犯人は熟睡中
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「ゔびぇ〜ん」
ゴンッという嫌な音がしてすぐ、3歳の娘が泣き出した。
「みくちゃん大丈夫? どこか怪我したの? 痛いところがある?」
家事の手を止め、急ぎ娘に駆け寄る。
「ゔびぇ〜ん」
つまづいたのか突進したのか、どうやら壁にぶつかったようで、頬に擦り傷ができ、少し血が出ている。
本人は痛いだろうが、病院に連れて行くような怪我ではなくて安堵した。ただ場所が場所なだけに、傷が残らないことを祈るばかりだ。
引き出しの下から2段目を開け、絆創膏を取り出し頬に貼ってやる。
「みくちゃんのいたいいたいの、とんでけぇ〜。ペタリ」
「ままぁ! みくのいたいの、とんでったぁ!」
さては嘘泣きだったのかと疑いたくなるほど瞬時に、娘はピタリ泣き止んだ。
パッと表情を変え、嬉しそうに顔をほころばせた。
子連れだとスーパーでの買い物でさえ億劫だ。
じっとせずに店内を走り回る我が子が、買い物客の高齢者に衝突してしまわないかと気が気でない。
買い物の頻度を下げれば、結果として食品、日用品のまとめ買いで荷物が多くなる。
カートにはトイレットペーパーにオムツに牛乳にその他諸々。娘と違い、カートを押す母は俊敏には動けない。
スーパーが億劫であれば、電車利用の日帰り旅行など言わずもがな。
だが、平素は仕事で忙しい夫が行こうと言うのだから、良き妻として子の母として付き合わねばなるまいと、不満がこぼれ出そうな口をグッとつぐむ。
夫は娘を新幹線に乗せてやりたいとのことだったが、飽きやすい子どもが車内で退屈しないかどうか、じっとできるかどうか、母は大いに不安である。
旅行当日、リュックの中身は、おむつ用品、飲み物、おやつ、防寒具、機嫌取りのおもちゃなどなど。これでもベビーの頃と比べれば荷物は減ったのだが、おむつが取れるまではどうしたって荷物が多くなる。
背中には荷物を詰めたリュック。
お腹には時々「まま、つかれた、だっこ」と抱っこをせがむ娘、その都度、推定15kgの増。
一歩一歩が重くなる。
ふくらはぎにも足の裏にも疲労が蓄積されていく。
筋肉痛に加え、足裏には打撲のような痛み。
帰路、電車に乗って座席についても足が痛い。
どうにか家へと辿り着き、ギブアップを告げ、娘を夫に任せ、すぐさま横になり泥のように眠った。
朝、足裏の刺すような痛みで目が覚めた。
重石が乗っているかのように体全体が重い。
それでもどうにか起き上がろうと床に手を突けば、柔らかいふわふわの髪の毛に指先が触れた。
見れば、お腹を出した娘が隣ですやすやと眠っている。
娘の服はパジャマに変っているので、昨晩はあの後、夫が子の風呂や歯磨きなどをきっと頑張ってくれたのだろう。
カーテンの中央の合わせ目から、外からの光が細く差し込んでいる。
外はもうすっかり明るいようだ。
壁の掛け時計を確認する。
気配が感じられないため、現在の時間からも、夫は既に仕事に出掛けたようだ。
立ち上がろうとして、足裏に強い痛みと、カサリとした、何かが当たるような違和感があった。
足を確認する。
足裏にも、足首にもふくらはぎも、ぐしゃぐしゃな何かが沢山ついている。
「ひっ」
虫か病気か、得体の知れぬ恐怖で思わず声が漏れたが、よく見れば見覚えのあるものだった。
周りを見渡せば、床には剥がした後のゴミが落ちている。
足の痛みは全く軽くはならないが、気持ちはふっと軽くなった気がした。
犯人は……母のすぐ隣で、なおも熟睡中である。