表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第二話 文化祭二日目

 文化祭、二日目――


 今日は、生徒以外の外部の人も文化祭に来ることができる日。つまり、仕返しにはうってつけ! 

 これは最高のリベンジチャンスだ。


 そして、メイド服の仕返しと言ったら――


「じゃーん!  騎士服でーす!」


 わたしは学校に着くなり、満面の笑みで蒼太くんに衣装を差し出した。


「それじゃあ着替えてね!  騎士様!」


「はぁ……」


 蒼太くんは呆れたような顔をしながら、しぶしぶ騎士服を手に取る。


 しかし、ここからわたしの計画は、大きく狂い始める。


 数分後。


 着替えを終えた蒼太くんが、わたしの前に現れた。


 そして、わたしは絶句した。


「……え?」


 そこに立っていたのは、騎士のコスプレをしたはずの蒼太くんではなかった。

 いや、正確には コスプレのはずなのに、完全に似合ってしまっている。

 腰には鞘をぶら下げ、キチッとした清潔感のある服が彼のスタイルの良さを際立たせている。

 さらに、短めの髪がほんの少し乱れた感じが、妙にかっこいい。


 ……なにこれ、映画の主役? 


 その瞬間――


「きゃー!  佐藤くん、超カッコいい!!」


「写真撮らせてください!」


 周りの女子たちが 目をハートにして、蒼太くんを取り囲んだ。


 ちょっと!!  なんでサマになってるのよ!! 


 わたしは思わず拳を握りしめる。


「意外と悪くないね」


 おい、なにしれっとキメ顔してんの!? 


 ……彼のコスプレを騎士服にしたのは、完全に間違いだった。


 そして、決定的な一言が放たれる。


「申し訳ないね。俺には、たった一人のお姫様がいるから。」


 ――え? 


 次の瞬間、蒼太くんは わたしの前に跪く。


 ――え?  え?? 


 わたしの手の甲をそっと取ると、優しく口付けをした。


 ……空気が止まる。


 わたしは 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。


 しかし――


「キャーーー!!!」


 悲鳴のような歓声があがる。


 口を押さえる子、目を輝かせる子、中には 写真を撮ろうとスマホを取り出す子までいる。


 ちょ、ちょっと待って!?  これ完全に逆じゃん!! 


 本来なら「わたしが彼をからかうターン」のはずだったのに、なぜか「わたしが弄ばれるターン」になっていた。


 完全に、ペースを持っていかれた――。


「お体、失礼しますよ。お姫様」


「え?  ちょっ……!?  うわぁ!?」


 次の瞬間、蒼太くんはわたしの首と膝の後ろに手を回し、軽々と持ち上げた。


 ――お姫様抱っこ。


 え?  ちょっと待って?  何これ、どういう状況!? 


 視界が急に高くなり、思わず蒼太くんの肩にしがみつく。


「キャーーーー!」


 わたしの気持ちなんて知らず、またも歓声が上がる。


「ちょ!? やめ!? 離してよ!?」


「そういう割には、嬉しそうだけど?」


「うれし……!? もう、バカ……」


 顔がカッと熱くなっていくのが、自分でもわかった。


「バカバカバカ!」


 わたしは顔を真っ赤にしながら、蒼太くんの胸を軽く叩く。


 しかし、彼は全く気にする様子もなく、ニヤリと口元をゆがめた。


「ふっ……これで俺も、“騎士様”って呼ばれる日が来るとはな」


「調子に乗るな!!」


 わたしはじたばたと暴れるが、全然下ろしてくれない。


 その時、最も出くわしてはいけない人物と出くわした。


「あれ? 亜衣。蒼太と彼氏になったのか?」


 ――は!?


 大学2年生のわたしのお兄ちゃんだ。


 待って待って待って!! なんか誤解してる!!


「お兄ちゃん!? 違うの! これは……」


「写真撮るぞー。 はい、チーズ」


 ――バカ!!


 お兄ちゃんが見せてくれた写真には、真っ赤な顔をしたわたしと、澄ました顔をした蒼太くん。


 もう完全にそういう構図じゃん!!


「お兄さん。それ、後で俺にも送っといてくださいよ」


「もちろんさ。 蒼太くんは実質俺の弟だからな!」


 あんたたち、いつからそんなに仲良かったっけ!?

 てか、だから付き合ってないってばぁぁぁぁぁ!!


「よし、これで“証拠”は確保できた」


「は?」


「文化祭が終わったら、この写真を使って 亜衣に何か頼むことにしよう」


「ちょっと待てええええ!!!」


 わたしの悲鳴が、文化祭の賑わいにかき消されていった――。




 ***



 しかし、彼に振り回される文化祭の二日目は、まだ始まったばかりだった。


「そうだ! お化け屋敷行こう!」


「えー……ちょっと混んでない?」


「そうかな……? ははーん、さては怖いんだなー? 君専属の騎士がいながら怖がってるんだなー?」


「こ、怖くないし……」


 わたしは小さな声で返すが、内心ドキドキが止まらなかった。


「じゃあ行こう!」


 彼の明るい掛け声と共に、わたしたちはお化け屋敷へと足を踏み入れた。


 改造された教室の中は、暗闇だ。そんな中頼りになるのは、入り口で配られた懐中電灯の灯り一個。


 段ボールの壁には無数の赤い手形がびっしりと描かれ、通路はまるで迷路のように入り組んでいた。


 ――その時。


 「ドン……ドン……」


 突然、掃除用具のロッカーから重いノックの音が響く。

 さらに、暗がりから誰かが忍び寄るような足音まで聞こえてきた。


 ……やばい。


 わたしは思わず蒼太くんの袖をギュッと掴む。


 すると――


「おっと……」


 ピシャッ。


 蒼太くんが持っていた懐中電灯の光が、突然途絶えた。


「え!? なんで!? 嘘!?」


 わたしは声を上げ、慌てふためいた。


「あー、消えちゃった……ま、いっか!」


 彼は不敵な笑みを浮かべながら、何事もなかったかのように返す。


「いや、ぜーんぜん良くない!」


 気づけばわたしは思わず、蒼太くんの服にしがみついていた。


「怖いときは歌を歌えばいいんだってさ」


「歌?」


「おばあちゃんが言ってた」


 結局、わたしは 頭を抱えた末に、思い切って『森のクマさん』を口ずさんでみることにした。

 イントロを思い浮かべながら、歌い出そうとした、その時――


「きっと来るー♪ きっと来るー♪」


「いや、選曲よ!」


 ホラー映画のテーマ曲を歌い出した彼の肩を思いっきり叩く。

 なんとかお化け屋敷から脱出することに成功した。

 出口にたどり着いた瞬間、蒼太くんは得意げな顔で告げた。


「ちなみに、懐中電灯は消えたフリして、俺がわざと消してましたー!」


 ――は?


 その一言に、わたしは怒りと悔しさと恥ずかしさが込み上げる。


 ……こいつ、絶対に許さない。


 全力のチョップをお見舞いした。



 ***



 しかし、これだけでは終わってくれない。


 わたしには、軽音楽部でもないのに、一人ライブがあるという、全くもって意味不明な状況に追い込まれていた。


 蒼太くんが「どうしても出てくれ!」としつこくせがんでくるので、仕方なく出ることにしたが……


 もう一度言っておくけど、意味不明である。


 音源とマイクをセットし、運動場にある朝礼台の上へと足を運ぶ。

 ただひたすらカラオケのように歌うだけの、一人ライブ。しおりにも『立花亜衣、単独ライブ』と記されている。


 ……これ、文化祭のプログラムとして本当にアリなのか???


 蒼太くんが「絶対に知っている曲だから!」と言っていたので、そこだけが唯一の救いだったのだが――


 イントロが流れた瞬間、すべてを悟った。


「マックスハート!」


 ――明るく可愛らしいメロディが、運動場に響き渡る。


 ……いやいやいやいや、嘘でしょ??


 これは、小学生女児向けの、プリティーでキュアキュアなアニメのオープニングテーマだった。


 会場の空気が、一変する。


 クラスのみんなはもちろん、その保護者たちまでが真剣な顔でステージを見つめていた。

 極めつけはわたしのお兄ちゃんまでが、腕を組んで真剣な眼差しで見ている。


 ――まるで、黒歴史確定の完全なる公開処刑が始まったかのようだった。


「よ! 俺たちのアイドル!」


 蒼太が他人事みたいな顔で茶々を入れてくる。


 ふざけるなあああああ!!!

 

 しかし、ここまで来たら もう無心でやるしかない。


「心を無にしろ……! この瞬間、私はアイドル……!」


 そう自分に言い聞かせ、わたしは深呼吸をひとつ。


 そして、マイクに向かい――


 恥ずかしさと怒りを背中に感じながら、今日という日の運命の幕開けに、ただただ身を委ねるしかなかった。



 ***



 二日間にも及ぶ、わたしの地獄が、遂に終わった。


「はぁ……はぁ……」


 肉体的にも精神的にも完全に疲労困憊。全身の力が抜け、もうその場に倒れ込んでしまいたいほどだった。文化祭の喧騒の中、わたしだけがこの重い虚無感に包まれているような気がする。


 そんな時、蒼太くんの低い声が耳に届いた。


「文化祭、お疲れ様」


 労いではなく、煽りにしか聞こえない嘲笑のような声。わたしは怒りと恥辱で顔をしかめ、歯を食いしばる。


「……誰のせいだと……!」


 睨みつけるが、彼はさらに調子に乗ったように続ける。


「それで、これらの写真はいつ使おうかなー?」


 蒼太くんはスマホを得意げに掲げながら、ニヤリと笑う。画面に映し出されたのは、友達から送ってもらったのか、文化祭の二日間にわたる数々の屈辱的瞬間。


 メイド服姿で萌え萌えキュンしているわたし。手の甲にキスされ、慌てふためくわたし。お姫様抱っこで顔を赤く染めているわたし。お化け屋敷で蒼太くんにしがみつくわたし。そして、意味不明な一人ライブで必死に歌うわたし。


 二日間とは思えないほど密度の濃い黒歴史が、彼の片手に収まっていた。


「……! 消して! すぐに!!」


 わたしの絶叫が、会場の喧騒にかき消される。怒りと恥ずかしさで、声が震えていた。


「じゃあ、約束して!」


「……約束?」


 その問いに、わたしはため息混じりに返す。


「俺以外の男と付き合わないって!」


「はぁ……そんなこと、脅されなくてもやらないっての……」


 呆れたように返すと、蒼太くんは「言質ゲット!」と得意げに笑った。


「言ったな! 付き合ったら、この写真をクラスLINEにばら撒いて、有名インフルエンサーに拡散してもらって、孫の孫の孫の代まで家宝にするから!」


「約束守るから! 絶対やめてね!?」


 思わず全力で叫ぶ。こんな国家レベルの脅迫、あってたまるか!

評価、ブクマお願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ