マケイラ様の正体
「どうして……マケイラ様が……?」
マケイラ様は、ニヤリと笑って私の方へ歩いてきた。
「どうしてか、ですって? それはわたくし自身が魔物を生み出す、貪汚の源だからですわ!」
そう言ってマケイラ様は、悪魔の姿へ豹変してしまった!
ま、マケイラ様が、悪魔だったなんて!!
しかも、言葉が喋れるということは、上級悪魔だよね!?
なんか、角生えてるし、牙生えてるし、赤い髪は伸び散らかし、瞳は……白目と一体化して、全部が灰色になってしまっている。肌の色は土褐色で、なんか、体も一回り以上大きくなってるし、いったいこれ、どういうこと!?
私は驚きと恐怖で、言葉を失っていると……上級悪魔は言った。
「魔王様が、お前を連れてこいと五月蠅いんだよ。せっかく色々準備して、ここまで追い詰めたのに、まだお前、貪汚落ち、しないね? 仲間になったほうが手っ取り早く連れていけるから、そっちのほうが良かったのに」
……上級悪魔が、今まで私をイジメて来た理由は、私を貪汚落ちさせて、魔界に連れて行きたかったからか。
私はまだ驚きで、言葉を発せられないでいた。
とりあえず今、必死で脳内の処理速度を上げ、状況把握に努めている。それをするのが、やっとだ。
すると、上級悪魔がため息交じりに”やれやれ”って感じで話し始めた。
「お前はモーゼの杖を持ってるから、高位の貴族や王族とも繋がりがあるんで、そいつらにバレないように、お前を貪汚落ちさせるため私がしてきた努力、どれほど大変だったことか……それなのに……
まあ、まだ終わっちゃいないわ。とにかく魔王様はね、お前を殺さず連れて来いというのよ。殺してしまったら、大天使ウリエルがモーゼの杖を回収するかも知れないからですって。なのでまあ……話し合いをしましょうか?」
私は上級悪魔の提案に、体も思考も固まってしまった。
は、話し合いですって? いったい何の!?
こんなに話ができて、しかも巡らす策がホント陰湿極まりないので、この上級悪魔は相当知能があると思っていいと思う。でも、こいつは神体山解放時の七大悪魔みたいに自分の名前を名乗らないので、七大悪魔では、ないのかな? 以前対峙した七大悪魔、ジミマイや、アスモダイも、自分のこと名乗ってたし。
でも、こいつが上級悪魔なのには、違いない。しかも、上級にも色々あるっぽいから、上級でも上のほうじゃないだろうか?
そんな奴の甘言にまた乗せられたら、たまったもんじゃない。
あと、周りにいた取り巻き女子たちも、あれも悪魔なんだろうか?
そんなことを考えていたら、また上級悪魔が話を始めた。
「お前さあ、皆から相当嫌われてるよ? 私がクラスの生徒たちにしたことなんて、ほんの些細な事だよ。既にお前への妬み、嫉みを持ってる奴らが多くてね、そこをちょちょいと小突いてやったら、みるみるうちに貪汚を募らせて、見ていて面白いほどだったね。私のコバンザメ四人は、もうあれは助からないだろうね。貪汚に九割突っ込んでるから貪汚落ちも間近だろう。で、他の生徒たちも、結構貪汚に侵されてるよ? ほとんど女だけどね。いやあホント、女の嫉妬ってイヤだねぇ~。まあ、男も少しいるけどね。特に、魔力の少ないイジケた男。『平民出身のくせに俺より魔力多いなんて!』とか言って、憎悪を膨らませていたなあ。……お前、よくこんな世界で生きて行こうと思えるね?」
……これは、完全に神体山解放の流れと同じだ。
私の心に絶望を与えて、そして、私の貪汚落ちを狙うんだ。
……にしても、あの取り巻き女子たちは、元々悪魔だったわけではなく、元々私のことがキライだったんだな。
そして、この上級悪魔の言うことを信じるならだけど、もう貪汚にどっぷり浸かってしまっていて、助からないという。
そして、私を睨みつける系の他の生徒たちも、結構重症っぽく、『リズレクション』をかけてもいったいどれだけの貪汚を浄化して、元の状態に戻せるのかどうか。
ひょっとしたら後遺症が残り、王都にある貪汚精神病患者専用の隔離病棟行きになるかも知れないな……
私をキライだというだけで……
私は、なんだかだんだんと、自分が生きてる価値のない人間のような気がしてきた。
っていうか、元々そうだったんだよ、私。前世だって、産み落とした親に殴り殺されたし、現世でも生みの親は、私をひたすら虐待してた。
そんな人間に……価値がないのは、当たり前か。
そもそも今回のことで、私は面目丸つぶれどころか、こんな騒ぎの原因になって、もうホント救いようがない。
王立学院内の至る所での、魔物発生諸悪の根源は私だ。私さえ王立学院内をうろうろしなければ、魔物発生の元となる”貪汚の魔石”をばら撒かれたりすることはなかったのだから。
おまけに、クラスメートたちの貪汚を根源も、私だ。
きっと、私がいなくなれば、全て丸く、治まるんだな……
平民出身の私が、身の程知らずにも背伸びしたからだ……
クラウス先生がいくら、”ご自分を大切に”とか、”王族と同等”とか仰ってたけど、でも、そんな風に私を見てくれる人は、クラウス先生……いなかったよ?
もちろん、それはクラウス先生のせいじゃないけれど。
私がただ、前世から受け継ぎ拗らせてしまっている”イジメ免罪符オーラ”を断ち切れない、それだけのことだ。
クラウス先生には、よくしてもらったし感謝しかないから、先生の見立て違いだなどと、責任をなすりつけようなんてこれっぽっちも思わない。
ただ、先生のご期待に添えられなくて、申し訳なかったな……
私は、貧血と寝不足、そして昨日の朝から何も食べてないのもあり、だんだんと意識朦朧としてきた。
もちろん上級悪魔はすかさずそこを、突いてくる。
「これからお前は、この一連の騒ぎの犯人にされる。悪魔を引き込み、”貪汚の魔石”をばら撒き、魔物を狂暴化させ、校舎内魔物を発生させ、そんな前代未聞の事件を起こし、お前はさらに、非難の目にさらされるであろう。お前はこれまで無視されたり、ぶつかって来られたり、辛い思いをしただろうが、それ以上の酷い仕打ちが、今後お前の身に降りかかる。それでもお前は、この世界に留まるというのか? 何のために? 辛いだけだろう?」
この悪魔は、凄い……さすが、上級悪魔だ。
ここまで私を徐々にイジメてきたのも、私にフラストレーションを貯めさせた上で、ここぞという時にこういう作戦に出てくるもの、おまけに、その作戦に合わせて私の精神力と体力を、タイミング良くどん底に突き落としてくるのも、全て、計算通りだと思う。
流石に、貧血状態でフラフラなところまでは想定外かも知れないけれど、私が夜も寝られず、食事も喉が通らないくらいのことは、全て、お見通しのはずだ。
そして最後には、自分のした悪事を全て私に擦り付けるのも、全部、段取り通りなんだ。
これは、魔王サタンの指南だろうか? それは、私には分からない。
でも、体力も精神力も限界で、視界がだんだんと暗くなってきて、考えることも、できなくなってきた……
「そうだ……そのまま大人しくしているように……私が少しばかし小突けば、それほどの闇の魔力を貯めている状態のお前ならば、貪汚落ちも、あっという間だろう……」
そう言ってる上級悪魔の声が、何となく遠くのほうで聞こえた気がした。
狭まる視界には、ぼんやりと上級悪魔が、こちらに歩み寄って来ているような気がする……
……
意識が途切れそうになった瞬間、突然誰かが私を後ろから、肩を激しく揺さぶるのが分かった。
「ソフィー、しっかりするんだ! ソフィー!」
ふと振り向いたら、そこには金色の瞳で心配そうに私を見つめる、ルーク兄様がいた。
「……ルーク、兄様……?」
「助けに来た! まずはとにかく、気を、しっかり持ってくれ!!」
ルーク兄様は私の肩をもう一度、二、三回激しく揺さぶった。
なんか、少し脳震盪を起こしたような気分になったけど、しばらくすると、ぼんやりしていた頭の中が、少しだけ、もやがとれていくような気がした。
すると、悪魔がジリジリと私たちに寄ってきた。
「誰だ、お前は……?」
「お前に名乗る名前などない! お前を成敗するために来た!!」
私は、随分と脳内がマシになってきたような感じがしたので、とりあえずルーク兄様の背中に、よろよろと回り込んだ。
まだ、意識ははっきりしないけど……でも、ルーク兄様だけは、絶対に助けないと……助けないと……!
私は、必死で意識を保ち、モーゼの杖を出して、力強く握りしめた。
心なしか、強く光った気がする。
「ほほう、それがモーゼの杖か……なるほど? それでそこの坊や。お前は私を成敗するとか言ってるが、私はご覧の通り、言葉も喋れる上級悪魔だ。お前はまだ学生で知らないんだろうけれど、上級悪魔を倒すには、特別な武器がいるんだよ? 十五歳にも満たないそこらの、特別な武器も持たないお子さまが、この私とどうやって張り合おうって言うんだい。悪いことは言わないから、下がったほうがいい、ケガするよ、坊や」
上級悪魔はニヤリと笑いながら、ルーク兄様に歩み寄って行く。
ああ、この上級悪魔はルーク兄様が光の一族で、上級悪魔も倒せる剣を持ってるのを知らないんだ……
どうしよう、ルーク兄様にお任せしたほうがいいのか。
それとも、ジミマイのときみたいにモーゼの杖をぶっ放したほうがいいのか。
でも、ジミマイのときは仮の姿だったからやっつけることができたけど、この上級悪魔はどうやら本体っぽい。
本体でも一撃でいけるのか?
聖具であるモーゼの杖なら、それも可能なんだろうか?
それとも、ジミマイの時の攻撃は、私が危険に陥ったからウリエルが特別にしてくれた処置とかで、私が危険に陥らないと、あんな風に勝手に攻撃したりはできないのだろうか?
私がきちんと意思を持って、あの攻撃をするにはどうすればいいんだろう?
そう言えば私、あの攻撃の呪文、知らない。
どうしようか……
私は小声で「ルーク兄様」と声をかけた。
ルーク兄様は一瞬だけ私のほうを見て、目で、牽制された。そして、「大丈夫だ」と仰った。
……そうか、それならば、私のやることはひとつ。ルーク兄様の援護だ。
幸い上級悪魔はルーク兄様に対して、油断している。恐らく、とっとと兄様を片付けて、そのあと私を貪汚落ちさせたらいいって、勝手に楽観的に考えているんだと思う。
ルーク兄様のこと、めっちゃ”坊や”呼ばわりしてたし。
なので、この油断を利用しない手はない。
私は何となく気分が悪いフリをして、さらに兄様の背中に完全に隠れ、モーゼの杖を握り、思いつくままにこっそり呪文を唱えた。
防護力上昇の『トゥテラサージ』
筋力上昇の『ヴァリドゥスサージ』
あと、超加速の『アッチェレラートゥス』
事前にできることはこれくらいしかできることないけれど、ルーク兄様、大丈夫だろうか……
私は疲れているフリをしつつ真後ろにいるので、わざわざ兄様の顔色をうかがったりはできないけれど、ルーク兄様は小声で「ありがとう」と仰ったので、きっとこれで大丈夫だと思う。
あとは、ルーク兄様がピンチに陥ったときにすぐさま援護射撃ができるよう、攻撃の準備をするだけだ。
私はその時のために、さらにいっそう気を引き締めた。




