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 旭川市住掛町で納屋が燃える被害があり、警察は不審火と見て――

 ダイニングのテレビに流れるニュースではアナウンサーがそんなことを言っていた。あいつがいらいらした様子でリモコンを手に取ってテレビを消す。彼の前に置かれたティーカップはとっくに空になっていた。

「で、俺になんの用があるんだよ」


 それはわたしと縁がケーキ屋に行った週明けのことだった。

「久坂さんは今日はお休みです」

 朝のホームルームを惰眠にあてていたわたしは顔を上げた。

出席簿を読み上げる担任、誰も座っていない席、縁の友達が内緒話をする姿。

週明けの月曜日、縁は学校を休んだ。ケーキを作ってくる約束を楽しみにしていたから少し拍子抜けだった。風邪でも引いたのだろうか。

 休み時間、わたしは携帯の画面をじっと眺めていた。書きかけの文字が確定されるのを待っている。わたしはこんな時なんて言っていいのかわからなかった。学校を休んだ時に心配するような友達がいたことなんてなかったし、そもそも今だって彼女がわたしを友達だと思っているのかもわからない。

少なくとも学校に連絡が来ているということはそう大したことじゃないだろう。せいぜい風邪がいいところだ。そんな時にわたしなんかからメッセが来たところで、迷惑になるのが関の山だ。もしかしたら、本当にもしかしたらだけど、わたしとの約束がおっくうになったのかもしれない。だから、わたしはその日一日縁のことを考えるのはやめることにして携帯をしまった。

 けれどその次の日も、さらにその次の日も、彼女は学校に来なかった。

 さすがに心配になってメッセを送ったけれど、返事は来なかった。陽菜子先生にも尋ねてみたら、月曜日は風邪だという連絡が本人から来ていたが二日目以降はなにも来ていないそうだった。電話して聞いてみると月曜から家に帰ってきていないという。


 水曜日の放課後、わたしはあいつを呼び出した。正確には帰りのホームルームが終わった途端襟首をつかんで連れ出した。用事があると喚いていたけれど、無視。わたしは自転車であいつは歩きだったから、漕がせてわたしは荷台に跨った。坂がきついと文句を言っていた。

 そう言う経緯を経て、今うちのリビングのテーブルの向かい側に彼が座っていた。ここに来てからもう三十分以上座っていて、わたしが話を切り出さないからいらいらしているようだった。けれど、なんと言っていいのかはわからなかった。お茶まで出してやったのにという思いはあったけれど口には出さない。今わたしに言えることはこれしかなかった。

「縁が学校に来ないの」

「質問に答えてくれよ」

「縁が学校に来ないの」

 彼は数秒目をつむった。考え込んだようだった。

「休んでるのは知ってる。友達なら連絡してやればいいだろ」

「友達かはわかんないけど」

「……連絡くらいしてやればいいだろ」

 連絡自体はしたということを説明した。今に至ってもわたしの送ったメッセージには既読はついていなかった。

 あいつは腕を組んで話を聞いていた。聞き終えると、こう尋ねる。

「それでおまえはどうしたいんだよ」

「わかんない」

「……じゃあ俺にどうしてほしいんだ」

「……わかんない」

「じゃあどうしろっていうんだよ!」

「だからわかんない! わかんないの! どうしたらいいかわかんないからあなたを呼んだんじゃない!」

 じわりと目頭が熱くなる。ぎゅっと眉間に力を込めてこらえた。こんなところでそんなもの見せる気はなかった。それなのに、声が震えて勝手にわたしの胸の内側の動きを伝える。

「連絡つかないから心配とかとりあえず顔見たいとかあるだろ!」

「だって……会いたいとか、心配とか、そういうのよくわかんないんだもん……」

 そういうのがわかる自分じゃなかった。そんな自分が情けなくて、わたしは鼻をすすり上げる。

 彼は焦ったように表情を変える。あいつも気づいてしまったようで、慌てて提案を始めた。泣いたことで意思を捻じ曲げさせたみたいで悔しかった。

「じゃあこうしよう。俺はおまえを久坂に会わせてやる。おまえは久坂の顔を見る。それで一切文句はなし。これでどうだ?」

「……わかった。ありがとう」

 でも、そう言ってくれたことはやっぱり嬉しくて、初めて素直に言葉が出た。その時、あいつが一瞬ぎょっとしたようにわたしを見た気がしたけれど、一体なにに驚いたのだろう?


 わたしが落ち着いたところで、こういうのはまず方針からだ、とあいつは言った。彼は学生鞄から取り出したノートを開いてわたしの前に開く。

「高校生が家にいない時可能性はなにがある?」

「家出?」

「家出って言ったら家にいないのは全部家出だろう」

「へりくつ」

 口を尖らせるわたしを見て、あいつは笑った。

「まあいわゆる子供の家出だな。なにか問題があって、今いる場所から逃げ出した場合だ。親元にいる高校生が抱える問題は多くない。家族か、友達か、男か」

 しゃべりながら書き込んでいく。意外にもきれいな文字だった。習字とかを習っている子が書くような字だ。わたしはどうしても罫線に沿って書くのが苦手なので悔しい。

「事件とか事故に巻き込まれたって可能性もあるでしょ」

「事件、か」

「それこそ――刺人鬼とか」

「それはない」

 妙に断定的だった。わたしはむきになって食いさがる。

「どうしてわかるの」

「……あの事件が起きていたらもうとっくに騒ぎになっているだろう。三日も噂にならないってことはないはずだ」

 確かにその通りだった。それに刺人鬼が襲う相手は悪魔か契約者。そのあたりが一般の通り魔とは違うところだった。

「だがそれは第二の線だな。何らかの出来事によって出かけた先で帰れなくなっている」

 事件巻き込まれた可能性? とまた端正な字で書くものだから、わたしは腹が立って彼の筆箱に手を突っ込んでペンを取り出す。逆のページに二本の線を引いて、その上に足跡をつける二人の女の子の絵を描いた。「おい、やめろ」と言ってくるが聞かない。家出をした縁と事件に巻き込まれた縁だ。どちらもふわふわの髪をしてくりくりの目を描き入れる。そうするだけで不思議と彼女に似ている気がした。

 あいつはため息を吐く。

「大方このどちらかだろう。おまえはどっちだと思う?」

 わたしは、ノートに目を落とした。そこにいるのは帰るつもりもなくさまよっている女の子と、壁に阻まれて泣いている女の子。

 二人の縁。

 わたし的には自信作で、とてもよく似ていると思う。けれど同時に、そのどちらも縁ではないと思った。

 クラスでにこにこ笑う縁。縁がわたしの前で吐く毒。階段で縁が手を振る。特待生。えんじ色のブレザー。磨かれたローファー。切りそびれた爪。ケーキ屋に行く理由。「楽しかった」。屋上。毎日同じ内容の弁当。キッチンに立つ後ろ姿。

 わたしはもう一本の線を書き足した。そこに描き入れたのは前を向いて歩く女の子と、その先になびく旗。

「第三の線。どこか行くべき場所があった、としたら?」

「なにか心当たりがあるのか」

「ない……けど、縁はそういう子じゃない、気がする」

 彼女はとても素朴なようでいて、どうすべきかにひどく敏感で計算高い。そしてそれに逆らわない程度に臆病。けれど逆に理由があればそれを言い訳にしてしまうくらいには器用で、理由を利用するくらいにずる賢い。時々酷薄なくらい理性的で、同時にその理性が枷になっている。そんな子が事件や事故に会って連絡もないなんてことはないし、当てもない家出をしたりもしないと思う。

 あいつはわたしの顔を見つめた。随分長い間そうしていたように思えた。けれどたぶん一分も経っていなかっただろう。あいつは立ち上がる。 

「じゃあ行くか」

「どこに?」とわたしは尋ねた。

「行くべき場所を探しにさ」


 あいつが話すにはこうだった。「おまえの直感を信じるなら」とあいつは空いたバスの一番後ろの席でわたしが隣に座るとともに言った。「久坂がなにか目的があって姿を消しているのであれば目的がわかりさえすればすぐに見つかる。その目的がなんであれ、目的のための行動をしたのならばその準備の痕があるはず。そして今はちょうど仕事が終わる時間だ。だからまず久坂の家と親にあたるべきだ。しかし俺たちは久坂の住所も知らないから、緑川先生に話を聞いてから行く必要があることを考えると時間はあまりない。だからさっさと連れ出す必要があった」ということを一方的にまくしたててきた。正直ただ縁の家に行くならあんなに長々と方針を決める意味もなかったような気がする。話が終わる頃にはバスはほとんど学校の最寄りまでついていた。こんなに理屈っぽいやつだとは知らなかった。イヴに説教されている時みたいな気分になる。話が長いのは初めて会った時から変わらないけれど。

 陽菜子先生は幸いにも本が積み上げられた机で仕事をしていた。わたしたちが心配だから話を聞きに行きたいなどと理由を付けて縁の住所について聞くと快く教えてくれた。事前にどうなっているか訊いていたことも信憑性を上げたのだろう。それから連絡などはないようだった。住所を聞いていると、こんなことを言われた。

「それにしても三珠さんと久坂さんって仲が良かったんだね。それに黒部くんなんてこの間転校してきたのに。いつの間に仲良くなったの?」

「仲がいいから行くわけじゃないです」

「じゃあなんで行くの?」

 そんなことを聞かれるとは思わなかった。ただ不思議だと思っているようだった。住所も電話番号も聞いてもう用はなかったからわたしは答えなかった。

「失礼します」とだけ言って部屋を出た。

 校門から今日二度目の下校をする。日が今にも沈みかけていた。これから家に行くと遅い時間になってしまいそうだった。住所は住宅街の端のあたり、旭川からも遠い場所だった。バスの停留所を示す看板の前で立ち止まる。あいつも横に並んだ。

「おまえ、なんでこんなことしているんだ?」

 さっきの質問の繰り返しだった。

「どうしてそんなこと聞くの」

「俺はこれから何回質問に答えろって言えばいいんだろうな……」

「言わなければいいわ」

 バス停前の住宅街の細い道を車が通り過ぎていく。歩道もない道路の端にわたしたち二人と時刻表のついたバス停の標識だけが立っていた。ぱらぱらと飛び散った砂が道を鳴らす。

「なんでとかどうしてとかそんなに重要?」

「普通は理由がなければ人は動かない。だから理屈で考えることができるんだろう」

 また普通。じゃあわたしは普通じゃない。異常なの? いつもそう。何をしても普通じゃない。ただ道を歩くだけで。生きているだけで。わたしのしたいことをしているだけで。そんなもの知らないと当たり散らしたい気持ちでいっぱいになった。でもあいつはフェンスの網を握りしめてわたしを見た。その顔があんまり真剣だったから、ついその答えを考えてしまった。

「……ぜんぶ終わったらわかるんじゃない? 理由なんて」

 どうしたいもどうしてほしいもわたしにはわからない。なんでと言われてもわからない。わたしはまるっきり白痴みたいなものだ。理屈も理由も、ここにはない。けれどわたしが前に進まなきゃいけないことだけはすぐにわかる。

 だって立ち止まってしまえば、あの時なんで立ち止まったんだと未来のわたしが言うからだ。

 あいつは薄闇の雲を遠く見ながら、かすれた声で言った。

「わからなかったらどうする?」

「わからなかったらたくさん後悔するわ。それだけ」

 そうやっていつも後悔ばかりだ。なにもわからないわたしはいつだってそう。その先にあるかもしれない。ないかもしれない。ただそれだけのこと。

 もしかしたら、目を開けて進むのに道はいるけれど盲目のまま進むのには必要ないというだけなのかもしれない。そう考えるとなんだかおかしかった。

「おまえは、強いな――」

 あいつがひとり言のように呟く。返事をする前にバスが緩やかにわたしたちの前に止まった。自動扉が開く。中は混み合っていて、わたしとあいつはばらばらに人混みの隙間に身体をねじ込んだ。バスを降りた時には乗る前にしていた話なんて覚えていなかった。


 縁が母子家庭だということは聞いていた。父親がいなくなってしまったということも。それでも、なんとなく縁みたいな子は順風満帆で幸せいっぱいな家族の元で暮らしているんだと思っていた。優しいお母さんにかっこいいお父さん、こじんまりとした一軒家に住んで、休日は家族で遊びに行って、そんな家に生まれたから、蒲公英みたいに笑えるんだと思っていた。

 聞いた住所の場所にあるアパートはお世辞にもきれいとは言えなかった。思えば、縁が特待生で春風台に入ってきたのもいつまでも中学校の制服で通っていたのもこのあたりに理由があるのかもしれなかった。呼び鈴を鳴らすと女性が出てくる。小柄で柔らかな表情をした女性は縁の母親であることが容易に想像できた。彼女は夜に訪ねてきたわたしたちに嫌な顔一つすることなく、家に上げてくれた。食卓の置かれたダイニングキッチンに通されたわたしたちはきっと縁がいつも座っている椅子に座って、古びたキッチンでお茶を淹れる彼女の母親のエプロンの背を見ていた。

 お茶を出してくれた縁の母親が腰を下ろしたのを待って、ここ三日の縁について尋ねると、彼女は待っていたように話し始めた。彼女が言うには、縁は月曜日は家に帰ってきていたらしい。学校には連絡が来ていたが、母親は休んでいることは知らなかったという。いつも通りここで夕飯を食べて、翌日も学校に行ったと思っていたが、火曜日は帰ってこなかった。連絡をしたが、返事もなかった。そして今日の朝学校に連絡を入れたところ、実際は三日休んでいたということを知ったらしい。

「でも──」と彼女は続けた。火曜日の昼、忘れ物をした彼女は昼休みに家に戻ってきたのだと言った。「その時、ロハスのあたりで縁を見かけたような気がするんです」と彼女は自信がなさそうに言った。ロハスというのは梁町の方の小さなスーパーだ。学校からは反対方向で、普通ここからそこに行く用事はないはずだった。家に戻ろうと自転車で道を走っていた彼女はふと横道にブレザー姿の後ろ姿を見かけた。「体格も髪も十中八九縁だと思ったんです。でも、なんでかどうしてもそれが縁とは違うなにかみたいに思えて。こんなこと娘に言うのも薄情かもしれないんですけど、なんだかとても恐ろしかったんです」それから、縁は学校に行っているはずだからこんなところにいるわけがないと自分を納得させてその場を離れたのだという。

「わからなかった……って、娘なのに?」

 血の繋がった母親というのはこういうものなのだろうか? それとも彼女が普通ではないのか。今だって、ちっとも心配しているようには見えなかった。

 詰ったわたしに対しても怒るでもなく、ただ目を伏せる。

「そう、ですね」

「どこに行ったのかに心当たりがあるんですか?」あいつは馬鹿丁寧に訊いた。

「たぶん、なんですけど、父親のところに行っているんじゃないかなとは思っています」

 縁はずっと父親の行方を気にしていたらしい。そしてつい最近、失踪する直前に『お母さんは、お父さんがどこ行ったか気にならないの』と聞かれたそうだ。それになんと答えたのか尋ねると「私は、もういいんです。あの人は十分――十分以上に頑張った。もう少しで自分がすっかり擦り切れてしまうまで。その結果、ここじゃないどこかで、私ではない誰かと幸せになっているならそれはとてもいいことだと思いますから」と答えた。

 最後に、わたしは縁の部屋を見せてもらった。さすがにあいつも同級生の女子の私室に勝手に入るほどの鈍感ではないらしかった。入ろうとしても止めていたけれど。同級生の部屋に入るのは初めてだった。それどころか他人の家に入ったのが初めてだったかもしれない。彼女の部屋は六畳もないくらいの手狭な部屋だった。わたしの部屋の半分くらいかもしれない。それでもこの2Kのアパートの中では大きい方の部屋を使っていたようだった。こんな狭い部屋で毎日を過ごしていたら気が狂ってしまうのではないかと心配になる。それともこれも普通なのだろうか。

 縁の部屋を見回したわたしはまず子供っぽい部屋だと思った。それがなぜかはすぐにわかる。学習机もベッドも決して安物ではないのだけれど、それは小学校に上がる六歳の子供に買ってあげるようなものだ。どうしてそうなのかも、簡単に想像がつく。わたしは彼女の机に手を触れる。机の天板には世界地図が広げられていて、その上にアクリルシートが敷かれている。引き出しと一体になったベッドに上がる数段の階段には色褪せたステッカーが貼られていた。本立てには見慣れた高校の教科書が並んでいる。押入れを開けると上段には制服が吊られていて、下には衣装ボックスと引き出し。引き出しの中には中学や小学校の頃の体操着やそっけない下着が入っていた。

 最後に机の引き出しを開く。一番大きな引き出しには雑誌や読み込まれたお菓子の本が差し込まれていた。もう一つ上には古いゲーム機とゲームソフトが何本か。ゲーム機には五年前くらいに発売された村で生活するソフトが入っていた。最後に一番上を開ける。そこには、ハサミや文具、メモ帳なんかの細々したものが入られていた。引き出しを戻そうとした時に、ふと奥に丸めたハンカチのようなものがあることに気づく。それを取り出して開いたわたしは驚くしかなかった。

 そこにあったのは、忘れもしない、イヴの化粧台の引き出しに入っていたあの赤い石だったのだから。


 縁の家を後にした時にはもうすっかり夜も深くなっていた。帰宅の途につきながらあいつは色々と話していたが、わたしは上の空だった。彼が話す推測に生返事をしているうちに、あいつはわたしをバス停まで送ってくれていた。それから家近くのバス停で降りるまでずっと、縁の部屋にあった赤い石について考えていた。わたしはポケットの中に入れた手の中で石を転がした。それを見つけたことについて、わたしはあいつに黙っていた。なんとなく、これを知っているということを知られたくなかった。追求されれば、わたしはあの時のことを言わなくてはならなくなる。それは嫌だった。

 それに、もう一つ嫌な推測もあった。ハンカチに包まれていた石は昔見たもののせいぜい半分くらいの小さなかけらが一つ残っていただけだった。たまたま縁が河原で拾った綺麗な石を後生大事にハンカチに包んで宝物にしていたならいいけれど、きっとそうじゃない。もっとたくさんの石がそこにあったはずだとするならば、意味することは変わってくる。

 イヴの机の中にあったこれを手にした時、わたしは信じられない光景を目にした。たった一つの石を使って。そして、それを見たイヴはそうなることが当たり前で、それを知られてしまったことこそに驚いているように思えた。であれば、たくさんの石を使えば一体何が起きるのだろうか。

 わたしは去っていくバスのエンジン音を背にして、ひとり首を振る。そうすることで自分の頭の中身が外に出ていけばいいのにと思った。


 嫌な考えはさらに飛び火して、昔のことを思い出す。

 わたしがこの石を初めて握った時のこと。

 もうすっかり元通りになった藪が炎に包まれて、わたしはそこに立ち尽くしていた。イヴはわたしを見て立ち止まった。

 稲妻が肌を伝って、チリチリと焼け付くような空気の中に立つわたしの後ろ姿に、彼女はこう呼びかけた。

「リース?」

 それは誰の名前だったのか、わたしは知らない。



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