魔石の素材採集授業
私は教室に入った。空気が悪いのは、相変わらずだ。
私はひとりぽつんと、いつものように着席をする。
例のマケイラ様とその取り巻き一行は、私に対して不敵な笑みを浮かべていた。話しかけて来る様子はない。どうするつもりだろうか。
でも、昨日私にあんな事させたくらいだ。今日は何かしら、アクションはあると思う。
私は、私に向けられるありとあらゆる視線を無視して、授業の準備をした。
そして、特に今までと変わらない感じで淡々と様々な授業をこなしていると、ついに今日の最後の授業になってしまった。ジョルジュ先生の素材採集の時間だ。
今のところマケイラ様とその取り巻き一行は、ただ私を睨みつけ、不敵な笑みを投げかけるだけで、何か行動に起こす気配はない……それが余計、何を考えているのかわからなくて、不安がよぎる。
ジョルジュ先生と、助手の先生方の引率で、私たち闇クラスの生徒たちは、素材採集の場所へと向かった。
王立学院には魔石の素材となる植物や魔物を狩る場所がある。
それらの植物や魔物は、林の一区画を防御壁で囲われ、王立学院で管理されていて、そこから採集することができる。
防御壁で囲われている一番の理由は、魔物を発生させやすくするために、貪汚膿をあえていくつか置いているからだ。ちなみに貪汚膿はどこから仕入れるのかというと、貪汚膿に侵されたヒノキの根っこには貪汚膿がまだ残っているので、その根っこをいくつか配置し、魔物を発生させるという。
貪汚膿は抽出して魔石にもできるらしいけれど、その作業がかなり危険とかで作業中に貪汚落ちする可能性もあったり、また魔物も必要以上に強くなりすぎるとかで、とにかく危ないので魔石にしたりはしないそうだ。
そういえば、初めて皆んなと一緒に神体山解放に行ったときにクラウス先生が仰ってた。自分は一枚岩の上には乗れないって、申し訳なさそうに……。
ひょっとしたら、一枚岩の上に乗っても貪汚落ちしない私なら、貪汚の魔石を作れるのかも知れないけれど、どうなんだろう? まあ、ヒノキのような植物系の素材から魔石にする前の過程の精製抽出授業をまだ習っていないので、どっちにしろ今は作れない……別に、そんな怖そうなの、作ろうとも思わないけど。
でも、植物系の素材から魔石を作るのは、抽出精製作業が必要なので話に聞く限り面倒だなあと思うけれど、魔物の魔石採集は、魔物をやっつけるだけで魔石になってくれるので、魔物のほうが手間がなくて、いいのかな?
それとも、魔物だと戦わないとダメなので、やっぱりそれが手間という考え方もあるのかな?
貪汚に侵されたヒノキ以外の植物系素材で魔石を作るのは、抽出精製作業が面倒ではあるけれど、それ自体に危険はないので、どちらのほうがいいのかは、その人の好みによるのかも知れない。
あと、その貪汚に侵されたヒノキがその辺に散らばっているからといって、安易に貪汚落ちするということはない。あくまで貪汚を魔石化する作業が危険だと教えられた。
なので、以前したようにイラエ山に皆んなで神体山の調査をするだけなら問題ないし、未開放の神体山に行くだけなら、それだけで貪汚落ちということにはならないという。
でも、未開放の神体山の一枚岩には、貪汚の核が集結し、そこから神体山全体に貪汚が蔓延っているようなイメージなので、未開放の一枚岩だけには、私以外は乗ることができないそうだ。
ちなみに、解放前の神体山にはめちゃいっぱい魔物がいるけれど、そこから魔物を連れて来たりということはしないという。
手間がかかるなどの様々な理由があるけれど、一番の理由は、神体山に生息する魔物が、一年生の生徒が相手にするには、かなり強くて危険だからだ。
王立学院の素材採集用に、少しの貪汚膿で発生する魔物は、ダークコヨーテやバイトワスプなど、いわゆる雑魚魔物ばかりなんだけど、神体山はほぼ山まるごと貪汚膿なんで、発生する魔物はかなり強く、王立学院で学んだばかりの学生が、相手にしていい魔物ではないという。
でも、そう言えば以前のエレガンドゥード山解放のとき、その強い魔物たちを相手に、アドリアーナ先生やエイデン先生は、大した事ないだの、コバエだのと言って、余裕しゃくしゃくでやっつけてたんだけど……。
先生たち、本当にスゴイんだな……。
もちろん、その時一緒に戦ってくれていた、クラウス先生をはじめ、ルーク兄様、ルシフェル、そして騎士団の皆さま、神体山解放選抜に選ばれた生徒の皆さんたちも、そうなんだけどね。
でも、こう見えても私、クラウス先生にはそこそこ魔法、仕込まれてるし、こんなところで初心者扱いされるのも、何だかもどかしい気持ちにもなっちゃうな……。
まあ、生徒の安全を考えてレベルを考えるのは、王立学院側としては当然のことなんだけれど。
そんなことを考えながら歩いていると、林の一区画である素材採集場は目と鼻の先まで来ていた。
ジョルジュ先生が生徒たちに告げられる。
「今から魔物を倒して魔石の回収をしますが、皆、ここに来るのは初めてですので、無理をしないように。補助の先生にも数人来てもらっていますので、困ったことがあればすぐに、私や助手の先生を頼って下さい」
そのお話が解散の合図となり、生徒たちは素材採集に向かった。
私は例によって例のごとく、単独行動だ。
それは全然構わない。むしろ、気楽だ。
私はさらに足を進めると、魔物が現れ始めたので、見つけたら手当たり次第倒していく。
倒すときに使用する魔法は、『セカーレ』だ。魔物たちは次々と、スパっと切られ、魔石になっていった。
でも何だろう、魔物が、話に聞いていたよりも強い気がする。
これ……ダークコヨーテじゃなくて、ダークウルフなんじゃ……。
でも、出現した魔物がダークコヨーテだろうがダークウルフだろうが、私のすることはひとつなので、淡々と魔物を退治し、魔石をゲットしていった。
先日の魔法の実戦授業で、今日の魔石採集に備え、魔法訓練施設で召喚された雑魚系魔物と初めて戦ってみたけれど、その授業が本番さながらだったんで、今日はちゃんと、対応できているな。
まあ、魔物のレベルが違うところは、ちょっと引っかかるっちゃ引っかかるけど……
あと、貧血で寝不足、ご飯も昨日の朝から何も食べてないので、体力的には、ちょっとキツイな……
私がそんなことを考えていると、向こうの方から悲鳴が聞こえて来た。
「キマイラインジェンスだ!」
え、ちょっと待って、キマイラインジェンスって、キマイラの上位種じゃないの? 確か、キマイラをさらに大きくした魔物って、授業で習った。
それが、なんでここに!?
その声と共に、ジョルジュ先生の声が聞こえた。
「想定していない魔物が出没しました! 今すぐ生徒たちは避難を!!」
その掛け声を聞いた助手の先生たちは、近くにいる生徒たちを誘導し、ジョルジュ先生と共に生徒たちを素材回収場から直ちに避難させた。
いったん素材採集場から離れて、ジョルジュ先生が生徒たちの人数を確認する。
誰も欠けていない。
ジョルジュ先生は一瞬ホッとされたのも束の間、すぐに表情を引き締め、話を始められた。
「今日は予期しないことが起こりましたので、今日の授業はこれで終了致します。原因を直ちに調査しなければなりませんので、何か変わったと思うこと、感じたことありましたら、今すぐ私に報告して下さい」
するとマケイラ様が、意気揚々と話を始められた。
「わたくし、こんなものを見つけましたわ」
マケイラ様が何やら特殊な手袋をはめ、持っていたのは、黒紫色の貪汚の瘴気を帯びた、明らかに怪しい魔石だった。
すると、取り巻き女子のひとりも、同じように特殊な手袋をはめて魔石を持ち、私たちに見せて、言った。
「わたくしも、先ほど見つけましたわ」
すると、ジョルジュ先生は静かに、
「なるほど、魔物異常発生の原因が分かりました……”貪汚の魔石”が原因です」
と仰った。
なんでもその明らかに見るからに怪しい貪汚の魔石が、おびただしいレベルの貪汚を含んでいて、そのため魔物が狂暴化したそうだ。
危険な魔石なので、すぐさまジョルジュ先生と助手の先生方が浄化される。
……でもいったい、なんでそんなものがここに?
私が不思議に思っていると、マケイラ様が言った。
「わたくし昨日、この素材採集場にソフィー様がおひとりで、何やらこそこそしていらっしゃるのを、確かに見ましたわ」
私は、マケイラ様のその発言に、顔面真っ青になった。
そしてその言葉と同時に、ジョルジュ先生はじめ、生徒たち、助手の先生全員の視線が私に注がれる。
ちょ、ちょっと待って? 確かに私は昨日、ここに来たけど、でもそれは、この人たちが失くしたと自称される魔法書を探すためで……
私は、わなわなと震え始めた。
すると次々に取り巻き女子たちが、
「わたくしも見ましたわ」
「わたくしも」
と言い始め、ついにジョルジュ先生が、
「他に誰か、何か見た人はいますか?」
と問われると、クラスの、特に私を日々睨みつけている派の生徒たちが次々に、「私もソフィー様を見ました」「わたくしも」と言い始め、
しまいにはマケイラ様が、
「しかも、こそこそされていたのは、ここ素材採集場だけじゃございませんのよ。昨日は授業をおサボりになってまで、ありとあらゆる場所を練り歩き、こそこそと何かしていらっしゃいましたわ。多数の生徒が、それを目撃しておりますので、証人は何人でもいらっしゃいます」
「多数というのは、どれくらいだね?」
「わたくしが聞いた話ですと、他学年の生徒たちも移動教室のときにソフィー様があちこちで、何やらしているのを見たと、伺っておりますわ。ジョルジュ先生もお調べになられたら、すぐにお分かりいただけるかと存じます。そして他の方からの目撃談がある場所からも魔物が発生したり、貪汚の魔石が見つかれば、ソフィー様が犯人で、間違いありませんわね」
と、マケイラ様が、私を見下した目線を投げつけ、言った。
私は、絶句した。
そして、ショックで震えが止まらなかった。
悔しすぎて涙が溢れそうになったけれど、でも泣きたくなかったので、必死に我慢した。
「……わ、私は、皆さまの魔法書を探して欲しいと言われたので、手伝っただけです」
私は涙をこらえていたので、これだけ言うのが精一杯だった。
「魔法書を探すですって? わたくしたち、そんなこと頼んでおりませんわ。ねえ、皆さま?」
マケイラ様は取り巻き女子たちに視線を投げると、競うように「そんなこと言っておりませんわ」「なんて白々しい嘘をつくのかしら」と、口々に言い出した。
「何故わたくしたちが魔法書をソフィー様に探させるのか、その思考回路、わたくしさっぱり分かりませんが、もしその主張が事実だと仰るのなら、証拠をお出しなさいな、証拠を」
証拠なんて、ある訳ない。
だって、魔法書を探してくれっていうのは、口約束だし、昨日の探索時の、あそこ探せ、ここ探せっていう指示を私に出したのは、今思えば、周りに誰もいない時だった。
そして今、冷静になって振り返ってみると、一昨日の魔法書失くしました事件から今日までのことが点と点で結ばれ、陰謀の全容が、だんだんと見え始めて来た。
他学年が移動教室などある時間帯に、マケイラ様たちが私に、わざと目立つように探させて、多くの生徒を証人にしたんだ。私が昨日、王立学院内を一日中うろついてたって、証言させるように。
そして、自分たちが私に指示したことはバレないように、指示を出すときは誰もいないときにして。
仮にもし私の名前が分からなくても、この真っ黒な髪色は珍しいし、リボンの色で一年生と分かるので、目撃した生徒たちから詳細を聞けば、私まで辿り着くのは極めてたやすい。
そんなことまで考えられた上で……
そう、私は嵌められたんだ……
一縷の望みと言えば、私のクラスの関わりたくない系の人だ。その生徒たちは一昨日の魔法書のトラブルを、最初のほうだけだけど、少し見ている。
誰か、私の助けになってくれる人は……
私は、クラスメートを見まわして見た。
そしてそこにはやはり私の予想通りの、いつもの光景が見えた。
関わりたくない系の生徒は、もちろんこういうときも……いや、こういうときだからこそ余計にかな、関わりたくないオーラ全開で、私とは絶対に目を合わせないと、ひたすら俯いていた。
私はその様子に一瞬呆然となったけれど、すぐさま諦めの境地に至った。
知ってたけど、やっぱりなって思ったけど、でも、予想通り誰も、真実を告げようとしてくれる人は、いなかった。




