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20 勉強

かたん、と身体が揺れ、モールは目を覚ました。

眠い目をこすりながら周りを見れば、薄暗い馬車の中にいる事に気付く。どうやら会談が終わって、城に帰宅する途中らしい。


「目が覚めましたか、モール。普段はあまり寝ないのに、こんなに長く寝ていたものですから……どこか具合が悪いのではと心配していたんですよ。」


顔を上げた途端、メリバに頭を撫でられる。ウェーブした金色の髪が揺れ、メリバの緋色の髪と重なった。


「いえ、体調に問題はございません。ご心配おかけしまして申し訳ございません、陛下。」


そう言えば、メリバはふふっと笑いながらモールの頬を指先で撫でる。その仕草が、メリバがレイナによくしているものと同じだと気付き、モール(ハリエット)は少し複雑な感情を抱く。


「しっかり者ですね、モールは。まだ五歳なのに、こんなにも賢いだなんて。きっと、貴方のお母様に似たのでしょう。お母様も喜んでいると思いますよ。」


"モール"が"ハリエット"である事も知らぬまま、メリバは懐かしそうに目を細める。モール(ハリエット)は少し俯いて、メリバのドレスの裾をぎゅっと握った。


「……陛下は、私達のお母様の事をどう思っていたのですか?お母様の事、大事だったんですか?」


自分(ハリエット)がどう思われていたのか知りたくて、精一杯の子供らしい言葉遣いと態度でそう尋ねる。亡き母を求める幼子の心境など分からぬが、それらしい演技で母親(ハリエット)の事を尋ねた。

メリバはモールを抱き寄せ、モールの群青色の目を覗きながら目元を優しく撫でた。


「貴女達のお母様は、私を大切にしてくれていました。だから、私も彼女を大切に思っていました。いなくなってしまって、私はずっとずっと悲しい思いをしているのです。」


五歳の幼子に理解しやすいよう選ばれた、易しい言葉だった。でもその言葉が真実なのかどうかは、モール(ハリエット)には見抜く事ができなかった。

何を返せば良いのか分からず黙っていると、いつの間にか寄って来ていたトートとデュードが、モールを挟み込むように両側から頬を寄せてきた。


「へいか、お母さまだいじだいじだったんだね。モール、お母さまあいたいの?」

「お母さま、あいたい!お母さまのおかお、デュードたちしらないよ!お母さまのおかお見たい!」


モールを慰めるような、母を求める思いに賛同するような、無邪気な言葉だった。

トートとデュードは母であるハリエットの事を、何ひとつとして知らないのだ。なのに周りの人々は自分の母(ハリエット)を素晴らしい人だったともてはやすのだから、興味と思慕が相まって母に会いたいと強く想っているらしい。

ぽかんとしているメリバの目を見つめながら、モールは、これはチャンスかもしれないと閃いた。そして、メリバに縋りつくようにして言葉を吐き出す。


「陛下、お母様の事をもっと教えてください。私達も、お母様のように素晴らしい人になりたいのです。そして、お母様が自慢できるような子になりたいのです。魔法について、戦いについて、勉強について、沢山学んでお母様に喜んで貰いたい。沢山教えてください。」


いわゆるおねだり、というものだろうか。何も知らないメリバからすればそう聞こえるに違いない。だがこれはモール(ハリエット)の策略にすぎなかった。

前世とは魔力も体力も比べものにならない程落ちてしまったが、なくなった訳ではない。幼いうちから懸命に修行を積めば、高度な魔法も使えるようになるだろうし、十分戦いで通用する技術も身につけられるだろう。それに、勉強を重ねてゆけば国の情勢や貴族達の現状―――即ち、ルフェール公爵領とカーティス侯爵領の状態を詳しく教えて貰えるに違いない。

だから、母親(ハリエット)に憧れるフリをして英才教育を求めたのだ。


メリバは少し考え込んでいるようだった。

だがやがて、三人を抱き寄せながら優しい声で囁いた。


「お勉強をしたいと……とても良い事です。良いでしょう、貴方達にぴったりの先生をつけてあげましょう。剣術はエリックさんとグンヒルドさんに習いなさい。魔法のお勉強は……貴方達のお母様ととても仲が良かった、ディディモ伯爵に教えて貰いましょう。」


ディディモ伯爵。ハリエットが妹のように可愛がっていた、パメラ・ディディモ。モール達が三歳の時に予期せぬ出会いを果たした、双子伯爵。

またパメラに会えるのだという喜びと、双子は三匹の子狼(モール達)に出会ったあの時の事を覚えているだろうから、訝しまれるのではないかという懸念がモール(ハリエット)の中で渦巻いた。


「色々なマナーも学ばねばなりませんね。貴族達に声をかけてみます。安心なさい、きっと良い先生達ばかりですよ。でも、決して貴方達はハリエットさん(お母様)の子供だとバレてはいけませんよ。」


メリバは満足そうに微笑みながら、三つ子を撫でた。





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━





数日後。

モール達三人のもとにイーデン・ディディモが訪ねてきた。どうやら早速メリバが家庭教師にと呼んだらしい。

いつもは騎士達が鍛錬に明け暮れている広場の隅で、三つ子とイーデン、そしてそれを見守るメリバが集う。


「お初にお目にかかります、(わたくし)はパメラ・ディディモ伯爵が弟、イーデン・ディディモにございます。気軽にイーデンとお呼びください。」


モール達の前でうやうやしく礼をするイーデン。モール達がメリバの庇護下に置かれているからか、イーデンは三つ子をメリバと同等に扱おうとしているらしい。モールは少しこそばゆいような不思議な気持ちになった。


「本来ならば姉のパメラがお三人に魔法をお教えするところ、生憎姉は野暮用の為国外へ行っております。なので私が代わりにお教えいたします。どうぞよろしくお願いいたします。」


どうやらパメラは留守にしているようだ。パメラとイーデンは本来世界中を風に乗って揺蕩う大気の妖精(エアリエル)であるから、本能的にふらっと旅立ってしまう事が多い。三日から一週間程で帰ってくる事が多いが、彼女が留守の間はイーデンが伯爵としての業務を任される。その逆もまた然りで、イーデンが留守の間はイーデンの用事をパメラが行う事がほとんどだ。

それを知っているモール(ハリエット)は、別に不思議だともなんとも思わなかった。それに、パメラとイーデンは容姿も性格も瓜二つだから、仮にすり替わっていたとしても気付かない。大した事はない。だからそこまで気にする事ではないだろうと思っていた。


「イーデン、よろしく!」


早速デュードが飛びついて行って、イーデンの足元をふんふんと鼻を鳴らしながら匂いを嗅いでいる。トートはというと、恥ずかしそうにぺこりと頭を下げただけで、あとはもじもじしているだけだった。

モールも挨拶しようとしたが、声が出ない。身体が震えてこわばって、心臓の鼓動が早くなる。まだ()に対しての恐怖心が癒えていない事を自覚し、焦りから呼吸が荒くなる。


「どうなさいましたか?」


顔色の悪いモールを心配したのだろう、イーデンがしゃがみこんでモールに目線を合わせた。

モールはビクッと肩を跳ね上げると、その場に尻もちをついてしまった。メリバから貰った蒼いドレスが土で汚れ、金色の髪が草に絡まる。


「ご、ごめんなさい……す、少し、緊張してるみたい……です……」


ガタガタ震える唇からやっとの事で言葉を漏らせば、心配したメリバが駆け寄ってきて助け起こす。


「どうしたのですかモール。緊張している……にしては、様子がおかしいですよ。何かあれば遠慮なく言いなさい。」


メリバの腕にしがみつきながら、モールはまだ震えていた。こんな事してる場合じゃないのに、と、自分が情けなくて仕方ない。それとも、素直にメリバに伝えた方が良いのだろうか。モールはメリバの服を引き、顔を耳に近付けて小声で打ち明けた。


「も、申し訳ございません、陛下………私、男性が怖いのです……。何故かはわかりませんが、こ、怖くて仕方ないのです……。」


できるだけ本心を誤魔化してそう言えば、メリバは驚いたように目を見開いた。だが、モールが()()()()()と理解したのか、メリバはモールの頭を優しく撫でながら頷いた。


「イーデンさん。この子は長女のモールです。どうやら弟達以外との男性と会うのは慣れないようで、男性にあまり近付けないようです。なので、今日は私がこの子のそばにいます。あまりこの子に近付きすぎないよう、注意してもらってもよろしいですか。」


メリバに抱き寄せられたモールの、涙で潤んだ目を見て、イーデンはハッとして頭を下げた。


「申し訳ございません!そうとは知らずに、怖がらせてしまいました……。」


少ししょんぼりしたような表情のイーデンを見て、モールもなんだか申し訳ない気持ちになった。






自己紹介も終え、イーデンは早速魔法の授業に入った。

イーデンのように、"妖精"と名につく種族は魔力が高く魔法を使うのも上手い。だから、イーデンにとっては魔法を使う事など容易い事だった。


「この世界に生きる者達は、ほとんどが魔力を持っています。魔力の派生型……魔力とは少し違った力には、霊力や呪力、妖力といったものがあります。今日は基本的な魔力についてお話しましょう。」


幼子にも理解できるように、イーデンは必死に易しい言葉を選んで説明する。

キラキラと目を輝かせるトートとデュードの前で、イーデンは軟風を吹かせてみせた。魔法の在り様がわかるように、柔らかい光をのせた風だった。


「今吹いてきた風は、私の魔法です。私は大気の妖精、エアリエルという種族なので空気を操る事が得意なのです。このように、魔力は種族に合った魔法を扱うのが一番負担がかからない……疲れにくい、のです。お三人は世にも珍しいケルベロス族ですから、おそらく……多分、"破壊"と"毒"と"炎"……そして"呪い"を扱うのが得意ではないかと思われます。」


破壊、毒、炎、そして呪い。ケルベロス族は三つ子のそれぞれに破壊、毒、炎の魔力が与えられているとされており、呪いに関しては三つ子全員が他の種族を凌駕する程の力を有しているとされている。

それはローシュ国のテレネッツァ達も例外ではなく、長子テレネッツァは破壊、中子グラウベは毒、末子ナディアは炎の魔法を得意としているらしい。

血縁上の彼らがそうであるなら、モール達もその魔力を有しているに違いない。それはモール(ハリエット)も既に理解していた。


「お三人が何の魔法が得意なのか、一度しっかり自分の目で確かめてみましょう。魔法はイメージする事が重要です。頭の中で、こうしたい、と思い描いてみてください。」


イーデンに促されて、トートとデュードはきょとんとして顔を見合わせる。イーデンの言葉が難しすぎたのだろうか、動き出そうとしない。

そんな弟達に痺れを切らして、モールは手本を見せようと手のひらを差し出した。


「トート、デュード、こっちを見てご覧。よく考えるんだ。何かを壊したい?何かを燃やしたい?それを考えるんだ。魔法はそうやって作られるものだよ。」


説明しながら、頭の中で前世の記憶を思い描く。"ハリエット"であった頃は、様々な魔法が使えていた。それを思い出し、あの時と同じように自分の魔力を操ろうと力を込める。


まずは使いやすい炎の魔法。モールは手のひらの上で煌々と輝き踊っている炎を思い描く。触れれば熱くて、皮膚が焦げてしまうような、ありきたりな炎。赤くて小さな、文明の源。手のひらの上でじわじわと熱がこもるのがわかる。このまま、弟達に炎を見せてやろう―――。








―――ボンッ!!







不意に破裂音がして、モールの身体が吹き飛ばされた。


しかしその音の発生源は、モール自身ではない。




「わあ!こわれた!」


嬉しそうな声を上げたのは、デュードだった。見れば、デュードの足の下の地面が大きくへこみ、クレーターのようにひび割れている。先程の衝撃波は、どうやら彼がおこしたものらしい。近くにいたトートも吹き飛ばされたのかひっくり返っており、イーデンも驚いた表情で尻もちをついている。


「こわれろーって言ったらね、こわれた!できたよ!魔法だあ!」


無邪気にはしゃぐデュードを見て、モールはデュードがかつて塀を壊して外に脱走した時の事を思い出した。

この様子から見るに、デュードの持つ魔力は"破壊"に向いたものなのだろう。兄弟の中で最も強い魔力を持つデュードだからこそ、容易く魔法が使えたのだ。


「おやおや……デュード、危ないから突然壊してはいけませんよ。モールやトートが怪我をしてしまったらどうするのです。しかし、もう魔法が使えるとは……素晴らしいですね。」


メリバはモールとトートを助け起こしながら、デュードを叱りつつ褒めた。デュードはその言葉に嬉しそうに尻尾を振っている。


「は……はは、驚きましたよ。デュード様は非常に強い魔力をお持ちのようで。これならば、すぐに難しい魔法も使えるようになるでしょうね。」


イーデンはズボンの土ぼこりを払いながら立ち上がる。デュードを幼子と侮っていたのだろうか、その表情は驚きと畏れを混じえているように見えた。


モールは呆然としていた。前世、強大な魔力を持つハリエット・ルフェールであった頃には殆ど体験した事のなかった圧倒感。弟に先を越されたという悔しさと、これならば将来デュードは使()()()者になるという微かな期待が、胸の中で踊る。


「……私も、早く魔法を習得しなくては。」


前世とは比べものにならない程弱くなってしまった魔力を握りしめ、モールはこれからの修行や勉強への決意を固めた。

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