イルスガウディム山での作業
そして、サンドイッチケースにあるサンドイッチはあっという間になくなって、めちゃお腹満腹、皆んなで楽しく談笑していると、そろそろお腹が落ち着いてきた頃合いかなってくらいのときに、クラウス先生が仰った。
「では、そろそろ今日一番の重要任務に参りましょうか」
私は先生の言葉を聞いて、すかさずサンドイッチケースをバスケットに片付け始めた。
するとルーク兄様も「手伝うよ」と仰って、片付けを一緒に手伝って下さる。
相変わらずお優しいし、笑顔が眩しすぎるなあ……
って、片付けを手伝ってもらっているだけなのに、少しじーんとしていると、ルシフェルが、
「え、今日の重要任務って、サンドイッチの試食じゃないの?」
とか、なんか寝ぼけたことを言っている。
「そんなわけないだろう?」
と、半ば飽きれ顔のルーク兄様、ルシフェルのおでこを、軽くツーンと人差し指で押される。
まあルーク兄様のお気持ちも分かるけれど、ルシフェルの気持ちも私はめちゃ分かるんだけどね。
っていうか、どちらかというと今回に限り、私はルシフェル派だと思う。
宮廷料理人、しかも料理長が作ったサンドイッチを試食する以上の使命なんて、ないよね? うん。
そしてクラウス先生は、私たちを連れて、ヒノキが乱立する山林に入って行った。
あくまでイラエ山と、エレガンドゥード山と比較しての感想だけど、それらの神体山に比べ、イルスガウディム山は、倒木しているヒノキがとても多いように思った。根っこが貪汚で腐りかけて、傾いているヒノキもある。
神体山解放時も強い魔物が出ていたので、何か関係があるのかも知れない。
……神体山に蔓延る貪汚の量が、多くなってるのかも知れないな。それは、他の神体山が解放されてしまったのが理由なのか、他に何か理由があるのか、私には全く分からないけれど。
とりあえずこの調子でいけば、神体山を解放していけばいくほど、残っている解放前の神体山の貪汚は多くなり、魔物もだんだんと強くなっていくと考えて行動したほうがいいんだろうなって思った。
モーゼの杖の一筋の光&”神の御意思”のもと私たちが神体山解放に向かうとき、私の一番の役目は神体山を解放することなので、私が神体山解放時に実際に魔物を倒したりはしたことないんだけど、他の皆んなが大変になってくるかも知れないと思うと、ちょっと心配になって来る。
今までは皆んな、めっちゃ余裕しゃくしゃくって感じで、変な雑談とかもしてたけれど、そういうのもままならなくなってくるのかも知れないなって思った。
私は少し心配になって、クラウス先生を見た。
倒木しているヒノキをぼんやりと眺め、険しい顔をしていらっしゃるクラウス先生、私の視線に気が付いて、少し困ったように微笑まれた。
「恐らく、ソフィー様と考えていることは同じだと思いますよ」
「そうですか……では今後、クラウス先生含め皆さまは、大丈夫なのでしょうか?」
「ソフィー様が心配なさることではありません。それでなくても神体山解放時、あれほどの貪汚の瘴気にさらされながら、貪汚落ちに抗い、戦っていらっしゃるソフィー様でいらっしゃいます。よって、ソフィー様はご自身の心配だけをして下さらないと、正直困ります。他の事は、私たちで対応できますので」
と、きっぱりハッキリ仰った。
そうか。まあ、そうだよね。私が心配したところで助けに行けるわけでもないし、私は余計なことを考えずに、皆んなを信頼して、自分のやるべきことをやることが、結局は皆んなのためになるよね。
私はクラウス先生の意図がよく分かったので、先生の目を見て、しっかりと頷いた。
その様子を見てクラウス先生はほっとされたのか、優しい笑みを浮かべられて、私の頭をぽんぽんとされた。
わあ、クラウス先生の頭ぽんぽん、嬉しいな……って思っていると、先生は私たちに色々と指示を出し始めた。
「私はこちらの倒木したヒノキの貪汚膿を魔力エネルギーに変換し、吸収します。ソフィー様は、向こうのほうに倒木したヒノキがあるので、そちらよろしくお願いします。ルーク様とルシフェル様は、貪汚膿の浄化作業が終わるまで待機しつつ、時々ダークコヨーテなどの魔物も出没しますので、そちらの対応もお願い致します」
おお、ルーク兄様やルシフェルが魔物の対応して下さるならめちゃ安心だなと思いつつ、私は指示通り、貪汚膿で倒木したヒノキのある場所まで向かった。
すると、ルーク兄様が私のあとをついて来て下さった。
「私がソフィーを守るから、安心して作業するといいよ」
そう仰って、優しく微笑まれるルーク兄様、めちゃイケメンの兄様に『ソフィーを守るから』って言われたら、もう、張り切るしかないですよね?
私をいっつも守って下さるルーク兄様、本当に感謝しかない……って、以前の上級悪魔から助けて頂いたときのことを思い出して、私は思わず顔が赤くなってしまった。
『私はひとりの男として、君に頼られたい……』
あ、あれはそうよ。気分も高揚してらしたから、真に受けてはいけないって決めたし、とりあえず気にしないように普段はしているけれど、でもやっぱり思い出したら、めちゃ恥ずかしいよね……
私はめっちゃ顔を赤らめつつ、でも邪念を振り払うかのように顔をブンブンとフリ、倒木したヒノキに辿り着くやいなや、とにかくめちゃ張り切って作業を開始した。
「エフージオ」
貪汚膿で侵されたヒノキの根っこにモーゼの杖をかざし、私はゆっくりと、魔力エネルギーに変換し貪汚分解、吸収していく。
ちなみにこの魔法は闇属性の最上級魔法なので、ルーク兄様やルシフェルには使えない。なので、二人は待機しつつ、魔物の出没に備えている。
あと二人は、魔物の対応をしつつ、クラウス先生や私が作業を終えたあとのヒノキに『ヒール』をかけ、ヒノキの組織細胞を治癒させる係も兼ねている。
でも、とりあえず二人は今は”待ち”なので、少し退屈にしているんじゃないかな?
まあ、ルーク兄様はお役目大事の方だから、全く心配してないけど、ルシフェルはちょっと心配だ。
でも、作業を見るのも勉強になると思うし、またクラウス先生の邪魔をすることもできないんで、ルシフェルには珍しく、クラウス先生の作業を見守っているよう……
と思ったら、木々の影からダークコヨーテが現れた!
二人がすかさず剣でやっつけてくれる。ダークコヨーテなら私も王立学院の魔法の授業で倒したことあるし、王立学院の素材収集場では、上位種のダークウルフも倒したことある。なので、神体山解放でも多くの魔物と対峙しているルーク兄様やルシフェルにとっては、雑魚この上ないことだろう。
背後を安心して任せられるのは、めちゃ安心で素晴らしいなと思った。
私の近くにいたのがルーク兄様なので、めちゃ見ちゃうのは兄様なんだけど、そう言えば、ルーク兄様が実際に敵と対峙しているのを見たのは、上級悪魔以来、二度目だ。
さすがに上級悪魔のときは、あまりに怖くてカッコよさを堪能する余裕なんてなかったけれど、今回は作業の合間に少し兄様の雄姿を堪能できるので、この上なく素晴らしいなってめちゃ思った。
”心のサプリアルバム”に永久保存決定案件だよね、うん。
ちなみに私、ここに来るまでに貪汚膿を変換吸収のため、めっちゃ魔力消費をしてきたけれど、クラウス先生はどうされたんだろう?
私が次の指示を仰ぐと同時にちょっと尋ねてみると、ご自身の魔力消費は、私が王宮に来るまでの間に、魔物を召喚したり、その魔物を倒し、様々な攻撃魔法を試したりするなどされて、魔力をちゃんと消費されてきたようだ。
さすがクラウス先生、抜かりないな。
そんなことを思いつつ、クラウス先生と私が貪汚を除去したヒノキに、ルーク兄様とルシフェルが、私たちの交代で『ヒール』に入られた。
その『ヒール』の間に、また私はクラウス先生の指示された倒木ヒノキの根っこに『エフージオ』、そしてルーク兄様とルシフェルが周りに気を配りながら『ヒール』、そして時々魔物退治っていう感じで、なかなかよいサイクルが出来上がっていた。
出来上がっていたんだけど……
何にせよ、私たちが想像していた以上に貪汚膿に侵されているヒノキが多かった。
クラウス先生はいったん私たちの作業を中断され、軽くため息をつかれ、仰った。
「思っていた以上に貪汚膿に侵されたヒノキが多すぎて……このままでは日が暮れてしまいます。よって、全部のヒノキを今日一日で浄化するのは無理と判断致しました。ですが、放っといて魔物が狂暴化したりしても困りますので、二手に分かれて浄化を行い、少しでも貪汚膿が密集しないよう、貪汚膿に侵されたヒノキの間隔が少しでも空くように、浄化を行いましょう。目安としては、直系百メートル内に貪汚膿に侵されたヒノキが一本残る程度に致しましょうか……」
ちなみに、山頂に近づけば近づくほど貪汚膿が多く、ふもとへ降りるほど貪汚膿が少なくなるので、何もしなくても直系百メートル内に貪汚膿に侵されたヒノキが一本くらいになれば、降りるのではなく横に移動するようにと言われた。
そして、移動は時計周りに移動して、横移動でも貪汚膿に侵されたヒノキが直系百メートル内に一本くらいなれば、もう一方のチームの作業を開始した場所に戻ってきたということになるので、本日の作業は終了になると説明された。
そしてクラウス先生は、私たちを代わる代わるご覧になった。
「そうですね……ルーク様は私と一緒に参りましょう。ソフィー様はルシフェル様と一緒に、一枚岩を挟んで向かい側の山林からお任せしてもいいでしょうか」
すると、ルーク兄様がクラウス先生に質問された。
「クラウス先生、ソフィーにルシフェルをつけるのはどうしてでしょうか。ルシフェルは頼りになるやつですが、しかし私のほうが年上で、武術も魔法もより出来ます。ですので私のほうがより安全だと思うのですが」
そう仰るルーク兄様、少し視線が鋭いと思う。
なんか一瞬、ピンと張りつめた空気になった気がしたんだけど、クラウス先生は、顔色をひとつも変えずに仰った。
「まあ、ルーク様のほうがより安全なのは確かかもしれませんが、ルシフェル様も神体山でのご活躍を見る限り、なかなかのもの。また、ルシフェル様とソフィー様は同学年であり、今年からは同じクラスにもなりますので、今後ソフィー様が王立学院で生活するに辺り、ディナーのときだけでなくこのような場面でも、ご一緒になる機会があったほうがよろしいのではないかと、判断致しました」
と、涼やかに仰った。
でもそれは、めちゃ涼やかなんだけど、ひと言の反論も一切許さないという、冷たさも感じられた。
ルーク兄様は頷くしかなく、小さく「分かりました」と呟いたあと、ルシフェルに向かって、
「必ず、ソフィーを守れ」
と、厳しい口調で仰った。
凄い真剣な表情なので、私も思わず息を呑んでしまったけれど、ルシフェルはというと、めちゃあっけらかんとしていて、いつものように右手人差し指と中指をおでこにところに持っていき、チャって感じで前後に振って、
「任しとけ!」
って言って、ニカって笑った。
なんかルシフェル、こんな空気の中にいても、相変わらず通常運転だな。
でも、おかげで空気が柔らかくなった気がする。
私は緊張した空気が苦手なので、ルシフェルの通常運転の明るさに、めちゃ感謝した。
「ルシフェル、よろしくお願いします」
私が笑顔でそう言うと、ルシフェルは「じゃあ、行くか」って明るく言って、私の肘を少し引っ張った。
私はふとクラウス先生とルーク兄様を見ると、『ルシフェルのやつ、しょうがないなあ』って感じで苦笑いされていた。でも、それでいいと思う。苦笑いでも、困ったなあ系の笑いでも、張りつめた空気よりはよっぽどいいな。
私はお二人に「行って参ります」と笑顔で言って、軽く会釈し、ルシフェルと一緒に反対側の山林のほうまで歩いて行った。




