14 好奇心
モールが人の姿を手に入れたのを皮切りに、弟達も次々と人型になっていった。
まだ一歳にもならぬ内に人の姿を手に入れるとは、とメリバは喜び、グンヒルドとエリックは訝しんだ。レイナははと言うと、あれ以来モール達の前に全く姿を見せなくなった。ただ、モールが二本の脚で立つようになったという話を聞いて、気に食わないとでも言いたげな表情をしていたと、グンヒルドが言っていた。
モールは人の姿になれるようになってから、体力と意思疎通能力をつけようと必死になった。
特に焦ったのは、喋る練習だった。まだ幼い姿であるからか前世で死ぬまでの一年間声を奪われていたからか、口は言葉を発する事ができなかった。だからモールは必死に喋る練習をした。
転生して、人の姿を手に入れてから初めて喋った言葉は、「モール」。自分の名前だった。
そして弟達に対しても、自分と同じように喋る練習や体力をつける運動をさせた。成長してから復讐を遂行する時、自分の思い通りに動いてもらう為に、弟達の教育をした。生まれたての幼い魂は知恵も技術も持っていなかったから、教えるのにはとても苦労した。だが弟達は、大好きな姉に好いてもらおうと必死になってモールについて来たので、成長は想定よりも少しだけ早かった。
月日は流れ、モール達は三歳になっていた。
存在が知られればタダでは済まないから、相変わらず部屋の外には出して貰えなかった。だが部屋の中には少しの運動ができるだけの広さと遊具があったし、メリバが持ってきた本も揃えられていたので、少なくともトートとデュードが退屈する事はなかった。
ウェーブのかかった柔らかい金髪に、乳のように白い肌、ほんのりベビーピンクのかかった頬に珊瑚色の唇。そして母親と同じ群青色の目。これが今世のモールの姿だった。褐色肌と漆黒の髪を持っていた前世とは真逆の色である。
まだ三歳という、赤ん坊から抜け出したばかりの年齢にも関わらず、モールはあまりにも美しく愛らしい容姿をしていた。メリバは聞き分けのいい、美しい容姿のモールを大層可愛がった。
「―――さあ、モール、トート、デュード。今夜は新月ですから、庭園へ散歩に行きましょうね。」
暗くなり始めた部屋の中で、メリバは三人を抱き寄せて囁いた。
メリバは新月の夜にだけ、モール達の気が滅入ってしまわないようにと三人を庭園へこっそり連れ出していた。誰かにバレてしまうのではとモールはひやひやしていたが、どうやらメリバの魔法が効いているらしい。庭園は新月の夜にだけ外から視認できなくなっているのだと、グンヒルドが言っていた。
そういえば、昔新月の夜に庭園で何かしらの騒ぎがあったとかで、以来ずっと新月の夜は庭園が閉鎖されているのだと聞いた事があったのを思い出した。一応見張りはいるらしいが、それも新月の夜はグンヒルドとエリックに担当させる事で、メリバと子狼達の散歩は他者にバレていないらしい。
「じょおうへいか、おひるはそとにでちゃいけないの?」
トートが拙い口調で、メリバに問いかけた。この問いも、何度聞いた事だろう。外の世界を知らないトートとデュードは昼の外が気になるらしい。でもメリバがそれを許す事はなかった。
「ダメですよ。今はまだ、昼に外に出てはいけません。五歳くらいになったら出してあげますから、それまで待っててくださいね。」
メリバはトートを撫でながら、妖艶な笑みを浮かべている。
ずっと部屋の中でモール達を閉じ込めて育てるのかと思っていたが、どうやらメリバには思惑があるらしい。おそらく、ローシュ国との国交や戦争の道具にするのだろう。その為に大切に育てられているのだと、モールは薄々勘づいていた。
「ごさいになったらおそといくの?へいかもいっしょ?」
「ええ、一緒ですよ。貴女達が悪い人に攫われないように、一緒にいますからね。」
デュードの問いにも、にこやかな顔で答えるメリバ。その顔が、何かを企んでいる時の表情である事を知っているモールは、あえて何も言う事はなかった。
モールは自分がハリエットの生まれ変わりである事を明かすのはよしておこうと考えていた。そんな事が知れれば、レイナやグンヒルド、エリック達がどんな思いをするのかわかったものではない。それに最も憎い者に生まれ変わってしまったのだから、信じてなど貰えないだろう。
『だがやはり、明かした方が良いのだろうか……?どちらにせよ、陛下は私達が用済みになれば斬り捨てるだろうし。だが明かすのはまだ今ではない。ならば……』
モールはくいっと首をメリバの方に向けて、幼子に相応しい無邪気な笑みを作り尋ねた。
「ねぇ陛下、また私達のお母様のお話聞かせて?」
自分がどう思われているのか、そして自分がいなくなった後に何が起こったのかを詳しく知っておくべきだろう。そう考え、モールは頻繁にメリバに話をせがむようにした。その姿は、メリバから見れば幼子としては当たり前の、母親を求める感情そのものだろう。
メリバは微笑み、モール達の頭を撫でた。
「もちろんですよ。貴女達のお母様は、とても勇敢な方でした。広い屋敷に住んで、広い土地を治め、多くの民を愛した、慈愛に満ちた美しい女性でしたよ―――。」
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新月の暗闇の中、モール達はいつものようにメリバに連れられて庭園まで来ていた。
「いいですか三人共。女王陛下との約束は覚えていますね?」
メリバは屈んで三人に視線を合わせ、念を押す。
「わかってるよ!遠くに行かない事!」
「だれにもみつかっちゃダメってこと!」
「よばれたらすぐにもどること!」
三人は口々に答え、メリバは満足そうに頷いた。
「良いでしょう。それでは遊んでいらっしゃい。」
メリバの言葉に、三人は一斉に庭園へ駆け出した。
トートの銀色の髪と、デュードの銅色の髪がレイナの花の中で転げ回り、時折毛並と尻尾が草の合間から飛び出す。
モールは無邪気な弟達を見守りながら、花を眺めていた。
『……結局、今日も陛下はありきたりな話しかしてくれなかったな……。やはり幼子には難しい話ばかりだと思われたのだろうか?ルフェール公爵領とカーティス侯爵領がどうなったのかを知りたいんだがな……。ローシュ国の話も、できれば教えて頂きたい。どうやったら教えて頂けるだろうか……。』
中々うまくいかない事ばかりで、もどかしくて仕方ない。モールは大きなため息をついて、自分の小さな身体に視線を落とした。
もう少し成長すれば教えて貰えるだろうか。それとも、勤勉さをアピールして勉強と称しこの国の近況を教えて貰った方が良いだろうか。そう考え込んでいるうちに、ふとアンミの事が脳内によぎった。まれにモールの前に現れるあの謎の人物。彼?彼女?なら教えてくれるだろうか―――?
「―――モール!モール!あそぼう!」
トートとデュードが、モールのもとへ駆け寄って来た。
二人から見れば、モールは運命も命も共にする兄弟。モールが母親の生まれ変わりであるなど、微塵も知らない。だから一緒に遊んで、一緒に育っていく事しか考えていないだろう。モールが色々思い悩んでいるなどつゆ知らずに。
「ねぇねぇモール。おそといきたいよね。」
デュードが尻尾を振りながら、庭園の端へと走って行く。モールとトートは首を傾げながらもその後を追った。
すると庭園を囲う高い塀の前まで辿り着いた。デュードはその下で鼻をふんふんと鳴らしながら、塀の一部を引っ掻いている。
「みてみて、ここ!ここからどっかいけるかも!」
見れば、塀の一部が小さく崩れていた。だが少し大きめのヒビが入っているだけで、穴などは空いていないように見える。
「おそといきたい!おそとのとりさん!とりさんほしい!あおいとりさん!」
デュードは以前メリバから貰った絵本に描いてあった、青い鳥を大層気に入ったらしい。青い鳥が欲しいと彼がせがんだ時、外にいけばいるんじゃないか、とグンヒルドが言っていた事をモールは思い出した。まさかそれを真に受けたとでも言うのか。
「デュード、ダメだよ。おそとあぶないってへいかいってたよ。」
トートが末弟を宥めようとするが、デュードは聞く耳を持たない。ずっと塀を引っ掻き続けている。だが対して力もない彼が、塀に穴を空けられる訳がないだろう。モールはそう呆れ果てていた。
「陛下がそろそろ待ってるから帰るぞ、トート、デュード。」
そう言ってモールが二人の手を引こうとした。その時だった。
―――バコンッ!!
大きな音と共に、破片が飛び散った。驚いたトートがひっくり返り、モールは後ずさる。
「やった!おそと!」
デュードの嬉しそうな声が聞こえたかと思えば、銅色の尻尾が何処かへ消えて行くのが見えた。
見れば、先程ヒビの入っていた塀が崩れて、小さな穴が空いていた。ちょうど幼子一人がくぐり抜けられるくらいの大きさのそれを見て、モールはデュードがそこから外へ出て行ったのだと気付く。
「デュード!」
穴を覗いて叫ぶと、銅色の毛が外の森の中へ消えていくのがちらりと見える。
デュードが兄弟の中で一番強い魔力を持っている事は、メリバもモールも見抜いていた。しかし幼子の力などたかが知れてる。ましてや扱う技術などさらさら知らないのだから、害はないと思っていた。まさか、その力をいとも容易く"破壊"に使ってしまうとは。
「どうしようモール、どうしよう。」
デュードがいなくなった事に気付いたトートが、泣き出してしまった。メリバの言いつけを破り、好奇心だけで外へ飛び出してしまったデュードをこのままにしてはおけない。
「トートは陛下の所へ戻れ!私がデュードを連れ戻すから!」
そう言って穴から飛び出そうとすれば、トートが尻尾を掴んで引き止めてくる。
「こわいよぉ、トート、ひとりいや!モールといっしょがいいの!」
泣きながら必死にモールに縋り付くトート。しかしこのままごちゃごちゃ言ってはいられない。事は一刻を争うのだから。モールは無理やりトートの手を振りほどき、デュードを追って穴から出て行った。
「―――?空気が、少し揺らいだ……?」
デュードが塀を壊した僅かな衝撃波を感じ取ったのだろうか。夜の空をこっそり散歩していたイーデン・ディディモは、訝しげな顔をしながら城の方を振り向いた。




