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勇者進化論  作者: 虎次郎
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第9話 仮勇者、初めて国境を越える






オーラキア帝国を囲むように敷かれた鉄道。その最南端に位置するターミナルの街ノヴァンは、港町ガルトの北西約20キロほどの位置にある。


規模は先日のガルトに比べればかなり小規模であり、小さなホテルやレストラン、あるいは雑貨店がある程度だ。俺達と同様にオーラキア帝国へ、あるいは帝国からヴァルゴアン王国へと入国してきた人々で通りは溢れていたが、少々不穏な空気も漂っていた。


その原因はといえば、やはり先日のガルト襲撃事件である。


一晩のうちにガルトが魔物の大群に襲撃されて壊滅したという一報は、どうやら瞬時に王国中に、果ては国外へも広まったらしい。電話やインターネットなど存在しない世界だが、その代わりに高速通信手段としての魔法ライトアローがある。時代劇の矢文よろしく、任意の相手に情報を送れるその魔法のおかげで、人々の間に情報が飛び交うのは速い。


あの場に留まって更に魔物に、あるいは《焔》の暗殺者に狙われることを避けたい俺達は、あの惨劇の夜が明ける前に、このノヴァンへと出発していた。馬車も失い、徹夜の強行軍とはなってしまったが、幸いにしていずれの襲撃も受けることなく、ノヴァンへと辿りついていた。


おそらく、これからガルトへ向かうことを予定していた者もいるのだろう。なにせ、あの街を一度は通らなければ王都サンエストルには辿り着けないのだ。途方にくれているように佇んでいる者達も、この中にもいるように思われた。






その細長いプラットホームには、蒸気機関車が一両だけ停まっていた。


蒸気機関車など、俺は元いた世界でもテレビや写真ぐらいでしか見たことがなかったが、それでも俺の知っている蒸気機関車とあまり変わりはなかった。連結車両も同じだ。異なる点はといえば、やはりその武装だろう。最前部と最後部の車両に備え付けられている各3門の砲塔が飛び出し、鋼鉄製の装甲は機関車の全車両を覆っていた。




「へぇ~~……これが」


「蒸気機関車。実際に乗るのは久しぶりね。幼い頃、父に連れられて帝都を出て以来かしら」



「俺も久しぶりに見るが、またえらく形状が変わったものだな。以前見たときはまだこう、無骨な感じのする形状だったんだが。最新型ってことかな。……いずれにしても、こいつは速いぜ。魔物なんかじゃ、追いつけもしないからな。万が一魔物が取り付いても、可動式の砲塔があるからな、並の魔物程度だったらいちころだ」



感嘆する俺とクリスティアナに対し、解説するのはゲオルグ先生である。ガルトの一件以来、どこか沈みがちに思われた先生だが、どうやら取り越し苦労だったらしい。


そんな俺達の手には、それぞれ1つずつ大きめの鞄が握られていた。入っているのは、いずれも着替えや下着の類である。それも当然、ガルトでは着の身着のまま、貴重品だけを持って飛び出したのだ。着替えまで持ち出してきたわけではない。


というわけで、機関車の出発時刻までにノヴァンの街で買い揃えたわけであるが、出資者はありがたいことにゲオルグ先生だった。正直、機関車の乗車券だけでもかなりの負担であるところ、着替えの服の購入代まで出すとなると……と考えていたところだったので、非常に助かった。


それに対して、どこか憮然とした表情をしているのはクリスティアナである。いつもまるで男のような服装をしている彼女にしては珍しく、今日はスカート姿だった。それを希望したのはゲオルグ先生である。せっかくなのだから女性らしい服装もたまには、というゲオルグ先生の言葉と、出資者が彼であるということに、クリスティアナも折れてしまったらしい。どこか落ち着かない雰囲気を漂わせる彼女は、いつもの冷静沈着な雰囲気を考えるとどこか可愛らしくもあった。まぁ、これで腰の剣さえなければ元々の容貌からして立派な淑女なのだが……。



「しかしまぁ、うら若い女性に服を買って与えて、あまつさえそれを着ることは強要するなんて……ゲオルグ先生もなかなかいい趣味を持って――っ痛!」



馬鹿野郎の一言とともに振り下ろされた拳に殴られた跡は、まだ少し痛かった。








甲高い汽笛がプラットホームに響き渡る頃には、俺達は車両に乗り込んでいた。独特の重々しい駆動音と共に、機関車はゆっくりと動き始める。車両の最前部を見れば、煙突から濃い白煙を吐き出している。


テレビや写真では何度も見たことがあるが、考えてみれば乗るのは初めての蒸気機関車である。どこか興奮していることを自覚しつつ、俺達は前から4両目の車両の指定席へと腰掛けていた。基本的にすべて指定席制であり、座席もすべてがよくある2人掛けの向かい合ったものだ。


流れ始める外の景色を少しでも眺めたく、俺はさりげなく窓際の席に座った。向かいの窓側にクリスティアナが、そして俺の横にゲオルグ先生が座る。乗客はまばらのようで、俺達のほかにはぽつりぽつりと座っている乗客が見える程度だった。



「やっぱり、偉そうなことをほざいてもガキだな、タカオ。たかが蒸気機関車でそこまで高揚するなんてよ」


「放っといてくれ。男なら誰でもでかい乗り物を見ると昂ぶるものなんだ」



適当なことを言ってからかってくるゲオルグ先生をあしらい、俺は車窓の外へと目を向けた。


次第に速度を上げ始めた機関車は、プラットホームを出ると、高い木立がところどころに見える平野へと抜け出した。四角い車窓が映し出す景色はそればかりだ。このままレールは北上し、山間部を抜け、王国と帝国の国境を越えることになる。その後、帝国の三大砦《蒼の要塞》へと到着することになる。越境するための審査は事実上、そこで受けることになる。到着予定は、およそ5時間後だ。






車輪の打ち合う響きと、規則的な車両の揺れ。元いた世界でもそうだったが、こういう状況だとついつい眠気に襲われてしまう。横を見れば、なんとも素早いことにゲオルグ先生は夢の中へと旅立っていた。


向かいに座るクリスティアナはといえば、どこか退屈そうに窓の外を眺めている。



「1つ、聞いてもいいだろうか」


「……何かしら?」


「貴女の、その剣技……素人が一朝一夕で身に付けられるものじゃない。いったい、誰に教えてもらったんだ?」



時間は大量にある。この際ということで、気になっていたことを聞いてみることとした。無碍にあしらわれるかとも思ったが、どうやら相手をしてくれるらしい。クリスティアナは視線を俺に向けてきた。


……真正面から見つめられると、妙に緊張するな。



「父の、知り合いよ。古い知人だということで、不定期だったけど父を訪ねてきていた。私は父に様々なことを教えてもらったけれど、剣技だけはその人から教えてもらった。後は、自己流よ」



懐かしげに目を細めるクリスティアナ。


彼女に剣技を教えた人間は、おそらく相当の実力の持ち主だったのだろう。いくら彼女が自己流で剣技を昇華させていったとはいえ、それも優れた土台があってこその話だ。


それにしても、様々な分野の知識だけならともかく、娘に剣技までも学ばさせるとは、彼女の父親――クレメンス・バーグマンはいったいどういう考え方の持ち主だったのか。




「ついでに、もう1つだけいいか?」


「貴方には何度も助けてもらっている。嫌という理由はないわ。……スリーサイズとか、セクハラと思えるような質問でなければ、だけど」



彼女の台詞の最後の部分だけは意図的に聞かなかったこととした。わずかに口の端を吊り上げているから、おそらく冗談なのだろうとは思うが……どうにも反応がしにくい。



(というより……この世界でもセクハラなんて言葉があるのか)



そういう言葉が出来上がるには、その手の問題があるからこそであり、何やら物悲しいような、憂鬱な気分にさせられた。



「俺とゲオルグ先生は、貴女の護衛だ。あらゆる脅威から護るのは当然のことだ」


「そう。それで、そのもう1つの質問は?」



念のため、周囲に人影がないことを確認して――。



「――帝位第一継承権者であるはずの貴女が、何故《焔》に狙われるんだ?」



思い切って、問うてみることにした。


クリスティアナはわずかに逡巡するような気配を見せたが、それも一瞬のこと、思い切りのいいこの女性ははっきりと口を開いた。



「私の父、クレメンス・バーグマンがオーラキア帝国の現皇帝エドワードの伯父にあたることは、知っているわね?」


「ああ。それについては、ゲオルグ先生から聞いている――」



すなわち、クリスティアナは現皇帝の従姉妹になるということだ。彼女の父親は帝国を出奔したから、事実上帝位の継承権は失われた。だが、その娘である彼女は、違う。なお、継承権を持っているのだ。


現在のところ、皇帝エドワードが婚姻するというような話は聞こえてこない。つまり、皇帝が様々な要因で皇帝の座を退くなり、子供が生まれるなりしなければ、彼女は次のオーラキア帝国の統治者ということになるのだ。


クリスティアナはひとつ頷くと、さらに言葉を紡ぐ。



「10年前、オーラキア帝国とキルクハイム王国との間に《白竜戦争》が起こった。その結末については、世界中の人間が知ってのとおりよ」



《白竜戦争》においては、激しい戦いが幾度も繰り返されたが、戦線は膠着状態に陥った。両国ともに戦力が疲弊、国内においても厭戦ムードが高まったということもあり、停戦という形で一応の決着は見たが、事実上の講和でもあった。


以来、10年間、オーラキア帝国とキルクハイム王国は根深い確執こそ残ったが、表面上は友好的な関係を築いてきた。



「だけど、半年前にキルクハイムの国王カルロスが突如として崩御した。第一子であるリベルト王子が跡を継ぐことになったけど、彼はそれよりもずっと前から王国の実権を握っていたわ。リベルト王子は《白竜戦争》の開戦時においても、主戦派の筆頭格。10年前の停戦においても最後まで反対していたと言われている。つまり……」


「……まさか、もう一度戦争を起こすつもりなのか?」



そう言うと、クリスティアナはこくりと頷き、その表情をわずかに嫌悪に歪めた。



「だから、狙われているのは私だけではない。おそらく、私の従兄弟も《焔》に狙われているでしょうね」


「そういうことか。……だが、ちょっと待ってくれ」



――何故、クリスティアナはそんなことまで知っているんだ?


いくらなんでも、他国の事情に精通しすぎている。情報屋でもあるまいに、ヴァルゴアン王国の王都サンエストルで一般的な暮らしをしてきた女性が知りうるレベルの話ではない。まして皇帝暗殺ともなると、国家機密レベルの話だ。


そう問うと、クリスティアナはわずかに顔を伏せた。



「こうなることを、父は予測していたのでしょうね。だからなのかもしれない、私に剣技を――身を護る術を覚えさせたのは。父は、情報屋にも知り合いがいたようだから。……何故、《焔》がもう帝位継承権のない父まで狙ったのかは分からない。もしかしたら、リベルト王子は皇帝の血縁者を根絶やしにするつもりなのかもしれないわ……」



それには、思わず俺も顔を顰めた。


彼女の言葉通りなのだとしたら、そのリベルト王子とやらは相当の怨恨を帝国に対して抱いているのだろう。一国の統治を者が、自らの手を汚すことなく、金で暗殺者集団を雇って他国の人間を暗殺する――それだけで、既に相当に人倫に悖る行為だ。



「だけど……」



クリスティアナはさらに何か言いたげに口を開いたが、出てきたのは言葉ではなく溜息だけだった。



「……どうした?」


「いいえ、やめておく。いくらなんでも、これは妄想の域だわ。他人に話せるようなことじゃない」



それだけ言うと、彼女は再び視線を車窓の外へと移した。





















蒸気機関車は、早くもオーラキア帝国との国境間際にまで到達していた。車窓の外は、平野から山間部へと移っていた。険しい山間の間の谷を抜けると、そこはもう帝国である。


クリスティアナはあれ以上に何も語ることはなく、その態度に釈然としないものを感じつつも、無理に聞き出すことは控えた。聞いたところで、やはり彼女が《焔》に狙われることでは変わらないのだから。


そこで、俺は彼女を誘って食堂車へと移動していた。車両の8両目が軽食を提供する食堂になっている。あいもかわらず眠りこけているゲオルグ先生は置いてきぼりだ。仮にこの列車内に《焔》の暗殺者が乗り込んでいて、まず先に護衛を狙ったとしても、ゲオルグ先生ならば大丈夫だろう。


人影もまばらな食堂の中、俺とクリスティアナはコーヒーを頼んで席に座った。



「私も、聞いてもいいかしら?」


「……駄目、というわけにはいかないだろ? 言っておくが、セクハラ質問はなしにしてくれ」



今回の旅の中では初めて他人に興味を示してきた彼女に少し当惑しつつ、俺は応じた。若干ひねくれていただろう俺の返答に、彼女はこれまた初めて素直な笑みを浮かべる。


――綺麗な微笑みだった。元々が美人なのに今まで笑っても嘲笑的なものばかりだったから、今回は非常に見惚れるものがある。



「貴方は今回の護衛任務のことがあるまで私のことなんて知らなかったでしょうけど、私は貴方のことは知っていたわ。サンエストル・ギルドの、新進気鋭の傭兵、とね」


「……そんなに有名か、俺は?」


「少なくとも、王都サンエストルにいる人間なら、噂を一度は聞いたことがあるでしょうね」



どことなく楽しげに語る彼女だが、俺はその噂とやらの内容に一抹の不安を覚えた。


この世界の常識その他をまったく知らないおかげで、いろいろと騒ぎを起こしたが、ひょっとしたらそのあたりが原因で噂になってしまっていたのだろうか……。この世界の世間一般の常識に精神面でも身体面でも慣れてくると、突拍子もないことをしていたことが思い起こされ、気恥ずかしくなる。



「それで、質問というのは?」



「貴方、ユリウス・アイスラー騎士団長の息子というのは本当かしら?」


「……はい?」



とんでもないことを言い出すクリスティアナに、俺は眉根を寄せて茫然とした。


いったい何をわけのわからないことを言い出すのだ、彼女は。



「違う。確かにアイスラー団長の世話になってはいるが、血の繋がりがあるわけじゃない」


「……そうかしら。貴方のその実力、いくらあのゲオルグ・ジョルテに師事しているからといっても、いくらなんでも強すぎるのよ。貴方がアイスラー騎士団長の息子なら、その強さも天賦の才ということで納得できるのだけれど……」



実のところ、ゲオルグ先生からもそういった疑問は受けていたのだ。だが、それ自体はアイスラー団長が否定してくれている。団長は昔、妻と息子を失っているから、実の息子のように扱ってくれていたが、それでも赤の他人であることに違いはない。


そもそも、同じ世界に生まれた人間、という繋がりすらないのだから。



「とにかく、違うと否定しておく。俺の両親は別にいるからな」


「そう……それなら、もう1つ。これは、答え難かったら、別にいいわ」



意趣返しのつもりか、先の俺の質問と同じような物言いをする彼女に苦笑しつつ、コーヒーを口に含む。



「貴方、恋人はいるかしら?」


「ぶふぉっ!?」



――危うく、コーヒーをクリスティアナ目掛けて吐き出すところで、なんとか踏みとどまった。これこそ、何を聞いてくるんだ彼女は!?



「……何故、そんなことを聞く?」


「純粋な好奇心、では駄目?」



質問に質問で返されると、実に答え難い。


というより、その物言いが俺としてはどうにも危ういのだ。こう、なんというか……女性にそういうことを言われると、どうしても一瞬勘違い的な何かが、分かっていても脳裏に浮かんでくるというか、なんというか……。



「いない、と答えておく」



できるだけ動揺を悟らせないように、俺は一切の感情を込めずに返答した。


俺とて、男である。恋人が欲しいと思ったことぐらい、数知れずあるのだ。だが、それも元いた世界でのこと。こちらの異世界に召喚されたというもの、そういったことを考えている余裕はなかった。なにせ、生きていくための知識・技術を身に付けるためで精一杯だったのだから。


とはいえ、そろそろこちらの世界にも慣れてくると、そういった感情も当然湧き出てくるのだが……。なんというべきだろう。それは、なんだか――違う気がする。


一瞬、脳裏に幼馴染の顔が浮かんだが……まぁ、そういう仲ではなかったからな。


思い出し始めると、家族のことや、幼馴染の横によくくっついていた小柄な少女のことや、仲の良かった男友達の顔も浮かんでくる。際限がなくなるので、その辺りで思考を打ち切った。



「誤解のないように言っておくが、興味がないわけじゃないぞ。そういう嗜好があるわけじゃない。ただ、今までそういう機会がなかっただけだ」


「そう。なら、都合がいいわ」



何が都合がいいというのか、彼女は含むもののある笑みを漏らして、ジッと俺の顔を見つめてきた。



「私を帝都オーラキアまで護衛する、そこまでが任務で間違いないわね」


「あ、ああ。ただ、貴女は《焔》に狙われているから、当然安全圏まで連れて行くことが必要になってくるが……」


いまいちクリスティアナの質問の意図が掴めないままに、彼女に答える。


帝都に到着したら、クリスティアナを帝国の関係者に引き合わせるなりして、彼女の保護を求めるしかないだろう。ただ、どうやって彼女の身の証を立てるかという問題が出てくるが……。


このあたり、どうやらゲオルグ先生は考えがあるようだが、いったいどうするつもりなのだろうか?



「その後、貴方達はどうするつもり? すぐにサンエストルに戻るのかしら?」


「いや、当面は帝都に滞在するつもりだ。今回の護衛任務を引き受けるきっかけは、見聞を広めるためだからな。帝国内を見て回るなり、魔物退治で腕を磨くなりするつもりだ」



(まぁ、本来の目的はまったく別だが……)


近く行われる予定の《勇者召喚》。それにより召喚される予定の勇者に会うことこそが、今回の旅の、ゲオルグ先生もあずかり知らぬ俺の目的なのだ。まぁ、こちらもやはり、何かあてがあるというわけではないのだが……。


ただ、それを敢えて言う必要はない。



「なら、私の護衛を達成した後に、貴方へ個人的に依頼があるのだけれど、いいかしら。勿論、報酬は出すわ。ただ、ギルドは通さずにお願いしたいのよ」


「原則的に、傭兵はギルドを通してしか依頼は受けれないんだがな。依頼者からの直接依頼を受けることは、ギルドの禁止事項の1つでね」


「杓子定規ね。規則は破る者がいるからこそ規則として決められているのでしょう?」


「……そういうアウトローな考えは感心しない」



冗談よ、とおどけるクリスティアナ。冗談を言うのも結構だが、自分のこれまでの言動を考慮してから言って欲しいものだ。



「なら、あくまでも個人的なお願いでというわけにはいかないかしら。私も個人として、貴方も傭兵ではなく個人として。ただの頼み事ということで」



随分と食い下がる。こうまで言ってくる彼女の考えがいまいち読めなかった。



「……まぁ、いい。とりあえず内容を言ってみてくれないか。その内容を聞いて、決める。個人として受けるんだからな」





内容を聞いて、俺は愕然とした。いや、別段受けたくないという意味ではないのだが……。























オーラキア帝国南東部、帝国三大砦の1つ――《蒼の要塞》は、王都の王城にも劣らぬ巨大な建造物だった。蒸気機関車のレールは、そのまま要塞の腹の中へと続いている。


全長400メートルに、全高20メートルはあるだろうか。鋼鉄製の装甲に、等間隔で設置された巨大砲台8門、それに加え小型ながら数え切れないほどの砲台を擁するこの要塞は、ファンタジーの砦というより、まるでSFの戦艦が鎮座しているかのようだ。この要塞を見ると、ヴァルゴアン王国との技術力の違いを痛感させられる。


中央にある見張り台らしき塔に見えるのは、青い鷹が勇壮に翼を広げている図柄の描かれた旗だ。《蒼の騎士団》の軍団旗だろう。



「凄まじいな……これは」


「帝国の誇る武装要塞、ってな。こんな巨大砦が帝国には3つもあるんだから、帝国の武力も凄まじいものさ。鋼鉄製の装甲に、さらに上乗せして魔法による防護壁まで用意されているんだからな。過去、一度も破られたことのない絶対要塞だ」



ようよう起き上がったゲオルグ先生は、眠たげな目をこする。まったく、よくもまぁ出発から到着の時間までずっと眠り続けていたものだ。暗殺者に狙われているというのに……まぁ、豪胆と評価するべきなのだろう。


荷物を手に、俺達は列車から降り立った。









プラットホームは、様々な人々で溢れかえっていた。俺達と同じ列車で降り立った者、あるいはこの列車に乗って王国へと旅立つ者、さらには《蒼の要塞》の名に相応しい青の制服に身を包んだ男達は鉄道警察だろうか。目深に被った帽子の下からは鋭い視線が垣間見え、周囲を油断なく監督していることが伺える。


こう人々でごった返したうえに屋内なのだから、まるで地下鉄の駅のようだ。



「一応、ここで鉄道警察の検問を受けることになる。よからぬ荷物を帝国に持ち込む野郎がいたら、ここで阻止するというわけだ」



このプラットホームからの出口は1つだけしかない。おまけにかなり厳しく所持品などチェックされるというから、どうしても人が滞留してしまうのだ。そういうところがわりといい加減なヴァルゴアン王国とは、やはり違う。



「どうせ時間がかかるだろうからな。ま、急いでも仕方がない。ちょっとそのあたりの椅子で待ってろ、飲み物でも買ってくる」



そう言って、ゲオルグ先生は人ごみの中へと消えていった。


近場にあった3人掛けの椅子を見つけた俺とクリスティアナは、2人して座って一息つく。




「懐かしいんじゃないのか、貴女にとっては久しぶりの帝国だろう?」


「まだ物心ついたばかりの頃に帝国を出たから、帝国がどんなところかだったなんてほとんど覚えてなんていないわ。貴方と同じように、初めて来たような感覚ね」



益体もない会話をしつつ、俺達はゲオルグ先生が戻るのを待った。そのうちに、空いていた椅子に1人の若い女性が座る。俺が真ん中に座っていたから、ちょうど2人の女性に挟まれる形だ。


この女性も、同じ列車に乗り合わせて帝国に来たところなのだろうか。疲れたように一息つくと、大きな鞄を膝の上にのせてゴソゴソと中を探り始める。荷物のチェックでもしているのだろう。やがて、意を決したように女性は立ち去っていった。



「……ん?」



そして、気づいた。先程まで女性が座っていた椅子の上に、紙切れが一片置かれていることに。もしや彼女の忘れ物だろうかと思い手に取ると、何やら文章が書かれていた。


何気なく読み上げて――俺は驚愕して立ち上がった。



「どうしたの?」


「いや……なんでもない」



クリスティアナには悟られぬように、俺は紙切れをポケットの中に押し込んだ。



紙切れには、綺麗な字でこう書かれていたのだ。




『騎士団長より、貴方を陰ながら補佐するように仰せつかっています。


以下の3点、お伝えいたします。


《勇者召喚》の決行が若干早まりました。本日より3日後の夕方、帝都の皇城にて執り行われます。


また、《焔》の手練が相当数帝都に侵入しているようです。一層、警戒されるとよいかと思います。


最後に、ガルトが襲撃されたのと同様に、帝国の《白の要塞》も魔物の大群の襲撃を受けたようです。


――《黒い牙》より』




ヴァルゴアン王国騎士団特殊任務実行部隊、通称《黒い牙》。――ということは、先程の女性は《黒い牙》の隊員か。


さすがはスパイとでもいうべきか、まったく気がつかなかった。



しかし、アイスラー騎士団長もいつの間にそんな手配を……。



(まだ、心配されてるってことか……お世話をかけます、アイスラー団長)










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