真ん中に挟まる立場は辛いと彼は言った
その日、二人の令嬢の死罪が決まった。
罪状は不敬罪。
一人は王太子がひと時の恋人として扱っていた令嬢で、もう一人は正当な婚約者の令嬢。
もちろんそのニュースは人伝に瞬く間に広まった。
片方だけならまだしも、両方死罪。
しかも何らかの罪を着せるのでもなく、不敬罪。
その罪が確認されたという夜会で何が起きたのか。
招待されていなかった者、招待されていても現場を見ていなかった者は、現場を見ていた者たちに真相を聞きたがったが、誰もが口を揃えてこう言うのだ。
「さすがに王家の恥となる話だから」
その中で、家族にだけは真相を話した少年の話を挙げてみよう。
僕はその時、殿下の側近として控えていました。
王太子として諸外国のお方と話す機会もありますし。
あの日の夜会は国内限定とはされていましたが、同伴者として……ということは有り得ましたからね。
それで、殿下はその日、誰もエスコートしておいでではありませんでした。
なぜ?と思ったのですが、それは通達されていたようで、婚約者だったアーリア嬢も、恋人だったミリー嬢も、お身内にエスコートされて参加しておいででした。
そうして殿下に詰め寄ったのです。
大事な夜会なのになぜエスコートしてくれないのか、と。
殿下は仰いました。
二人が我欲のために暗躍する姿を見る事に疲れた。
自分は賞品でもなんでもなく、生きた人間であると。
心も何もない細工ではないのだと。
恋人だったミリー嬢は寵愛を奪った憎き女としてあらぬ噂を立てられた、刺客を放たれたとして社交界に噂をばらまいたり殿下本人に泣きついたり。
それはもちろん全て嘘で、接触した事実などなかったと王家の諜報部によって証明されていると。
婚約者だったアーリア嬢は不貞を犯した殿下を寛大にも許しつつ王家に嫁ぐ令嬢として相応しい振る舞いを――していなかったそうです。
実はアーリア嬢は殿下を捨てて相応の家の令息に嫁ぐつもりで裏で手続きをしていたそうです。
ええ、婚約を解消するつもりで動いていたのです。王命での婚約を、です。
故に二人には不敬罪が妥当である、と、殿下はおっしゃいました。
ある程度であれば戯れとして許すつもりはあったけれど、今日この期に及んでもしらばっくれるようでは伴侶になど到底できないし、見逃すこともできないと。
お二人はその場で暴れそうになりましたが、速やかに近衛兵が捕らえて連れていきました。
その後は誰もが知る通りです。
殿下は王太子を降りると宣言なさいましたよね。
あれはそういう理由だったのです。
王となればもっと嫌な現実を見ることになります。
そういうことにはもう付き合いたくないのだそうです。
恋人だって、婚約者の圧から一時的に逃げるために作ったのに、意味がなかったと。
しかし第二王子殿下はまだ幼いでしょう。
なので揉めているそうです。
ですが殿下は王になる気をもう喪失しておいでですから、第二王子が立太子することになるでしょうね。
はい。
僕も側近はそのうちお役御免となるでしょう。
ですがそれなりの待遇を約すると誓ってくださいましたので。
家に関しては安泰かと思われます。
……僕も女性が少し怖くなりましたよ。
美しく、清廉潔白で、健気だと思っていたアーリア嬢。
可憐で、無邪気だと思っていたミリー嬢。
そのどちらもが裏では……と思うと、自分の婚約者にも何かあるんじゃないかと。
ええ、違うことは分かっていますよ。
でもねえ。
あの時、二人に不敬罪が言い渡された後。
婚約者の座が空いた途端に婚約者がいるはずの令嬢たちの目の色が変わるのを見てしまったら、ね。
大人で、既に伴侶のいる方からすれば面白い見世物だったかもしれませんけど。
まだ子供で、婚約者同士でしかなくて、まだ絆が浅い僕たちからすれば。
十分な惨劇であったのですよ、あれは。
その後。
王太子は病を理由に正式に継承権を放棄し、一代限りの公爵となって直轄地の中でも温暖な気候の領地に引っ込んだ。
そうして次に王太子となった第二王子には隣国の姫が婚約者となることになった。
国内にちょうどいい令嬢はきちんといたのだが。
なぜ、隣国からとなったのか。
その理由を知る者は、そう多くはなかったし、その者たちも語ろうとはしなかった。
「乙女ゲームのヒロインちゃん」も「ざまぁする悪役令嬢」も、真ん中に挟まる男からしたらとんでもねえ地雷物件だと思う。
もちろん三角関係に至る男も大概だけど。クズのトライアングル。