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異世界に行ったのは、俺じゃない

作者: 西玉

 どうやら、異世界というものは本当にあるらしい。

 すでに社会人になり、真面目に働いている社畜の俺が、そんな噂を間に受けるはずがない。

 そもそも、それは噂とも呼べない。

 言うなれば、都市伝説だ。


 異世界が実現し、恵まれた能力で大活躍する物語は数多い。

 その全てが、ただの空想から生まれた夢物語でしかない。

 そんなことは、十分にわかっていた。

 ただ、不思議に思う時がある。


 私の視界の左上に、常に奇妙な空白がある。

 空白というのは何もないわけではなく、実際の光景以外のものが写っているのだ。

 幼い頃は、広い平原があり、あれは何かと両親に尋ねては、怪訝な顔をされた。

 小学校に入る頃には街に変わり、きれいな宮殿に出入りしているような錯覚を見た。


 思春期の頃には、大人の営みを知らないうちから、見知らぬ大人たちが交わっていた。

 成長するにつれて、見えなくなるのだろうと思っていた。

 日本で高等教育と呼んでいるものを学ぶ頃になり、見るだけでなく声まで聞こえるようになった。

 実際に聞こえているのかどうかは自信がない。ただ、左耳だけで、微かな声を拾っているような感覚があった。


 ただの会話から、俺は聴いたことがない国の政治を知ることになる。

 あまりにも頻繁に出てくる国名をインターネットで検索したが、地球に存在しない国であることがわかった。


 聞こえてきたのは、会話だけではない。

 視界の端で奇妙な言語を唱えて、炎を打ち出す女性がいた。

 意味はわからなかったが、音楽的なリズムを持ち、耳に心地よかった。


「ねえ、異世界って、本当にあると思う?」


 大人になり、親しくなった女性が、ある日突然尋ねた。

 俺はその子と食事を楽しんでいた。

 魚料理にフォークを入れた時、俺の視界の左上では、半魚人のような姿の化け物が三叉鉾で人間を串刺しにしていた。


「うん。あるかもしれないな。どうして、そんなことを聞くんだい?」

「噂があるのよ。ただのライトノベルじゃないわ。実際に、異世界に行った人がいて……大部分は死んじゃうけど、稀にチートスキルを持って、活躍して帰ってくることもできるみたい」


「一体、どこの噂だい?」

「インターネット」

「そうか……じゃあ、本当に帰ってきた人がいるのかな?」


 俺は、何気ないふりをして、左上を見つめた。

 その世界では珍しい、黒髪で黄色い肌の青年が、半魚人の首を切り落としていた。


「うん。私、その人のこと、知っているかも」

「誰のことだい?」


 俺は、異世界に行ったことはない。

 ひょっとして、俺がずっと見ている見知らぬ光景のことを勘付かれているのだろうかと、少しだけ不安になる。


「見て。私に、異世界の秘密を教えてくれるって」


 その子は、俺にスマートフォンの画面を見せた。

 ラインと呼ばれるアプリケーションだ。

 直接会って、異世界の秘密を教えてあげると書かれていた。


「胡散臭い」


 俺は正直に言った。


「うん。でもこの人、異世界で魔王を倒して、世界を救ったんですって」

「……そうか。でも、異世界はまだまだ大変そうだよ」


 俺は、左上に映った映像を眺めていた。

 左耳だけに微かに聞こえる声があり、大抵は深刻な話し合いだ。


「あなた、変わったことを言うのね。まるで、異世界に行ったことがあるみたい」

「いや。そんな気がしただけだよ。その人しか帰ってこないんだろう? 大部分の人が死んだなら、どうしてその人だけが、活躍できたんだい?」

「そこが、秘密なのよ」


 その子は声を落とした。


「……会ってみるのかい?」

「うん。一緒にくる?」

「わかった」

 俺がずっと見ているものは、異世界の光景なのだろうか。

 俺は確かめてみたくなり、自称異世界からの帰還者に会うことにした。


 ※


 俺が女の子と一緒に会ったのは、手品を使える詐欺師だった。

 いわく、異世界から巨万の富を持ち帰った。

 いわく、異世界では勇者として活躍した。

 いわく、異世界から持ち帰った富をこちらの世界で換金するのに手間取っている。

 黒いサングラスをかけた細身の男で、勇者として活躍していたにしては貧相だと感じた。


「異世界に行った多くの人が、死んでいるっていう噂だったけどね」


 俺が言うと、その男は首を振る。


「その噂があるということは、確かに帰ってきているという証拠ですよ。ええ。確かに多くが戻ってきているとは言いません。過酷な世界です。でも、私は戻ってきた。ごく稀に、チートと呼ばれる能力を発揮する者がいるんです。私のように」


 俺の視界の左上では、大きな教会風の建物が映っていた。

 建物の内部に切り替わる。

 多くの肖像画が並んでいた。

 その下に、名前がある。

 おそらく、死んだ者たちだ。


「伊達イザベル、服部ワトソン、雲隠イッシンサイ……」

「えっ? ちょっと、どうしたんですか?」

「聞き覚えがないか?」

「……何のことですか?」


 男は立ちあがろうとした。

 俺は、肖像画の端から順番に名前を読み上げた。

 時代が違っただろうか。

 俺は、視線をずらした。

 左上の画像がスライドする。


「村田カイセイ」


 立ち上がった男が、サングラス越しでもわかるほど、俺を睨んでいた。


「どこで、その名を?」

「噂で、ちょっとね」


 俺も立ち上がった。

 男の反応から、これ以上関わらない方がいいと判断した。

 一緒にきていた女の子の腕をとった。


「待ってください。村田カイセイは、僕が探していた人物です。どこにいます? どこでその噂を聞いたんですか?」

「……あんたが、会っているはずの場所だよ」

「まさか……」


 男が俺を捕まえようと手を伸ばしてきた。

 不思議な力に見せかけた手品師だ。

 俺は男の手を払い、女の子の腕を引っ張ってその場を後にした。


 ※


 その日から、異世界から帰還した勇者とは、俺ではないかという噂が囁かれているようだった。

 毎日、家の前で誰かが待っていたのだ。

 行方不明になった子どもと異世界で会わなかったかと問いただされた。

 また別の日では、異世界の特別な力を見せてほしいといわれた。

 別の日には、宝くじの当選番号を教えてほしいと言われた。


 全て、俺が知るはずがなく、答えられないことだった。

 ただ、一度だけ、行方不明の兄がどうしているか教えてほしいと言われた。

 知らないはずの女性の面影に、俺は心当たりがあった。

 その優しげな女性に、俺の左上の視界でよく見る男の特徴を教えると、それが兄だと断言した。


 その時女性は嬉しそうに帰って行ったが、その直後から俺にまとわりつく噂が3倍に増えた。

 俺は仕事を辞め、田舎に引っ越そうとした。

 自分の部屋に帰ることも怖くなった。

 俺はファミリーレストランで食事をとり、席を立とうとした。

 人相のよくない男たちが入ってきて、レストランを物色し始めた。


「……くそ」

「逃げるのかい?」


 突然、俺の左側の耳元で声が聞こえた。

 左上に目を向ける。

 いつも見ていた、ただの映像が、俺に手を伸ばしていた。

 俺の存在は、映像の中の人たちに認識されたことはなかった。


 左上の映像が、大きくなった。

 視界いっぱいに広がる。

 俺は手を伸ばしかけた。


 俺の手に、何かが握らされた。

 突然、左上の映像が、いつものように小さくなった。

 広がる映像で気づかなかったが、現実の世界では、風体のよくない男たちが俺を囲んでいた。


「見てください。噂通りです。魔王様の秘宝を奪った盗人は、こいつです」

「待て。何のことだ? 魔王って……」

「誤魔化すな。これはなんだ?」


 俺は、腕を掴まれた。

 さきほど、伸ばしかけ、何かを握らされたと感じた手だった。

 男に掴まれ、そこに金色の指輪があるのに気づいた。


「し、知らない。渡されたんだ」

「この世界に、これがある以上、もはや魔王様は蘇れぬ。この世界以外ではな」

「俺は、知らない」

「どうでもいいことだ。噂は、正しかった」


 男の1人が俺を殴りつけ、俺は手にしていた指輪を奪われた。

 この時から、現代の世界に魔王が現れた。

 俺は、指輪の行方をテレビのニュースで知った。


 隣国への侵略戦争を起こしたある大国の首領の指に、はまっていた。

 俺の住む世界は、知らない異世界の魔王に蹂躙されようとしている。


 その噂だけは、どこにも流れなかった。

最期までお読みくださり、誠にありがとうございます。

ホラーを書こうと思ったのは久しぶりです。

怖くはないかなあとは思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。





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