前世からずっと私にこびりつく、”イジメ免罪符オーラ”
王立学院中を捜索し、マケイラ様が私に帰宅の許可を出したので、言いようのない悔しさや、理不尽な怒りを感じつつも、寮に戻ってきた。
手指の傷は”ヒール”で治したけれど、とにかく足腰くたくたで、私は寮に帰るや否や、ベッドに突っ伏した。本当は寮の食堂にご飯を食べに行かないといけないんだけど、そんな気力はもう、全くない。
もちろん、何か食べ物をお腹に入れようという、気にすらならないのもあるけれど。
私はただベッドの上で、じっと突っ伏し動かないでいると、ドミがドアをコンコンと鳴らした。
「入っていいですよ」
と言いながら、私はベッドの上に座りなおすと、ドミが部屋に入ってきた。
「ソフィー様、夕食を取りに食堂へ参られないのですか?」
「ああ、はい、あまりお腹が空いていないので……。それで、何の用でしょう?」
「いえ、ソフィー様のご様子が、昨日から非常にお疲れのご様子で……。今日はお風呂の日ではございませんが、お風呂でもいかがかなと思い、お伺いに参りました」
……ドミって本当に気が利くな。
あと、ドミって凄く敏感だから、私を心配して色々気にかけてくれているのが、よく分かる。
もちろん私は、警戒MAXで、色々悟られないようにしようと頑張っているんだけど、”どこかおかしい”とはもう、思われているみたいだった。
いつも私は、勉強が大変だとしきりに言い、誤魔化していて、昨日もそうしてたんだけど、でも、流石に昨日は誤魔化しきれなかったみたいだ。
そして、今も。
心配させて、悪かったな……。
私は申し訳ない気持ちになりつつも、まずはドミにお礼を述べ、言った。
「ドミ、いつもありがとう。ではお風呂、頂きたいと思います」
頑張って笑顔でそう言うと、ドミは少し寂しそうに笑って、
「では、準備して参りますね。あと、いつでも食べられる軽食もお持ち致しますので、少々お待ち下さいませ」
そう言って、お風呂と軽食の準備のため、部屋から出て行った。
ドミが部屋から出て行ったので、私はまたベッドの上でゴロンとなり、自分の手指を見た。
手指のケガは”ヒール”でキレイに治るんだな。でも、疲労感や倦怠感などは”ヒール”では取れないのか……。
そういった疲労感や倦怠感みたいなのは、別の魔法でしか治せないのかな。
それとも、もともとメンタルの部分が占める割合が多い問題なので、魔法云々関係ないとか、あるのかも知れない。
いつか、クラウス先生に質問してみようと思う。
でも、最近また闇の魔力は増加傾向に対して、光属性の魔力は一切伸びてないんで、もし仮に魔法があったとしても、覚えられるかどうか……難しい魔法じゃなければ、大丈夫と思うけれど……
それにしても、こんな状況ずっと続いていたら、いつまでたっても闇属性の魔力ばっかり伸びて、光属性の魔力はちっとも育たない。せっかくボールドウィン侯爵家の養女になるよう取り計らって下さったのに、これじゃあ、なんの意味もないんじゃないかな……
何とかしたいんだけれど……
私がベッドの上で軽くため息をつくと、ドミが戻って来て、色々準備をし始めた。
まずは軽食をテーブルの上に置き、魔石を湯舟にはめ込んでお湯を沸かしながら、私の着替えを手伝って、制服を片付けたり、やることがホント無駄なくスムーズだ。
そうこうしていると、すぐにお風呂が沸いた。
「ソフィー様、お風呂の準備が整いました。軽食のほうは、こちらのテーブルに置いておきますね。また何かご用がございましたら、遠慮なくお呼び下さいませ。それでは失礼致します」
ドミはそう言って、部屋から出て行った。
思慮深く、何でもテキパキこなし、見るからに”できる女の手本”って感じで、同じ女性である私も、その仕事っぷりに惚れ惚れするほどだ。
本当に、憧れちゃうな……。
そんなことをぼんやりと思いながら、私は早速湯舟につかった。
ドミが準備してくれたお風呂は、いつもと同じはずなんだけど、なんだかいつもと違って暖かさが、皮膚を伝って体に骨に、じんわりと徐々に沁み入るようだった。
だから、自然と涙が出て来た。
どうして異世界まで来て、イジメられないといけないのか。
どうして前世を引きずったまま、この世界でもこんな仕打ちに遭うのか。
そう言えば転生した先も、虐待されてる子供だった。
どうして私はいつまで経っても、こんな人生なんだろう?
それはきっと、私は生まれながらに虐待され、この世に私を産み落とした親にすら、虐げられるのが当たり前だったから。
そして、その育っていく過程で、私の体に沁みついてしまったんだ。人から蔑ろにされ、虐められ、人間扱いされなくても良いというオーラが。
そりゃそうよね、ずっと虐げられてきたんだから、虐げられる受け答えしか、私、できない。
まともに育ってないから、まともな人の言動なんてできないし、普通に育った人の思考回路も、持ち合わせていない。
だから、そんな”イジメ免罪符オーラ”をずっと四六時中、どんよりと滲み出させているから、皆んな私を嫌って、虐めるんだ。
でも、生まれながらに染みついてしまったそのオーラを、どうしていいかなんて、分かんない。
そして、この”イジメ免罪符オーラ”を拭い去ることができないから、この負の連鎖を断ち切れないし、抜け出せない。
しかも私は、前世と現世で、ダブル分の”イジメ免罪符オーラ”を放っているに違いない。
そんなの、なんとかしたくても、できないよ……できないよ!
私は感極まって、涙が止まらなくなってしまった。
その時、滲んだ視界を捉えたのは、体の角質を取り用と思われる、ヘチマたわしだった。
ヘチマたわしはとても固いんで使ったことないんだけど、今日は無意識に、ヘチマたわしを手に取った。
腕をこすってみる。とても、痛い。
でもこの痛さがなんだろう、なんだか私が生まれてから今までずっと培ってきた”負のオーラ”、”イジメ免罪符オーラ”を、除去してくれるような気がした。
この痛みに耐えれば、その代償として、普通の人と同じオーラになって、普通の生活ができるようになるかも知れない。
そう思った瞬間、私は自分の腕を、ヘチマたわしで思いっきりこすり始めた。
すると、腕は血まみれになり、湯舟には血が滲み始める。
私はもう、気がふれていたと思う。
でもおかまいなしに、体中をこすり、体中傷だらけ、そして、傷から湯舟に血が流れ続けるんだけど、感じる激痛も全て無視して、一心不乱に体をこすった。
”負のオーラ”や”イジメ免罪符オーラ”を、全て削ぎ取ってしまおうと、私は涙を流しながら、必死にこすった。
でも、湯舟は血に染まるだけで、いくら痛みに耐えたからといって、自分の”負のオーラ”や”イジメ免罪符オーラ”が、浄化されたような気になることは、やはりなかった。
私は、自分に”ヒール”をかけた。傷は、キレイに消えてなくなる。でも、心の虚しさは、募るばかりだった。
何をすればいいのか。
どうすれば、こんなに人かイジメられ、虐げられる人生から解放されるのか。
私のいったい何が悪い? 生まれ育った環境が悪かっただけだ。
そんなの、私に選びようがない。
私の異様な雰囲気を察して、私に近づく人は前世でもいなかったけれど、私がそれに対して不満で、特に誰かをイジメたりしたこともないし、ただ、皆んなの意を汲んで、迷惑かけないようにしようと、ひとりひっそりと、大人しくしてただけだ。
ただそれだけなのに、人はどうして、私を攻撃してくるんだろう?
”イジメ免罪符オーラ”を私が漂わせているからといって、必ず私をイジメなければならないという訳ではないはずだ。
私がキライで、私と関わりたくないなら、それでも構わない。人それぞれ好き嫌い、合う合わないがあること、私にも分かっている。私だって、私のことがキライなのに、無理して仲良くしようなんてしてくれなくていいって、心から思っている。
なのに、どうして人は私を見たら、虐げずにはいられないんだろう?
だから私は、この生まれながら……いや、生まれる前から培われた”イジメ免罪符オーラ”を剥ぎ取ることができるならと、
なんとかしよう、なんとかしたい、と思いながら、何度も何度も体をこすり、”ヒール”をかけるを繰り返した。
何度も、何度も……
何度も、何度も…………
朝になった。
”ヒール”をかけたので、体に傷ひとつないけれど、私は極度の貧血状態だった。
一応、あれから私は一晩中あんなことをしていた、という訳ではない。結局、自分の腕がだるくなり、筋力上昇魔法をかけたりもしたけれど、それでも限界に到達してしまったので、もう諦めることにした。
パジャマを着る腕の力はかろうじて残っていたので、それだけ羽織り、証拠隠滅のため浴槽を魔法で洗浄したあと、私はベッドに突っ伏した。
あれだけやったけど、私の”イジメ免罪符オーラ”が消え去ったとは、とても思えなかった。
……っていうか、ほとんど分かってた。あんなことしても、無駄だって。
でも、その”イジメ免罪符オーラ”を、消せるんじゃないかって少しでも頭に過ってしまったから、ほぼ衝動的に、どうしても試さずにはいられなかた……
”イジメ免罪符オーラ”、を私はどうしても、消したかったから……結局、当前のように、消せなかったけれど……。
そんなことをずっと考えていた私は、結局一睡もできなかった。
一睡もできず、かつ様々な嫌な記憶がフラッシュバックしては消え、フラッシュバックしては消えを繰り返し、心も荒み、息苦しい思いでいると、闇の魔力が膨らんできて、だんだんヤバくなってきたので、魔力の器を広げるのにひと晩費やした。
それにしても今日は、貧血に睡眠不足、おまけに溢れんばかりの魔力を抑えるのに、一日過ごすの大変だな……。
私がそんなことを考えていると、ドミが朝の支度のために、やって来た。
いつもの挨拶のあと、私を制服に着替えさせながら、ドミが私に話しかけて来た。
「昨晩の軽食は、お召し上がりにならなかったのですね」
「……はい、わざわざ用意してもらったのに……でもお気遣い、ありがとう」
「いえ……では、朝ご飯を食べに食堂には参られますよね?」
「……ああ、いえ、あんまりお腹が空いていないので……」
「ですが、昨日の晩ご飯も召し上がっていらっしゃらないのに……」
「ドミ……ちょっと私、今起き抜けだからか胃がご飯を受け付けなくて……心配かけてごめんなさい」
「そう、ですか……あと、今日は浴槽を綺麗にして下さったのですね」
「……はい、実は魔力が今も結構有り余ってて……魔力消費に使いました」
「魔力の状態が、あまりよろしくないのでしょうか? ソフィー様、今日は少し、顔色が悪いようにお見受け致します。日頃頑張り過ぎていらっしゃるように思いますし、一日くらい、お休みされてはどうでしょうか……」
休みたいのは山々なんだけど、例のマケイラ様の件が片付かないことには、気持ちも落ち着かなくて、おちおち体も休められないんだよね。だから、今日行って、妙な因縁をこれ以上つけられないのを確認してから、その後は、ホントにそうだな、体調も良くないし、単位も取ってて進級にも問題ないから、数日くらいは休んでもいいかも知れない。
私は、心配そうな顔をするドミに、笑顔で答えた。
「そうですね。今日はどうしても受けたい授業があるので行きますが、明日以降も体調が戻らない場合は、少しお休みすることも、考えてみますね」
私の言葉にドミは、どこか寂しそうに微笑んで、「承知致しました」と答えた。




