第一話 文化祭一日目
わたしは、立花亜衣。普通の女子高校生――のはず。
でも、今わたしの目の前にあるのは、白と黒のレースがふんだんにあしらわれた服。
細かいリボンまでついている、それは……メイド服。
しかも、どう考えてもわたしには似合わない。
「……本当に、わたしがこれを着るの……?」
ただただ、絶望するしかなかった。
***
3日前――
今週の土日は文化祭だ。
え? 物語の第一話で文化祭なんて早すぎるって?
それはそう。
――っと、違う違う、そんなことは置いておいて。
「なーあー! 頼むよー! お願い! 本当、一生のお願いだよー!」
わたしの腰にまとわりついてくるダメ男、佐藤蒼太。
ちなみに、彼のフルネームのローマ字に使うアルファベットは、たった5種類しかない。
……これが彼の地味な持ちネタらしい。
彼とは、中学の頃からの腐れ縁だ。
「分かった! 分かったから離れて! 周りの視線が痛い!」
必死に彼を引き剥がす。
カップルとでも勘違いされたらどうするのか。
――いや、もうすでに噂は広まっているらしいけど、それは完全な事実無根。
「分かったって言ったな!? よし! じゃあ、亜衣は文化祭当日にメイド服のコスプレをして、音楽ライブ1時間開催決定だ! 約束だからな!」
「は!? ちょ、なんでそうなるわけー!? てか、それが一生に一度のお願い!? しょぼ!」
でも……
嬉しそうな横顔を見てしまったら、強く断ることもできなくて。
***
そして現在――
彼がわたしの住所あてに注文していたメイド服が、ついに届いたというわけ。
……しかもちゃっかり着払いで。
***
文化祭当日――
わたしは学校に着くと、更衣室で着替えていた。
キャラクターもののコスプレをしている人はそれなりにいる。
でも、メイド服を着ているのは、わたしだけだ。
……いや、これ、本当に大丈夫なの?
女子更衣室の全視線が、自分に注がれているような錯覚に陥る。
今、鏡を見れば、恥ずかしさで耳まで真っ赤に紅潮しているに違いない。
いざ着替え終わったはいいものの……これは、相当まずい。
スカートはわたしが履いてもいい長さじゃないくらい短く、背中はスースーする。
さらに、胸元は大きく開いていて――。
……わたしの胸が小さいせいで、布がずり落ちてこないか心配だ。
更衣室を出て、廊下を歩く。
ただそれだけなのに、恥ずかしさで死にそうだった。
女子たちはクスクスと笑い、男子は二度見。
中には鼻血を出して倒れる生徒までいるし……なんなの、これ!? すると、”元凶”が現れた。
「お? よく似合ってんじゃん! 可愛いよ!」
「どこがよ!? 本当、恥ずかしすぎて死ねる……!」
飄々とした顔で、わたしの気持ちなどつゆ知らず、蒼太くんはニヤニヤと笑っている。
「そんな君に、プレゼントがあるんだよねー」
プレゼント。
普通なら嬉しいはずのその言葉が、なんだか呪いのように 聞こえた。
――そして、わたしの予想は正しかった。
「じゃーん!」
彼が取り出したのは、猫耳カチューシャとふわふわのしっぽ。
「誰がつけるか!」
「今日は文化祭だし、ちょっとくらい浮いたっていけるって! ね?」
うぅ……。
認めるしかない。
わたしは弱い。
こんな ダメ男でチャラ男なお願いを、どうしても断れないのだから……。
***
しかし、彼の言っていたことは正しかった。
いざ文化祭が始まってみると、みんな浮かれていて、わたしの格好なんて気にも止めていないようだった。
――たまに二度見はされるけど。
しかし、安心していたのも束の間。
店番の時間が、やってきた。
わたしたちのクラスの出し物は餃子屋。
金券の受け取り、餃子を焼く係……さまざまな役割がある中で、わたしが担当するのは餃子を提供する係。
……そう。客と直接対面する、いちばん逃げ場のないポジション。
そして――来た。
この世で一番、来てほしくない客。
佐藤蒼太。
わたしは彼にそっぽを向きながら、無言でお皿を渡した。
「ケチャップは自分でかけることになっております」
先手を打っておいたが――
「えー! 連れないなぁ……そのメイド服はお飾りなのかよ!」
「お飾りよ!!」
「お願い! ケチャップかけてよー!」
蒼太くんが粘るせいで、行列ができ始めている。
後ろの客たちが、無言でわたしを睨んでいた。
……はぁ。
わたしは深くため息をつき、ケチャップをひと振りした。
「ハートマークじゃないんだ……」
「オムライスか!!」
「おまじないは?」
……もうダメだ。
恥ずかしさの限界を超えたわたしは、完全に諦めた。
ええい! もうどうにでもなれ!!
「美味しくなーれ! 萌え萌えキュン!!」
「ぐはっ!!」
蒼太くんは胸を押さえながら、吐血する勢いでその場に崩れ落ちた。
「ありがとう……」
そう言い残し、満足げに去っていく彼の背中を見送りながら、わたしは 心の中で強く誓った。
――絶対、いつか仕返ししてやる。
しかし。
これはわたしの悲劇のほんの序章に過ぎなかった――。
「立花さんって、そんなタイプだったっけ? 私もやってもらおうかな?」
「俺も立花さんのおまじないが欲しい!」
……あーあ。
ダメだ、これは。
完全に、餃子屋がメイド喫茶と化していた。
ここまで来たら、もう考えるだけ無駄 だ。
わたしはすべてを悟り、抵抗をやめた。
「美味しくなーれ! 萌え萌えキュン!」
……もう、こうなったらやるしかない。
わたしはいつもより声のトーンを何段階も上げ、全力でおまじないを唱え続けた。
手でハートを作り、笑顔を振りまき、猫耳や尻尾を触られ、写真や動画を撮られ――
わたしは、完全に感情を殺した。
文化祭が終わるまでは、人間を捨てよう。
***
そして、文化祭が終わった。
わたしは静かにターゲットを探す。
……いた。
「佐藤くーん? ちょっといい?」
なるべく怒りを隠しながら、甘い声で彼を呼ぶ。
「ん? どうした? 人気メイドさん」
――人気メイド。
この一言で、わたしの中の何かがプツンと切れた。
「……えいっ!」
ズバァン!!!
わたしは 全力で彼の股間を蹴り上げた。
聞こえるはずのない 「キーン!!!」 という効果音が、脳内に響く。
「ぐっ……!!」
佐藤くんは崩れ落ちるように、その場にうずくまった。
「佐藤くんのバカ! 明日はあんたがコスプレする番だからね!」
勝ち誇るように叫ぶと、彼は悶絶しながら、かすれた声で答えた。
「はいはい、分かりましたよ……人気メイドさ……」
――この男、まったく反省していない。
わたしは拳を固める。
「え、ちょ、待っ――」
「問答無用!!」
ドゴォッ!!
今度は全力の腹パンをお見舞いした。
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