ルシフェルの気持ち
でも、張りつめた空気のままなのもやっぱり気まずいな……
「ルシフェル、ちょっと貸してください」
私はそう言いながら、ルシフェルが持ってるハスノハグサを手に取った。
「去年、私がヒノキの下敷きになって命拾いしたとき、私のことを励まそうとして、ハスノハグサの葉を渡してくれたんでしたよね。美容効果もあるし、おまけにかくれんぼもできるって」
私はクスって笑いながら言うんだけど、ルシフェルはやっぱりこっちを見てくれない。
なので私はハスノハグサで顔を隠し、ルシフェルに呼びかけた。
「ねえ、ルシフェル」
ハスノハグサで顔を隠してるからルシフェルの顔は見えないけど、カサっと音が聞こえたので、こっちを向いてくれているのかも知れない。
私は、顔を隠していた葉を少しだけよけて、ルシフェルの顔を見た。
ルシフェルはこっちを見てくれている。ルシフェルと目が合った。
「去年より、美人になってますか?」
私は尋ねるように言ってから、ちょっと笑って見せたんだけど、ルシフェルはまた顔を赤くして、目を逸らしてしまった。
いつものルシフェルなら、『美容効果より、毒舌効果のほうが強いんじゃね?』とか言って、憎まれ口を叩くはずなのに……
やっぱりルシフェルの様子がおかしいなとは感じつつも、でも、私はめげずに話しかけてみる。
「ああ、やっぱりご期待には沿えなかったようですね……では、この葉でかくれんぼも、やはりできないのでしょうか……」
そう言って私は、再び自分の顔を、ハスノハグサで隠した。
「私がどこにいるか、わかりますか?」
……数秒の沈黙が流れる……
聞こえるのは風にそよぐ木の葉の音だけだ。
ルシフェルは、うんともすんとも言ってくれない。
私はどうしたものかなあと思い、ハスノハグサを顔から離そうとすると、ガサっとルシフェルが立ち上がる音がした。
え、何……?
私がドキッとして、再びハスノハグサで顔を隠すと、ルシフェルが言った。
「ああ、本当どこにいるか、わかんないな……」
そして、ゆっくりと葉を踏みしめる音が聞こえる。
なんかルシフェル、歩き始めたみたいだ。
私が、そっとハスノハグサから顔を離して、音のする方を見ると、ルシフェル、めっちゃ私のことを見ている!
へ? いやいや、『どこにいるか、わかんないな』ってめっちゃわかってますよね?
今、私のこと、めっちゃガン見してますよね!?
おまけにそのガン見、ああいう表情しているルシフェル、初めて見た。
ちょっと怖い顔というか、クールではあるんだけど、瞳の奥には熱いものを秘めてるような……
真横に座っていたルシフェル、立ち上がり、ゆっくりと歩き始め、私の前まで来たかと思うと、もうすぐ座っていたところとは真逆の横側に辿り着きそうだ。
今ハスノハグサで顔を隠してるから、音を聞いてそう判断しているんだけど、これは、私を中心に一周回るつもりなのかな。
それにしても、ルシフェルのあの表情一瞬しか見れなかったけど、今もあんな表情でガン見されてると思ったら、本当に胸ドキドキしてきちゃう……
そして、ルシフェルが先ほどいた反対側の真横に差し掛かったとき、私は横目でチラッとルシフェルのことを見てみた。
わっ! 今もまだあの表情で、めっちゃ私をガン見してるよ!?
私は思わず顔赤くなってしまい、ハスノハグサをさらに顔に近づけて顔を隠し、少しでもバレないようにした。
すると、ルシフェルの足音が、私の真後ろで止まった。
なんか、真後ろにルシフェルがいると思うと緊張する、何をするんだろう?
私は赤面しながら、ルシフェルの次なる行動を待っていると、突然私の真後ろに座りだし、しかもその距離は、私を後ろからハグできるレベルというか、いや、むしろ距離はない、私の後ろにほぼピッタリとくっつくように座った。
私は女座りをしていたのでルシフェルは、私が足を出しているほうは右膝を立てて、左足は伸ばすように座っている。
……こ、これはいったい、どういう……?
面白好きのルシフェルのこと、『だーれだ』ってするつもりなのかな……?
でも、それってこっちの世界にもあるのだろうか……
っていうか、体と体があまりにも、近づきすぎ……
そう思った瞬間、私は後ろからおもむろに抱きしめられていた。
私は驚きのあまり、手に持っていたハスノハグサを落としてしまった。
そして、時が止まる。
でも、時は止まってるのに、私の心臓の鼓動は早く脈打ち、凄く不思議で非現実な空間にいる心地がした。
そして、どれだけ時が止まっただろう? さっぱり見当もつかない。でも私には、とても長く感じた。
時計の針を動かしたのは、ルシフェルの言葉だった。
「……俺も去年の兄上みたいに、髪飾りを、あげようか」
そう言ってルシフェルは、おもむろに私の髪に……ルーク兄様が去年、ハスノハグサの花の髪飾りを差して下さった位置に、キスをした。
私はもう驚いて、顔真っ赤になってしまう。
ルシフェル、これはいったい、どういう……?
私の動揺なんか知る由もないルシフェルは、私の髪に唇を押し付けながら、さらに話し続けた。
「……ソフィーは、勘違いをしている。あの時俺は、励ましたかったんじゃない。
当時は分からなかった……いや、分からないフリをしていたけど、今ならちゃんとわかる……
兄上とソフィーがなんかいい感じで、見てらんなくて、茶化して誤魔化したかっただけだ……
その状況を、そして、自分の気持ちを……」
ルシフェルはそう言ったかと思うと、髪の上で唇を滑らせ、その唇は、少しずつ私の耳元へと近づいていく。
そしてついに唇が、私の耳に触れ、ルシフェルは、そっと囁いた。
「だから……兄上より強く印象に残ることを、したい……」
耳がもう、ちょっとくすぐったくて、恥ずかし過ぎて、私はもうドキドキしすぎて、思考回路が完全にオーバーヒートで、もう何も、考えられない……
すると、聞こえるか聞こえないかわからない、風にすぐ紛れてなくなってしまうほどのさらに小さな声で、ルシフェルはさらに、耳元でささやいた。
「これで、兄上の記憶を奥へ追いやって、今日の事がソフィーの中で、鮮明な記憶として残り続けるだろうか……」
そう言ってルシフェルは、再びルーク兄様が花の髪飾りを差した位置にキスをして、私を強く抱きしめた。
それはルシフェルが、君の心の中心には俺がいたい、自分を見て欲しい、って無言で訴え、そして願っているような、そんな気がした。
……でも、やっぱりそうだったのか……
私もルシフェルとおんなじ、今まで気づかないフリをしてたけど、ホントはそう、もう気づいていたと思う。
ルーク兄様の気持ちも、ルシフェルの気持ちも……
そして、ルシフェルはルーク兄様の気持ちを知っていて、自分の気持ちをずっと誤魔化してたということを今日、初めて知った。
そう言えばルーク兄様は、ルシフェルの気持ち、知ってるのかな……
そんな色んな考えや記憶が、私の頭の中でグルグルと渦巻く。
ルシフェルは、相変わらず私を強く抱きしめていた。腕の力が弱まる気配はない。
背中から伝わるルシフェルの鼓動と、髪に触れるルシフェルの浅い吐息が、私の心まで届いて、ルシフェルの緊張が、伝わって来る。
私はどうしていいのか分かんなくて、ルシフェルの腕にそっと手を置いて、きゅっと力を込めた。
それから、どれくらい時間が経ったのかな、私には凄く長く感じたけれど、ひょっとしたら、ほんの数分だったのかも知れない。ルシフェルは、さらにぎゅっと強く抱きしめ、少し元気な声で言った。
「ソフィーのこと、見つけた。ハスノハグサで顔隠してないから、どこにいるのか、すぐわかっちゃうじゃん?」
私がゆっくりルシフェルのほうを向くと、相変わらず顔がめっちゃ近いんで、超恥ずかしくはあるんだけど、でも頑張ってチラって見ると、ルシフェルは、私に優しい笑顔を向けてくれていた。
いつもの”ニカっ”て感じの笑顔じゃないんで、まだ本調子ではないのかも知れないけど、でも、ルシフェルの笑顔に、私は少しほっとした。
「見つかってしまいましたね、残念です。次は、私が鬼ですか?」
ルシフェルは私を抱きしめていた腕の力を緩める。
そして、体を離し、立ち上がると、今度は私の手を引いて、立ち上がらせてくれた。
「ああ……誰でもない俺を探して、俺を見つけて欲しい」
ルシフェルは、私の手を握ったまま、真剣な眼差しでいう。だから私は、また戸惑ってしまう。
でも、ルシフェルの気持ちに向き合う勇気がなくて、やっぱり私は、茶化してしまった。
「……ルシフェルは本当に、かくれんぼが好きなんですね」
私がそう言うと、ルシフェルは寂しそうに、笑った。




