雪の精霊に新教室まで送って頂くことに
……な、なんですって? 何と言うキラーワード! エミール様の美しすぎる顔を見ながら聞いてたら、思わず失神するところだった!
でも、私は知っている。この”お可愛らしい”は本音ではなく、ただ私をからかっていらっしゃるということを。その証拠に、未だに小さく笑っていらっしゃる。
だってこれ、どう考えても私、ただの天然じゃん。
ふぅ、気をつけよう……騙されたりしないんだから……そして、心落ち着けよう……
私は平常心を取り戻そうと最大限に努力し、雰囲気少しでも取り繕いつつ、言った。
「いえ、あの、とにかく……歩く速度を合わせて下さって、ありがとうございます……」
って、心を落ち着けようとするも全くの無駄骨で、私がさらに天然を爆発させると、エミール様さらに笑いを堪えられないと言った様子で、仰った。
「いえ、まあ、歩く速度が速くなったり、遅くなったり、ソフィー様の心の動揺が見られるなあと思いつつ、小さい頃遊んだ”だるまさんが転んだ”のような遊び感覚で歩行速度を合わせるのも、ゲームのようで楽しく、また動揺されてる様子を間近で拝見するのも興味深く……いえ、口が滑り……いえ、まあとにかく、こんなに笑ったのは久しぶりですよ」
と、いと愉快といった感じで笑いを必死で堪えながら仰るエミール様、ふとお顔を見てみると、青い瞳が少し涙目でさらにキラキラしている。めちゃ美しい笑顔のエミール様がいた。
……あの、涙で目で瞳をうるうるキラキラさせるの、やめてもらえませんかね? イケメン度がさらにアップして、ほとんど反則と思います。
まあ……エミール様を笑かして、涙目にさせてるのは、私なんだけど……
それにしてもこの世界には、”だるまさんが転んだ”みたいな子供遊びがあるんだな。
私がそんな感想を抱いていると、エミール様はまたクックックとお笑いになりつつ仰った。
「先ほどの、『これにて失礼致します』のあと、おひとりだけ別の時空に飛ばされたかのように時が止まっていらっしゃったのも、実に興味深い光景でした。今日は一日思い出し、楽しく過ごせそうです」
うう、エミール様は、私が、”失礼します”の後、去らずにその場所で硬直する謎の時空芸と、早くなったり遅くなったりする謎の歩行芸を、いたくお気に召したようだ。
恥ずかしすぎるったらないな、とほほ……
「エミール様は、ホントにいつも、そんなにお笑いにならないのですか? すごく、いつも朗らかに笑っていらっしゃるように見えます」
ルーン文字の授業の物語、雪の精霊『ヴィルジール』は、悲恋のお話というのもあり、ほとんど笑ったりしないんだけど、でもエミール様は今すごく笑っていらっしゃるから、お話と現実はやっぱり違うなあと、ぼんやり思ったんだよね。
まあもちろん、今私の心を一番に占めているものは、何を差し置いても”恥ずかしい”、という気持ちが一番なんだけど。
「……朗らか、ですか。実は私、人から”朗らか”などと言われたことがなくて、正直今驚いています。私が朗らかになれるなんて、今まで思っても見ませんでした。新しい私を見つけて下さり、ソフィー様、ありがとうございます」
と笑顔で仰るエミール様。
まあ、笑顔はめちゃ朗らかだし、爽やかだよ。性格はちょっと、意地悪かなとは思うけど。
でも、普段はそんなにお笑いにならないとなると、普段のエミール様は、どんななのだろうか……
私がそんなことを考えていると、エミール様は私の心がお分かりになるのか、ゆっくり説明された。
「私は小さな頃から何かにつけて探求好きの子供で、また好きな調べものなどには没頭するタイプ、人付き合いも上手なほうではなく、どちらかというと朗らかとは真逆の人間なのです」
そうだったのか。でも、私へのからかい上手の対応見ると、人付き合いが下手そうには見えないんだけどな? 私の天然が、そうさせているのだろうか?
「ですので、この新たな私の一面である”朗らか”を大切にすべく、今日のソフィー様のご様子は決して忘れず、時々思い出したいと思います」
と、エミール様はとんでもないことを仰った。
そして相変わらず、クックックって笑っていらっしゃる。
どこが人付き合い下手なんだろう? それとも、人をからかい過ぎて、警戒されるタイプなんだろうか?
とりあえず私は、今日の黒歴史極まりない謎の芸を連発しまくりの私の記憶は消去して頂かないと困るなと思い、
「その、できれば忘れて頂きたいのですけれど」
と、ちょっとキッパリめに言ってみた。
でも、エミール様はやっぱり先ほどからずっとクックックってお笑いになってるし、私の願いは、聞いて下さらないんだろうなあ……って思ってたら、エミール様が、
「忘れることは、できませんよ。何故なら私、ソフィー様がいらっしゃるから、この王立学院に編入して来たのですから」
と、衝撃の発言をなさった。
ど、どういうことですか!?
と、私はめちゃ驚愕の表情で、エミール様を見た。
すると、エミール様はゆるやかにニッコリと笑い、そしてゆっくりと説明して下さった。
どうやら他領地でも、そして、エミール様出身のセプテントでも、モーゼの杖所持者のことは、話題になっているらしい。
まあ、それはそうよね。
今まで他領地は、自領の祠に魔力奉納できず、魔力枯渇で喘いでいたところ、神体山が解放されて、自領の祠に魔力奉納もできるようになり、魔力枯渇から少しずつ状況がマシになってきているのだから、話題にのぼるのは、まあそうかなと思う。
「それで、そのモーゼの杖所持者のことを、魔法学院の授業そっちのけで調べていましたところ……」
「え、ちょっと待って下さい。授業そっちのけで、私のこと調べて、王立学院に編入できるんですか? 確か、在学する魔法学院内でトップ3に入らなければならないと、私、聞いたことがありますけれど」
「まあそれは、学生が勉強する範囲の学業は、既に頭に入っておりますし、武術もそこそこできますので。正直入学前は、魔法学院に通わなければならないことに対し、とても気が重かったのです。ただ、王都以外の領地の未成年は、魔法学院を卒業しなければ一人前の成人貴族と見なされませんので、もちろん通いますけれど、学ぶべきものが何もない場所に行く時間と労力は、なんと非効率で無駄が多いのだろうと、嘆いておりました。ですが、モーゼの杖所持者であるソフィー様のことを調べれば調べるほど、私が学ぶべき場所は王立学院だと確信し、編入して参りました」
と、少し笑みを浮かべながら、それが極々当たり前ののことかのように、仰った。
……ああ、エミール様はいわゆる天才肌で、おまけに探求心旺盛で研究肌のお方だ。そしてそんな方なら、今まで、はるか昔にしか現れなかったモーゼの杖が、自分が生を受けている時代に現れ、神体山を解放し、金色の祝福で神体山を癒したとかなんとか聞けば、モーゼの杖を見てみたくなるし、調べたくもなるだろうし、そしてその所持者である私のことも、知りたくなるかも知れない。
なるほど、今のお話で、割と疑問は解消できたと思う。
私のことを調べてたら、黒髪で黒い瞳の女子、おまけに制服のリボンが赤だったら、私だとすぐ分かるよね。
そんなにご所望なら、ちょっとモーゼの杖を見せてあげてもいいかな、今日教室まで送って下さったお礼に……って一瞬頭に過ったけど、よく考えたら秘匿事項とかあるかも知れないんで、やっぱり止めとこっと。別に皆さん、私がモーゼの杖を使っていても、『ああ、モーゼの杖だ』くらいに思われる程度だけれど、エミール様レベルになると、研究でもし始めそうな熱量をお持ちなので、迂闊なことはしないほうがいいよね。
でも、分からないことは、まだある。
なんで、跪いて最敬礼する必要があるんだろう?
あれかな、私を王族同等って思ってるからかな?
でも正直、去年度の終わりに、エイデン先生が熱烈に歌まで歌って、めちゃ恥ずかし過ぎるアピールしてたけど、最敬礼するまで私を崇拝し始める人は誰一人としていないし……っていうか、ほとんどの生徒が今までと変わらない……っていうか、怪しい宗教と勘違いして距離を置きはじめた人もいるかも知れないレベルなので、やっぱり最敬礼はやり過ぎと思う。
ちょっと、王立学院の状況を、お知らせしておいたほうがいいな。
「エミール様が私のことを知っている理由は分かりました。エミール様のご期待に添えるか分かりませんが、今後もモーゼの杖所持者として、頑張っていきたいです。ですが、最初にお会いしたときの、その、片膝ついてまで敬礼なさるのは、かなり大袈裟なことのように思います。私たちは同じ王立学院で学ぶ生徒ですし、実際、そんなことをする生徒は他にいませんので、普通に接して頂きたいなあと思います」
だんだんと緊張や恥ずかしさが溶けて来た私は、案外普通に言えたなって思って、安心して胸を撫で下ろした。
でもエミール様は、私の予想をはるかに上回る驚愕の発言を、さらに被せてこられた。
「いえ、私は将来ソフィー様にお仕えすべく王立学院に参りましたので、あの挨拶で、よろしいのです」




