入学式の後日談
……エミール様、これだけの奇想天外な話をよくそんな顔色ひとつ変えずにお話できるな……こういうところは”雪の精霊”というより、”氷の精霊”かも知れない。
でも、すごくよく調べ上げられているので、
「……エミール様、本当に、実際に見て来たかのようですね」
私はそう言って、驚きつつも思わず感嘆のため息をついた。
「ご期待に添えたのなら、非常に光栄に思います」
そう仰って、私に微笑まれるエミール様……やっぱり、微笑みもめちゃステキだと思う。
でもホント、よくこれだけのことを調べられたな。
正直、これだけのことがあったのなら、恐怖や恥ずかしさで詳細を話せない生徒も、いたんじゃないかな?
まあ、先ほどのお話を聞いた限り、恐らくは様々な手練手管を用いて情報を聞き出されたとは思うけれど……でも、それ聞いちゃうと私も恐ろしくて震えあがっちゃうかも知れないんで、あえて聞くのはやめとこう。
「でも私ホントは最初、今年の入学式ちょっと参加してみたかったなって思ってたんですが、今のお話を聞いて、今年の新入生じゃなくてよかったと、心底思いました。命拾いしましたね」
「それは仰る通りですね。私も命拾いを致しました。もし参加していれば私も、拳を突き上げ立ち上がるか、『人間空中お手玉』の餌食になっているところでした」
と、苦笑いされるエミール様。
決意を胸に拳を握りしめ力強く立ち上がるエミール様、もしくは『人間空中お手玉』で宙を舞うエミール様……
ちょっと、見てみたかった自分がいる……絶対本人には言わないけど。
「ですので、入学式前にソフィー様にお会いできて本当に良かったと思いました。ソフィー様にお会いしていなければ、いくらつまらない話が始まりそうだと思っても、途中で抜けて教室に行こうとは思いませんでしたので……私を助けて下さり、ありがとうございます」
と、再び優しく微笑まれるエミール様……ま、まあ、エミール様とバッタリお会いしたのはただの偶然なんで、恩に思って頂く必要は全くないんだけど、まあこの際だから、ちょっと恩を着せるっていうか、貸し借りなし風な感じに持っていこうかな。
「そ、そうですか。私もエミール様のおかげで教室まで辿り着くことができましたので、これでお互い様ということですね」
と、とりあえずアピールしておいた。
「それで、後日談もあるんですよ?」
「え、今日の今日なのに、後日談もあるんですか?」
私は不思議に思い尋ねてみると、エミール様はまた淡々とした口調で、表情を変えず涼やかに後日談を教えて下さった。
エミール様が仰るには、エイデン先生のあとの挨拶はクラウス先生の自己紹介を残すのみだったので、クラウス先生は『クラウスです、以上』とだけ仰って、とっとと入学式を強制終了されたそうだ。
で、アドリアーナ先生はというと、魔力の器がはちきれそうになっている男子生徒をチョイス、早速、間接魔力奉納をさせるために神体山の凱旋門に連れて行かれたり、
あとクラウス先生は、ジョルジュ先生と束になってエイデン先生に詰め寄り、『今後、入学式での聖具使用を禁止します!』と、こんこんとお説教をされたそうだ。
「アドリアーナ先生にも神体山からお戻り次第、お伝えになられるそうですよ? これほどの面白……いえ、『聖具規模の入学式は、今回が最初で最後です!』と……。まあ、当然ですけれどね。そもそも入学式に、聖具必要ありませんから」
と仰って、エミール様はまたクックックとお笑いになった。
なるほど、確かに入学式に”聖具”は必要ないと思う。私は今後入学式に参加することはないけれど、新入生が入学早々、希望に胸を膨らませていたその胸がぺしゃんこになっちゃうのはお気の毒……っていうか入学早々絶望しかねないんで、ぜひとも”聖具禁止”にされたほうがいいなと私も思った。
……それにしてもエミール様は入学式の情報だけでなく、それに関連した情報まで仕入れてきて下さるというのが本当にすごすぎるな。なんという至れり尽くせり、痒いところに手が届く情報の集め方だろう?
と、エミール様の仕事ぶりに、めちゃ感心していると、エミール様は少し口調を調えられて、仰った。
「ですのでまあ、この入学式に参加せずに済んだのはソフィー様のお陰で、つまりソフィー様はほぼ、私の命の恩人ですから、ぜひとも私がソフィー様の側近としてお仕えすることを、前向きに検討頂きたいなと思います」
と、どさくさに紛れてぬけぬけと仰るエミール様。
そんなエミール様は、窓から差し込む陽の光に照らされて、その微笑みは本当に、眩いばかりだ。
……エミール様があんまりにも美しカッコ良すぎるんで、私、思わず顔を赤くして、俯いてしまうじゃん。
でも、なんとか一矢報いたいな……
「エミール様は、入学式に参加されたほうが、寿命が伸びたかも知れませんよ? 今も結構お笑いのようですし、人間、笑ったほうが寿命が延びるんですって」
とイヤミのひとつでも言ってみた。すると、
「笑うと寿命が延びるんですか? それは知りませんでした。でしたら私はソフィー様のおそばにいるだけで、二百年は生きれそうです」
と仰って、もうホント笑い凝らいきれないって感じで、エミール様はまたクックックってお笑いになった。
こうして私のしょーもない反撃は、エミール様の口撃によって、完膚なきまでに打ちのめされた。
……笑うと寿命が延びるんですか?
でしたら私はソフィー様のおそばにいるだけで、二百年は生きれそうです……
エミール様の仰りように、私はもう恥ずかしすぎて俯くしかないって感じで、めちゃ顔真っ赤にしてさらに俯いてしまう。
だいたい、なんで私はこんな墓穴ばっか掘ってるんだろう?
まあ私はルシフェルにもいつも言われてるように基本天然だけど、ちょっとエミール様の前じゃ、度が過ぎてるかも知れない。
初対面だから?
雪の精霊かと思うくらい幻想的に美しいから?
それともエミール様が賢過ぎるから?
なんか、エミール様の前だといつも以上に空回りで、そしてエミール様はそんな私を見て声を潜めてお笑いになるしで、ホント手のひらで踊らされてるみたい?
……
手のひらと言えば、今日のアドリアーナ先生じゃん。
いや、アドリアーナ先生は躍らせるんじゃなくて、転がすんだったっけ?
まあ、どっちでもいいんだけど、とにかく、手のひら云々系の人は、ちょっとアブナイかも知れないんで、なんかいろいろ考えたほうがいいかも知れない。
ぶっちゃけアドリアーナ先生とは、武術も専攻してないし、神体山解放くらいしか接点もないので、特に対策しなくてもいいかも知れないけど、エミール様は、おんなじクラスだもんね。
もし、”美人は三日で見慣れる”の美男子バージョンが適用されず、いつまでたってもテンパってたり、賢過ぎてどうにもならない場合は……
どうにもならない場合は……
……
や、やばい、何にもいい案が思い浮かばない!
いや、でもそれもそうか、だって今日初めてお会いしたんだもんね。
エミール様は、賢いだけでなく事前に私のこと調べてたから、ちょっと今アドバンテージがあるけど、私ももう少ししたら、エミール様の弱点とか、扱い方、分かってくるかも知れない。
うん、希望を持ってね、決意を未来に馳せようと思う……
……って、これって、ほとんどエイデン先生的思考回路!?
いや、エイデン先生は確か、『未来へ羽ばたく決意』だったっけ??
なんかもうさ、今日の入学式のエピソードが面白ひどすぎて、強烈に脳に刻み込まれちゃってんだよね……思考回路がそこから抜け出せないや……とほほ。
と、私がそんな風に意気消沈していると……
突如として私の右手に、モーゼの杖が現れた!




