養母様とのお茶会
土曜日が来た。
週に一回の安息日、お休みの日は、この世界では土曜日だ。
不思議だなあ、日曜日じゃないのかな?って思ったんだけど、こっちの世界では日曜日は礼拝の日となっていて、朝に礼拝行った後、働いている人はお仕事して、学生は授業を受ける、みたいな感じになっている。
ちなみに王立学院では、礼拝のあとそのまま全校生徒集まった状態での朝礼に入り、そのあと授業が行われる。
今日のお休みは、お茶の時間に養母様とお茶する約束になっているので、ボールドウィン侯爵家に帰ってきた。
そう言えば、王立学院開講中に、私は実家に帰ってきたことなかった気がする。
養母様に会えるのは久しぶりで、とても嬉しかった。
と同時に、心配をいっぱいおかけしたので、それを思うととても胸が苦しいのだけれど……
ボールドウィン侯爵家の玄関には執事のセバストスがいて、転移陣から帰宅早々私を出迎え、養母様の部屋まで案内してくれた。
部屋の前まで着くと、セバストスが扉を開けてくれて、養母様が笑顔で私を出迎えてくれる。
あいも変わらず美しい。
エメラルドグリーンの瞳が、キラキラと光っていた。
「ソフィー、お帰りなさい。おかけになって」
養母様が笑顔で着席を促される。養母様のメイドに椅子を引いてもらいながら、ゆっくりと座った。
「養母様、お誘いありがとうございます」
「ええ、ソフィーはもう一年生の単位は全て修得したとクラウス先生から伺いましたので、お誘いしましたのよ」
私たちは微笑み合う。養母様の笑顔、優しいなあ……
そして私は、自分から話題を切り出した。
「この度はご心配をおかけしました、養母様」
私は、頭を下げた。
すると、養母様が優しく声をかけて下さる。
「いいえ、皆も申してたと思いますけれど、わたくしたちも至らないところがございましたわ。王命でモーゼの杖の所持者をお預かりしておきながら……申し訳なく思っております」
……
養母様にまで、謝らせてしまった。本当に、自分のバカさ加減にはほとほと呆れてしまう。
それと、あと養母様の、『申し訳なく思っております』、『王命でお預かり』、などの言葉が、少しチクッと胸に刺さった。
養女と言う立場だから仕方がないことだけれど、どこか他人行儀に感じるというか、やっぱり実の子のようにはいかないよね……って、いったい何を期待してたんだろ、今まででも十分過ぎるくらい、よくしてもらっているのに……
私は、妙な考えを振り払って、養母様に言った。
「いいえ、私のほうこそ、本当に情けない限りです。二度とこのようなことがないよう、心改めていきたいです。養母様には今までも、本当に良くして頂いていて、感謝しかないのに、その養母様を心配させ、こんなことを言わせるなんて、不甲斐ないの極みです。なのでこれ以上は、謝らないで下さると嬉しいです……」
「でしたら、ソフィーももう、これ以上謝ってはなりませんわ。……まあ、ソフィーの以前の家庭環境が、そうさせているのでしょうけれど、これだけはハッキリと申し上げておきます。ソフィーは被害者であること、そして責任は、害を加えたほうにあるのです。人を虐める者は、様々な理由をつけて自分の行いを正当化しますけれど、仮にそれが事実だったとしても、その問題解決のために提案や話し合いをするならまだしも、人に対して、そして他人を巻き込んでまで一方的に害を与えて良いとはなりません。これは、心にしっかりと、刻んでおきなさい。絶対に、被害者である自分を、自ら貶め、責めてはならないのです」
養母様の言葉、ひとつひとつが本当に胸に刺さる。
私がこんなに悲観的なのは、養母様の仰るように、育ってきた環境のせいだ。
物心ついたときから毎日のように、何の理由があるのかさっぱり分からないのに、『お前のせいだ! お前はそんなに私を腹立たせて嬉しいのか! この鬼子! お前は! お前は!』みたいなことを生まれながらにしょっちゅう言われ、殴られ蹴られしていたら、意味は全く分かんないけど、自分のせいかも知れないと、だんだん洗脳されていく。この世にある全ての諸悪の根源が自分にあるような、そんな気になって、ただ自分が存在していること事態申し訳ない気になってきて、ひたすら謝ることしか、できなくなってしまうのだ。
でも、その考えを全て、断ち切らなければならない。
もちろん、ボールドウィン侯爵家に来てからというもの、環境にも恵まれて、今まで自分なりに努力してきたつもりだったけれど、でも、生まれた時から染みついているこの思想、いざというときにやっぱりその”育ち”が出てしまった。
でも、私は生まれ変わらなければ。
っていうか、私はリアルに転生してきたんだ。
そして、今はとても大切と思える人たちがいる。前世とは、全く違うんだ。
だから、この素晴らしい環境に置かれた中でなら、私は前を向ける。それでも難しいことが時々出てくるかも分かんないけれど、皆んなが一緒なら、きっと乗り越えていける。
そう、私は、皆んなの力を借りて、絶対生まれ変わるんだ。
私は養母様の仰ることを聞いて、さらに決意を新たにした。
「全て、養母様の仰る通りです。これからは、心を入れ替えていきたいし、生まれ変わるつもりで、頑張りたいです」
と私が言うと、何故か養母様のエメラルドグリーンの瞳がキラっと輝いた。
「まあ、ソフィー、それは素晴らしい心がけですわね。心を入れ替えるのに、輪廻転生まで視野に入れるだなんて……そう言えば、輪廻転生と言えば不死鳥、火の鳥ですわね。ソフィーは火の鳥に、憧れているの?」
え、えっと、ちょっと待って。物凄い発想の飛躍だな。『素晴らしい心がけ』と仰るからには褒めて下っさってるんだよね、きっと。
で、そこから火の鳥までの流れが、ちょっとぶっ飛んでるな。
なんてお返事しようかな?
私は首をひねらせながら、一所懸命答えた。
「輪廻転生というか、その、心新たにしたいとは思っていましたが、さすがに不死鳥のようにとは思っていなかったというか……
確か火の鳥は、一度燃え死んでは生き返るを繰り返し、永遠の命を生きると言われています。ですが私としましては、死ぬほどの痛い思いは一生で一度でいいと思いますし、輪廻転生をしなければならないほどの心からの改心も、できれば一生に一度に済ませたいなって願わくば、そう思います」
ただ、失敗してもゲームみたいに人生を何度でもやり直せるなら、例え燃え死ぬという代償を支払ってでも、何度でもやり直したいと思う人たちは、結構いるとは思うけれど。
って、内心ちょっと思った。
「まあ、火の鳥に憧れた訳ではなかったのね。伝説の鳥ですけれど、描かれ方も幻想的ですので、憧れている方々、割といますのよ……でも、確かにわたくしも、ソフィーの言うように、痛い思いはあまりしたくありませんわね」
私たちは、『痛いのはイヤよね』って感じで、お互いに微笑み合った。
「でも、気持ちは分かるんです。私も火の鳥のように、人生をやり直したいと思うこと、ありますので。
例えば私なんかは、今回の件はその最たるもの。王立学院入学式の頃からやり直せたら、ここまで問題がこじれずに、上級悪魔だけを排除するという方法も、あったのではないかと思って……
まあ、火の鳥が過去に遡って転生できるかは、分からないのですが……」
「そうですわね。ソフィーの言うことは、本当によく分かりますわ。ですがわたくしは、このような結果を迎えたと知ってもなお、今回の件に関してはこれで良かったと、わたくしそう思っておりますのよ」
「それは、どうしてでしょうか?」
被害は、最小限に押さえたほうがいいと、私は思うんだけど……
すると、養母様は、諭されるように、ゆっくりと仰った。
「経験をしなければ、”気づき”がないからですわ、ソフィー。
貴女がその経験をしたからこそ、今、心入れ替え、生まれ変わらなければと思える境地に至れたのです。ですが、その経験しなければ、そのような考えにはならなかったはず。つまり、今のような境地に至るためには、同じような経験をしなければ、いつまでたってもその境地には至れないのです。
そして、このような考えに至ることが貴女にとって必須だったとなると、いずれは経験しなければならないこと……つまり、遅かれ早かれということですのよ。ならばわたくしは、早いほうが良かったと、今で良かったと、幸い身内や親しい者に被害が出た訳でもありませんのでこれで良かったと、心からそう思っておりますのよ。ですからわたくし、そういう意味も込めて『謝らなくても良い』と、貴女に申し上げておりますの……
ただ、貴女をサポートする命を受けた者として、もう少しやりようがあったのではないか、この事件は貴女にとって不可避だったにしても、”気づき”をさせつつももう少し貴女の負担を軽くはできなかったのかと思い、わたくし共のほうでは、反省点と問題点が浮彫になりましたので、今後改善していく予定ですわ」
養母様はそう、キッパリと仰った。
養母様の仰ること、なるほどと思った。
私は、今回の件があったから、ひとりで全部抱え込まず、相談できるものは何でも全力でして、心新たに頑張ろうって思えた。
でも、今回のことがなかったら、ただひたすら『迷惑をかけたくない』の一点張りで、そんなこと、考えもしなかったと思う。
起こるべくして起こったこと、そして、いつかは必ず越えなければならないことだったんだ……
うん、そうだよね。いつか経験をしなければならないのなら、早い方が良かったかも知れない。
下級悪魔化した生徒たちや、貪汚精神病患者専用の隔離病棟送りになった生徒たちが、可愛そうっちゃ可愛そうかも知れないけど、でも特に下級悪魔化した人たちは、上級悪魔に”小突かれる”前からハンナ様をイジメてて、正直上級悪魔関係なくいつかは貪汚落ちしてたように思うし、隔離病棟送りになった生徒たちだって、ジョルジュ先生が入学式のときから口酸っぱく注意喚起してたのに、それを無視して妬みや嫉妬、憎悪の感情を、自身の成長へのバネに変えず、ただ膨らませていって人に嫌がらせしてたんだから、これもやっぱり遅かれ早かれだったように思う。
だってこの世界、どこに上級悪魔が潜んでいて、悪魔のささやきさながら貪汚に落としにかかってくるか、分からないんだから。
あれだけジョルジュ先生が授業でしつこく……それこそ私が時々聞くのを忘れるほどしつこいくらいに、注意喚起してたのにさ……
でも今回の事で、ジョルジュ先生の授業はもちろんのこと、王立学院で学ぶことは、さらに身を入れて学ばなければならないなと、心から思った。




