始まりのモー太郎弁当〜異世界駅弁スピンオフ〜
株式会社駅弁商会のオフィスは、まだ生まれたばかりとあってこぢんまりとしたものだ。風通しの良い職場にしたいという私ウィナー=クリアウォーターの願いから、オフィスの中央に円卓を一つ置き、代表取締役社長である私含めて皆がそこに着いて仕事に励む。私はその様子を見回し、皆の真剣な眼差しに満足する。彼らはこんなにも真面目に私の夢に付き合ってくれている。その様子を目の当たりにした私が、どうして身が入らないことがあろうか。
昼休憩の時は皆に我が社で提供している駅弁が振る舞われる。今日の主菜はクシャナシュパーツ名物のタラのオリーブオイル漬け、副菜は人参、いんげん豆、玉ねぎの窯焼きだ。下には軟らかいパンが敷かれている。
タラのオリーブオイル漬けは決して油くどいということはなく、むしろタラの身に潤いと香りをもたらしている。副菜のオーブン焼きはカリッと仕上がっており、タラと交互に食すことで食感の違いを楽しむことができる。下に敷かれたパンはおかずの旨味と香りを吸い、その調和を口の中に届けてくれる。うん、この駅弁も我が社の商品にふさわしい質の高い駅弁だ。
私は営業部長のマラートヴィチ=アクショーノフに声をかける。
「マラートヴィチ。このクシャナシュパーツの駅弁も良い駅弁だな。よくぞこの味を出せる料理店との商談を成功させた!」
「力になれて嬉しいよ。でもこの駅弁を作ってくれたレストランマルシュヌーリチューを最初に見つけたのはエミリアだ。彼女の功績がなければ、この駅弁は生まれなかった」
「そうだな。改めて、マルシュヌーリチューを見つけてくれてありがとう、エミリア」
私はエミリア=サースタモイネンにも労いの言葉をかける。すると彼女は謙遜して答えた。
「いえぇ、両親と旅行に行ったときにたまたま入った店だったんですぅ。それに駅弁自体のプロデュースはウィナー自身じゃないですかぁ」
「確かにプロデュースはした。だがこうして形になったのは皆の頑張りあってこそだ。本当に感謝する」
そう言って私は皆に笑顔を向けて礼をした。皆も礼を返してくれた。
「そういえば――」
と唐突にルシア=ヴァルヴェルデが切り出す。
「――どうしてウィナーは『駅弁』を広めようと思ったんですか?」
いい機会だと思った。ここで働いてくれている皆に事業の原点を話しておくことは大事なことだろう。私は咳ばらいを一つして話し始めた。
「まず、私は異世界で鉄道事故で死んで、そこからこの世界に転生してきた。ああ、ツッコみたい気持ちは分かるがそれ自体は重要なことじゃないんだ。これから話す、いわば我が社の原点は、私の生前にあると理解してほしい」
そこまで言って私は周りを見渡す。皆ナイフとフォークを置き、まじろぎもせず私に視線を送っていた。
「いや、休憩時間なんだからもっとリラックスしててくれていいよ。それで、本題なんだが、私は小さい頃から父によく鉄道旅行に連れて行ってもらっていたんだ。駅弁自体との出会いはそれだな。地域ごとに名物も違うから、当然駅弁も違って、それがすごく面白く感じた。地域の名物を彩りと栄養バランスよく詰めた駅弁は、さながら小さな宝箱のように感じたよ。この駅弁という素晴らしい食文化を、伝え残したいと思った。だから生前は百貨店で催事担当の責任者をしていたんだ」
「ウィナーは生前いろんな駅弁を食べてきたと思うけど、その中でも特に感銘を受けた駅弁とかあるのか?」
アンリ=ルフェーヴルから質問が飛ぶ。そういえばそれについてはルームメイトであり副社長でもあるアンリにも話してなかったことだ。その駅弁について話すことは『駅弁』の理想像を語ることに等しい。そしてその理想像は、我々とステークホルダーが常に胸にしておくべきものだろう。
「いい質問だアンリ。その駅弁こそが、私に駅弁の素晴らしさを気づかせてくれた駅弁だ。私は生前日本国という国で生活していたんだが、その中心からやや南西にずれたあたりにミエ県という県があるんだ。その県の中心にマツサカ市という市があって、そこにあるマツサカ駅で売られている駅弁が特に感銘を受けた駅弁だな。名前を『モー太郎弁当』といってな、アラタケ商店という企業が販売してるんだ。感銘を受けたのは掛け紙の裏に書かれたキャッチコピーだ。『五感に響く駅弁』。その『五感』、なんだと思う?」
私は皆に質問を投げかける。この『五感』こそが、我々が駅弁を売るうえで意識すべきことだと感じたからだ。真っ先に答えたのはルシアだった。
「駅弁というからには、やはり『味覚』でしょうか」
「風味という言葉があるんだから、『嗅覚』も大事だろう?」
「料理は見た目も大事ですぅ。『視覚』も入るのではないでしょうかぁ」
マラートヴィチとエミリアも続けて答える。私は彼らの答えに満足した。彼らは駅弁という料理に大事なことをきちんと理解している。
「素晴らしい! 『味覚』、『嗅覚』、『視覚』、全て正解だ。残る二つは少し難しいが、そのうちの一つについてヒントをあげよう」
私はおもむろにオルゴールボックスを取り出し、螺子を回して箱を開けた。すると『高山の牧場』の一節がゆったりとかつ優しい響きで奏でられた。
「もしかして、『聴覚』?」
感心したようにアンリは尋ねる。それに対し私はやや興奮気味に答えた。
「そうなんだよ! 『モー太郎弁当』は箱を開けるとメロディが流れるんだ。多分これは『モー太郎弁当』が唯一じゃないかな。さて――」
ここまで言って私は一息つき、皆の顔を見回す。皆が真剣に私の話を聞き、そして次の言葉を待っているのが分かった。だから私は安心して最も重要な問いを投げかけることができた。
「――『五感』のうちの最後の一つ、これが最も重要だと私は考えているのだが、分かる人はいるか?」
皆一様に考え込む。皆気づいていないだけで、彼らは自身でその答えを体現している。私はその感動を皆に伝わるように、言葉を紡いだ。
「なぜ美味しい味を目指すのか、なぜ良い匂いを目指すのか、なぜ美しい見た目を目指すのか、なぜメロディで楽しませるのか、そして、なぜ皆がこんなにも真剣に駅弁について考えるのか……、心だよ! 作り手の心とお客様の心を通わせる、それこそが駅弁の理想だ! 『モー太郎弁当』はそれに気づかせてくれたんだ!」
おお〜、と皆感嘆の声を上げる。そして最初に言葉を発したのはアンリだった。
「確かにその通りだ! 俺たちが駅弁について真剣に考えるのは、ひとえにお客様を喜ばせるためだ!」
「そしてそれは、駅弁を作ってくれているレストランも一緒だ!」
「農家さんや畜産家さん、猟師さんや漁師さんも同じですぅ!」
マラートヴィチとエミリアも自身の経験に基づいて答える。それに続いてルシアは魅力的な提案をした。
「どうでしょう、その『モー太郎弁当』を『ゼロキロポスト弁当』として再現するのは?」
「ではまず私が、協力してくれるレストランを探しましょう!」
「商談は任せてくれ! 必ずや立ち返るべきゼロキロポストに相応しい駅弁にしてみせよう!」
「みんな待てよ。まずウィナーから『モー太郎弁当』の具体的な中身を聞かないと」
はやるエミリアとマラートヴィチをアンリが諌める。すると皆の目が一斉に私に向けられた。
私は一呼吸置いて、駅弁の内容を思い出しながら説明を始めた。
「モー太郎弁当の大きな特徴の一つは弁当箱、その形にある。その形はなんと、牛の顔を象っているんだ。中は九割方を炊いた米で占め、その上に牛肉のすき焼きが載っている。空いたスペースに柴漬けと切り干し大根が詰められている」
「その『すき焼き』っていうのはどんな料理だ?」
アンリが尋ねる。私はなるべく正確に伝えようと言葉を選んだ。
「主に牛肉と野菜や豆腐、白滝とかを浅い鉄鍋で、醤油、酒、みりん、砂糖で煮込む料理だ。……って言って、伝わるかな……」
「その酒って、米から作った酒ですかぁ?」
エミリアが尋ねる。その質問が出たということで、私は期待してしまう。
「ああそうだ。ひょっとして心当たりがあるのか?」
「帝国東方に天領ジパニジアがありますぅ。そこで食されている牛鍋に近いと思いましたぁ」
「店に心当たりは?」
「中心都市ミヤコのオカメという店が発祥と聞きましたぁ」
それを聞き私は立ち上がった。
「すぐに出発する! マラートヴィチ、エミリア、ついて来い!」
それを聞いた二人は困惑気味に顔を見合わせた。そこにルシアの冷静な一言が飛ぶ。
「ウィナー、まだ昼休憩中です。それに、二人にも準備がありましょう。牛鍋は逃げません。出発は明日の朝で良いかと」
「ついでに言わせてもらうなら、俺も手当や経費を支出しなきゃならん。労働時間と領収書は厳密に管理してくれよ」
アンリも付け加える。二人の諫言を聞いて冷静になれた。
「そうだな。行くのは明日の始発にしよう。エミリアは店の情報の収集を、マラートヴィチは営業資料の作成を頼む。急ですまないが頑張ってくれ」
急な頼みとなったが、二人とも快く返事する。
「承知した!」
「分かりましたぁ」
「アンリとルシアはしばらく会社を頼む。信頼してるぞ」
留守を守るという重責を担う二人も返事は心強いものだ。
「了解!」
「任せてください」
ちょうど13時の鐘がなる。四人は各々受け持っている仕事にかかる。私はその様子を見届けて明日の出張の旅程を組むべく時刻表を開いた。
* * *
天領ジパニジアのミヤコ――そこへの道のりは長かった。まずは本社のあるプログレシンタ公領ピンカーブリッジからグロース鉄道に乗り、終点のグローラ王領リドルワースへ。そこからオリエンタル鉄道でグラヴァ辺境伯領シャマシュへ。シャマシュからはスノン鉄道に乗り、セイホウ海峡大橋を渡り、さらに揺られ、ようやく辿り着く。朝五時三十七分に出た我々がミヤコの駅に降り立ったのは十八時五分のことだった。帝国の東方ということもあり、日の入りは大分早く、既に薄暗かった。夕食時に間に合ったのでよしとしよう。
「さてエミリア、早速オカメに案内してくれ」
「はい! こちらですぅ!」
意気揚々と先導するエミリアについて行くこと十分、そこには「オカメ」と記された提灯を掲げた、いかにも高級料亭という佇まいの店があった。大通りから一つ裏に入ったということもあり、周囲は落ち着いた雰囲気だ。
「しまったな、予約しておけばよかった……」
「あ、予約ならしておきましたよぉ。ついでにアポイントも済んでますぅ」
やはり持つべきはできる部下だ。
「ありがとうエミリア、よくやった!」
「いえぇ、それでは、入りましょう!」
エミリアが扉を開け、私は一歩足を踏み入れる。そこには仲居が明るい笑顔を浮かべて立っていた。
「ようこそお越しくださいました」
「初めましてぇ。予約した駅弁商会のものですぅ」
「初めまして。お待ちしておりました。早速ご案内致しますね」
エミリアの挨拶に丁寧にそう答え、仲居は我々を先導する。その際に足音を一切立てないのが、この店の格の高さが感じられ、期待が高まる。
案内されたスペースは畳敷の個室だった。い草がほのかに香り、安らぎを与えてくれる。
「では、花板と女将を呼んで参ります。しばしお待ちくださいませ」
仲居は一礼して襖を閉める。さて、現れる花板と女将はどんな方々だろうか。無論マラートヴィチの口を信じていないわけではない。ただ営業は相手ありきだ。私はマラートヴィチの方に目をやる。彼は落ち着き払い、閉じられた襖の方を真っ直ぐに見ていた。その様子を見て私は安心する。雰囲気に呑まれない彼は強い。私も襖の方に再び目を向ける。
「失礼します」
一声かけられ、襖は再び開けられた。そこに立っていたのは、留袖に近い衣服を身に纏った感じのいい婦人と調理白衣を身に纏った真面目そうな顔立ちの紳士が立っていた。紳士は一歩踏み出して名乗る。
「はじめまして。私はこのオカメで花板をしておりますケン=コスギです。こちらは女将のアリサ=ナガセ」
「アリサです。サースタモイネン様よりお話は簡単に伺ってます。是非詳しい話をお聞きしたいです」
そう言って二人は名刺を差し出す。私はそれに名刺を出して応じる。
「はじめまして、私は社長のウィナー=クリアウォーター。こちらは営業部長のマラートヴィチ=アクショーノフと食品安全衛生責任者のエミリア=サースタモイネンです」
「マラートヴィチです。どうぞよろしく」
「エミリアですぅ。よろしくお願いしますぅ」
彼等二人と我々三人はまず最初に名刺を交換した。そして私たちは向かい合わせに腰を下ろした。
まず最初に口を開いたのはケンさんだった。
「商談に入る前にまずはオカメの味を確かめていただきたい。皆さんには特上の牛鍋を用意しました」
「失礼します」
ケンさんの言葉を合図に一声かけられ、襖が開かれる。そこにはぐつぐつと音を立てる鍋を載せたワゴンを押す仲井が立っていた。
「お待たせしました。牛鍋と大吟醸秀鶴をお持ちしました」
「なぜ重要な商談前にお酒を?」
私が怪訝に思い尋ねると、ケンさんは朗らかに答えた。
「酒は人の本音を曝け出します。この商談がお互いにとって重要であるからこそ、我々は本音で語り合いたい。もちろん、我々も節度を守っていただきます」
私は納得する。その間に鍋と取り皿、ご飯の盛られた茶碗、杯が並べられた。
「どうぞよく味わってください」
アリサさんに勧められるがまま、まずは牛肉を一切れ口に運んだ。驚くほどさっと口の中でとろける。後には牛脂の甘みが残った。
ケンさんとアリサさんはお酒を飲んでいる。私も一口口に含んだ。やや辛口のそのお酒は、味の濃い牛鍋によく合った。
次いで春菊を口に運ぶ。こちらは香りは残りつつも、苦味は消され、食べやすい。
そしてにんじんは柔らかくて甘く、椎茸は噛むほどに口の中に旨みが広がり、玉ねぎはしんなりして甘く、豆腐は良い箸休めとなった。
美味いのは牛鍋だけではない。ご飯も艶やかで甘く、御新香も良い塩梅だった。
食べ終えるまでは本当にあっという間だった。どの食材も質が良く、満足感があった。
「「「ごちそうさまでした」」」
ちょうどマラートヴィチとエミリアも食べ終えたようだ。ケンさんはにこにこと笑みを浮かべて尋ねた。
「いかがでしたか?」
「美味しかったです。どの食材も質の高さが感じられました。また栄養バランスも申し分ありません。もちろんそのまま駅弁にすることはできませんが、これなら少しアレンジすれば、我が社の立ち返るべき原点、『ゼロキロポスト弁当』として自信を持ってお出しできます。そのためにはオカメさんの協力が不可欠です。ご協力いただけますか?」
「光栄です。喜んで」
ケンさんは立ち上がり、右手を差し出す。私も立ち上がりその手を握り、私たちは固い握手を交わした。
その様子を見届けてマラートヴィチは言う。
「では、商談に移るということで」
「ええ、よろしくお願いします」
アリサさんは快く応じる。私とケンさんは再び椅子に腰を下ろした。私は早速話を切り出す。
「まず、料理に直接関係のないところからにはなるんですが、今回企画している駅弁は、立ち返るべき『ゼロキロポスト弁当』、我が社にとってもそうですし、願わくば御社にとっても、他のステークホルダーにとっても、そしてお客様にとっても特別な駅弁です。そのためいくつかお客様を楽しませる仕掛けを仕込みたいと考えています」
「と、言いますと?」
「まず容器の形ですが、牛を象ります。そして開けると音楽が流れるように、小さなオルゴールを仕込みます」
「斬新ですね。でも視覚と聴覚で楽しませる訳ですか。良いと思います」
ケンさんもアリサさんも興味深そうに、そして楽しそうに私の話を聞いてくださっている。だから私は安心して話を続けた。
「ありがとうございます。続いて中身の方に移ります。中身は容器にご飯を敷き詰め、その上に牛鍋の具材を載せてください。また、端の方に御新香も添えてください」
「弁当にするということは、汁は無しですか?」
「無しでお願いします。続いて希望小売価格ですが、20ウンス」
それを聞いたとたん、ケンさんもアリサさんも渋い顔になる。そして言いづらそうにケンさんは口を開いた。
「ウィナーさん、貴方も食べてみてお気づきかとは思いますが、うちの牛鍋の素材はどれもこだわりを持って仕入れています。安くとも30ウンスで売っていただかなければ」
「私の思いとしては、なるべく多くのお客様に手にとっていただきたいのです。そのためには販売価格を手に取りやすい価格に抑えなければならないのです」
私は自分の想いをケンさんとアリサさんは難しい顔を崩さない。
「失礼、こういうのはどうでしょう?」
声を上げたのはマラートヴィチだ。私は彼を信頼することにした。
「販売価格は間をとって25ウンスとしましょう。そして販売は御社に委託します。割引分は委託手数料の形で御社にお支払いします」
「それでは私からも一つ」
応じたのはアリサさんの方だ。
「弁当箱の意匠権と箱を開けると音楽が鳴る機構の特許権は弊社が保有し、御社にはその使用料をお支払いいただきたい」
マラートヴィチは私を見る。正直大きな決断だと思う。だが『ゼロキロポスト弁当』の成功からすれば安い出費だ。私は身を乗り出して答える。
「いいでしょう。後日契約書類をお送りします。契約完了後駅弁の監修のために何回か来店いたします」
「分かりました。これからよろしくお願いします」
その言葉を合図に、皆立ち上がり、オカメ側と我が社側の人間がお互いに握手を交わす。
こうして商談は成功を納めた。
* * *
それから契約書類を交わし、ケンさんやアリサさんの意見を聞きながら駅弁を監修した。
そして三ヶ月後、ケンさんとアリサさんがオフィスを訪ねてきた。
「お世話になってます、オカメです! 『ゼロキロポスト弁当』の試作品をお持ちしました!」
そういうわけでその日のお昼は試食会となった。我が社の五人とオカメの二人が円卓を囲み、駅弁を食べながら意見を交換した。最初に声を上げたのはアンリだった。
「美味い! 美味いな! ウィナー、こんな良いもの食ってたのか! 道理で経費も高つく訳だよ」
「箱も彩も良いですね。食べる前から目で楽しませてくれます」
「栄養バランスも申し分ありません!」
ルシアとエミリアも高評価を下す。それらを総合してマラートヴィチが私に進言する。
「社長、この駅弁であれば、我が社の『ゼロキロポスト弁当』として相応しいかと」
「うむ」
私が答えると、ケンさんとアリサさんは心底ホッとしたような表情を見せた。
私は立ち上がり、二人に歩み寄る。彼らはそれに応じて立ち上がった。私は笑顔を向けて右手を差し出した。
「ケンさん、アリサさん、素晴らしい駅弁をありがとうございます。この駅弁をぜひ我が社の『ゼロキロポスト弁当』として採用したい。発売日は十二月一日、場所はスノン鉄道ミヤコ駅改札前、発注数は一日500食でお願いします」
「はい、お任せください!」
私とケンさんは握手を交わす。周りの皆はそれを見て拍手した。
そうして迎えた発売日当日、私は法被を着て駅弁売り場に立ち、オカメの販売員と駅弁を買いにきたお客様の様子を見ていた。販売員は明るく元気で、お客様も笑顔だ。私は達成感を感じていた。そう、この光景こそ、私が見たかった景色なのだ。