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校正者のざれごとシリーズ

校正者のざれごと――図書館戦争

作者: 小山らいか

 私は、フリーランスの校正者をしている。

 校正者でありながら、私は本を読まない、仕事でいつも活字を目で追っているからだとここで何度か書いた。だが、実は図書館にはよくお世話になっている。多いときには上限の10冊まで目いっぱい借りて、それでも足りないときには隣の市の図書館まで足を運ぶ。蔵書の検索をして、時には小さな公民館の中にある図書室へも行く。愛車は緑色の電動自転車。坂の多いこのあたりでも余裕で走り回れる。

 それは、某中堅出版社の村瀬さん(仮名)からの依頼だった。自己啓発の本。なかには、さまざまな本からの長めの引用部分があり、それを元の本にあたって全部確認してほしいという。さらに、確認したそのすべてのページのコピーをつけてくれということだった。

 何度か仕事の依頼を受けているが、村瀬さんはちょっと厳しい感じの人で、正直言って苦手なタイプだった。コピーまでつけるのはさすがに大変だなと思ったが(そもそも、それは校正者の仕事なのか?)、この人からの依頼ではとても断ることはできない。ゲラ(校正紙)を取りにいって説明を受け、「では、納期までに終わらせてお持ちします」と言って出版社を後にした。

 家に帰ると、すぐに図書館のページで本を検索する。量が多いので、借りてきて家で作業をするよりも、図書館でそのままコピーをとることにした。図書館へ行く前に、電話をして本のタイトルを告げ、取り置きをしてもらう。そうすると、図書館についてからすぐ作業を始められる。

 図書館の読書スペースの一画に陣取り、ゲラの横に図書館の本をうずたかく積むと、確認作業に入る。引用部分は本のどのあたりから使われているかがわからないので、1冊ずつざっとページをめくりながら探していく。本の内容から何となくあたりをつけるのだが、うまくいってすぐに見つかることもあれば、全く見当違いのこともある。そんなときは何度も頭から見直して探していく。結局何度探しても見つからず、おかしいなあと思っていると、引用部分が本の内容とだいぶ変えられていたりする。そんなときはその部分のコピーをつけ、「内容がだいぶ変わっているようです」などとひと言添えておく。

 何度かそんな作業を繰り返し、おおかたの引用部分はコピーをとることができた。集中していたせいか、気がつくとだいぶ長い時間、図書館の席を占領してしまっていた。おしりが痛い。図書館の椅子って、硬いんだよな。

 図書館にお世話になるような仕事はほかにもある。

 確か、司法試験の問題集の校正だった。ある資格試験の予備校からの依頼。裁判の判例が載っており、それを確認してほしいという。判例検索はちょっとやっかいだ。最高裁判所の判例(最判〇〇となっているもの)は裁判所のホームページの「裁判例検索」でも確認できることが多い。だが、高等裁判所や地方裁判所の判例になると難しい。有料の検索サイトに契約すれば確認できるのだが、さすがにそこまでは対応できない。

 この判例検索のできるパソコンが、図書館にはあるのだ。

 図書館のレファレンスコーナーの横に2台あるパソコン。判例検索だけでなく、さまざまな調べものができる。ただし、利用できるのは1人1回30分。30分経つと自動的にシャットダウンする。次に待っている人がいなければ延長できることになっている。もちろん30分では全然足りないので、終わるとカウンターへ行き、延長の申請をする。平日の昼間なのでさほど混んではいないのだが、たまに待っている人がいると、その30分は席を明け渡し、近くの席で素読みをしながら待つ。空いたらまた30分。カウンターの人も「この人、何してるんだろう」と思っているかもしれない。でも、とにかくここで調べるしかないので、すべての判例の検索が終わるまで必死にパソコンにしがみつく。

 判例検索は、裁判所名(最高裁、高裁、地裁の別)と日付を入力する。複数の判例が出てきたときは、これもあたりをつけていくつか開いてみる。似たような判例(たとえば「建物収去土地明渡請求」と「家屋明渡等請求」など)は開いて読んでみないことにはわからない。なかにはものすごく長い判例もある。これ、どこまで続くんだろう。延々とスクロール。引用部分は判決の重要な部分のはずなので、終わりのほうを狙ってみる。

 結局、2日間ほど図書館で過ごした。最初は判例なんて退屈だと思っていたが、なかには興味深いものもある。人間関係の複雑さやお金の問題など、その内容は意外と生々しい。なんだかサスペンスドラマみたい。事実は小説よりも奇なり。イギリスの詩人バイロンの言葉だそうだ。そういえば、裁判の傍聴をしてネタにしているお笑い芸人さんもいたな。

 いちおう必要な調べものが終わり、図書館を後にする。愛車(緑色の電動自転車)で家に帰る途中、いつもの店に立ち寄った。大判焼きの店。疲れた脳には甘いものが必要だ。家族の分も含めていくつか注文し、出来上がりを待つ。

 何気なく店に貼ってあるポスターを見る。そこには、こんな文章があった。

 ――鍛錬に練り上げた、あんこを使用しています。

 何となく違和感を覚えて、少し考えた。「鍛錬に」は音が似ているけれども、たぶん「丹念に」なんだろうな。もちろん、口には出さない。家に帰ると、さっそく甘いものを補給。うまい。判例のなかは事件であふれかえっていたけれども、ここは平和だな。


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図書館戦争ー。懐かしい。タイトルで某漫画を思い出す私。 相変わらず文章キレッキレで。「らいか」=「雷火」って漢字変換しております。 あぁ、楽しい。 どうでもいいですが、愛車(緑色の電動自転車)は同じ?…
図書館でお仕事するって憧れます! 近所の図書館が新しくなってめちゃめちゃ素敵空間になったんですが……いつも満席なのが困りもの。 らいかさまのおかげで最近は誤字脱字、誤変換もより楽しめるようになりました…
改版だったり別出版社から出しなおしたりする際に、内容が変化するのはよくある話ですね。 引用する際は出版社と版を入れることが望ましいのですが、案外守られていないことも多いのが実情です。 自己啓発本や資…
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