エミール様が王立学院に編入された理由
……
へ? 今、なんて?
私は目をめちゃぱちくりさせて、エミール様を見た。
でも、エミール様は涼やかな笑顔を浮かべて、何でもないことのように、仰った。
「ソフィー様のことは私、かなり調べ上げております。現在誰も使うことができない『古の魔術修得』にまで手を出されたと聞き及んでおりますが? 非常に興味深い話ではありますが、ただのクラスメートでおまけにたかだか王立学院二年間の在籍で、様々な謎や神秘を解明どころか近づくことすら困難と思われます。ですが、王立学院を卒業し、成人してソフィー様の側近になれば、誰の咎めもなくソフィー様のおそばにいて、様々な奇跡を目の当たりにすることができるようになると思われます。これほど充実した人生は、ないとは思いませんか?」
と、飄々と事も無げに仰るエミール様、おまけにトドメの一言が、
「さらに加えて申し上げると、本日ソフィー様が、大変可愛らしい方だということが判明致しましたので、私の人生がさらに充実するかと思うと、人生バラ色だなと今、想像が膨らみ夢心地です。就学前は、魔法学院での学業は、実に非効率で無駄が多いと嘆き、人生灰色と思っておりましたのに、まさに、真逆ですね。全て、ソフィー様のお陰です」
と仰って、エミール様はまた片手をグーの形で口元を抑えながら、クックックとお笑いになった。
うう、完全にからかわれている……まあ、エミール様にとって学舎での学びに楽しみを見いだせたのは大変喜ばしいことだけど、本日のソフィー様云々は、ホントやめて欲しいわ。とにかく、変な期待を持ちすぎていらっしゃるように思うので、期待に膨らみ過ぎた胸を、ぺしゃんこにまでする必要はないけど、はちきれて割れる前に、しぼませるくらいはしといたほうがいいよね、うん。
「あの、エミール様、そんなにお若くいらっしゃるのに、ご自身の未来をそんな簡単に決められてもいいのでしょうか? ご両親は、なんと仰ってますか?」
「両親にはもちろん、王立学院編入を説得するときに全て話し、そして納得して頂いたから、私はここに通うことができております。私には兄がおりますので、フォンベイリー侯爵家の跡継ぎは兄と決まっております。ですから、実家のほうの問題も、特にないのですよ」
「ですが、私はボールドウィン侯爵家の養女で、義兄と義弟が私を守ってれると仰ってて……」
「もちろん、王立学院在学中は、そうなのでしょう。ですが、成人後はどうでしょう? お二人は騎士団長でもあるボールドウィン侯爵のあとを追って、騎士団に入られるのではないでしょうか? ソフィー様が騎士団に入れるほど武術の達人でいらっしゃらないことくらい、調べて分かっておりますし、また、調べていなくても、今見ただけで、一目で分かります。よって、お二人とは将来、道をたがえることとなります。王族同等でいらっしゃるソフィー様は、モーゼの杖と守護天使ウリエルのご加護のもと、この世界で必要とされ、成人後もご活躍なさるはず。私はそのソフィー様の側近として、就職し、ソフィー様をお支えすることを熱望し、この王立学院にいる間にまずは、ソフィー様の信頼を得るために尽力するつもりです」
と、きっぱりと、そしてハッキリと、私の目を見て仰った。
あと、つけたすかのように、
「信頼を得るための尽力だけでなく、私のライフワークとして、観察、研究なども同時並行で行いますけれど」
とぼそっと怖いことを、さりげなく仰った。
うう、正直研究とかめちゃ怖いな。
でも、私が大したことないって分かれば、早々に諦められると思うし、そんなに研究好きなら魔法師団の研究所に入ってもいいと思うし、どうせ、止めて欲しいと言って止めるタイプでもなさそうだから、サクッと私の使えなさに気づいてもらって、新たに道を切り開いて欲しいな、うん、その方向性でいこう。
それにしても、ルーク兄様とルシフェルが騎士団に入って云々の考察は、流石だな。
私、正直そこまで考えてなかったもん。
ただいつも当たり前のように守って下さっていたルーク兄様とルシフェル……成人したら、そうじゃなくなっちゃうのかなと思うと、ちょっと寂しいな……
と、感慨深く思っちゃったけど……そうだ、エミール様がめちゃ勉強できるのは分かった。じゃあ、武術のほうはどうなんだろう?
ちょっとさりげなくお伺いしてみると、エミール様いわく、「ソフィー様の弟君、ルシフェル殿より、少しばかり劣るかなあというレベルと思いますけれど」とさらっと仰った。
……何それ、めちゃ強いじゃん。だってルシフェル、王立学院内で、ルーク兄様の次に強いよ?
「神体山解放の生徒選抜メンバーにも、選ばれてます」
おお、それはもう、実力のほどはお墨付きだな。
なるほど、文武両道タイプなんだ。クラウス先生みたい? さすがにそこまではないかもだけど、将来は後を追って、王様の側近にでもなられるかも知れないな……って、そんな貴重過ぎる人材、私が縛っていいわけないよね、早々に諦めて頂くよう、何か対策を練らないと。
でも、今日既に妙な芸を披露して呆れられるはずが、余計に気を惹いてしまったようだし……
ちょっとまだ私は、エミール様を判断する材料が、全然ないな。
私が思うに研究者肌の方って、私が前世で見たアニメ感だけで言うと、妙なところにこだわりがあるんだよね。
で、エミール様の場合はそれがたまたまモーゼの杖や私っていうことなんだと思うけれどさ……
まあ、正直エミール様は、超カッコ美しすぎるので、そばにいてくださったら心強いだけでなく目も癒され、私的にとても嬉しいんだけど、私のこのしょうもない欲で、この世界の貴重な人材を台無しにしていいとは、私は全く思わない。なので私が何をすれば私に落胆し、私を諦め王様の側近のような、ご自身の身の丈に合った未来を描いて下さるようになるのか、私もエミール様をじっくり観察することとしよう。
「エミール様、お話は分かりました。ですがエミール様は王立学院に編入までして来れるほどの才能溢れる若者、もっと柔軟性をもってご自身の未来を見つめられたほうがいいですよ」
私がそう言うと、エミール様は少し困ったように、微笑まれた。
「ソフィー様はお優しいですね。ご心配には及びません。私はこう見えて……と申しますか、研究肌の人間あるあると申しますか、自分の興味を引くものにしか興味を持てませんので、興味を持たなくなったものにいつまでも執着するタイプではございません。私たちみたいな人間は、けっこう我儘なのです。ですから、ソフィー様の心配には及びませんよ」
いや、優しいではなく単に、責任が持てないっていうほうが正解なんだけどな。
エミール様は、成人後も私がこの世界で活躍、とか思ってらっしゃるみたいだけど、それ、ホントのところどうか分かんないし、そんな未来がまだ不安定な私の側近とかよりも、王様の側近とかのほうが、絶対いいと思うんだよね。
でもまあ、興味を失えば執着しないとハッキリ仰るエミール様なので、次第に私への興味は薄れていくかも知れないな。うん。そう思っておくことにしよう。
「エミール様、承知致しました。あと、これはお願いなんですけれど、王立学院内での片膝着いた最敬礼はご遠慮頂きたいのです。その、他にそんなことされてる方がいらっしゃらないので、浮いてしまうというか……」
私はちょっと偉そうな物言いになっていないかとか思うと、さらに恥ずかしくなってきて、思わず俯いてしまう。
「ソフィー様、承知いたしました。人目があるところでは、最上級の敬意を表すことは、やめますね」
「いや、人目のあるところというか……」
「ところでソフィー様」
「はい」
「どちらへ行かれるんでしょう?」
「……へ?」
私は横を見ると、エミール様がいらっしゃらない。
へ? エミール様、どこ?!
私はめちゃきょろきょろすると、エミール様が「ソフィー様、こちらです」と呼んで下さった。
振り返ると、エミール様が、教室の扉の前で笑顔で佇んでいらっしゃる。
……えっと、これは、またやらかしてしまったっていうことでしょうか……?
教室の前に辿り着いているにも関わらず、私は俯いて歩いていたので、教室の入り口を完全スルー、通り過ぎてしまっていたようだ。
うう、めちゃ恥ずかしいから、穴があったら入りたいよう。
私はさらに俯いて、めちゃ顔真っ赤にして、とぼとぼと歩きながらエミール様のほうへ戻って行った。
エミール様も、またクックックって笑いながら、私のほうへ歩み寄って下さる。そして、
「私も、ソフィー様との会話があまりに楽しく、教室までの道のりがあまりに短いと思い、本当はもっと一緒に歩いてお話をしたいと、思っていたところでした」
って仰りながら、エミール様はやっぱ、めちゃ笑い堪えてるよ?
私はもうとりあえず、
「ここまで送って下さって、ありがとうございました」
と、顔真っ赤にしながら俯き加減でぼそっと言って、教室に入ろうとする。
するとエミール様は、私を少し呼び止められるように、仰った。
「入学式が終わり次第、こちらの教室に戻ってきます。また、お話して下さいね」
私は振り返り、エミール様のほうを見る。すると、その笑顔はやっぱり雪の精霊みたいな、夢の世界にいるような美しさを醸し出していらっしゃった。そして、美しカッコよくその場を去って行かれる。
私はエミール様の後ろ姿に見惚れつつ、ぼんやり考えごとをした。
……特に、慌てていらっしゃる様子はないか。
入学式、大丈夫かな、間に合うかな?
あとで訊いてみようと思いつつ、そして、エミール様は後ろ姿もステキ過ぎるなと思いつつ、私は教室の中に入った。




