宮殿の客室で、丸一日寝ていたらしい
クラウス先生は、そんな私を悲しそうに見つめられ、そして頬に伝う涙を拭って下さった。
「今回の件は全て、私に責任があります。ソフィー様より色々お育ちに関しての注意事項など重々承っておりましたのに、注意不十分でした。こちらこそ、お詫び申し上げます」
そう仰って、クラウス先生は頭を下げられた。
とんでもない話である。
こんなに私に良くして下さった人に、こんなことを言わせるなんて、私はバカだ、本当に大バカ者だ……
私は自分の不甲斐なさに改めて悔しく思い、目をぎゅっと瞑ったら、さらに大粒の涙がこぼれた。
するとクラウス先生は、また涙を優しく拭って下さった。
「ところでソフィー様、お腹が空きませんか、なんとソフィー様は、丸一日寝ていらっしゃったんですよ?」
……なんと、丸一日寝ていたとは。よほど疲れていたんだな。
優しく微笑むクラウス先生に、私も笑顔で頷いた。
そばにいたメイドさんに指示して持ってきて下さったのは、白い鶏肉のシチューだった。
ひと口食べると、暖かさがじんわりと胃の中に広がる。なんか私、生きてるんだなって、思わず思ってしまった。
胃だけじゃなくて、またまた目頭も熱くなっちゃうな……
私の視界が滲んだのは、きっと、料理の湯気だけではないと思った。
「丸一日って……クラウス先生は、いつからこちらにいらっしゃるんですか?」
「昨日、ルーク様よりソフィー様をお預かりし、こちらにお連れしてから、ずっとですよ」
……クラウス先生、夜通し私をずっと、看病して下さってたんだ……
申し訳ないことをしてしまった。
私はまた大粒の涙をこぼしてしまう。
情けない気持ちで、いっぱいになってしまったから……
「重ね重ね、申し訳ありません……それでなくても先生、お忙しいのに……」
「私がソフィー様のおそばにいるのは極めて重要な任務のひとつですから、ソフィー様が気に病まれることは、何ひとつありませんよ」
そう仰って、クラウス先生はまた私の涙を拭って下さるので、そのお優しさに触れて、余計に涙がこぼれてしまうな……
「覚えていますか、ソフィー様? こちらは宮殿の客室です。一番最初にお会いしたときに、私がソフィー様をご案内した場所ですが」
ああ、思い出した。そう言えば王宮と王立学院はお隣さんだったな。クラウス先生がまた私を、ここに連れてきて下さったんだ……
どうりでこの天蓋、見たことあると思ったんだよな……
私はそっと、天蓋を眺めた。
クラウス先生が私を拾って来てから、あれから一年以上経った。それなのに私は、なんの成長もないな……
私は、自分をとても情けなく思い、頭ゆっくり下げて俯むくと、クラウス先生が「お食事を召し上がりながらお聞き下さい」とひと言断りを入れてから、話しを続けられた。
「昨日、王立学院内で魔物騒ぎが起きたとき、ちょうどその時間帯はソフィー様は、素材採集の時間でしたので、胸騒ぎがし、素材採集の場所へ直行しました」
ルーク兄様と同じパターンか……
それにしてもクラウス先生、私のクラスの時間割まで覚えていらっしゃるの、凄いな。
「向かう途中、ジョルジュ先生と一年生闇クラスの生徒たちに出会ったものの、ソフィー様がいらっしゃらなかったので、事情を伺ったり、生徒を数人……まあ、ほんの軽くですけれど、脅したりして、状況を完全に把握しました」
く、クラウス先生、結構冷酷非道っぽいことも、されるんだな、王様の側近だから、そういうことも時々されてるのだろうか。
仮にも生徒相手に脅したりなんて……
緊急措置だから、仕方ないのかも知れないけど……
でも、優秀過ぎるクラウス先生のこと、それで本当に状況を完璧に、把握されたんだなと思った。
そして、ルーク兄様も、その完璧な情報をクラウス先生から聞いて、私を助けに来られたんだ。
そりゃあ兄様、事情知ってるわなって、めちゃ思った。
「状況を考えると、非常に不本意極まりないですが……この王立学院に上級悪魔が潜入したと思わざるを得ないと、判断致しました。
私は上級悪魔を退治できる武器を……その、残念ながら持ち合わせておりませんので、光の一族であるルーク様かルシフェル様、もしくは聖具である宝帯をお持ちのアドリアーナ先生を、直ちに呼びに行かなければと思ったところ、ちょうどそのときルーク様が、素材採集場へと来られました……私と同じようにソフィー様に危険が迫っていると、考えていらっしゃったのでしょうね。本当に、ご立派でいらっしゃると思いました」
確かに上級悪魔を倒すためには、光の一族の剣か王家の剣、もしくは聖具か聖剣かが必要だとルーク兄様から教えて頂いたのだけど……何かその、クラウス先生の言い方に、少しひっかかりを覚えた。
気のせいかも知れないけど……
「そこで、私はルーク様にソフィー様救出を頼み、私は王立学院内に発生した魔物の討伐にあたりました。魔物も強くなっていましたし、生徒たちや、また、武術や魔法を使えず自衛方法がない下働きの平民たちに、危害を加えたら大変なことになると思い、他の先生方にも要請を出し、全力で魔物を探し出し、討伐、そして、”貪汚の魔石”の回収に当たりました」
と、クラウス先生が昨日の事件の一連の流れを、説明して下さった。
ちなみに、上級悪魔が私のカバンにどのようにして魔法書を忍び込ませたのかというと、私がトイレに行っている間にこっそり入れておくという、至って簡単な方法だったと、教えて下さった。
クラウス先生、そんな些細な事まで生徒を脅して……いや、問い詰めたり追い詰めたりしたくらいなんじゃないかなって私は勝手に解釈してるんだけど、まあそのようにして、情報収集に努められたのか。
きっとまあ、これがプロの仕事なんだろうと思う。
「ジョルジュ先生は、本当に意気消沈なさっていましたよ。上級悪魔潜入を見抜けなかったこともそうですが、ソフィー様のこともです。少しおかしいな、とも思っていらしたそうです。ただ、平民出身でいらして、それでいてモーゼの杖所持者。能ある鷹は爪を隠すではありませんが、寡黙なのも何か理由がおありなのだろうと思っていらしたそうです。ですが、このような事態を引き起こすくらいなら、少しでも疑問が生じたときに、ソフィー様にお話をお伺いすれば良かったと、反省しきりでいらっしゃいました」
私は、ずっとクラウス先生のお話を聞き専門だったんだけど、ここはジョルジュ先生のために、反論しておこうと思った。
「それは、ジョルジュ先生の責任ではないです。もし仮にジョルジュ先生がお尋ねになられても、私は嘘をついて、平静を装っていたに違いありませんから」
「なるほど。確かにソフィー様の性格を考えると、そのように対応されていたかも知れませんね。ですが、ジョルジュ先生は特に、人格教育に重きを置いていらしたので、ソフィー様に状況をお伺いすると同時に、もう少しクラスの雰囲気にも気を配るべきだったとも仰っていました。
ただ、ソフィー様が『ひとりでいたい』と仰り、かつ上級悪魔たちを筆頭に皆が『仲良くしたいとは思っているものの、ひとりでいることを望まれているので近づけない』などと言えば、なかなか難しいのかも知れませんが……。実際にジョルジュ先生は、生徒たちがそのようなことを言っていたのを、何度か耳にしていたそうですし……」
確かジョルジュ先生は入学式の時に、人格教育が大事とかどうとか、そのようなことを仰っていたと思う。
でも、当の本人の私が被害を訴えないし、イジメ現場を目撃したわけでもなく、そのような情報を寄せてくれる人も今まで一人もいなかったんだったら、”寡黙な生徒がひとりいる”というだけでは、ジョルジュ先生も動きようがないよね……
とにかく当時の私の中で最重要事項は、”皆んなにこのことを知られるのだけは、絶対に避けたい”だったんで、ジョルジュ先生に何かを言うっていう選択肢は、私には最初からなかった。
だから、ジョルジュ先生もいろいろジレンマを、ひょっとしたら私の知らないところで抱えていらっしゃったのかも知れない。
申し訳ないことしちゃったな……
ジョルジュ先生が私がいる闇クラスの担任っていうわけじゃないけど(っていうか、この王立学院は担任制ではないけれど)私は武術系の生徒ではないので、授業では一番ジョルジュ先生と接する機会が多かったし、それに以前から人格教育とか仰ってたから、いろいろ思うところがおありなのかも知れないって思った。
そしてクラウス先生は、続けて上級悪魔の近くにいた生徒たちや他の生徒たちについても、話し始められた。
「上級悪魔の最も近くにいた四人の生徒たちですが、貪汚落ちしてしまい下級悪魔と変貌したため退治されました。また、二十人ほどの生徒たちが貪汚に侵されていて、『リズレクション』で体を蝕んでいる貪汚を一応浄化したものの、後遺症が残り、貪汚精神病患者専用の隔離病棟行きとなりました。この惨状に、ジョルジュ先生は大変嘆かれて、『私はもう耄碌してしまった』と、それはもう反省しきりでいらっしゃいました」
……ものすごい酷い惨状だな……驚きすぎて、言葉もでない……
上級悪魔が周りに及ぼす影響がこれほどだなんて、本当に信じられない。
この世の中では今も上級悪魔が人間に擬態や憑依して、人間たちを貪汚に落とそうと暗躍しているという。
この影響を思うと、巷ではどんなことになっているのかと思い、私は戦慄を覚えた。
ジョルジュ先生が人格教育が大事と仰るの、ホントよくわかるな……
ジョルジュ先生は、あのとき、私がほとんど犯人みたいな流れになっていたときも、私を犯人扱いせず、まずは事情を聞こうとしてくれた先生だ。
こういう系のピンチに陥ったとき、前世でもあったけど、誰も私の言うことなんて耳を傾けてくれないのが当たり前だったんで、ジョルジュ先生の私に対する姿勢は、とても嬉しかったんだよね……
ジョルジュ先生には、申し訳ないことをした。
体調が戻ったら、ひと言謝罪に行こうと思う。
「それにしても、王立学院に上級悪魔が入り込むというのは、今まででは考えられないことでした。しかも、他領地の生徒に憑依して、です。他領地の生徒が王立学院に一年生から入学するとなると、王族に近い高い身分の貴族の紹介がないと、入学できないのにも関わらずです。
ですのでその、領地フォータニアのマケイラ・パーラー女史を紹介した貴族を中心に、これから調査が入ります。また、このようなことが二度と起こらないように、紹介での王立学院入学は、今後禁止になりました。また、成績優秀者による転入生も、身上書を念入りに調査されることとなりました。ただ、こちらは今のところ禁止の方向ではありません。やはり、優秀な人材は、王都に来て頂きたいので」
クラウス先生は、王立学院の上級悪魔が潜んでいたこと、そのことに殊の外、忌諱感を示していらっしゃった。
そりゃそうだ。
王立学院で生活されてる皆さまだけでなく、なんといっても王立学院は王宮と目と鼻の先。もちろん王宮や宮殿は頑丈な防御結界が施されているけれど、それでも危険極まりないことには変わりない。
今回は、ターゲットが私だけだったので、特に王宮の方に不穏な動きがあったとか、そういうことはなかったらしいけれど。
「あと、貪汚精神病患者専用の隔離病棟送りになった生徒たちですが、ソフィー様への妬む気持ちが強い者ほど、上級悪魔に付け入られ、貪汚を心の中で増殖させていたようです。その生徒たちの傾向としては、”平民のくせに貴族一の侯爵家の養女になって生意気”とか、そのような種類の妬みの感情を増幅させ、男子はまあ、女子より少ないですが、”出自が平民なのに魔力が強いなど思いあがっている”とか、”モーゼの杖持っているのは身の程知らず”などと言い、特に魔力の乏しい男子生徒たちが、妬みを増幅させていました」
妬む気持ちは私も持ってるから、他人事とは思えなくて本当に怖い。
上級悪魔にちょっと”小突かれた”ら、良くて精神病んで、貪汚精神病患者専用の隔離病棟送り、悪くて貪汚落ちで下級悪魔に豹変だもんな。
しっかり自分の中で咀嚼、納得して、悪魔の誘惑にも負けず、魔力の器に落とし込まなきゃいけないって、心底そう思った。




