『古の魔術書』の受け渡しを、密かに見る人影
さあ、ランチが終わったあとは、クラウス先生から『古の魔術書』をお借りしないといけない。
私はドミに、一緒に来て欲しいこと、そして、クラウス先生が来たら、『古の魔術書』から二メートル以上絶対に離れることを厳命し、ドミと一緒に女子寮手前の吹き抜け広場にまで行った。
ランチのあとは、みんな寮の部屋でくつろいでいるのか、人はほとんどいない。
相変わらずドーム状の天井からは日差しが差し込んで、とても気持ちがいいなと思う。
で、そんな中でも私はまたしつこいくらいに「『古の魔術書』からは絶対に離れて下さい!」って、ドミに口酸っぱく言いいながらクラウス先生をお待ちしていると、クラウス先生が転移系魔法『ミコモーヴェレ』で、フッと目の前に現れた。
そして、念のために防御結界も張っておられる
おお! 光系の防御結界かな? いつにも増して神々しくて、ちょっと拝みたくなるな。
っといけない、見惚れている場合ではなかった。クラウス先生は今、世にも恐ろしい魔術具が仕込まれた『古の魔術書』をお持ちだ。
私とドミは、険しい顔で、挨拶するのも忘れ、クラウス先生から遠ざかった。
すると、クラウス先生はちょっと困った顔をされて、仰った。
「ソフィー様、そこまで警戒されなくても」
「いえいえ、それは警戒しますよ、クラウス先生。で、どうすればいいのでしょう?」
と、私はモーゼの杖を出して尋ねた。すると、
「モーゼの杖の先を持ち、柄の部分をこの『古の魔術書』の上に乗せて、ご自身の魔力を一気に注いで下さい」
と仰って、クラウス先生は光系の防御結界を消されたので、私はクラウス先生が仰るようにすると、『古の魔術書』が一瞬ピカって光った。
「これで、ソフィー様の魔力は登録されました。よってソフィー様はこの『古の魔術書』に触れることが可能です。ちなみに、このブックカバーの所持者である私がいないところでは、他の者が勝手に魔力登録することはできませんので、ご安心ください。そしてドミは、絶対に触れることができませんので、今からソフィー様より二メートり以上、距離を取って下さい」
クラウス先生がそう言うと、ドミは、既に私から距離を取っていたけれど、さらに少し、距離を取った。
そして先生は、さらに続けてこのめちゃ怖ブックカバーの恐ろしさと注意事項をドミにこんこんと説明した。
大事なことだから、これはちょっとこんこんと、長めにお話されてもいいよね。
そんな半分お説教みたいなお話を私も聞きながら、クラウス先生から『古の魔術書』を受け取り、無属性の防御結界を張った。
誰かがうっかり近づいて来たら、大変なことになるので。
すると、クラウス先生は私の張った防御結界から少し離れて仰った。
「お暇なときで結構ですので、この『古の魔術書』を読んで、イメージを膨らませたりしてみて下さい。また、新しく読める文字が出ましたら、私にお教え下さいね。早速確認致します。また、もう少しあとのことになると思いますが、実際にひとつ、古の魔術を再現可能か、宮殿の魔法訓練施設で挑戦してみましょう。ソフィー様ご自身が、何だかイメージが膨らむなとか、ピンとくるとか、そういうインスピレーションみたいなのを感じることがございましたら、ぜひ教えて下さい。また、実際に魔法訓練施設で古の魔術を試みるときは、ソフィー様がその『古の魔術書』を持参する必要はございません。私が王宮図書館より借りて参りますので、ご安心下さいませ」
と、さらっと仰った。
まあ、ちょっとお話長いなあとは思ったけれど、ようはこの『古の魔術書』を時々読んで、とりあえずクラウス先生の言う通りにしておけばいいんだなと思った。
「それから、ドミ」
クラウス先生はドミのほうを向くと、ドミは一層気の引き締まった顔になった。
「この『古の魔術書』からは念のため、二メートル以上は常に離れ、本棚を掃除するときは、ソフィー様が『古の魔術書』を執務机かベッドの上など、本棚から離れた場所でお勉強をされている時などにして下さい。また、ソフィー様がもし万一『古の魔術書』を読むのを怠っているなと感じたら、本棚の掃除や整理をするからなどと言い、勉強を促して下さい。以上です」
……ちょっと、最後の一文がなんか若干聞き捨てならないんですけど?
私は少しムッとするんだけど、クラウス先生もドミも私がふてくされてるのなんてそっちのけで、クラウス先生は『頼んだぞ』ってな感じでドミを見つめてるし、ドミはドミで『命に代えても!』ってな感じで、敬礼でもしそうな勢いだ。
……まあ、いいんだけどさ。
ドミにやたら本棚を掃除されないように、とりあえず頑張ろうと思った。
そしてクラウス先生は、帰りは転移魔法じゃなくて、美しく踵を返し、普通に歩いて去って行かれた。
クラウス先生、去り際も美しいしカッコいいなあ……って、見惚れている場合じゃなかった。『古の魔術書』持ってるんだった。とっとと帰らないと。
私はドミとアイコンタクトを取り歩き始め、ドミは私の二メートル以上後をついて歩いてくると、そのとき、私を呼ぶ声が聞こえた。
「ソフィー様」
振り返ると、そこにいたのはエミール様だった。
私は、エミール様の突然の登場にめちゃ慌っちゃって、口をあわあわさせながら、
「あの、私、急いでて、とにかく、近づかないで」
とか、意味不明なことを言ってると、エミール様はまた、右手を丸めて口元に持っていき、クックックと笑いながら仰った。
「先ほどのお話、全部聞いておりました。余裕を持って二メートル以上は近づいてはダメなんですよね?」
え、今の話、全部盗み聞きしてたの!?
私が驚いて、何も言い返せずにいると、
「早速ですが、入学式でのアドリアーナ先生とエイデン先生のご様子が分かりましたので、一秒でも早くソフィー様にお伝えしたく、ここに参りました。『古の魔術書』を置いたあと、またこちらに戻って来て頂けますか?」
と、涼やかな笑顔で仰った。
え、マジで仕事、早くないですか? っていうか、早すぎと思うんですけど??
って私がまた驚愕して呆然と突っ立っていると、
「ソフィー様、『古の魔術書』を持ったままでは危険です。まずは早くお戻り下さい。私はここで、ソフィー様がいらっしゃるまでお待ちしておりますので」
と、またクックックってお笑いになりながら、仰った。
先ほど、『こんなに笑ったのは久しぶり』って仰ってたのに、今日は朝からずっと笑ってらっしゃるのは、気のせいだろうか?
まあ、笑かしてるのは私なんで、下手にツッコミも入れられないんだけど。
私はとりあえず、「少々お待ち下さい」とだけ告げ、ドミを連れて、速攻女子寮に戻った。
『古の魔術書』を自部屋の本棚に置いて、ドミを下がらせてから、私はもう一度女子寮手前にある丸い吹き抜けの広場に戻ってきた。
エミール様が、優しい笑顔で迎えて下さる。
さっきはめちゃテンパってたから分からなかったけれど、ドーム状の天井からは陽の光が入って来るので、銀髪が教室で見るよりもさらにキラキラと輝いている。
イケメン度が超アップだ。
見てるだけなら、ホントまんま、夢の世界から出て来たような、雪の精霊そのものなんだけどな……
まあ、イケメンには違いないんで、”心のサプリアルバム”には、当然永久保存なんだけどね。
と心の中で思いつつ、「お待たせ致しました」と言って、エミール様のもとへ歩み寄った。
エミール様は、立ち話もなんなのでと、ベンチに座ろうと案内して下さる。
身のこなしもホント優雅で、めちゃ紳士って思う。
で、とりあえず私は、ベンチに座るや否や、まずどうして私がさっき、ここ吹き抜け広場にいるのを知っていたのか、問いただそうと思った。
だって、普通ランチ終わったら寮の部屋に戻って、ダラダラすると思うし、実際この広場には、ほとんど人はいなかった。
なのに何故エミール様は、私がここにいるのを知って、入学式の様子を伝えに来られたんだろう?
私はまずそのことについて質問すると、エミール様はさも事もなげに涼しい顔で仰った。
「朝礼直後、クラウス先生とお話されてましたよね? クラウス先生との会話を、聞いておりました」
なんと、『古の魔術書』の受け渡しに関して話してたこと、全部お聞きだったんだ……ってちょっとまって、結構ざわついてたし、エミール様はそんなに近くにいらっしゃらなかったと思う。
いったいどうされたの……?
私が訝しげな顔をすると、エミール様は私の心の内を全て察せられて、お話を続けられた。
「趣味の一環として、読唇術を嗜んでおります。また、少々距離がありましたので、魔法で視力を強化しました」
……読唇術……いや、普通趣味で読唇術嗜む人、いませんから。
にしても、さっき、ここでクラウス先生と話した会話は、人もほとんどいないし、吹き抜けのドーム状の作りだから声も響くんで、盗み聞きはしようと思えばできたかもなって思ったけれど、そもそも読唇術ができて魔法で視力強化もできるから、聞く必要もなかったのか……
「エミール様、凄いですね」
私はちょっと、感嘆のため息を漏らした。
「早速ソフィー様に、認めて頂けて嬉しいです」
エミール様はそう仰って、さわやかに微笑まれた。
「ちなみに最初、私の事を『かなり調べ上げております。現在誰も使うことができない古の魔術修得にまで手を出されたと聞き及んでおりますが』と仰いましたが、その情報は、今日仕入れられたのですか? それとも前から調べられて?」
「その情報は、今日の朝礼直後のクラウス先生とソフィー様の会話で仕入れました。私がそのように言えば、私に意識を向けて下さると思いましたので」
そりゃあ、めっちゃ意識向いたよ……っていうか、めちゃヤバいんじゃねって思った。
だって、クラウス先生と私しか知らない情報だよ?
最初クラウス先生とルーン文字の話が出たときに、
『このことは念のため、私たちの間での秘密と致しましょう。今現在、古の魔術を使えるものが、この世に存在しませんので』
っていう話になってたのに、なんで知ってんのって、思ったんだよね……まあ、その情報を仕入れたのが今日の読唇術でなら、話は納得だ。
別に、私がルーン文字の勉強がてら、『古の魔術書』を読もうとしていることに関しては全然秘匿じゃないんだけど、古の魔術を修得しようとしているということに関しては、まだ使えるかどうかも分からないものに、ウッカリ話をしてしまうのも良くないよねっていう話になったのだ。
で、一瞬その時めちゃ焦ったんだけど、その時はそれ以上にエミール様のお言葉、
『私は将来ソフィー様にお仕えすべく王立学院に参りました』
にすごく驚いちゃって慌てちゃってそれどころではなく、思わずスルーしてしまった。
なので今ここに来て、落ち着いた環境で、きちんと問い質せてとてもよかったと思う。
正直、ボールドウィン侯爵家の皆んなだって、知らない情報だからさ。
情報漏洩、しかも他領地の生徒にって、ホントめちゃ怖いよね、うん。
なので私はエミール様に、この情報は秘匿情報であると、きちんと伝えなければならないと思った。
「確かにエミール様に意識は向きましたが、他領地の生徒に情報漏洩があったのかと思い、気が気ではありませんでした。一応秘匿情報にしていたので。ですので、一見スパイ行為をされていたかのような発言は、私の信頼を得るのとは真逆の行為だなあと、少し思いましたよ?」
って、いつもクスクス笑ってばかりいるエミール様に、ちょっぴり仕返しを入れてみた。
するとエミール様は、突如として真剣な表情になられ、右手を胸に当てて、頭を下げられた。
「それは驚かせてしまい、大変申し訳ございませんでした。秘匿情報だとは思っておりませんでしたので……
ソフィー様は王族同等と去年度に公言されました。ですので、王族同等、そして聖具の中でも最も重要なモーゼの杖所持者らしく、私にとっても未知の世界である古の魔術にも挑戦していかれるのだなあと、何の不思議も戸惑いもなく、あの時素直に感動したものですから……ですが、承知いたしました。秘匿情報ということでしたら、決して他言はしないと誓います。そして、必ずやソフィー様の信頼を得ると、お約束致します」
と、めちゃシビアな顔つきで仰った。
先ほどから私をからかいながら笑っていらっしゃっ時とは全く表情が違い、自分を戒めるかのような仰りようで、エミール様のお気持ちが、ひしひしと伝わってきた。
おまけに、私が『秘匿情報だ』って言ったら、私が『黙っててください』と言う前に、すかさず『決して他言しない』と宣言される辺り、この素早い身のこなし方、頭の回転が速くて、本当に賢いんだなあって思った。
「エミール様、とても安心致しました。でも、あまり人の話を盗み聞きするのは、趣味が悪いと思いますよ?」
私がそう言うと、エミール様は軽く「ははは」と笑って、仰った。
「まあ確かに、私の趣味が良いという話は、あまり聞いたことがありませんが、私の将来のヴィジョンとして、ソフィー様の側近を第一志望としたのは、なかなか我ながら見どころがあるなと、自負しております」
「いえ、それが一番、趣味が悪いですよ?」
「何を仰います? とにかく私は楽しい方が、好きなのです」
と仰って、またクックックと笑い始められた。
もう、エミール様、今日お会いしたばかりだというのに、もう私の扱い方を熟知してらっしゃるんですか?
謎の”硬直芸”とか、謎を呼ぶ”歩行芸”とか、さらに謎が過ぎる”行き過ぎ芸”とか、ついさっきは”口あわあわ芸”まで披露したな。色々恥ずかしいの思い出しちゃって、反論のひとつもできないじゃないですか?
仕方がないので私は俯いて、顔赤くして、黙り込む。
そして、ひと通り笑いが落ち着かれてから、エミール様は、
「私は、今日初めてソフィー様にお会いして、初めて、自分の趣味が良いことに、気がついたのですよ」
と、眩しいほどの笑顔で、仰った。




