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勇者進化論  作者: 虎次郎
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第11話 人脈を広げる仮勇者




久しぶりに、夢を見た。


ふかふかの綺麗なベッドという、長旅で忘れかけていた感触に包まれて眠ることができたからかもしれない。






朝の忙しない身支度。朝食もおざなりに制服に着替え、鞄をひっつかんで家を駆け出る。背中から聞こえてくるのは、聞き飽きた母親の呆れ声だ。


玄関を出れば、必ずと言っていいほど、アイツがいる。それが必然であるかのようにアイツはそこにいて、鞄を片手に俺を急かす。いつから始まったか分からない、お互いによくも飽きないものだと我ながら考えてしまう、毎朝の習慣。


2人して毎朝教室に駆け込むようにして登校してくることを、冷やかされるのも、呆れられるのも、あるいは妬まれるのも、俺達にとってはもう慣れたものだった。




それは全て、懐かしい“思い出”だ。


こんな夢を見るような何らかのきっかけが、ここ数日であっただろうか……?



何にせよ、おかげで目覚めはあまりよくなかった。この毎朝の習慣を失ってしまってから、もう2年ほど経つ。郷愁に駆られるので、あまり思い出さないようにしていたというのに。




……アイツは――今村響子は、いったいどうしているのだろう。


この異世界と、元いた世界の時間の流れが一緒なのだとすれば、彼女も20歳を迎えているはずだ。頭脳明晰で、学内試験でも常にトップに君臨し続けた彼女のことである、さぞやいい大学にでも入ったのではなかろうか……。





俺は、なんとしても故郷へと帰還してみせる。



帰還してみせるが――……多分、響子の隣にはもう別の誰かがいるんだろうな……。

































オーラキア帝国皇帝との謁見を辛くも乗り越え、クリスティアナの護衛という任務を遂に果たした翌日、俺はいまだ皇城にいた。


皇帝エドワードの好意により、長旅の疲れを癒してほしいと部屋を与えられたのである。といっても、昨日と同じ部屋ではあるが。ゲオルグ先生にも同様の措置が与えられて同室に滞在することになったのだが、近衛騎士団のわりと年嵩の騎士達に拉致――もとい、連れて行かれてしまった。どうやらザックの他にも古い知り合いが多数いるようで、きっと久しぶりの再会を祝しているのだろう……多分。


そして俺の待遇といえば、これが意外なことにかなり良い。


いくら帝位第一継承権者を無事に帝国まで護衛してきたとはいえ、俺自身は所詮素性の知れぬ傭兵である。最悪、役目を果たせばお払い箱ということで、放逐されることも覚悟していた。それが、部屋を与えられ、城内は一部を除いて自由に歩き回れる。先程まで、物珍しさのあまり城内を歩き回ってきて、部屋に戻ってきたところだ。なんとも嬉しい誤算である。



ところでクリスティアナだが、彼女はどうやら俺が立ち入れない区画に部屋を用意されているらしい。


よくよく考えてみれば、クリスティアナが帝位第一継承権者であると皇帝自ら認めてしまい、そのうえ《焔》という暗殺者達に狙われている以上、今後彼女は手厚く保護されることになるだろう。



(こういう場合――クリスからの“依頼”はどうすればいいんだ……?)



あの蒸気機関車の車内で、クリスティアナからの“個人的な依頼”―――……と、そこではたと気づいた。




それよりも、もっと考えなければならないことがあるのだ。


すなわち、本日の夜、遂に待ち望んだ――という言い方も変だが、《勇者召喚》が行われるのだ。



魔王討伐のために、異世界より――俺の故郷より、勇者が召喚される。


そもそも俺が帝国まで旅した目的は、今回召喚される勇者に会うことにあるのだから。



会ったところで、どうにかなるというわけでもないかもしれない。異世界に召喚された者同士、不運にも召喚された身の上を嘆き合い、慰め合うだけになるかもしれない。



だが、それでも俺は、彼もしくは彼女に会ってみたい。俺と同じ世界の人間に。





しかし、そこで1つの問題にぶち当たる。



(さすがに、《勇者召喚》の儀式の場には行けそうもないな……)



《勇者召喚》が今晩、この皇城で、宮廷魔術師達によって行われることは分かっている。だが、それ以外はまったく分からないのである。


その様子見も兼ねて、今朝は城の中を歩き回ったのだが、城内にいる貴族や騎士達からも今晩《勇者召喚》というこの世界の命運を左右しかねない儀式が行われるという雰囲気が感じられない。大事な儀式だ、皇帝以下、一部の者しか知らない可能性もある。


となると、召喚されてから後に接触するということになるのだが、はたしてすんなりと会えるかどうか……?




窓際に腰掛け、またしても悩み事ができてしまったことに懊悩していた俺を、ノックの音が現実に立ち返らせた。いったい誰だと思いつつ扉へと向かったが、それよりも早く扉は開かれる。




「失礼するよ」



開かれた扉の向こうには、地味な茶色のジャケットとスラックスを身につけた、30代半ばぐらいの男がいた。銀の細眼鏡をかけた知的な顔立ちで、薄い茶髪をオールバックにしている。


男は俺を見るや否や、遠慮なくずかずかと部屋に入り込んできた。そして、眼鏡の奥の双眸でじろりと睨むように俺を見る。



「君が、クリスティアナ様をこの帝国まで護衛した、タカオ・アサクラだな?」


「あ、ああ……そうだけど、貴方は?」



当惑する俺をよそに、男はまるで観察するような目つきで俺の頭の先から足元まで視線を上下させる。……なんなんだ、いったい。



「あの……」


「ふむ――……いや、不躾なことをしてすまない。私の名前は、オリヴァー・パウル。よろしく頼むよ」



一転、男――オリヴァーは人懐こい笑みを浮かべて手を差し出してきた。急変した雰囲気に戸惑いつつ、手を握る。



(オリヴァー・パウル……パウル……あれ、どこかで聞いたことがあるような、ないような……?)



わりと最近に、どこかでその名前が出てきたような気がするのだが、どうにも思い出せない。



「少し話があるんだが、来てくれないか」















有無を言わさぬオリヴァーの言葉に、俺はひとまず従うことにした。城内にいるということは少なくとも公人であるし、なによりパウルという名前が引っかかる。自分の部屋で話がしたいというオリヴァーに応じて通路へ出ると、俺は彼の後ろをついて歩いた。



「まずは、私からも礼を言わせてもらう。よくぞ、クリスティアナ様をこの帝都まで連れてきてくれた。これで、オーラキアも安泰というものだ」


「……ありがとうございます」



背中越しに、事務的な口調で礼を言うオリヴァー。


大理石の通路をかつかつと音を立てて早足で歩く彼について歩くと、すれちがう騎士達が彼を見て一様に足を止めて頭を下げる。それに対し、オリヴァーは軽く手を上げるばかりであることから、彼が相当高い地位にあることがうかがえる。



「君は剣を使うようだが……《焔》の暗殺者の襲撃、それに港町ガルトでの魔物襲撃事件、それらをいずれも切り抜けてみせた君の剣技は大したものだ。さすが、騎士ゲオルグに師事しているだけのことはある……おっと、元騎士だったな」



どうやら、オリヴァーは既に俺のことについて調べているらしい。《焔》のことはともかく、ガルトの一件や、ゲオルグ先生に剣技を教わったことなど、俺は一言も話した覚えはない。……いったい、何のために?



話しているうちに、立ち入ることを許可されていない区画に入っていることに気づく。立ち入り禁止区域、すなわち、皇帝の私室であったり、いわゆるお偉方の部屋があるような場所だ。クリスティアナに用意された部屋もこの区画にある。


いよいよ、オリヴァーの地位が疑わしくなってきたわけだが、疑念をよそに彼はなおも言葉を発する。



「ところで君は――先日の《白の要塞》での一件を聞いているか?」


「……は?」



突然の話題の転換に戸惑っていると、ようやくオリヴァーは自分の部屋にたどり着いたらしく、立ち止まった。扉の横に近衛騎士が直立不動で立ち、オリヴァーの姿を認めるや、素早い動きで敬礼する。


皇城の上階にあると思われるこの区画は、通路の先に部屋が横並びに並んでおり、その扉の横にはいずれも歩哨の如く近衛騎士達が立っていた。



と――隣の部屋の扉が開き、1人の老人が出てきた。先日の皇帝の謁見の席にもいた、エドガーとかいう老人だ。エドガーはオリヴァーを見つけると、親しげな様子で手を挙げる。



「やあ、オリヴァー。君は行かないのかね? もう始まっているはずだが……」


「これはビリンガム侯爵。生憎だが、私は遠慮させてもらう。より、興味を魅かれる者に出遭えたのでな」



オリヴァーは恭しく会釈すると、すぐに興味を失ったように部屋の中へと入っていた。それを見て、エドガーがやれやれと溜息をつく。



「まったく、少しは立場を考えればよいものを……アサクラ殿、貴方もある意味厄介な男に目を付けられましたな」


「は、はぁ……」



苦笑混じりに意味深な言葉を残して、エドガーはゆっくりと通路を歩いていった。











オリヴァーの部屋は、まるで図書館のようだった。採光用と思しき窓のある位置以外はすべてが本棚となっており、天井まで到達している。収められている数々の本も、表題を見ただけでも理解できそうにない、難しそうな内容の本ばかりだ。


これらの本棚に囲まれるようにしてオリヴァーの執務机があり、机上は様々な書類が乱雑に積み重ねられ、今にも雪崩を起こしそうなほどに山となっていた。オリヴァーは机の真正面にある応接用のソファに腰掛け、俺に向かいのソファをすすめた。言われるがままに、柔らかな感触のソファに腰を下ろす。



「すまない、老人のせいで話が途中になったな。君は、《白の要塞》が魔物の大群の襲撃を受けた一件については、知っているか?」


「……いえ」



一応、そういう一件があったこと自体は知っているが、詳細までは知らない。敢えて首を横に振ると、オリヴァーは双眸を鋭くして1つ頷き、厳かに口を開いた。



「ふむん……ならば、前置きとして説明しておこう。要は、君が港町ガルトで体験したことと一緒だ。先日の真夜中、《白の要塞》は突如として魔物の大群……いや、軍団と表現するべきだろう、その襲撃を受けた」




ガルトでの一件と同じく、あまりにも突然の襲撃に、《白の要塞》を守護する《白の騎士団》も当初は浮き足立ったらしい。


だが、そこは帝国が世界に誇る三大騎士団の一角。すぐに態勢を立て直し、魔物を迎撃した。もとより、《白の要塞》の戦艦の如き防壁は簡単に打ち崩せるものではない。世界最強の騎士団と、最強の砦。この2つが合わされば、魔物の大群などものともしない。



しかし、それをもってなお、魔物の襲撃は苛烈であり、さらに――恐るべき事態が起こってしまったそうだ。



「恐るべき事態?」


「魔王の下僕――《闇の騎士団》が遂に現れたのだ」



A級の魔物すら凌駕する、伝説上の魔物。魔王の忠実なる手下、《闇の騎士団》。


この魔物達が、《白の騎士団》に猛然と襲い掛かったのだという。魔法とは異なる、正体不明の不可思議な能力を使う《闇の騎士団》に、《白の騎士団》は総崩れとはいかないまでもかなりの痛手を受けた。


この《闇の騎士団》に対抗できたのは、《白の騎士団》団長、グラハム・ディーリアスの奮戦があってこそのことだそうだ。



「ディーリアスの活躍もあってなんとか退けることはできた。だが、《白の騎士団》も《白の要塞》も、相当の被害を被ってしまった。――私の予想していた通りに。もはや事態は一刻の猶予も許さないところまで来てしまっている。そこで、私は手始めに傭兵ギルドに働きかけることとしたのだ」



魔物や、《闇の騎士団》、ひいては復活した魔王に対抗するために――“新たな騎士団”を結成するのだと、オリヴァーは続けた。



……なんだか、話の風向きがおかしい。



「待ってくれ、オリヴァーさん。魔王に対抗するためには、勇者の力が、大いなる光の力が必要なはずだ。そのための《勇者召喚》で――この帝国の宮廷魔術師が行うんじゃないのか?」



――まぁ、その《勇者召喚》が今晩行われるということを、俺は知っているわけだが。



だが、俺の質問に対して、オリヴァーはまるで嘲笑うかのような態度で鼻を鳴らした。



「本当にあてになるかどうかすら分からない伝承や御伽噺にすがりつくことほど、愚かなことはない。魔王の復活は、全世界の危機。であるならば、全世界の力を結集して、魔王との来るべき戦争に備えるべきなのだ」



力強く、さながら演説するかのように語るオリヴァーに、当惑も一瞬、俺は先程からの引っかかりが――遂に氷解するのを感じた。



パウルという名前に対して感じていた、引っかかり。



そう、王都サンエストルでユリウス・アイスラー騎士団長より教えてもらった話だ。


世界中の傭兵に対し、高額の報酬を用意し、《白の要塞》の警護をギルドに依頼。軍――すなわち三大騎士団と密接に繋がり、魔王に対して全世界の力を結集すべしという考えの持ち主。



すなわち――オリヴァー・パウル宰相。


オーラキア帝国の内政のトップに君臨する、皇帝に次ぐ権力を有する男だ。



「傭兵ギルドからの協力は既に取り付けている。ランクSSの傭兵も、幾人か新騎士団には参加する予定だ」



宰相とは露知らず、動揺する俺をよそに更にオリヴァーは続けた。……なんとなくだが、次に出てくる言葉が予想できるような。



「そこで、タカオ・アサクラ。君にも是非とも参加してもらい――」



――だが、その言葉は最後まで出てこなかった。



ガタン、とこの部屋の扉を何かが打ち据えるような音。その音に、俺は弾かれるように振り向くが、それに続く音は何もない。不審に思ったか、オリヴァーは話を中断して立ち上がり、扉へと向かった。


内開きの扉を開くと、入ってきたのは先程部屋の前で直立不動していた近衛騎士だ。


だが、その騎士はまるで支えを失ったかのように、開かれる扉にもたれかかるようにして、床へと仰向けに倒れ伏した。



「な、に……?」



突然の事態に、オリヴァーが絶句し、俺も呆気にとられた。だが、騎士の状態を察知して、一気に緊張を高める。


騎士は、既に死んでいた。首筋を見てみると異様に変形しており、頚骨辺りを砕かれているものだと思われる。人間業では、ない。


剣の柄に手をかけると、部屋の外へと飛び出す。



「そんな……」



他の部屋の前でも、惨状は広がっていた。歩哨の如く立っていた騎士達は、いずれもだらしなく壁にもたれかかった姿で座り込んでいた。周囲を最大限に警戒しつつ、隣の部屋の前に立っていた騎士に近寄るが……同じだ。既に絶命している。


まさか――……。



「馬鹿な……近衛騎士達が一瞬にして……」



続けて部屋から出てきたオリヴァーは、わずかに顔を青ざめさせて、信じられないといった様子で呟く。



「オリヴァーさん……クリスは――クリスティアナはどこにいる?」















クリスティアナの部屋は、オリヴァーの執務室のある区画とほど近い区画にあった。部屋の前には護衛の近衛騎士が立っている――はずだった。しかし、やはり先程の騎士達と同じく、壁にもたれかかる姿で座り込んでいる。


どうやら、襲撃者は相当の腕前のようだ。近衛騎士達が既に数人殺されているというのに、城内からはいまだ緊迫した雰囲気が感じられない。交代の時間になるなり時間が経てばいずれ発覚するとはいえ、音もなく騎士達を瞬殺し、挙句まわりの人間にそれを悟らせないというのは、尋常ではない。


護衛の騎士が殺られている状況でオリヴァー1人を置いていくわけにもいかず、彼を伴って俺はクリスティアナが滞在しているはずの部屋の前に立った。



部屋の面前で1人の人間が死んでいると言うのに、部屋も、辺りも、しんと静まり返っていた。何か声を発しかけたオリヴァーを手振りで黙らせると、部屋の中の様子を耳でうたがう。しかし、何の物音も聞こえない。



俺は覚悟を決めると、オリヴァーにその旨を伝えずに、扉を蹴破り、室内へと踊り込んだ。



刹那――氷をいきなり首筋に押し当てられたかのような感触が、喉元を襲った。



わずかに身をそらしてそれを抜き放った剣で薙ぐと、鈍い衝撃とともに金属音が響き渡った。同時に、左手に跳躍する。そして、視界の端で死角に向かって逃れようとする影に向かって、剣を突き立てる。しかし、剣に押し出されるようにして、影はふわりと後退する。


後退する影に追いすがるようにして、さらに速度を上げて剣を振り上げる。だが、それもやはり手応えがなく、思わず舌打ちする。


さらに肉薄しようとして――思いとどまった。



そこには、クリスティアナがいた。立ってはいるが、意識が混濁しているのか瞳が虚ろだ。その背後で、《焔》の黒装束――ではなく、白装束が彼女の喉元に指を深々と食い込ませている。



「なかなか手間を取らせてくれたな、タカオ・アサクラ」



その白装束は覆面に包まれた口元を蠢かせて言葉を発した。覆面のわずかな隙間からは双眸が見えるが、ぞっとするような静けさだ。同じく静かな威圧感は、これまで襲撃してきた黒装束とは桁違いである。



「……クリスに何をした?」


「暴れられても困る、少しの間だけおとなしくなってもらっただけだ」


「ッ!!」



弾かれるように振り向くと、白装束の更に背後、もう1人の白装束がいることに気づいた。その姿――気配にすらまったく気づかなかったことに歯噛みする。



「この女は、いただいていく。安心しろ、“殺しはしない”」


「! 待てッ!!」



ほんの一瞬のことだった。クリスティアナを捕らえていた白装束が身動ぎしたかと思った瞬間、白い流れと化す。俺が1歩目を踏み出したときには、既に視界から消え去ってしまっていた。まるで最初から幻であったかのように、クリスティアナ共々消え去ってしまったのだ。残ったのは、後から現れた白装束のみ。



「殺さない、だと?」


「あいにくと、事情が変わったのでな」



残った白装束は一瞬だけ背後に目を向けると、突如として後ろ向きに走り出した。向かっているのはテラスへと続く窓だ。



「貴様ッ!」



追いかけるが、間に合わない。白装束は背中を向けたままガラスを突き破り、破片を撒き散らしつつテラスへと飛び出すと、テラスから飛び降りた。無論、高いところから飛び降り自殺するような連中ではない。



「オリヴァーさん、俺は奴らを追います!」


「ま、待て、アサクラ! 奴らは《焔》の《アサシン》だ! 今、応援を―――!」



制止の声が聞こえたが、知ったことではない。俺は白装束と同じく、テラスの柵に足をかけ――相当の高さだったが、意を決して飛び降りた。


身体が宙に浮くと、下方には相当広い中庭らしき場所が広がっていた。幸い、まだ視界に白装束を補足している。なにやら中庭に大勢の騎士が集まっているのが見えたが、そんなことは今はどうでもいい。


騎士達が集まるど真ん中に着地した白装束は、白い流線となって中庭を駆け抜ける。騎士達は、誰1人として白装束の動きに反応できていない!



「逃がすかッ!」



地面に着地すると衝撃で身体中が悲鳴を上げたが、今はそれに耐えている暇すらない。白装束は既に中庭から城内へと続く扉へ手をかけている。



「昨日の傭兵――アサクラか!?」



背中から聞き覚えのある声をかけられる。突如として現れ、突如として逃げ去った侵入者に対し、騎士達が剣を構えて辺りを囲んでいた。その中に、一際高貴な姿をした者がいるのが目にとまる。


――皇帝、エドワードだ。


何故、中庭にこれほど多くの騎士達がいて、そのうえ皇帝までここに――という疑問が生ずるが、やはりどうでもいいことだ。



「何事だ、アサクラ君! ――先程の白装束はもしやッ!?」



視線を移すと、こちらは近衛騎士団長のザック・ミラーだ。その口振りから察するに、まだ城内で起きている事件には気づいていないらしい。



「クリスが――クリスティアナが、拉致された!」


「何だと!?」「クリスティアナ様がッ!?」


「先程の白装束の仕業かッ!?」


「詳しくはオリヴァーさんに――パウル宰相に訊いてくれ! 俺は奴らを追う!」



俺は一旦剣を納めると、周囲の騎士達を押し退けるようにして中庭の出口へと向かった。後ろでまたも制止の声が聞こえたような気がしたが、今はそれどころではない。城内へと通ずる両開きの扉を蹴り破り、俺は疾駆した。







――朝倉君!



その時何故か――アイツが、今村響子が助けを求めるような声が、耳を掠めたような気がした。







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