18 嘘つき
「いいですかモール、トート、デュード。貴方達のお母様の事は、外の人達にお話してはいけませんよ。」
群青色の目を輝かせる三つ子に、メリバは念を押した。
モール達が五歳になり、メリバは三つ子の存在を国内外に明らかにする事にした。ハリエット・ルフェールの子である事は隠し、「絶滅危惧種のケルベロス族の子を発見し、保護した」と偽って。
もちろんその事に、レイナやグンヒルド、エリックは猛反対した。いくらなんでも都合が良すぎないか、ハリエットの子だとすぐにバレてしまう、と言って三人はメリバを止めようとした。しかしメリバには策略があるようで、心配ご無用と言わんばかりに微笑むだけだった。
「お母様のこと話しちゃダメなの?なんで?」
「なんで〜?」
トートとデュードが小首を傾げながら、メリバのドレスにしがみついて尋ねる。
トートもデュードも、すっかり人の姿が定着して愛らしい容姿の男児になっていた。
日の光を受けた氷柱のように輝く銀色の髪と少し重たい瞼のトート。キリリとした吊り目に樹液を固めたような甘い銅色の髪のデュード。まだ五歳の幼児と言うには、美しすぎる容姿だった。良くも悪くも、顔は両親の美しい所ばかりを受け継いだのだろう。
モールはそんな弟達の顔を見る度に、複雑な気持ちを抱くのだった。
メリバはトートとデュードの頭を撫でながら、優しく微笑んだ。
「外には悪い人が沢山います。特にローシュという国の人々は貴方達をさらって、食べてしまおうとしているのです。貴方達がハリエットの子供だとバレてしまえば、その悪い人達にさらわれて食べられてしまうかもしれません。だから、貴方達はお母様の事を……ハリエットの子供である事を、決して喋ってはいけませんよ。」
幼子を納得させるには充分な、よくできた嘘だった。
確かに、テレネッツァ達はケルベロス族の血を引くモール達をどんな手を使ってでも手に入れたいに違いない。「たまたま見つけたケルベロス族の子を保護した」と主張したところで、テレネッツァが納得する訳がない。あの時の子だと、間違いなく気付くだろう。
だが外から見れば、ケルベロス族は人狼と何ら変わらぬ容姿だ。ハリエット・ルフェールの子だと口を滑らせない限りは、ある程度誤魔化せるのではないか。そんな思惑で考えた嘘だろう。
「やだー!食べられるのやだー!」
怖がったトートが、泣き出してしまった。トートは兄弟の中でも一番内気で臆病だから、仕方のない事だろう。
「大丈夫ですよ、何があっても守ってあげますから。だから、お母様のお話をしてはいけませんよ。そうすればきっと、誰も貴方達をさらいやしませんから。」
トートの涙を拭いながら、メリバはそう言い聞かせた。
メリバの思惑にうっすらと勘づいているモール以外の二人が、何の疑いもなく頷くのは容易い事だった。
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『絶滅危惧種であるケルベロス族の子をモルス国内で発見し、王宮で保護している』
メリバがそう発表するや否や、周辺の国々はあっという間に大騒ぎしだした。
レイナやグンヒルド、エリック、無論の事モールは、子供達がハリエット・ルフェールの子だとバレてしまうのではとビクビクしていた。
だが奇妙な事に、モルス国の国民達はモール達がハリエットの子だとは微塵も疑わなかった。
国民達は、処刑される時のハリエットがローシュ国王族の子を身ごもっていた事は知っているはず。その時のハリエットが臨月で、腹の中から取り出せば赤子も生きながらえる事は理解できるはず。なのに、疑いの声を上げる者は一人もいなかった。
メリバが記憶を改ざんする魔法やまじないをかけたのだろうか。だが記憶を改ざんする魔法は、膨大な魔力を持つ者でさえそう易々と使えるものではない。ましてやこんなに大規模なものは無理があるだろう。
モールはますますメリバの事が理解できなくなった。
「―――聞きました?メリバ女王陛下とテレネッツァが会談なさるそうですよ。」
モールが城の中を散策する弟達を追いかけていると、城の使用人達がひそひそ話をしているのを耳にした。
「聞いたわよ。お二人が直接言葉を交わすのは五年半ぶり?どうせケルベロスの子達の事でしょう。」
「テレネッツァはあの子達を手に入れたがるでしょうからね…。すぐに来るだろうとは思ってましたよ。」
「ルフェール公爵の件があってから、以前にも増してローシュ国もモルス国に突っかかるようになったわね。」
「きっと調子に乗ってるんですよ。本当にムカつきますね。」
険しい顔で話しながら去って行く使用人の後ろ姿を呆然と眺めながら、モールはその場に立ち尽くしていた。
『テレネッツァが……。何となく予想はしていたが、こうも早く来るとはな……。しかも陛下との会談だって?図々しいにも程がある。陛下がテレネッツァのみならず、ローシュ国の奴らと言葉を交わすのが嫌いだと知っているだろうに。』
呆れた顔のモールを、弟達は不思議そうな表情で見つめていた。
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モルス国とローシュ国の国境付近。両国が会談を行う時の為だけに設けられた屋敷の中で、メリバとテレネッツァは五年半ぶりに顔を合わせた。
テレネッツァの両隣には、宰相シルヴェストロ・ガルニエと公爵タビタ・バレナメントが立っている。一方のメリバの両脇には、近衛騎士であるエリック・モンタギューと国境付近の土地を治めるフェリックス・ハルトマン公爵がいた。
「五年半ぶりだねぇメリバ!会いたかったよ!あたし、また君に会えるのを尻尾を長〜くして待ってたんだから!」
小動物のようにくりくりした黒い目を輝かせながら、テレネッツァはわざとらしく大声で笑った。
「尻尾ではなく首でしょう。相変わらず貴女は脳が足りないようで。」
嘲笑うような微笑を浮かべ、メリバはテレネッツァを睨みつける。
表面上では平穏を取り繕った二人からは、ピリピリとした空気が漏れていた。
―――モールはそれを、別室からこっそり覗いていた。
メリバに連れられ屋敷までやって来たは良いものの、ここで大人しく待ってなさい、と言われ離れた部屋に置いて行かれてしまった。だがモールは、"ハリエット"であった頃の魔法を忘れていなかった。メリバにつけるとバレてしまうから、こっそりとエリックの服に魔法を刻み込んだ。その魔法を通じて、会談の風景を覗き込む事に成功したのだ。
久しく使っていなかった魔法だが、どうやら上手くいったらしい。
「……でさぁメリバ。ケルベロス族の子を見つけたって本当?」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべ、テレネッツァが尋ねる。その質問が飛んで来る事は、メリバもモールも予想していた。
「ええ、本当ですよ。可哀想に、親を亡くして岩陰で震えていたんです。歳はまだ四つか五つでしょうね。とても愛らしい三つ子ですよ。」
メリバが答えると、テレネッツァは目を輝かせた。尻尾がちぎれんばかりに振れていて、その喜びようがありありとわかる。
テレネッツァはこんなに間抜けだったのか、とモールは呆れた。自分の記憶にあるテレネッツァは、ずる賢く狡猾で、自由奔放にこそ見えるが相手の動きをうかがう事を忘れない者だったはず。でも今見えているテレネッツァは、無邪気で純朴な子犬と言った方が相応しいのではないか。
「やったあ!ねぇメリバ、その子達頂戴!ちょーだい!」
案の定の答えが、テレネッツァの口から出てくる。
メリバはどう答えるのだろう、とモールが固唾を呑んで見守っていると、メリバは待っていましたと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべる。
「無理な話ですね。種族繁栄の為、と貴女は言うのでしょうが、あんなに小さな子達を使わせる訳にはいきません。それとも、幼子だから欲しいのですか?とんだ小児性愛者ですこと。」
ここぞとばかりにテレネッツァを煽るメリバ。しかしテレネッツァは眉を微かに動かしただけで、それらしい怒りの表情は見せない。
「違うよ〜。ちっちゃい子はなるべく同種族が育てた方が良いからだよ。その方が心理的負担も少ないだろうし。ぺドだなんて、メリバも酷い事言うねぇ。あ、それともメリバ自身がぺドだから?他人に罪を擦り付けたいんでしょ??だってメリバには可愛いレイナ嬢がいるもんね!陛下のご寵愛を受けて、レイナ嬢も幸せ者だね!」
やはりテレネッツァは聡い。相手に何を言えば不快に感じるのかわかっているようだ。例えそれが事実であれ否であれ。
かつて赤ん坊だったレイナがメリバに拾われてから、国内外では少なからず良からぬ噂が流れたのは確かだ。その噂を利用してテレネッツァがメリバを煽るのはこれが初めてではない。
だが何度言われてもメリバは慣れないらしい。今回もメリバは、顔をひきつらせてテレネッツァを鬼の形相で睨みつける。
「……妙な噂を何十年も擦り続けるのですね。物好きですね貴女も。貴女達が言えた事ではないでしょうに。モルス国の公爵を捕らえて孕ませた貴女達が。」
怒気をはらんだメリバの声に、モールは思わずビクッと肩を震わす。
テレネッツァはと言うと、飢えた獣さながらの眼光を煌めかせ、舌なめずりをした。どうやら上手い事話を誘導できたと思っているらしい。
「そうそう、その話がしたかったんだよ。だってさぁ……そのケルベロスの子達って、本当はハリエット・ルフェールの腹にいた子なんでしょう?たまたま見つけた子なんかじゃなくて。」
テレネッツァの言葉を聞いて、メリバは我に返ったようにため息をついた。この話をされるのは想定していたらしい。
「いいえ。ハリエット・ルフェールは腹の子諸共処刑しましたよ。それはとっくに知っているでしょう?だって敵国の王族の子を生かしておく必要なんてないんですもの。」
「そっかあ、でもさあ………」
そこまで見て、モールの目にビリビリと激痛が走った。同時に、映像と声が途切れる。
どうやら、魔法の使用時間が限界に達してしまったらしい。"ハリエット"だった頃は、これくらいの魔法なら数時間使ってもなんて事はなかった。だが"モール"は"ハリエット"程魔力も高くないし、まだ幼い。数十分もっただけでも上出来な方だろう。
痛む目を抑えながら、モールはその場に座り込んだ。
「ダメだったか……。もう少し見たかったんだがな……。」
幼い体に不慣れな魔法を使ったからか、どっと疲れが押し寄せて来た。
『陛下とテレネッツァは何を考えてるのか……もう少し調べなくては……。あと、この身体を魔法を使うのに慣らさなくては…………。』
目を閉じたまま、床に寝転がった。眠りに落ちていく意識の中で、開いた窓から吹いてくるそよ風が心地よかった。
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会談が終わった後、庭に出たテレネッツァは満足そうな顔をして空を見上げていた。
「どうなさいましたか陛下。メリバ・モルスと会談なさった割には随分とご機嫌がよろしいようで。」
怪訝な顔で、シルヴェストロが尋ねる。
「あのねえ、さいしょー。あたしはハリエット・ルフェールが取られちゃった時、さいしょーの事もラシェル大臣の事も責めなかったでしょ?その答えが、今回の会談だよ。」
シルヴェストロの方を振り向いたテレネッツァは、そう言って黒い目を輝かせた。その意味を理解できないシルヴェストロは「と言いますと?」と再度尋ねる。
「―――だって、メリバは嘘ついてるよ。」
シルヴェストロを見つめ、テレネッツァは鋭い眼差しのまま不敵な笑みを浮かべた。
「だってさ……匂いがしたんだ。あたしの血筋の匂いが、メリバの服から。きっとメリバは隠してるんだよ。……あの子達が本当は、ハリエット・ルフェールに孕ませた子だって。」
テレネッツァは嬉しそうにその場でくるくると回り、踊った。女王と言うには相応しくないようなお転婆な彼女を、シルヴェストロはぽかんと口を開けて見つめている。
「早くグラウべとナディアにも知らせなきゃ!あの子達はやっぱり生きてるよって!さあさ、あの子達をいつどうやって取り返そうか、ちゃんと話し合わないとね!」
シアン色の毛を揺らし、テレネッツァは高らかな笑い声を上げた。




