ルーン文字と古の魔術
「ちなみにソフィー様は、一年生在学中、何か興味深い授業とかございましたか?」
「やっぱり魔法の授業が興味深いなと思いましたけれど……あとそれと、ルーン文字の授業で読んだ『ヴィルジール』というお話が、とても印象深く残っています」
ルーン文字とは、この世界でのはるか昔の文字で、王立学院にはその文字を解読するという授業がある。
昔の文献にはルーン文字で重要な事実が書かれていたり、また、ルーン文字で書かれた物語の中にも、さりげなく重要なことが隠されていたりもするという。また、極めて古い魔術書には、未だ読み解かれていない『古の魔術』なんかもあるそうだ。
古の魔術については、解読されているのも中には少しあるんだけど、古の魔術を使える人は、今のところいないらしい。
なんでも、王族にすら使えないとかで、めちゃスゴそうで興味あるな、物語もステキだったけど、そういう文献や魔術書もちょっと見てみたいなって、そのとき思ったのだった。
ちなみにルーン文字の授業は本来は二年生からの授業なんだけど、生徒が五人しかいなくなっちゃった学期末で、その五名の生徒たちも進級するのに必要な単位は既に取得していたので、二年生の予習という感じでジョルジュ先生が息抜き半分「物語でも読んでみましょうか」と仰って、ルーン文字の授業を行って下さった。
「ジョルジュ先生からお伺いしております。なんと、驚くほどスラスラ読まれるそうですね? 正直学生レベルではない、古文書研究レベルだと、非常に驚いていらっしゃいました」
クラウス先生はめちゃお目々輝かせて仰るんだけど、でもハッキリ言ってこれ、転生特権なんだよね。だから、自分の真なる能力というか、努力の賜物っていうわけではないので、なんかめちゃ恥ずかしくて、穴があったら入りたくなってきちゃったな。
もちろん、まだ解読できてないところで私が読めそうなものがあれば、全然読むし、それで皆んなが助かるのであれば、私もとても嬉しいけれど。
私はちょっと俯いて、顔が少し赤いのを隠し、「まあ、少し」とぼそっと呟いた。
「いえいえ、ご謙遜を。ですが、普通の読み書きだけでなくルーン文字までもとなると、大天使ウリエルのご加護の影響もあるかも知れませんね」
おお、なるほどそうか、困ったときの神だのみ、ならぬ、天使だのみだな。
ぜひこの転生特権は、ウリエルのご加護路線で突き進みたいと思う。
っていうか、私が今まで転生特権って思っていたものは、ひょっとしたら実はウリエル守護天使特権だったりするのかな?
……
まあ、今の私には確認しようもないので、読めれば何でもいいか、深く気にしないでおこう。
「さすがに、一般の読み書きだけでも驚きましたのに、ルーン文字のレベルまでもそこまで素晴らしいとは、想定の範囲をかなり大幅に超えていらっしゃいます。ですのでこの長期休みには、そうですね。ソフィー様がどれほど解読できるのか試しつつ、古の魔術にも、取り組んで参りましょうか」
へ? 古の魔術に挑戦だなんて、めちゃ甘美な響きすぎる。
「ソフィー様は闇属性が高すぎますので、既に最上級魔法も多く使えますが、恐らくもう少しすれば古の魔術も使えるのではないかと、私は期待しています。ですが、このことは念のため、私たちの間での秘密と致しましょう。今現在、古の魔術を使えるものが、この世に存在しませんので」
まあ、秘匿情報とかもあるかも知れないし、今の段階で使えるか使えないのか、それどころか、魔術書のルーン文字が読めるのか読めないのかも分かんないので、不確かなことを言いふらすのも、いけないよね。
それにしても、クラウス先生も古の魔術使えないなんて、すごい、不思議な感じがする……
「クラウス先生ほどの方でも、古の魔術は使えないのですか?」
「はい、私は光と闇、そして無属性の最上級魔法までは修得しておりますが、古の魔術に関しましては、仮にルーン文字が読めるものであっても、そもそも適性がなく、使えません」
「クラウス先生でも使えないのに、私に、使えるのでしょうか?」
「ソフィー様はとにかく、闇属性が通常の貴族では考えられないレベルの適性がおありです。また、光属性も、大天使ウリエルのご加護で使えるようになるやも知れません。何よりソフィー様の魔力量は、あの神体山をたったおひとりで解放してしまえるほどの魔力をお持ちですので、ソフィー様には古の魔術、使えるのではないかと思いました。ちなみに無属性魔法に古の魔術はございません。非常に楽しみでございますね」
と、クラウス先生は笑顔で仰った。
いや、その笑顔はめちゃ眩しいんだけどさ、でも仰ってることがホント、現実的に可能なのかどうか、やっぱり心配になっちゃうな。
「あの、どこまで出来るか分かりませんが、出来る範囲で一所懸命頑張りたいです……あと、少し質問なんですが、ルーン文字は本来ならば二年生の科目と伺いましたが、ジョルジュ先生は時々そのように、学年を先取りした授業とかされるんですか?」
「さすがに授業の範囲が終わってないのにそれを逸脱してということはありませんが、勤務経験も長い先生です。スケジュールに余裕があり、様々な観点から学ばせたほうがいいなと感じられたなら、授業に取り入れられる先生ですよ」
そう言えば、七大天使とか七大悪魔とかの話でも、クラウス先生から習ってないこと……っていうか、マメ知識っぽいことも、色々授業に取り入れて下さっていたような気がする。
勤続年数も長い先生だし、経験がものをいう的な授業もされる、模範的な先生なんだろうな。
良い先生に学べる機会に恵まれたこと、私もとても嬉しく思った。
「あとさらに質問なんですけど、クラウス先生は光と闇、どちらも最上級魔法まで修得なさっていると仰いましたが、クラウス先生の魔力の属性的に、光と闇、半々タイプなんでしょうか」
「はい、そうですよ。ほぼきっちり半々で、どちらの属性の魔法も、難なく使うことができます」
「素朴な疑問なんですが、私が黒髪で黒い瞳で闇属性が強いように、クラウス先生の髪色も瞳の色も黒に近い紺色で、夜明け前の闇色に近いなあと以前から思っていまして、だから先生もてっきり、闇系が強いけれど光も使える的なタイプだとばかり、勝手に思ってたんですけれど……」
と、私は以前から抱いていた疑問を、良い機会なのでクラウス先生にぶつけてみた。
すると、なんだか少し困ったような顔をされてから、また少し、微笑まれた。
私が、何だろう?と思っていると、クラウス先生が仰った。
「髪色と瞳の色はまあ、絶対というわけではないのですよね。光属性が強い者が、全員金髪で金色の瞳というわけでもありませんし、また、周りを見てもお判りでしょうけれど、様々な髪色や瞳の色の人間が、この世には存在しています。ただ、その属性がかなり強い傾向の場合は、髪色や瞳に現れやすいとも言われています。騎士団長やルーク様も瞳の色は金色ですし、何よりソフィー様の髪色と瞳の色が黒いのも、闇属性が強く表れているのかなあとは、まあ、感じます」
……
クラウス先生のお話はよく分かるんだけど、ちょっと歯切れが悪いなあと思う。
それはきっと、もしそのお話が事実なら、ご自身の髪色と瞳の色の説明が、つかないからなんじゃないかな? もちろん世の中には、例外はあると思うけれど。
なんか、言葉を濁されている気がするけれど、お伺いしてもいいのだろうか……
私は、心の中でめちゃどうしようか、お伺いしようかしまいかでものすごい葛藤を心の中で繰り広げていると、クラウス先生は私の心が読めるようで、苦笑いして仰った。
「まあいずれ、お分かりになる時が、来ると思いますよ」
と、なんともまあ意味深な仰りよう。
でも、なんか以前にもこんな風なこと、仰ってたような気がする。
きっと、事情は何かおありなんだと思うけれど、その事情を明かせるのが今ではないんだなって思った。
事情がおありなのに伏せていらっしゃる事情を、私が問いただして言い訳がない。
それに、クラウス先生も『いずれお分かりになる』と仰っている。
なので、その”いずれ”のときまで待っていればいいと思う。別に急を要している訳でも何でもないしね。
「……そうですか、分かりました……。
あと私、古の魔術が記載されている魔術書を見たことがないのですが、どのような解読が必要なのでしょうか」
って、私がルーン文字の話に戻すと、クラウス先生が説明して下さった。
その古の魔術が記載されてる魔術書には、まずルーン文字で、この魔法陣がどんな魔術なのか、説明が書かれているという。
で、この世界の魔法はイメージがめちゃ大事なので、その説明を読み、古の魔術の内容をしっかり把握できなければ、そもそも発動できないという。
また、時々魔法陣の中にもルーン文字が記されていているものもあり、その場合はもちろん魔法陣のルーン文字の解読も必須になるという。
「ソフィー様にはぜひ、古の魔術書の解読のご協力頂きずつ、ですが、解読ばかりではつまらないので、時々ルーン文字で書かれた物語なども読んで、ルーン文字のお勉強……と言いますか、正直ソフィー様レベルですと、お勉強ではなく研究レベルですが、私もルーン文字にはそこそこ自信がございますので、一緒に勉強して参りましょう」
と、さわやかに仰った。
なんか、クラウス先生と最初出会ったときも、『教えるのも上手な方だと自負』とか仰って、それを皮切りに、あれも得意、これも得意、そして今回はルーン文字まで得意とまで仰って……正直、出来ないことがないんだろうなあって思った。
う、羨ましい。私なんて、この世界に来て一年ちょっとだけど、既に色んな黒歴史刻んじゃってますけど。
まあ、比べること自体おこがましいんだけどね。それに、ルーン文字は、ウリエルのご加護風転生特権で私のほうができるかも知れないし、色々クラウス先生に協力できれば嬉しいなと思った。
「古の魔術書も楽しみですし、物語も楽しみです。ぜひよろしくお願いします」
私は笑顔で快諾した。
すると、クラウス先生はお茶をひと口飲みながら、優しく微笑まれた。
「昨今のご時世により、授業を早めて参りましょうと、昨日申し上げたばかりなのに、いけませんね、少しばかり話がそれてしまいました。ソフィー様とお話するのは知的好奇心もくすぐられ、非常に楽しくあっという間です」
そう仰りながら私に向けられた笑顔は、眩しすぎて直視できないレベルだった。
もう、めっちゃ恥ずかしくて、顔真っ赤になって、ホント俯いちゃう。
おかしいな、クラウス先生は光の一族じゃないのに、光の一族レベルのオーラだったよ、なんか有り難過ぎて、拝みたくなってくるレベルだ。
というわけで、テーブルの下で、このクラウス先生の輝かんばかりの笑顔を拝見できたことに、感謝の気持ちを込めてこっそり手を合わせ、その眩しすぎる笑顔をしっかりと脳裏に焼き付け、脳内にある”心のサプリアルバム”の中に、こっそり収納した。
でも、めちゃ恥ずかしいには違いないんで、
「私も、クラウス先生のおかげで、授業がとても楽しいです」
とだけ、小さく呟いた。
「そうですか。ソフィー様も前向きな気持ちで授業を受けられていると知り、私も大変喜ばしいです。先日、かいつまんでお話したとは思いますが、最近、まだ解放されていない神体山の防御結界が弱まり、魔物がふもとへ降りて来て、近辺の森や田畑を荒したり、平民街を襲ったり、また他領地では魔物が以前よりも頻繁に出没したりと、被害報告が増えております。騎士団に要請が来る事件も多く、神体山の解放が進んでいるとはいえ楽観できません。ですので万一に備えて、無理ない範囲で授業は早めて参りましょう」
と仰るクラウス先生の笑顔は、やっぱり相変わらず、めちゃ眩しかった。




