雪の精霊が王立学院に……?
「ひょっとして、ソフィー様、ですか?」
聞いたことのない声、そして、優しくかつ品のある男性の声だ。
誰だろう?
私は、その声のするほうへ体を向けると……驚いた。
そこにいるのは去年、ルーン文字を習う題材として読んだ『ヴィルジール』に出てくる雪の精霊……(っていうか、『ヴィルジール』という名前がそもそも雪の精霊の名前で、物語のタイトルにもなってるんだけど)、その『ヴィルジール』のイメージそのもの、一瞬夢かなと思うくらい美しい男子生徒が、そこに立っていた。
輝く銀髪に青い瞳は涼しげで、儚げで、真夏の暑い盛りなのに、空調が整えられている講堂とはいえ、さらに空気がひんやりする感じがする。
で、制服を来ているから、間違いなくこの王立学院の生徒だ。おまけに赤いネクタイということは二年生……え、こんな美しすぎる男子生徒、いたっけ??
闇クラスにいなかったから光クラスにいたのかな?
でも、これほどの美しい男子がいたら、私の脳内にあるイケメンレーダーが反応しないはずがない……いったいこれは、どういうこと??
私は驚いて、その雪の精霊風男子を見るんだけど、その男子は、私に優しく微笑みかけている。
えっと、それに、どうしてこの方は私のこと知ってて、私を呼び止めたんだろう? で、このように私を見て、微笑んで下さってるんだろう……?
すると、ちょっと首を傾げて、さらに微笑まれた。
「ソフィー様、でお間違いないと存じます。少しお困りのようにお見受け致しましたが、どうされましたか?」
いや、確かに困ってたんだよ、新しい教室の場所が分かんないから。
でも今はそれ以上に、今この現状を理解できなくて、そっちのほうがめちゃ困ってる。
私は、頭に”?”をいっぱい浮かべて、でも何から話していいのか分からなくて、とにかく目をぱちぱちさせることしかできなかった。
すると、その雪の精霊風男子は、「ああ、自己紹介がまだでしたね」と小さく呟いて、左膝を地面につき、右手を自身の胸にあて、私に最上級の敬意を表して、挨拶を始められた。
「私は エミール・フォンベイリー、王立学院二年に、領地セプテントから編入して参りました。ソフィー様とは同じクラスと思われます。どうぞよろしくお願い致します」
そう仰って頭を下げられる雪の精霊……いや、エミール様、編入生か、どうりで見たことないと思った……
って、どうして私にそのような、仰々しい敬礼をなさるのですか??
今すぐ立ち上がって下さらないと困りますけど??
あまりの状況に、思わず一瞬時が止まってしまった。
ホントはその俯き加減の、フサフサまつげから覗く輝く青い瞳と、スッと整ったお鼻が美し過ぎて、実はもうちょっと見ていたいという小さな欲望はあるんだけど、それよりもやっぱり、立ち上がって下さらないと、他の新入生の目もあるし、本当に困るんですけど!?
私はもう慌てふためいて、とりあえず同じ目線になろうと思い、少し屈み、エミール様の左腕を少し触って、上に少し持ち上げようとして、立ち上がって下さいって合図してみた。
そのとき、エミール様と目が合う。
ちょっと! 伏し目がちも美しかったけど、近距離真正面は、殺人的に美しカッコ良すぎますけど!?
私はもう心の動揺が抑えられなくて、思わずエミール様の腕から手を離して立ち上がり、ちょっとのけぞってしまった。
でも、エミール様は立ち上がろうとはまだして下さらないので、私はとりあえず、小声で呟いた。
「その、とりあえず、立ち上がって、下さいますでしょうか……」
私は途切れ途切れに、やっとの思いでそれだけ言うと、エミール様はゆっくりと立ち上がり、また優しく微笑んで下さった。
身長は、ルーク兄様くらいはあると思う、スラっとした長身だ。そして、この世界で銀髪の人は初めて見た。白髪の人やグレーの髪色の人と違って、また輝きが違うと思う。
太陽の下で見たら、眩しいんだろうなあ……
って、いけない、いけない、見惚れている場合ではなかった。
えっと、この先どうししょう?
そうだ、私は新しい教室へ行かなければならなかったんだ。そう言えばエミール様は私と同じ教室だという……まあ、それもそうか、編入生ってことは成績がめちゃいいに違いなく、その成績優秀者が魔力の低いクラスに行くとは、考えられないもんね。
ちょっと、お尋ねしてみよう。
「あの、エミール様は、新しい教室に、行かなくてもいいんですか?」
「私は編入生ですから、入学式に出なければなりませんので」
ああ、そうか。この王立学院では編入生も入学式に出ないとダメなのか。
まあ、去年も確かジョルジュ先生が色々仰ってたし、先生方の軽い自己紹介もあるんで、確かに編入生も参加されたほうがいいかもなって思った。
エミール様とは同じクラスだし……正直今聞きたいことは山ほどあるけど、お互い急いでいるし、あとでもしお話できるなら、色々とお伺いしてみたいな。
他領地から来たエミール様が、私を知っている理由とか、謎の最敬礼の理由とか……
とりあえずそんな勝手な希望を抱きながら、私は早くその場を去ろうと思い、
「そうですか。私は二年生の教室に向かわなければなりませんので、これにて失礼致します……」
って言って、美しく立ち去ろうと踵を返した。
……美しく踵を返したつもりだったんだけど……そうだ、私、場所知らないんだった……
めちゃうっかりしてた! ど、どうしよう??
私が、”失礼致します”のセリフの後に、去らないでその場所で硬直するという謎の芸を披露していると、エミール様は片手をグーの形で口元を抑えながらクックックとお笑いになりつつ、
「ソフィー様、『少しお困りのようにお見受け致しましたが、どうされましたか?』」
と、先ほど私に質問された文句を、そっくりそのまま引用された。
……どうやらエミール様はには、私が迷子でここにいることは、とっくの昔にバレているようだった。
うう、恥ずかしいよう、ここは、何て言えばいいんだろう?
私が顔を真っ赤にしながら俯いていると、エミール様が優しく仰った。
「私が教室までご案内致しましょう」
私は驚いてエミール様を見る。
「いえ、それはできません、エミール様は入学式に参加しなければならないでしょう?」
「まだ、準備中のようですよ? 今すぐ始まる気配はございません」
「ですが……」
「ここで押し問答している時間のほうがもったいないと、私は判断致します。さ、参りましょう」
とエミール様は、私の背中を優しく押されつつ、でも有無を言わさない形で、私を新しい教室まで送り届けて下さることになった。
もう、ホントに恥ずかしいったらないわ。ホントは色々お伺いしたいこといっぱいなのに、恥ずかし過ぎて、顔も上げられないじゃん。
当然、エミール様のカッコ美しすぎるお姿を確認することもできないしさ。
私は二年生の新教室へ行くまでの道のりを、エミール様の隣で、顔真っ赤で俯きながら、歩いていた。
エミール様は入学式に参加しないといけないので急いでいらっしゃると思うから、ホントはちゃきちゃき歩きたいんだけど、どうしても気持ちが落ちちゃって、気を抜いたらとぼとぼ歩きになっちゃうのよね。
で、私はエミール様の隣で、歩行速度が速くなったり遅くなったりの謎の歩行芸を披露してしまい、さらに余計に気落ちして、でも歩くのやめられないから、仕方なく歩みを進める。
だいたいさ、どこの世界に在校生が新入生に教室の案内してもらうんだろ? 普通、逆でしょ? 異世界もビックリなんじゃない? もうホント、情けないったらありゃしない。
隣にいるエミール様はと言うと、私のその謎の歩行芸にも足取り合わせて下さるし、めちゃ紳士極まりない。さらに情けなくなってきちゃった。
……とほほ。
私がそんなことを考えていると、隣にいるエミール様が、またクックックとお笑いになりながら、私に語り掛けられた。
「ソフィー様はとても、お可愛らしい方なんですね」




