さらに酷くなるイジメ
二月も終わりになろうとしていて、少し寒さが和らいできた頃だというのに、それでもまだ凍り付くような場所が、王立学院の中にはあった。
それは、私がいる一年生の闇クラスだ。
もちろん、凍り付くというのは単なる比喩表現で、そんな風に思っているのは、クラスの中で私だけかも知れないけれど。
イジメは相変わらず続いていて、私を睨みつける派と、関わりたくない派に二分されているのも、相変わらずの光景なんだけど、その睨みつける派のピリピリ感に関しては、以前よりさらに増してきたというか、おどろおどろしい感が半端なく、極めて空気が悪い。
緊張は、ピークに達しているように思えた。
そして、今日の授業が終わり、教室から先生が出て行かれた。
これで学期終了まで、あと十五日……。
私はそんな、学期終了までの日数を、指折り数えるのが日課の、暗い毎日を送っていた。
そして軽くため息をつき、席から立とうとしたとき、イジメ主犯格であるマケイラ様が、突然大声を上げた。
「わたくしの魔法書が、ございませんわ!」
なんか、失くしたらしい。でも、関わったら碌なことがないと分かっているので、私は速攻席を立った。
でもそこへ、マケイラ様とその取り巻き女子生徒たちが、私の周りを取り囲んだ。
「ソフィー様、ご存じじゃありませんの?」
薄いグレーの瞳が、どことなく濁っていて、怖い。
恐怖を感じて一刻も早くここを立ち去ろうと思い、手短に、「私は何にも知りません」と言って帰ろうとすると、取り巻き女子生徒たちが、行く手を阻んで私を通してはくれなかった。
「本当ですの? おかしいですわね」
おかしいも何も、私は何も知らない。そもそも何の関りもなかったのに、なんで私が突然、マケイラ様の魔法書を持ってるって思うんだろう?
マケイラ様と、取り巻き女子たちが、じりじりと私に迫って来る。
周りを見ると、関わりたくない派の生徒たちが、私とは絶対に目を合わすまいと、素早く教室から退出していく。
あの慌てぶり、私を泥棒として見ているのではなく、何かを知っていて、でも隠しているような雰囲気だな、と思った。
マケイラ様一派はさらにじりじりと迫って来る。私は後ずさりすると、少し体制を崩してしまい、机に手をついた。
その時に、取り巻き女子たちが素早く私の手提げカバンを奪い、中を漁り始めた。
「何するんですか!?」
私が取り戻そうとした瞬間、カバンの中身が床に散乱し、その中には、同じ魔法書が二冊、投げ出されていた。
……なんで、魔法書が二冊も??
私は驚いて、言葉が出てこない。
すると、取り巻き女子たちが二冊の魔法書を拾い上げ、マケイラ様に渡した。
「……どういうことか、説明して頂けませんでしょうか?」
「わ、私は、何も知りません!」
「知りません、では説明になっておりませんわ。わたしは何故、魔法書を二冊持っているのかと、伺っているのです」
パラパラと魔法書をめくるマケイラ様、二冊のうち一冊の本の最後のページには、マケイラ様の署名があった。
その魔法書は、マケイラ様のものだった。
私は、顔面蒼白になる。
だって、なんで、マケイラ様の本が……?
私は、わなわなと震え出した。
「この本は、わたくしのものですわ。既に一冊お持ちなのに、もう一冊、盗んでまで欲しがるなんて、さすが平民出身、魔法書を売り飛ばして、お金にしようとでもなさったのかしら? 本当に、お育ちが卑しすぎますわね」
「私は、盗んでません」
「じゃあ、どうして貴女のカバンから、わたくしの本が出て来たのです? 嘘も大概になさい! 悪あがきもここまで来ると、意地汚くて反吐が出ますわ、さすが平民出身ですわね!」
……どうしよう、私のカバンから魔法書が出て来た説明を、私はできない。
あの、関わりたくない系の生徒の様子を見ると、このマケイラ様一派が私を陥れるために何かしたのは、何となく分かるんだけど、それを証明するものが、私には何もない。
私は反論できず押し黙っていると、取り巻き女子たちが、次々と話し始めた。
「そう言えば、わたくしの魔法書も、どこかへ行ってしまい、困っていましたのよ。貴女が盗んだのね? 早く返してちょうだい!」
「まあ、わたくしもですわ。一冊だけでなく、何冊もだなんて、なんとまあ強欲! お育ちが卑しいと、意地汚さが隠し切れませんわね!」
「人の物を盗んで商売だなんて、なんとまあ、はしたないですわね! 早く返して下さらない?」
「この期に及んで嘘をつくなんて、厚顔無恥も甚だしいですわ! 侯爵家の養女になったからといったって、所詮平民は平民、発想が下品極まりないですわね!」
と、酷すぎる暴言、言いたい放題だ。
あまりに矢継ぎ早に畳みかけてくるんで、何て言い返していいのかも分からない。私はただただ呆然としていた。
それでも何か、考えないと。
身の潔白を証明するには、どうしたらいいんだろう?
私は盗んでいないんで、寮の部屋でもどこでも探して下さいって、本当なら言いたいところだけど、探してるフリをして、持って来た自分の魔法書を「見つけましたわ」などと、さも『私の部屋から見つけました』みたいなことをやりだしたら、目も当てられない。
今回、カバンから魔法書が出て来たことを考えると、最もやりそうなことだ。
私が何も言葉を発せられないでいると、マケイラ様が仰った。
「こうしして貴女のカバンから、わたくしの魔法書が出て来たのですもの。貴女の仰ることは全く信用できませんけれど……でも、どうしても盗んでいないと仰るなら、この王立学院の中、立ち入れる場所は全て探し回り、こちらの皆さまの魔法書を、探されたらいかがでしょう?」
な、なんでそんな発想になるの? しかも、王立学院中を探すだなんて、こんな広い敷地内で探し物をするとか、そんなの無理に決まっている。
もちろん一番無理な理由は、彼女たち自身が、魔法書を持ってるに違いないからなんだけど。
でも、私にそんなことさせるなんて、いったいどんな嫌がらせだろう? 学期末も近いんで、イジメのラストスパートでもかけ始めたのだろうか?
私は、そんなこと到底無理とばかりに、ただ押し黙った。
「そうですわね。明日一日、王立学院内中探し回って下さるのでしたら、もし仮に魔法書が出て来なくても、水に流してさしあげても、よろしいですわよ」
……完全に、私をイジメて面白がってるパターンだ。
「もちろん、探す努力もなさらず、嘘を言い張られるおつもりでしたら、私の魔法書が盗まれ、他の方々の魔法書も紛失されている状況を、ジョルジュ先生にお伝えするつもりですわ」
もちろん私は何も盗んでないので、本来ならば、勝手にしろって感じで、真実を訴えるんだけど、でも、前世でもそうだった。私の言うことは、残念ながら誰も耳を傾けてはくれない……
真実を訴えても濡れ衣を着せられ、さらには噓つきのレッテルを貼られるくらいなら、この案に乗ったほうが、いいんだろうか……
幸い、クラウス先生の家庭教師のお陰で、一年生で取るべき単位はもう既に全て習得、残りの十五日は消化試合に過ぎない。本当は来なくてもいいくらいだ。
……イヤな思いをしながらもマメに授業に来ていたのは、朝と夜の支度をしに来てくれるドミや、クラウス先生、ルーク兄様やルシフェルに、変に感づかれたくないと思って、それで来てただけなんだよね。
明日一日、王立学院内中を探し回れば、あとは事なきを得られるなら……
私は別に悪いこともしてないし、こんな案に乗る必要もなければ、それどころか本当はこんなこと、良くないことだとは分かっているけれど、でもそれで、この場を上手く収められるなら、頑なにならず柔軟性を働かせて、この案に乗っても、いいのかな……
何よりも、この案に乗れば、誰にも知られずに事なきを得るっていうのが、私にとってはとても甘美なささやきに聞こえ、そのささやきを、私は抗うことができなかった。
大好きな皆んなには、やっぱりこんなこと、知られたくないから……
「明日、丸一日学院内を、探し回れば、それでいいんですね……?」
私がそう言うと、マケイラ様は、ニヤリと笑った。
「ええ、そうですわ。こちらの王立学院は大変広うございますので、授業にも出ている暇もないと思いますけれど、まあ頑張って下さいまし。また、本当に探しているのか私たちも時々監視しに参りますので、もしそれで、きちんと探していらっしゃるのを確認できましたならば、この件は、これで終わりと致しましょう」
と、驚くほど上から目線で仰った。
正直、私は何も悪いことをしていないのに、どうしてこんな理不尽な目に遭わなければならないんだと、酷い憤りを覚えた。
でも、ひょっとしたら大人になるということは、理不尽なことも吞み込まなければならないことも、将来あるのかも知れない。王立学院は人間関係も学ぶ場だとジョルジュ先生も言っていた。
その予行練習のひとつと考え、あまり深く考えず、思考を停止し乗り切ってみようか……
私はこの考え方が、あまりにもこじつけ感満載で、無理にもほどがあるのは内心分かってはいたけれど、でも、何よりも大好きな皆んなに知られずに事無きを得たいので、自分の心を誤魔化すために、強引にそう思い込んだ。
「分かりました……」
私は、それだけ言うのが、やっとだった。
「では明日、時々見張りに参りますので」
マケイラ様がそう言って、踵を返すと、取り巻き女子たちもそれに続いて、教室から出て行った。
私は思わず脱力し、床にペタンと座り込んだ。
床に散乱した私の私物を呆然と眺める。
私は私物を片付けようと、まずひとつ自分の魔法書を手に取った瞬間、思わず涙が溢れてきて、魔法書の表紙が、私の涙で滲んだ。
翌日、私は言われた通り、王立学院中のあらゆる場所を回って、”ないもの”を捜索し始めた。
男子寮はもちろん入れないし、一年生のうちはまだ入れない場所とかも少しあったりするけれど、それ以外の場所、魔法訓練施設、闘技場、武術訓練施設、それに至るまでの渡り廊下、途中にある吹き抜け、噴水広場、庭、そして素材収集場のある林など、行けるところは隈なく、全部だ。
各施設には物置や倉庫などもあり、そこの場所も含まれている。
マケイラ様取り巻き女子が時々見張りにやって来て、私に注意や指図をし、また授業を受けるべく帰って行った。
なんであんな、私をイジメる人たちの言うことなんかを、律儀に聞かないといけないんだろう……
理不尽な言いように、どうしようもないほど耐えがたい気持ちに苛まれつつも、なんとか抑え込み、私は”ないもの”の捜索を続けた。
色んなところを捜索していると、だんだんと手指が擦り切れてきて、血が滲み始めた。
私はその血をぼんやりと眺めていると、
なんで私、こんなことしているんだろう……
という、なんだか虚しさが込み上げてきて、涙が溢れて来た。
私の涙は手指の傷にぽたぽたと落ちて、傷に沁み、そして心にも痛みが沁みた。




