エイデン先生が朝礼を担当された理由
「……えっと、あれですよ、その、王族同等とか何とか言うの、事前にお伺いしておりましたが、どうして今日の朝礼でそのお話されるのを、エイデン先生が担当されたんですか? おかげで私、とても恥ずかしく、いてもたってもいられない心地でした」
と、クラウス先生に見惚れていたのを誤魔化しつつ、話題を変えてみた。
まあ、聞きたかった話なので、ここで聞いてみるのもいいよね。
少し後ろのほうにはエイデン先生がいらっしゃるんだけど、相変わらず声が大きいので、さっきからずっとエイデン先生の声が聞こえてくる。
「果敢にも体当たりを挑んでくるとは! 魔物の中にも、振り返らない奴がいたのだな! 感心、感心!」
などと、無邪気にも敵にエールを送っている。
いやいやそれ、ただの考えなしの無謀ってやつだと思いますよ?
もちろんいちいち反論しに行ったりはしないけど。夕日に向かって走らされたらイヤなんで。
クラウス先生と私は、チラッと後ろを振り返りエイデン先生を横目で見たあと、小さくため息をつき、前を向いた。
「お気持ち、非常に分かります。本当なら私がする予定だったのですが、エイデン先生のたっての希望で、このようなことになってしまいました……予想以上の演説、そして最後には歌で締められるなど、私も本当に想定外で、誠にに申し訳ございませんでした」
と、クラウス先生はめちゃ申し訳なさそうな顔をされて、陳謝された。
なんか、こんな風に頭を下げられると、私がクラウス先生を責め立てているみたいで、余計に申し訳ない気持ちになってきちゃうな……
「いえ、謝って頂きたかったわけじゃないです。ただ、なんでだったのかなって思って……どうしてエイデン先生は、今日そんなに、ヤル気だったのでしょう?」
「なんでも、王立学院に上級悪魔をみすみす侵入させたこと、そしてその悪魔によって、エイデン先生ご自身が受け持っていた生徒も毒牙にかかり、精神病棟送りになったこと、それが殊の外悔しいと思われたようで、『邪心が入れば鍛錬できん!』とか、『人のことが気になるのは、前を向いていないからだ!』とか、『私が生徒たちの心を一から鍛えなおしてやろう!』などと仰って……まあ、押し切られてしまいました……」
なるほど。上級悪魔侵入だけでなく、先生が武術で受け持っておられた生徒が貪汚に貪られているのに気づけなかったのが、めちゃ不甲斐なく思われて、一から指導しなおしたいとか、まあ、無謀にもそのように思われたということか。
お気持ちは、分かる。自分の受け持った生徒がそんなことになったら、悔しいもんね。
でも、その悔しさを表現するその方向性は、全く意味わかんない。
だって、歌まで歌う必要ないもん。
でもまあ、あれで気が済んだのなら、いいんだけどな……ちょっと私、エイデン先生に同情し始めちゃったのもあり、クラウス先生が押し切られた理由がなんとなくわかってきた。
「まあそのう、あんな歌まで歌わされたらもう生徒たちも本当に凝りて、二度と私もあんな目に遭わないと思いますので、これはこれでまあ良かったと、思っておこうかなって思います」
私たちは、未だに続く、後ろのほうでエイデン先生が仰っている意味が良く分からない『前を見ろBGM』を聞きながら、苦笑いしつつ、頷きあった。
「ところでクラウス先生、質問があるのですが」
「何でしょう?」
「ルーク兄様と私が上級悪魔と対峙したとき、その上級悪魔は『特殊な武器でないと倒せない』と言っていたので、上級悪魔本体だと思うんですが、私が一番最初に会った七大悪魔ジミマイは、母親を乗っ取っていましたが、ジミマイ本体ではなく、仮の姿と聞きました。乗っ取っていても、本体である場合と仮の姿である場合の違いとは、何なのでしょうか?」
「それは、分身体が使えるかどうかによって変わってきます。七大悪魔は分身体を使えるので、その分身でもって人間を乗っ取るわけなんですよね。ちなみに上級悪魔には分身体は作れませんので、本体しか有り得ない、ということになります」
「分身体ならばジミマイは、神体山に本体を残して、母親を乗っ取ることは可能ではなかったのですか?」
「さすがソフィー様、目の付けどころが素晴らしいです。ただ、もともと神体山に居座っているのが仮の姿のほうだと思われます。神体山を乗っ取ったときは七大悪魔本体が手下の悪魔や魔物を引き連れて乗っ取ったと思われますが、以前の神体山解放での話をソフィー様からお伺いする限り、姿を現したりすることもなかったということですので本体は今、魔界にいるのかも知れませんね」
なるほど、そもそも本体が一枚岩にはもういないのか。
そして分身体を一体、人間界に送り込んで神体山を見張らせているけれど、でも分身体を作れるのはどうやら一体だけみたいだ。
確かにまあ、神体山乗っ取ったあと、その神体山を奪われないようにそこに居続けないといけないと思うけど、本体が一枚岩にずっと固定されたままだったら、退屈で退屈で仕方ないよね。分身体にまかせたくなる気持ちはわかるな。
……でも、本体でもない七大悪魔にいつも苦戦させられている私……本体との闘いとなったとき、私はいったいどうすればいいんだろう……
私がふとそんな考えを頭によぎらせていると、私の表情が一瞬曇ったのを悟ったクラウス先生が、私の背中をぽんぽんとされた。
「大丈夫ですよ。皆がついてますから」
クラウス先生と私がチラッと後ろを振り向くと、ルーク兄様やルシフェル、アドリアーナ先生、エイデン先生、その後ろには養父様、そして騎士団の皆さまと選抜生徒の皆さんたち……
そうだよね、私ひとりで戦うわけじゃないんだから、皆んなで頑張れば、いいんだ。
皆んなの声が、後ろから聞こえてくる。
ルーク兄様は相変わらずルシフェルを窘められてるし、ルシフェルは、さすがに兄様に言われて大笑いは止めたけれど、エイデン先生に、
「エイデン先生、魔物にモテモテだな」
とか、恐ろしいこと言って調子に乗せて、クックックって小さく笑ってるし、エイデン先生はというと、
「真っすぐに向かってくる、その心意気だけは、買おう!」
とか、まんざらでもない様子だし、アドリアーナ先生はというと、
「まあ、魔物ですの? さすがにあたくし、魔物は守備範囲ではございませんでしたわ……」
とか、怖いことを真剣に悩み始めているし、
この皆さまに『ついてますから』と言われても、正直、大丈夫かなあって心配のほうが増してくるんだけど、でも、恐怖に苛まれたり、心病んだりするよりかはいいのかなとも思うんで、私はクラウス先生のほうを向いて、笑顔で「はい」って言って、頷いた。
いよいよ山頂が見えて来た。
前回のエレガンドゥード山同様、一枚岩は相変わらず、めちゃ黒くて時々紫色している貪汚の瘴気に覆われている。
そして、ウリエルの透明防御結界は山道だけなので、山頂に一歩入れば、魔物を迎え撃たなければならない。
なんか、前も多かったけど、今回もめちゃ多いな。魔物の大きさも、きもち大きいような気もするし、やっぱりこのおどろおどろしい魔物を前にすると、否応なく緊張が高まってきた。
前回同様クラウス先生が、声高らかに告げられた。
「まもなく山頂だ。前回同様、山頂には防御結界が張られていない模様。騎士団は魔物の退治に専念、エイデン、アドリアーナ、ルーク、ルシフェルそして私はソフィーのガードだ。ソフィーを一枚岩に送り届けてから、騎士団と共に魔物退治に合流、王立学院生徒は騎士団長の指示を仰げ、その後は状況の変化とともに追って指示を出す。以上だ!」
おお、いつもの敬語口調でない指示口調のクラウス先生、神体山解放の、しかもこの号令のときしか聞けないけど、やっぱこれも、いいな。
特に、いつも様呼びなのに、このときだけは呼び捨てなんで、ドキドキしちゃうよね。
……っていけない、いけない、またときめいてしまった。
って、ほんのり赤くなっていると、クラウス先生が私に話しかけられた。
「ソフィー様、いよいよ参ります。よろしいでしょうか」
クラウス先生の真剣なまなざしに、私は自分の頬を両手でパンパンと叩き、コクリと頷いた。
まずはクラウス先生が、一枚岩までの突破口を開こうと、魔法を唱えられた。
「アルバラディス」
すると、かざした掌から眩い光と共に光エネルギーが放出され、光線上にいた魔物たちは、一気に消滅した。
これで一枚岩までの道筋ができたので、私たちはそこを突破しようとするけれど、でも、魔物は次から次へと容赦なく私たちに襲い掛かってきた。
でも、これも前回同様クラウス先生はじめ、ルーク兄様、ルシフェル、アドリアーナ先生、そしてエイデン先生が、華麗にさばいていく。
私は相変わらず下を向いて、頭を抱えつつ、地面と前にいるクラウス先生の足元と、そして、モーゼの杖が放つ一枚岩中心部まで続く光の筋を見て進んで行くんだけど、でも前回のエレガンドゥード山よりは、落ち着いて一枚岩まで向かっていけてる気がした。
というのも、私の周りにいる皆んなも、前回の経験があるからか、少し余裕があるように思えたからかも知れない。
ルシフェルは相変わらずで、めっちゃ向かってくる魔物をさばきながら、
「エイデン先生、やっぱモテてんね!」
って、余計なこと言ってるし、エイデン先生はというと、
「これがモテているという状態なのか! 初体験だ!」
って、なんでか分かんないけど納得させられてるし、アドリアーナ先生はというと、
「まあ、エイデン先生の初体験? あたくしの初体験は、もっと情熱的でしたわ」
とか言って、いったい何の話してんだかって感じだ。
「情熱的? 単に猪突猛進系魔物なだけじゃね?」
ってルシフェルが話を戻すと、
「まあ、真っすぐ向かって来られるのは、何でも気持ちがいいもんだ!」
とエイデン先生が相変わらず前向き大好き宣言をされ、
「そうですの? 確かに真っすぐ気持ちを向けられるのも良いですけれど、あたくし、時にはイレギュラーな”攻め”も、楽しみたいですわ」
とか言って、やっぱりアドリアーナ先生は、何の話してんだって感じだ。
……いや、三人ともそもそも、いったい何の話してんだろ?
それぞれ頭の中に思い描いているものは三人三様でいろいろ違う気がするんだけど、それでも何故か一応はた目には、会話が嚙み合っているように見えるという、謎現象が起きていた。
今、魔物絶賛退治中で、私はめちゃ俯き加減なんで、クラウス先生やルーク兄様の顔は全く見る余裕がないけれど、三人の会話には相当困惑されてるだろうな、きっと。
ルーク兄様も、ルシフェルひとりならいつも注意されるんだけど、さすがに先生二人まとめてとなると、気が引けるかも知れない。
変に絡んで、毎日夕日に向かって走らされたらシャレになんないし、それこそアドリアーナ先生の、凱旋門からの間接魔力奉納を見越した例の”訓練”のターゲットになったら、目も当てられない。
ご自身が生徒という立場もあるし、よっぽど命に係わることがない限り、苦言は呈されないんじゃないかと思った。
向かってくる魔物を退治している真っ最中というのもあるしね。
クラウス先生はと言うと、特に私を一枚岩まで辿り着かせようと、一番気を張っていらっしゃるように思うし。
なのでこのおしゃべり三人が放置されるのは、まあ致し方ないなって思った。




