ルーク兄様が……!?
上級悪魔はさらに、私たちを小馬鹿にしたように、言った。
「何やらチョコチョコしているみたいだが、お前は相当物分かりが悪いようだな。だからお前では……私を倒せないんだよ!」
そう言って、上級悪魔はおもむろに、ルーク兄様に飛びかかってきた!
次の瞬間、ルーク兄様は上級悪魔をバッサリ袈裟斬りにぶった切り、そして上級悪魔は無様にも地面に倒れ込んだ。
「お、お前……光の……」
上級悪魔は、自身の体の崩壊を止められず、息絶え絶えに何か言っている。
でも、ルーク兄様はおかまいなしに、
「お前だけは……絶対に、許さない!」
と仰って、そのまま上級悪魔の頭部をおもむろに、もうひと刺しすると、上級悪魔は断末魔と共に、跡形もなく消えてしまった。
そして、”貪汚の魔石”がそこに転がっている。
ルーク兄様……物凄い形相だ……
私が兄様の代わりにヒノキの下敷きになったときも、凄く怖いお顔されてたけど、今の顔はもっと、凄味が増してるというか、さっき悪魔を倒すときにも仰ってたように、”お前だけは絶対に許さない”っていう表情がもう、前面に出ている。
私は、そんな兄様を見て、声をかけるのを躊躇ってしまった。
そういえば上級悪魔は、ルーク兄様が光の一族とは知らなかったようだ。
私の養女先が光の一族なのは知っていたみたいだけど、その顔まで知らなかったのか、そもそもリサーチ不足で、男子の義兄弟がいることすら知らなかったのか。
ひょっとしたら仮に光の一族が王立学院の生徒として在籍していても、子供相手ならなんとかなるくらいに思っていたんだろうか?
今となっては、上級悪魔の真意は分からないけれど、でも、そんなことはどうでもいいか。無事に上級悪魔を倒せて、ルーク兄様が助かったんだから……
私は、ルーク兄様を見た。今見ると、怒りの形相から少し、悲しみを帯びた表情になっていらした。
そして、”貪汚の魔石”を光魔法『リズレクション』で解呪されている。
私は……やっぱり声をかけることができなかった。
今回の件、このような上級悪魔まで出てきたことによって、私が”貪汚の魔石”を仕込んだのではないという言い分は、きっと通ると思う。
でも、私が上級悪魔の誘いに乗っかり、この王立学院内を、授業をさぼってウロウロした事実は、消えない。
私には、私が犯した罪がある。
貴族一の光の一族、ボールドウィン侯爵家に、私は泥を塗ってしまった。
私を助けに来てくれたルーク兄様……本当に嬉しかった。
でも、そんなステキな兄様だからこそ、私はもう、声をかける資格すらないと思った。
本当は、助けて下さったお礼を、ひと言お伝えしたかったけれど……
私は、ルーク兄様に声をかけず、その場を去ろうと踝を返した。
すると、ルーク兄様は、おもむろに私を後ろから、抱きしめてしまわれた。
……
驚きすぎて、声も出ない、息もできない……
これは、いったいどうしたら、いいんだろう……?
私はただただその場で硬直するしかできなかった。
でも、ルーク兄様は、体が小刻みに震えている。
上級悪魔への恐怖心が残っているのだろうか、それとも、私への怒りか、はたまた両方か……
私は、とりあえずルーク兄様が取られる行動を、待つことにした。
「……今日、私のメイドから、ソフィーの様子がおかしいから、気にかけてあげて欲しいと、ドミからの伝言を受け取った」
……そうか、ドミが伝えてくれたのか……ドミ、流石だな………ホント、仕事できすぎだよ……
「ドミからソフィーの今日の時間割を聞いて、今日、素材採集場で魔物と対峙するのは危ないのではないかと思い、何か少しでも異変を感じたら、授業を飛び出そうと思ったら、案の定王立学院内で、魔物騒ぎが起きた。私はすぐさま教室を飛び出し、素材採集場へ向った」
ルーク兄様の読みも凄いな……さすが、光の一族だ。だからこそ、私にこのご家庭は、ふさわしくない。
「素材採集場に着く直前に、ジョルジュ先生から事情を聞いたクラウス先生に会い、経緯を簡潔に教えて下さって、光の一族の剣を持つ私に、ソフィーを助けに行って欲しいと頼まれた。そしてクラウス先生は、出没した魔物を退治しに行かれた」
クラウス先生も、判断早いな。この時点でもう、上級悪魔がいると、分かってらしたんだ。
「そして、素材採集場に入り、音がする方向へ進んで行くと、君がたったひとりで、上級悪魔と対峙していた……」
そしてルーク兄様は、声を震わせ、さらに一段低い声で、仰った。
「何故、あんな奴らの言うことを聞いて、王立学院中探し物をしたんだ……」
言えるわけないよ……理由は、言えるわけない……
私は、ただじっと、押し黙るしかなかった。
すると、ルーク兄様の、私を抱きしめる力が強くなった。
「私は、どんなことがあっても、君を守る! 例え命を落としてでも!
でも、君自身が君を守ることを諦めていたら、どうやったって私は君を守れない! だから、諦めないで欲しい、自分自身を守ることを……お願いだ……」
……ああ、そうか……ルーク兄様は全て、ご存じなんだな……
ジョルジュ先生、クラウス先生経由でお聞きになったことを整理し、私の性格ももうある程度はご存じだろうし、それらを全て鑑みて、ひとつの結論に、辿り着かれたんだ……
ルーク兄様は、私が自分を蔑ろにして、全ての幕引きを計ろうとしたことに対して、こんなにも震えて、怒って、そして悲しんでいらっしゃるんだ……
ルーク兄様の大切なものを、虐げていたのは誰でもない、この私だ。
そして、ルーク兄様だけじゃない、養父様、養母様、ルシフェル、そしてクラウス先生の大切なものも、他の誰でもない、私自身が、ずっと、自分自身で虐げていたんだ。
皆んなのことを傷つけたくないと言いながら、皆んなを傷つけていたのは他でもない、私自身だったんだ……!
私は溢れ出る涙が止まらなくて、思わずルーク兄様の胸に飛び込んでいた。
「ルーク兄様、ごめんなさい……ごめんなさい……!」
私がそう言うと、ルーク兄様は、ほっと軽くひと息つかれ、私を包み込むように抱きしめ、私の頭を優しくなでなでしてくれた。
「ドミが、とても心配していたよ……」
私はルーク兄様の胸の中で、無言で頷く。
ルーク兄様の胸、広いな……大きくなられたと思う。
以前、神体山でヒノキの下敷きになったとき、ルーク兄様の胸を借りて、『ヒール』をかけてもらっていたけれど、そのときよりもまた一回り、成長されたと思う。
あのときは確か、去年の三月だったっけ。今は二月の終わりだから、ほぼ一年か。
私も少しは大きくなったと思うけれど、男子の成長はもっと早いんだろうな、やっぱり。
そして、これからもっと成長されて、たくましく、そしてステキになられるんだろうな……
「辛いことがあったら、どんな些細な事でもいい、どんなつまらないことでもいい、迷惑かけてはいけないとか、そんな風に思わずに、必ず私に相談すると約束して欲しい。私は君の義兄であり、大切な家族だ……」
私は再び無言で頷く。
そうだ、私はこのステキなルーク兄様の義妹だ。だから、もしボールドウィン侯爵家の皆さまが今回の件を許して下さるのなら、私は光の一族の一員として恥ずかしくないように、全力で、兄様や皆んなの家族愛に、応えないと……
もしも、許して下さるのならば……
「……いや、違う。私はひとりの男として、君に頼られたい……」
そう仰ってルーク兄様は、私の頭部にご自身の頬を押し付けるようにして、さらに私を強く抱きしめてしまわれた。
……え、それって、どういう……?
そう言えば前の対抗戦で、ルーク兄様には好きな方がいらっしゃると発覚したような……
そう言えばこの世界では、義理の兄妹なら結婚できたような……
……
ええっ!?
私は驚いて、思わず体を離そうとした。
でもルーク兄様はさらに力を強められて、とてもこの腕の中から逃れられる気がしない。
「今、メイドたちもいなくて、初めて二人っきりになったから、思わず口が滑ってしまい……こんな時に言う事ではないのだけれど……つい、本音が出てしまった。すまない」
……
……え? い、いったいいつからですか? いったいなんでまた? 何かトリガーみたいなの、ありましたっけ?? 理由が一切全く分かりませんけれど!?
私は頭パニックで、考えもまとまらず、放心状態になった。
でも、顔は赤くて、しかもめっちゃ熱い。
ルーク兄様の顔がすぐ近くにあるんで、この顔の熱さを知られるの、スゴイ恥ずかしいんだけど……
でも逃れられないんで、どうしようもないんだけど……
いや、これはまあ、話半分に聞いておこう。
ルーク兄様は今、初めて上級悪魔と戦われて、気分が高揚しておられるに違いない。
以前なんかのアニメで、酔っぱらいの口説き文句は真に受けてはいけないっていう名言を聞いたことがあるけれど、まあもちろん、今の兄様が酔っぱらいなわけでは絶対にないけれど、気分高まっていらっしゃることには違いない。
なので、兄様のお気持ち落ち着いたときに、本当に今仰ったようなお気持ちにまたなることがあって、そんなようなことをもしも万一また私に仰ったなら、そのとき改めて考えるっていうほうが、いいんじゃないかな……?
もともとルーク兄様と私は身分が全く違う。養父様が私との養子縁組を解消されれば、私はただの平民貧民街出身、ここは勘違いがあってはいけない。極めて慎重に、慎重を重ねて行こう……
と、自分の考えをひとつの結論へとまとめ上げた瞬間、私はいろいろと限界値を超えてしまったようで、貧血、寝不足、飢えもあいまって、私はルーク兄様の腕の中で、知らない間に意識を失った。
目が覚めると、私はベッドの中にいた。でも、寮のベッドではない。いつもは目が覚めたらピンク色の天蓋が目に入るんだけど、このベッドの天蓋は、白を基調とし金のラメが施された豪華な天蓋で、一瞬で、自分の寮ではないと分かった。
ここは、どこだろう……でも、どこかで見たことあるような……
私がぼんやりと天蓋を眺めていると、横のほうからクラウス先生の声が聞こえた。
「ソフィー様、お目覚めになりましたか?」
ああ、いつもの優しい声がする……
私は、声のする方へ顔を向けた。
クラウス先生が心配そうに、私の顔を覗き込んでいらっしゃる。
ああ、いつもの美しカッコ良すぎる先生のお顔だ……
私はいつものクラウス先生を見て、なんだかほっとして、涙がこぼれてしまった。
「クラウス先生、申し訳ありませんでした……」
私は、声が震えて、それだけ言うのがやっとだった。




