第5章 茶室にて
新婚旅行数日目。
あれからどことなく彼女とはぎこちなく、というか俺がぎこちなくなって過ごしていた。
旅行もあと2日程しかない。時折、ため息を吐く姿になんとも言えなくなりながら、俺達は温泉街を抜け、和風な町並みの中を歩いていた。
「どんな茶室か楽しみだなあ。」
「今後の参考になったらいいですね。」
「あんたと二人の茶室かあ。夢みたいだな。」
その言葉を聞いて心臓がとくんと鳴る。
彼女は当たり前のように俺達の未来を夢見ているのに。
俺は?
後ろ姿を見ながら、俺はぐっと唇を噛む。
そのまま抱きしめてしまいたい。
そう思ったところで、頭をあの支配人が過ぎった。
これは解決しないといけない事だ。
そう思うと、握りこぶしを強く握った。
招かれた茶室は手入れが行き届いていて、紅葉の枝がきれいに飾られていた。
「お点前頂戴いたします。」
俺の横で彼女が一礼をする。それを見ながら、改めて彼女がセンセであることを確認した。庵の主人もそのお手伝いさんもそう思っていたようで、感想の場で彼女の仕草の綺麗さをとても褒めていた。
「ご夫婦で茶道家なんてとても素敵ですね。」
「俺なんてセンセの足元にも及ばないです。」
「あんたも充分師範としてやってるよ。」
いつもは褒めない彼女が俺を褒めた。出先の手前なのか、それとも本心なのか。
センセは、嘘つかないもんなあ。
そう思って、彼女の方を見ると彼女はニイっと笑ってみせた。それを見て俺も顔を綻ばせる。
そうだ!と言って、庵の主人が手を一度叩いた。
「良ければお互いに点ててみるというのはいかがですか?新婚旅行の記念に、お道具はお貸ししますよ。」
センセのお抹茶を頂くのは相当久しぶりだった。
まずは、俺から。
一服差し上げる心持ちをしっかりと持つ。彼女の記憶に長く刻まれるであろうこの一杯。誠心誠意、というかあとの四字熟語が出で来ないが、とにかく心を尽して、技術を注いで一服。
泡の具合も温度も動作も問題ない。
差し出し、一礼。
彼女は受け取ると、器を眺め、茶を眺め、そして一口、口にした。
それから、二口。三口。で飲み切る。
茶碗を返し、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「上手くなったなあ。あの盆略の頃と大違いだ。」
その言葉に俺は嬉しくなる。
「次は私か、よし。」
新しい茶碗と茶筅を受け取り、棗を手に取ると茶杓で抹茶を2杯掬い入れた。ポットのお湯を傾け、勢いほどほどに注ぐ。その仕草だけでも美しいのに、茶筅でしゃかしゃかと点てるその姿。
目に焼き付けたいほど美しかった。
そして、お抹茶が差し出される。きめ細やかな泡、ふんわりと香る良い匂い。センセの腕の確かさがよくわかる一杯だ。
一礼して頂く。
味、香り。何をとっても完璧と言えるような味わい。
「俺なんてまだまだだなあ。」
やっぱり、彼女の茶道が好きだ。
これからも彼女の側に居たい。
茶碗から視線を上げる。彼女が優しく微笑んでいた。