第3章 ライバル登場
それから間もなくして彼女との新婚旅行の日がやってきた。
緑と赤のスーツケースにそれぞれの荷物を入れ、列車に揺られる。
パンフレットに視線を落とし、隣の彼女は何も言わない。
昔の・・・許婚・・・。
俺は、彼女から外に視線を向けながらため息を吐いた。
「気にしてんのか。」
「え?」
彼女がこちらをじいっと見ながら聞いてくる。
「い、いや、な、なんのことでしょう?」
「そんなんじゃないよ。」
そっと、手を添えられる。姫君が殿方の手を取るなんて、そんな、こんな時代じゃよくあることなんだけど、いやそうじゃなくって!
「そんなんじゃないよって言ってんの。」
「どういうことです?」
ドギマギとしながら彼女の顔を見る。彼女はぷいっと顔を背ける。その仕草に少しムッとしながら、その手をグイッと引っ張った。
「わっ!」
「俺のこと、からかってるんですか?」
「だから!」
ボックスシートの対面座席は空席だ。特に誰かに見られるってこともない。彼女を抱き寄せるとその首元に顔を埋めた。
「俺だけのものでいてくださいよ。」
ぐずる俺に彼女は背中をポンポンと叩くと、ため息を吐いた。
「だから、そんなんじゃないっていってんのに。」
観光地に着くと、まずホテルへと向かった。荷物を置いて観光しようとのことだった。地域で一番のリゾートホテルだ。外観からしても立派なものだった。
「さすが、ホテル・エスペランサに対立してるホテルだぜ。」
「あぁ、でも俺達のほうがプロだって証明してやるぜ。」
何やら入り口の前で見慣れた二人組がいるが気にしないでおこう。と、思って視線を横にずらす。
「上司殿と旅行できるなんて光栄ですなあ。」
「先生とご一緒できるなんてこちらこそ光栄です。ぜひ、ラブコメ同盟として素敵なラブコメを・・・!」
「そうですな・・・!」
いつの間にそんな仲良くなったんだと思う元上司と現上司の組み合わせに、更に視線をずら、ずらせ・・・。
「いや、気になるわ!何でいるんですか!?」
「よー伊吹ー。時子さんもこんにちは。そりゃあ決まってんだろう、ラブコメを見るためだよ。」
元上司が気さくに俺の名前を呼ぶ。隣でおじぎをするセンセの綺麗さに目を奪われるが、今はそれどころじゃない。キャリーを転がしながら元同僚二人組も寄ってくる。
「先生たちも来てたんだー。ちわーっす。」
「お前らもかー。有給取ったと思ったらこういう事だったんだな。」
「誰か俺達の新婚旅行プラン盗みました?」
4人とも首を横に振る。こんな偶然あってたまるかと思いつつ、視線を更に横、彼女の方にずらすと驚いた表情の彼女がいた。
驚いた?
彼女の視線の先を辿っていく。
タンッタンッタンッ。
優雅な足取り。ドアマンの開いた扉にあわせて足を進めるその身のこなし。
「ようこそ、みなさま。ホテル・ドゥードゥルへ。従業員一同歓迎いたします。」
華麗な一礼。そうして俺の横へ熱い視線を動かすとゆっくりと微笑んで言った。
「時ちゃん。待ってたよ。」
そう、こいつこそが。
「楓くん。久しぶり。」
あの、ホームページに乗っていた元許嫁の支配人だった。