりの異常事態に頭がくらくらし始めた頃、老人の後ろの集団から一際豪奢な服装で身を包んだ若い男が歩み出てきた。陽光の照り返しで煌く金髪に、優男を思わせるような風貌。明らかに日本人の顔立ちでなく、外国人のそれだ。その身体からはどこかこう――……威厳というべきか、上品というべきか。上手く言葉で表現できないが、いわゆる住む世界の違うような、高貴さが見て取れた。


その男は柔和な笑みを浮かべてゆっくりと近づいてきて――まず、英嶋に歩み寄った。



「―――大丈夫かな、お嬢さん」



外見に違わない耳障りの良い声で、男は膝立ちになって英嶋に手を差し出した。今になって気がついたが、先の老人の言葉といい、どちらも日本語――に聞こえる。少なくとも俺の耳にはそう聞こえたが、英嶋はそうでないのか、なお目をぱちくりさせて呆然として男を見上げている。だが、ようよう言葉を理解したか、英嶋はこれまたゆっくりと片手を差し出した。


それを見て、男はまるで子供のように白い歯を見せて笑った。しっかりと英嶋の手を取り、まるで騎士のような危なげのない物腰で英嶋を立ち上がらせる。そこにいたってようやく正気を取り戻したらしい英嶋は、何やら分からぬことを口走って、やがて妥当な言葉を選び出したようだった。



「あ、あの……ありがとう、ございます」


「どういたしまして。“異世界”からのお客人をぞんざいに扱うわけにはいかないからね」



ますます笑みを深くする男の姿に、英嶋は今度は別の意味で呆けていた。……気持ちは分かる。その整いすぎた顔立ちを間近にすれば、おそらくほとんどの女性は同じような反応をするのではなかろうか。



………


――……いや、待て。今、何かおかしなことを言わなかったか、この男は。



「イセカイ……?」



どうやら聞き間違いではないらしい、今村が男の言葉を繰り返す。そう、確かにそう聞こえた。


今村の問いに男は頷くと、1歩下がるようにして俺達3人を順に見ていき――……。





その言葉を言い放ったのだ。





「私の名前は、エドワード・ウィリアムズ。


そしてここは、オーラキア帝国の帝都オーケルン。


世界は今、魔王の脅威に瀕している。私はオーラキア帝国の皇帝として――いや、全世界を代表して貴方達を歓迎する。


異世界へようこそ、勇者達!」





全身から高貴さを迸らせての男の――エドワードの言葉に、俺は遅まきながら認識してしまった。



俺は――いや、俺達は、とんでもない異常事態に遭遇してしまったのだと。






















「つまり……俺達に、魔王を倒せ、と?」


「心苦しいが、そのとおりだ。ユースケ・ウエノ君」



言葉面どおり、言い辛そうにして男――エドワードは頷いた。


今にも貴族でも出てきそうな、地面より一段高い場所にある華やかな屋根つきのオープンテラス。そこで、俺達は向かい合っていた。6人掛けのテーブルに座るのは、俺の他に、今村と英嶋。エドワードと、禿げた頭に皺だらけの顔の温厚そうな老人。最後に、どこか目つきの悪い、銀髪の壮年の男だ。この男は、腰に帯剣して白い制服のような服を着ており、この男と似たような姿をした者達が、いずれも帯剣してこのオーブンテラスを遠巻きにぐるりと囲んでいる。彼らはいずれも周囲を警戒するかのように外側を向いて直立不動の姿勢を取っていたが、奇妙なまでの威圧感がある。



エドワードによると、ここは――オーラキア帝国帝都オーケルンの中心に聳える皇城、その城の中庭――らしい。



うん……なんていうかもう、言葉は理解できても、わけがわからん。挙句、俺達が勇者ぁ?



これはもう夢だなと早々と断定してしまった俺は、先程からテーブルの下で何度も膝を抓って痛みを感じていたのだが――痛みを感じるということは、夢ではないということで……。



案の定、今村にせよ英嶋にせよ、俺と似たような状況のようだ。得意気に話すのはエドワードばかりで、淡々と説明を続ける。


夢から醒めない以上は仕方がない、俺は自棄糞気味に、状況理解に努めることとした。




曰く――




魔法《勇者召喚》で俺達をこの世界に――……駄目だ、もうギブアップしたい。魔法だなんて、冗談も大概にしてくれ。



この異世界は魔王の侵略に晒されていて――……ああ、そうだろうよ。勇者、魔法とくれば、お決まりの魔王もくるんだろうよ。



過去、魔王の侵略は幾度もあったが、それを打ち払ったのはいずれも異世界から召喚された勇者達――……ああ、ファンタジーってやつだな。



そして、俺達がその勇者である――……なんでそうなる。いきなり飛躍しすぎだろ。どういう過程で俺達が勇者になるんだ。




あまりにも空想染みたことを話すエドワードに、俺はこいつの頭をかち割って中身を確かめてやりたくなったが――……エドワードの真摯な姿勢と透き通ったような青い瞳が、残念なことにそこにまったくの嘘偽りがないことを俺に認識させる。両隣に座る老人も男も真剣そのもの、茶化すような雰囲気はまったくない。


すべては、紛うことなき事実。それを、彼ら3人の態度が物語っていた。





ようやく状況説明が一段落すると、まず最初に言葉を発したのは英嶋だった。



「どうして……どうして、私達なんですか。私は……何の特技も力もない、ただの、学生です。そんな、魔王を倒してくれだなんて……」


「まず一つ目の質問についてですが、それはすべからく偶然であると考えられています。先程、貴女方もご覧になられた小柄な老人は宮廷魔術師でございまして。……彼が《勇者召喚》を実際に行ったのですが、彼が貴女方を選んだというわけでもないのです。そして、2つ目の質問についてですが、これはご心配なさらず。貴女方はまだ気づいておられないでしょうが、貴女方の身体には大いなる光の力が宿っているのです。その力があれば、魔王や魔王の手下など、敵ではないと言われております。だからこそ、召喚された……おっと失礼、私としたことが申し遅れてしまいました。皇帝陛下の補佐をしております、エドガー・ビリンガムと申します」



老人――エドガーはまるで詠うようにして一息に言い切った。


つまり、俺達は偶然異世界に召喚されて、俺達の身体には特別な力が眠っているって……それを信じろというのか? ……なんというべきだろう、あまりにも状況が出来すぎているというか、お膳立てされすぎている。



「勇者ってのは、1人じゃないのか? 俺としては、唯一無二の存在という感覚があるんだけど……」


「それはユースケ様のおっしゃる通りなのですが……大変申し訳ないのですが、ユースケ様、キョウコ様、ミサト様、どなたが勇者であるのか、私達にも分からないのです。伝承、歴史を紐解くと、勇者には常に心強い従者がいたとされております。彼らもまた、異世界より召喚されし者達。つまり、貴女方のいずれかが勇者であり、残りの2人は従者として召喚されたことになります。これを確認するには、大いなる光の力の発現を待つしかありません。それが最も強く輝く方こそが、勇者なのです」



1を尋ねれば、10が返ってくる。老齢ながら、エドガーのその口の回り方は感服するしかない。よくもまぁ、淀みもなくすらすらと話せるものだ。



「いくら……その、光の力があるからといって、闘い方を知らない俺達に何ができるって――」


「失礼、それは私からご説明を。私、オーラキア帝国近衛騎士団団長のザック・ミラーと申します。ユースケ殿の懸念もごもっともですが、安心されてもよいかと。私を始めとする手練れの騎士達や、世界最強の帝国三大騎士団の団長達も、その点はしっかりと補佐させていただきます」



男――ザック・ミラーの言葉からは絶対の自信が感じられた。外見からして、鬼教師、鬼軍曹といった感じだろうか。……それ見ろ、英嶋など少し怯えているじゃないか。



今のところ一言も発していない今村はといえば、何やら俯いて表情を底の底まで暗くさせていた。今にも泣き出しそうな表情には、彼女に対して特別な感情がなくとも、俺が何かしたというわけでなくとも、罪悪感を感じさせられる。




……そうだ、今までの話は、すべて俺達が勇者――誰が真の勇者かはともかく――になることを前提としたものだ。


根本的なことを忘れている。



「……俺達を、元の世界に帰してくれないか。悪いが、そんなことできるとは思えない。他をあたってほしいんだ」



俺の放った言葉に、エドガーとザック、双方が同時に口を開こうとして――エドワードが引きとめた。表情を引き締めて、厳しい顔つきで言葉を発する。



「それについては、私から説明させてもらおう。……ユースケ君、キョウコさん、ミサトさん。とても言い辛いんだが……《勇者召喚》は魔王を倒すため、異世界人を召喚する魔法だ。それゆえに、その目的の達成されない限り、君達を自国へ帰すことは……できないんだ」


「「!」」


「……ッ!」



……死刑宣告でも言い渡されたような気分だ。よりにもよって、魔王を倒さなければ元の世界には帰れない……? 


一挙に、心の中で様々なことが走馬灯のように駆け巡る。


それでは、俺達の意思はどうなる……!



感情が激発し、声を張り上げそうになった瞬間、エドガーが絶妙のタイミングで水を差す。



「それでも……一昔前までは、魔王討伐以外にも勇者達を“元の世界へ帰還させる方法はあった”のです。ですが……誠に不本意なことに、その方法も失われてしまいました。唯一、その手段を先達より受け継いできた者が、“行方不明”になってしまったのです」


「行方不明……?」



「はい。その男の名は、ホムレ―――」




ガシャンッ!!




エドガーの言葉を遮るようにして、辺りにけたたましい音が響き渡った。ガラスの割れたような音……?



一早く反応したザックが跳ねるようにして立ち上がった瞬間――それは、すぐ傍に降ってきた。



忍者、とでもいうべきだろう。漫画などで登場しそうなイメージそのまま出で立ちだが、1つ異なるのは暗闇に溶け込む黒装束ではなく、白装束ということか。どこから降ってきたのか、その白装束は俺達の座るテーブルとそれを囲むようにする騎士達の間に滑り込むように単身降ってきた。



「え……?」



状況を理解できず呆然とする俺達とは異なり、ザックを始めとする騎士達の反応は素早い。独特の鞘走りの音とともに、一斉に剣を抜き放つ。



「貴様、何者だッ!!」



俺達が身震いしてしまったほどのザックの鋭い誰何に、白装束の忍者は無反応だった。白装束を包囲する騎士と、エドワードや俺達を守護するように移動する騎士達、その磐石たる動きは壮観だ。



「皆、油断するな! コイツは《アサシン》――!」




「逃がすかッ!!」




ザックの言葉を遮るようにしたのは、またも上から降り注いだ男の声だった。


ほぼ同時に、白装束の姿がぶれる。流れる白影の如く、瞬きする間に白装束の姿が視界から消え失せた。まるで、始めからその場所に白装束の忍者などいなかったかのようだ。騎士達も同様なのか、皆が一瞬呆気にとられる。



――ダンッ!!



そこに、鈍い着地音とともに2人目が降ってきた。騎士達が俺達を護るように周囲を囲んでいたことと、その2人目はこちらに背中を見せていたので顔は分からないが、黒髪の若い男だった。白いシャツにスラックスという、ファンタジー然とした出で立ちの者が多い中で、俺にとって見慣れた格好をしている。だが、それでもやはり違うのは、その右手に鈍く輝く剣が握られているということか。



「昨日の傭兵――“アサクラ”かッ!?」



これまで鋭い目つきで事態を静観するのみだったエドワードが身を乗り出すようにして声を張り上げる。この様子からして、どうやらこちらは侵入者ではないらしい。



(……アサクラ……?)



このわけのわからない事態に巻き込まれるまでの間、ずっと俺の――いや、俺と今村、英嶋の頭の中で渦巻いていた言葉――アイツの名字。



突発的な事態にいまいち頭が正常回転しない中にあって、まさに降って湧いたように出てきた言葉に、まさかという思いが先立つ。



そして――男は剣を片手に振り向いた。


苛立つように息を吐く、目つきの鋭い若い男――……。




「……ぁ!」



ハッとするように息を漏らしたのは、きっと今村響子だったのだろう。



「……ど、どうして……」



続けて、当惑の声を漏らしたのは、英嶋美里だ。




若干の雰囲気の違いはある。だが、その声、その容貌――間違いない、この男は――!



「お前――!」


「何事だッ、アサクラ君! ――先程の白装束はもしやッ!?」 



俺の言葉を遮るようにして、ザックが男に近づいて声を荒げる。……ああくそ、そんなことはどうだっていいんだ!!


しかも、歯痒いことに男の視線はエドワードからザックへと移り、俺達の方へと向けられない。その挙句、俺達の姿は前方の騎士達でほとんど隠れてしまっているようなものだ!




「クリスが――クリスティアナが、拉致された!」



「何だと!?」「クリスティアナ様がッ!?」



男が怒声のように言葉を発すると、ほぼ同時にエドワードとエドガーが激しく反応する。



「先程の白装束の仕業かッ!?」


「詳しくはオリヴァーさんに――パウル宰相に訊いてくれ! 俺は奴らを追う!」



男は剣を納めると、一秒でも惜しいと言わんばかりに騎士達の間をすり抜けて駆け出した。動揺する騎士達は茫然と男の動きを見守るばかりで、止めることはできない。



「朝倉君――!」



「待つんだ、“タカオ・アサクラ”! 単独での深追いは――!」



今村の声をかき消すようなエドワードの制止も空しく、男――タカオ・アサクラは中庭を疾風の如く駆け抜けると、屋内へと通じる両開きの扉を蹴破るように出て行った。



……ちくしょう、なんてこった!
















「上野君……」


「……ああ、間違いない。少し雰囲気が違うような気もするが……アイツだ」



にわかにエドワードやザックが騒ぎ始めていたが、俺達には何の関係もないこと、まったく耳に入ってはいなかった。



それよりも、先程の男――“タカオ・アサクラ”と呼ばれた男。



「どうして……どうして……こんなところに……朝倉君が……タカ君が、いるの……?」



今村は茫然自失といった様子で、震える声とともに、先程までアイツが立っていた場所をジッと見つめていた。若干、混乱しているのだろう。アイツと今村、2人きりのときだけしか口にしない呼び名を俺達の前で口にするなんて――……。



そうだ、アイツだ。



“1ヶ月前”、まるで神隠しにでも遭ってしまったかのように突如として行方不明になった男。



今村響子と英嶋美里という、我が高校の擁する美少女2人組への報告役兼相談役という、なんとも心の痛む仕事を俺に押し付けてくれた男。



俺、上野雄介の友人にして――今村響子から持ち前の明るさ爽やかさを奪い去り、不安と悲愴を与えた男。





タカオ・アサクラ――……朝倉、隆雄。




どうりで行方が掴めないはず……隆雄は、この異世界へと来ていたのだ……!




















―――この邂逅における一連の出来事を、俺達は後々、深く後悔することとなる。



―――俺達はこの時に、有無を言わさず、無理やりにでも、力づくにでも前に出て、隆雄を引き止めるべきだった。



―――俺達が――今村響子が、《勇者召喚》によってこの世界へと召喚されたのだということをなんとしても知らせるべきだったのだ。



―――過ぎたことを後から悔やんでも始まらない。だが、それでも俺は――考えずにはいられない。



―――この時、朝倉隆雄と今村響子が誠に再会を果たしていれば……あるいは、後に起こる惨劇を回避できたのかもしれないのだから……。









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