プロローグ 召喚された仮勇者
処女作の長編ファンタジーです。
なんとか定期的に更新していきたいと思っていますので、
よろしくお願いします。
朝倉隆雄はまだ寝ぼけていた。
数学の宿題やってなかったなぁ、と宿題を忘れるのはいつものこととなげやりに寝床に入ったのが昨晩のこと。
背中に痛みを感じて目が覚めたら、そこは住み慣れた自分の部屋ではなく、床一面に奇怪な模様の書かれた薄暗い部屋だった。
身体を起こしたところで目が合ったのが、全身を覆う真っ白なローブを着た人影。
手には何やらいかにも魔法使いです、といったこれまたおかしな形状の杖を持っている。
そして、いきなり――
「ついに成功だ! わしは遂に勇者召喚をやってのけたぞ! ざまぁみろ、帝国の腐れ魔術師どもめッ!」
頭を覆うフードを取り払うや、これまた真っ白な髪の老人が気でも狂ったかの様子で笑い始めた。
隆雄はそれをただ茫然と見ていた、というより、見ているしかなかった。
なにせ状況がさっぱり分からないのである。
(夢にしてはなんだか質感がリアルだな……)
寝起きということもあってか、いまいち回転しない頭でぼんやりと考え始めた頃、
さすがに疲れたのか笑い終えた老人が、今度はゆっくりと隆雄に歩み寄ってきた。
「少年、名前は?」
そう聞かれても、隆雄は反応できずにいた。
間の抜けたことに口を半開きにして、ただただ冷たい床にへたりこむばかり。
「これ、何を放心しておる? わしは名前はなんというのか、と聞いておるのだ。言葉が通じておらんのか?」
「――朝倉、隆雄、です」
老人が少し苛立たしげに再度質問してやっと、搾り出すように自らの名前を告げる。
といっても、非常にか細い声であったが。
「アサクラ、タカオ、か。
……ふん、確か異世界人は家名を先に持ってくるんじゃったかな?」
「はぁ……?」
(イセカイジン?)
徐々にエンジンのかかりはじめた隆人の頭に、不穏当な言葉が反芻される。
(――おいおい、まさか……)
脳裏に浮かび始める嫌な答え。
しかし、隆人が思考の整理を終える前に、老人は更に言葉を続ける。
「わしの名前は、ホムレウス・オルノアン。
そして、ここはヴァルゴアン王国が王都サンエストル。
世界は今、魔王の脅威に瀕している。故にお前を歓迎するぞ!
異世界へようこそ、勇者タカオよ!」
「はいッ!?」
会心の笑みの老人の言葉に、完全に起動した孝雄はようやく認識した。
自分が、とんでもない異常事態に遭遇してしまったのだと。
「つまり……俺に、魔王を倒せと?」
そうじゃ、と当然のこととばかりに頷く老人――ホムレウス。
あの薄暗い部屋からわけも分からないまま連れ出されたのは、いかにもファンタジーにありそうな中世的な室内で。座らされたのは木彫りの椅子。テーブルを挟んで向かいに座るのがホムレウスだ。
夢なら早いところ醒めてくれと現実逃避気味の隆雄に、ホムレウスは淡々と状況を説明した。
曰く
《勇者召喚》なる儀式により、自分が異世界に召喚されたのだということ。
この世界は現在危機に直面しており、それは魔王による侵攻であるということ。
過去、魔王による侵攻は度々あったが、それを打ち払ったのはいずれも異世界より召喚された勇者達であったこと。
そして、自分がその勇者であるということ……。
あまりにも空想染みた話に、隆雄は話に食らい突いていくだけで必死だった。
「俺はありふれた高校3年生、学生なんですよ? そんなこといきなり言われても……」
「歴史上、勇者召喚によって召喚された者はいずれも異世界人であったが、最初はみな似たようなことを言っておったそうだ。だが、いずれの勇者も立派に成長し、魔王を見事討ち倒した。同じ儀式によって召喚されたお前に同じことができない道理はあるまいに?」
「そんな無茶苦茶な理屈……!」
「無茶苦茶でも、お前はやらねばならん。……あらかじめ、言っておこう。お前が元の世界に帰還する方法はただひとつ。魔王を倒すことのみ。それが目的で召喚された故に、目的が達成されぬ限り、お前は元の世界には戻れぬ!」
改めて、隆雄は茫然とする。否も応もない、つまり勇者になるしかないということだ。
では、元の世界での生活はどうなる?
家族は? 友達は? 学校は? 苦労して、嫌々やった受験勉強は?
それでもホムレウスは更に続ける。
「なに、案ずることはない。知識や技能、この世界で生きて、闘っていく上で必要となるモノはできうる限り、わしが与えて――って、おい、聞いておるのか?」
と言っても、現実に進行しているこの異常事態に隆雄は何ら反応できなかった。頭の中を整理するだけで精一杯なのだ。
自失している隆雄の様子に、ホムレウスはやれやれとばかりに溜息一つ。
「……まぁ、無理もなし。頭を整理する時間は必要か。……もう日暮れか。これ、タカオ。話はまた明日だ。今日はもう休め」
そう言うや、ホムレウスはなお茫然とするタカオを半ば無理やり立たせると、寝室らしき部屋へと促した。そこにあるのは、真っ白なシーツの大きなベッドが1つ。
トン、と背中を押されたタカオはまるで亡霊のような足取りでベッドに向かい、そのまま倒れこんだ。
先程寝て起きたばかりだ。眠いはずがない――と瞬間暢気にも考えたが、どうしたことか眠気はすぐに襲ってきた。
「すべてはここから始まるのじゃ……。おのれオーラキア帝国め、宮廷魔術師め。
《勇者召喚》はもはやお前達だけのものではない
わしの召喚したあの少年こそが、真なる勇者となるのだ……ククク」
次に目を醒ました時、そこは住み慣れた自分の部屋であるはず。
そう期待しながら、隆雄は眠りに落ちた。
薄気味悪い、この世のものとは思えぬ不気味な笑い声が響くなか……。