王立学院二年生スタート
八月になり、王立学院が新学期を迎える季節になった。
ルシフェルと私は二年生、そしてルーク兄様は最終学年の三年生である。
ルーク兄様、最終学年か……実に素晴らしいな。なんかもう、そう聞くだけで、大人びていらっしゃるように感じる。
ルーク兄様とルシフェルの久しぶりの制服姿、私は後ろから眺めながら歩いている。
ルシフェル、身長伸びたなあと感じていたけれど、二人並ぶとやっぱりルーク兄様のほうが高くて、それが余計に大人に思える。
ひょっとしたらもう、養父様の身長にも相当迫る勢いなんじゃないかな?
成人されるのを心待ちにしてようと思う。
そして久しぶりの二人の制服姿、やっぱり本当にステキだ。
ひとつだけ残念なのは、ルーク兄様は卒業されたらこの制服姿を見られなくなってしまうということだ。
本当に、残念極まりないな。
今のうちに、私の”心のサプリアルバム”にたくさん永久保存をしておかなければならないとと思った。
でも、ルシフェルが私と同学年というのは、本当に素晴らしいよね。だって、三年分保存できるもん。
このように、制服姿も相変わらずステキ過ぎる義兄義弟のカッコ良すぎる雄姿を脳内に永久保存するのは、義姉義妹の使命、そして誇り高いボールドウィン侯爵家の養女である私の重要任務なので、光の一族らしくこの誉れ高い任務を遂行しようと、私は決意を新たにした。
決意を新たにした……
したんだけど……
でも、イルスガウディム山でのルシフェルのことが、なんかやっぱり頭に過って、このままでいいのかなって思う自分もいる。
最近ふとしたときに、ときどき考えちゃうんだよね。どうしたらいいんだろうって……
私がルーク兄様かルシフェルのどちらかに恋してるのなら、ハッキリ告げたほうがいいんだと思う。だけど、なんていうか、前世でそういう経験が全くなかったもんだから、正直よく分かんないんだよね……
今の私の正直な気持ちは、ルーク兄様もルシフェルも、どちらもホントに大好きで、どちらもホントカッコ良くてお目々ハートで、いつも私を守ってくれるから、二人にはもう感謝しかなくて、だからどちらに対してもその感謝を、仇で返したくなくて……
私が自然とどちらかを好きになるまで、待ってていいのかな。
それとも貴族あるあるで、親が結婚相手を決めるのがどうやら普通らしいから、それまでじっとしててもいいのかな……
うん、そうだな、私の心も定まらないのに、考えても仕方がない。いやむしろ、貴族あるあるの親が勝手に結婚相手を決めるパターンなら、むしろ気持ちを定めないほうがいいかも知れない。
恐らく、結婚云々の話が出てくるのは成人して社交界云々という話になってからだと思うから、それまではまあ、特に私が特定の人を好きだという思いに至るまでは、このままの状態なのは致し方ないんじゃないかな……
逃げてるような気もするんだけど、でも私がそういう気持ちにならないんじゃあ、行動しようもないとも思うんだよね……
私がそんな風に色々思いを馳せていると、私の前を歩いているルーク兄様とルシフェルが、何故か後ろにいる私に気づき、
「あ、ソフィー、おはよう」
「ちーっす! 偶然じゃん?」
って、声をかけてくれた。
で、相変わらずルシフェルは、おでこのところで右手をチャって感じで挨拶している。そして相変わらずめちゃカッコいい。もちろんルーク兄様の爽やかな笑顔もステキ過ぎる。
とか内心思いつつ、私は二人のもとに駆け寄りながら、
「おはようございます」
と、笑顔で挨拶した。
私たちは今、王立学院の講堂に向かっている。王立学院毎週日曜日恒例の礼拝を受けるためだ。
ルーク兄様たちは男子寮から、私は女子寮から出てくるんで、スタート地点は違うのだけど、講堂に行くまでの道のりで、途中で廊下が合流するので、そのときに偶然二人を見かけたのだ。
すぐに二人に声をかけても良かったんだけど、二人一緒の後ろ姿もあんまり見ないなあ、しかも制服姿だし、”心のサプリアルバム”に新規永久保存をしないとなって思ったんで、あえて声をかけることはしなかった。
でも、私が後ろにいるって分かるのはスゴイな。
二人のもとに辿り着き、尋ねてみた。
「どうして私が後ろにいるの、分かったんですか?」
「ああ、それはね、まあ……周りの生徒たちの空気が変わるんだよ」
「そう、ソフィーが近くに来るまでは、兄上のファンたちの黄色い声と熱視線しかなかったんだけど、ソフィーが来ると、まあ、な」
って、ルシフェルは言葉を濁してしまった。
ルシフェルの言いたいことは、なんとなく分かった。
去年上級悪魔イジメ事件の中心にいた人物で、おまけに平民出身だけど王族同等とか先生に言わしめ、色んな感想を持つ生徒がいるんだと思う。
私に対して良い印象を持たない生徒、私を怖がる生徒、なんとも思わない生徒、逆にモーゼの杖で一応は世界がマシな方向に進んでいるので内心は良い印象を持っている生徒、様々な生徒がいるんだろう。
ルーク兄様に対しての黄色い声と熱視線しかなかったのに、だんだんとその層が変わって来たら、いつでも敵の襲来に対して心の準備をして、空気を敏感に読み取ろうとしている二人なら、まあ、簡単に分かってしまうのかも知れない。
「変なことを訊いてごめんなさい。でも、ルーク兄様は本当モテモテですね」
私は話題を変えた方がいいと思ったので、早速ルーク兄様のモテモテ話を切り出し、笑顔でそう言った。
今、講堂で始まる礼拝に参加すべく多くの生徒たちがこの廊下を歩いているけれど、特に女子生徒たちは、こちらをチラチラ見ている。お目々ハートにしている女子もいれば、私にちょっと「近寄んないでよ」的な視線を投げつけてくる女子もいるかな? ここは私はとっとと退散したほうがいいかも知れない。
私でも分かるこの空気、戦い慣れた二人なら余計に敏感に察知しているに違いないので、私は、「先に参りますね」と言って、二人から離れようとした。
するとルーク兄様が、おもむろに私の右手を取り、ご自身の左腕に絡ませるように置かれた。
「私が講堂まで、エスコートするから」
……へ? そんなことしたら私、女子生徒の視線による針の筵ですよ!?
私がめちゃ硬直して、なんて言い返していいか分からないでいると、ルシフェルがすかさず、今度は私の左手を取って、自分の右腕に絡ませて、言った。
「まあ、俺たちいちおー光の一族、モーゼの杖所持者で王族同等とかゆーソフィーのことは守らないとダメだからな」
と言って、ルシフェルはニカって笑った。
どうやらルシフェルも、私のエスコートをするらしい。
私はまた驚いて、今度はルーク兄様のほうを見ると、少し困ったような顔をされながら、
「まあ、確かにそのほうが、ソフィーへの風当りは……少ないか」
ルーク兄様はそう言って、軽くひと息ついたあと、
「じゃあ、行こうか」
と私にステキな笑みを下さって、私はイケメン二人に挟まれて、エスコートされながら、講堂までの道のりを歩くことになった。
わあ、この状況は、去年蛍を見に行ったとき、山頂に登るときにめちゃ怖いと思ったから、二人の間に挟まれて、ぶるぶる震えながら山道歩いたときとよく似ている。ちょっと思い出してしまった……まあ、あのときは私がそんな状態だから、当然エスコートっていう感じではなく、ただひたすら私が二人を”むんず”と捕まっていただけだったんだけど。
ちなみに帰りは、蛍もいなくなり、気を使う必要もなくなったので、クラウス先生が『ライト』で辺りを明るくして下さり、普通に帰ることができて、よかったんだけどさ。
でも今回は、ちゃんとしたエスコートだよ? めちゃスゴイ?
まあ、もちろんスゴイんだけど、でもちょっと、様々な方々からの視線が、今大変なことになってませんか?
「ルーク様にエスコートされるなんて」っていう陰口を始め、
「光の一族だからモーゼの杖所持者を守っているのだろうか」という疑問の声や、あとは、
「ボールドウィン侯爵家は結束力高いな、さすが光の一族」などという、中には家族の絆として捉えてる人もいるな。
でも、ルシフェルが機転を利かせてくれてくれてホント良かった。これ、ルーク兄様だけのエスコートだったら、陰口オンリーだったかも知れない。
だって、どう考えてもルーク兄様より、同学年で同じクラスのルシフェルのほうが、光の一族の使命であるモーゼの杖所持者を守るという使命、果たしやすいはずなのにって、皆んな思うよね。実際それが理由で、クラス編成も見直されたわけだし。(まあ、皆んなはクラス編成が見直された真の理由については、知らないんだけど)
でも、それでなくてもルーク兄様のファンの女子たちの視線が、めちゃ厳しいのにさ、ルーク兄様だけのエスコートだったら、大変なことになっていたと思う。
まあ、ひょっとしたらルーク兄様は、逆にあの女子たちの態度にムッとされて、対抗したかっただけかも知れないけれど。
そして、しばらく歩いてからルーク兄様は、ゆっくりと口を開いて、少し低い声で、仰った。
「ソフィー、今後はできれば私のことを、『モテモテ』だとか、言わないで欲しい」
私はルーク兄様を見た。少し、厳しい表情をされている。
「正直、そのようなことに興味はない。私は……ひとりの女性に想われれば、それでいい」
ルーク兄様は、じっと前を見据えて、そう仰った。
……ああ、ちょっと怒ってらっしゃるな……私が話題を変えようと思って言ったことが、変に茶化す風になっちゃって……エスコートも、陰口に対抗したかったわけじゃなかったんだね……凄く、申し訳ないことをしちゃったな……
「ルーク兄様、申し訳ありません」
私が俯き加減でそう言うと、ルーク兄様は私の右手を、ご自身の右手でぽんぽんとされた。
「謝らなくていいよ、分かってくれれば、それでいいから。どんな状況下であったとしても、ソフィーを守るのは、私だ。それを覚えておいて欲しい」
私はルーク兄様を見ると、優しく微笑まれて、そして、私の右手を、ぎゅっと握られた。
あまりにお優しい笑顔が眩しくて、思わず顔を赤くして俯いてしまう。
私はあんまり恥ずかしいんで、小声で「はい」というのが精一杯だった。
でもその時、ルシフェルの右腕が、ピクって微かに動いた気がした。
そうだ、ルシフェル……今のルーク兄様の発言、どんな思いで聞いてたんだろう……
私が不安に思ってルシフェルを見ると、ルシフェルと目が合って、
「まあ俺も、ソフィーのこと守るわ。いちおー光の一族だしな!」
と元気いっぱい言って、ニカって笑った。
でも、なんかその笑顔が私には、いつもと違って見えて、やっぱり俯いてしまう。
私は小声でただひと言、「はい」というのが精一杯だった。




