表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

犯人は熟睡中

作者: 島猫。

ご指摘、アドバイス(こうすればジャンル:推理 にもっと近付ける等)、感想欄にいただけたら嬉しいです。





「ゔびぇ〜ん」


 ゴンッという嫌な音がしてすぐ、3歳の娘が泣き出した。


「みくちゃん大丈夫? どこか怪我したの? 痛いところがある?」


 家事の手を止め、急ぎ娘に駆け寄る。


「ゔびぇ〜ん」


 つまづいたのか突進したのか、どうやら壁にぶつかったようで、頬に擦り傷ができ、少し血が出ている。

 本人は痛いだろうが、病院に連れて行くような怪我ではなくて安堵した。ただ場所が場所なだけに、傷が残らないことを祈るばかりだ。

 引き出しの下から2段目を開け、絆創膏を取り出し頬に貼ってやる。


「みくちゃんのいたいいたいの、とんでけぇ〜。ペタリ」


「ままぁ! みくのいたいの、とんでったぁ!」


 さては嘘泣きだったのかと疑いたくなるほど瞬時に、娘はピタリ泣き止んだ。

 パッと表情を変え、嬉しそうに顔をほころばせた。

 

 

 

 子連れだとスーパーでの買い物でさえ億劫だ。

 じっとせずに店内を走り回る我が子が、買い物客の高齢者に衝突してしまわないかと気が気でない。

 買い物の頻度を下げれば、結果として食品、日用品のまとめ買いで荷物が多くなる。

 カートにはトイレットペーパーにオムツに牛乳にその他諸々。娘と違い、カートを押す母は俊敏には動けない。

 スーパーが億劫であれば、電車利用の日帰り旅行など言わずもがな。

 だが、平素は仕事で忙しい夫が行こうと言うのだから、良き妻として子の母として付き合わねばなるまいと、不満がこぼれ出そうな口をグッとつぐむ。

 夫は娘を新幹線に乗せてやりたいとのことだったが、飽きやすい子どもが車内で退屈しないかどうか、じっとできるかどうか、母は大いに不安である。

 旅行当日、リュックの中身は、おむつ用品、飲み物、おやつ、防寒具、機嫌取りのおもちゃなどなど。これでもベビーの頃と比べれば荷物は減ったのだが、おむつが取れるまではどうしたって荷物が多くなる。

 背中には荷物を詰めたリュック。

 お腹には時々「まま、つかれた、だっこ」と抱っこをせがむ娘、その都度、推定15kgの増。

 一歩一歩が重くなる。

 ふくらはぎにも足の裏にも疲労が蓄積されていく。

 筋肉痛に加え、足裏には打撲のような痛み。

 帰路、電車に乗って座席についても足が痛い。

 どうにか家へと辿り着き、ギブアップを告げ、娘を夫に任せ、すぐさま横になり泥のように眠った。


 朝、足裏の刺すような痛みで目が覚めた。

 重石が乗っているかのように体全体が重い。

 それでもどうにか起き上がろうと床に手を突けば、柔らかいふわふわの髪の毛に指先が触れた。

 見れば、お腹を出した娘が隣ですやすやと眠っている。

 娘の服はパジャマに変っているので、昨晩はあの後、夫が子の風呂や歯磨きなどをきっと頑張ってくれたのだろう。

 カーテンの中央の合わせ目から、外からの光が細く差し込んでいる。

 外はもうすっかり明るいようだ。

 壁の掛け時計を確認する。

 気配が感じられないため、現在の時間からも、夫は既に仕事に出掛けたようだ。

 立ち上がろうとして、足裏に強い痛みと、カサリとした、何かが当たるような違和感があった。


 足を確認する。

 足裏にも、足首にもふくらはぎも、ぐしゃぐしゃな何かが沢山ついている。


 「ひっ」


 虫か病気か、得体の知れぬ恐怖で思わず声が漏れたが、よく見れば見覚えのあるものだった。

 周りを見渡せば、床には剥がした後のゴミが落ちている。

 足の痛みは全く軽くはならないが、気持ちはふっと軽くなった気がした。

 犯人は……母のすぐ隣で、なおも熟睡中である。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 僕もちょうど3歳の子がいるので、情景が浮かびました。 たしかにこれだと気持ちは軽くなりますね!
[良い点] 寄声から始まるのは良いと思いました。ミステリのだいご味の一つは非日常ですので、雰囲気作りにはもってこいです。 [気になる点] 結果を先に書いて、回想からそこに辿る考察、の手順だけでも違って…
[良い点] さらさらと読み進められる易しい言葉と句読点の配分、ちょうどいい文の長さ。ほんわか平和なお話だったのが特別刺さった点。 [一言] 新着短編を上から順に流し読みしていたらこの作品に出会いました…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ