エレガンドゥード山解放後に思うこと
「七大天使も現れましたよ、ご覧になりましたか?」
「いえ、私には、見えませんでした。これは以前の神体山解放の時と同じですね。宝帯の聖具を持っていたとなると、大天使ハニエルでしょうか?」
「仰る通りです。でも、今回も先生には見えなかったのですね……凄くキレイな大天使だったんです。少し、アドリアーナ先生に似ているんじゃないかって、ちょっと思いましたよ? っていうか、大天使ウリエルと違って、女性的でふわふわロングヘアだったから、そう思っただけかも知れませんけど」
「まあ、ハニエルは美と優雅を司る天使ですから、女性的な容姿でしょうね……ですが、アドリアーナ先生と似ているというのは、その、どうも……」
え、なんか、クラウス先生、困っていらっしゃる? 何か、あるのかな?
「私、アドリアーナ先生、今日が初対面ですけど、ま、まあ、個性的な先生だなあとは思いますけれど、王立学院の生徒の皆さんのために、貴重なヒノキを素材としてお持ち帰りになるなど、生徒思いの、ステキな先生と思いましたけれど……」
私は、少し後ろのほうにいる、アドリアーナ先生を見た。めっちゃ大きな木の丸太を十本以上、宝帯で運んでいらっしゃる。すごく、生徒思いだ。
「いや、まあ、ステキ……ともまあ、思うかも……いえ、どうでしょうか……」
……驚いた、びっくりするぐらい、歯切れが悪い。
「その、まあ、ソフィー様の仰るように、非常に個性的な先生で、また、その手腕により、正直、この世界が助けられた一面も、実はあったりも……いえ、あるのですが……それ以上につきましては、申し訳ありません、発言を控えさせて下さい」
いや、もちろん構いませんよ、仰りたくないこと仰らなくてもいいです。私だって、さっきの思念の話、めちゃ端折ってましたもん。
それにしても、この世界が助けられた一面があるというのは、アドリアーナ先生はこの世界で相当な功労者で、聖具を賜るに相応しい方でいらっしゃるんだろうけれど、それなのにこのクラウス先生の歯切れの悪さ、尋常じゃないと思う。一体何が、隠されているんだろう?
「まあ、いずれ分かるときが必ず来ます。アドリアーナ先生の本性を知れば、本当に驚きますので、今からその心づもりをしておいて下さい。今、私に言えるのは、それだけです」
本性を知ればって、またまた仰々しい話になってきたな。いったいどんな本性なんだろう?
世界を助けるくらいなんだから、少々変わっててもいいでしょうに。むしろそれくらい突拍子なことしないと、このジリ貧だった世界では、通用しないこともあったかも知れない。
……とは言いつつも、アドリアーナ先生がやっぱり相当個性的でいらっしゃるのは事実なんで、まあ、心の準備をしておくのに、こしたことはないかなって、思った。
「ご忠告、感謝致します。承知しました。ちなみに神体山の解放は、魔力消費量は前回のイラエ山と比べて大幅に増えましたが、神体山解放したあとの状況は、前回のときと、大差ないように思いました。先生ははたから見ていてどのように思われましたか?」
「そんなに魔力を消費されたのですか? 本当に私がお運びしなくても大丈夫なのでしょうか、今からでも遅くはありません、『ミコモーヴェレ』で移動しましょうか?」
「それは、大丈夫です、本当に。体感四割はまだ残っていると思います。ただ、思念が酷くて、魔力の器の広げながら、同時進行での魔力奉納となりましたので、現地調達分含めての、魔力大量消費です」
私は笑って言うんだけど、クラウス先生は、まだ心配そうなお顔をされている。
「とりあえず、承知いたしましたが……無理はなさらないで下さいね。すぐにお運び致しますので……
それにしてもソフィー様はまたご成長されたのですね。膨れ上がる魔力を入れるため魔力の器を広げながら、魔力エネルギーに変換し、魔力奉納、三つのことを同時にされるなんて、普通できません。私だってしたことございません。本当にご立派で、私も胸が熱くなりました」
そう仰って、私に優しい笑顔を向けられた。
そうか、私、成長したんだな。だったらちょっと嬉しいなって思った。
でも、わざわざ嘘をついて、クラウス先生に運んでもらおうとは思わない。
いやあ、そりゃあさあ、仮病使っていいんなら、そっちのほうが楽かなって、一瞬頭に過らないこともないけど、でも、皆んなと一緒に下山するのも楽しいし、嘘にそこまでメリットも感じられないし、全然これで、いいんだよね、うん。
そして、クラウス先生は、話を続けられた。
「それと、神体山解放の様子ですが、そちらは、前回と変わらないように思いました。まだ二度目ですが、何度見ても荘厳で、素晴らしい光景ですね。ボールドウィン侯爵……いえ、今日は騎士団長とお呼びしたほうがいいですね……騎士団長はじめ、ルーク様、ルシフェル様、他の皆さんも、凄く驚き、感嘆のため息をもらしていらっしゃいましたよ」
まあ、ルシフェルのことは知ってる。さっき、会うなり『ちょースゲー』って、言ってたし。
「ただ、前回と違うところは、前回は山頂に魔物がいなかったので、その光の祝福で、山頂にいた魔物も一掃されるということを、今回確認できたというところですね」
そうそう、私も驚いた。さらさらさらって感じで、粉になって消えていくんだもん、魔物。
でも、苦労なく魔物が消えてくれたのは、本当に良かった、良かった。
……いや、良かった、良かったなんだけど……
でもほんのちょっとだけ魔物が残って、クラウス先生はじめ、ルーク兄様、ルシフェル、そして養父様の実戦での戦いっぷりを観察してみたかった気も、ほんのちょっと、するかな?
山頂から一枚岩に行くまでは、皆んなが私を守って魔物と戦ってくれるけど、でもほとんど下向いてて、皆んなの実戦を堪能する余裕なんて、全くない。
以前、クラウス先生とルーク兄様、そしてルシフェルの剣の稽古は拝見したことあったけど、世界遺産に登録したほうがいいのではと真剣に思うほど、素晴らしかったもん。だから、実戦となると、これまた恐ろしいレベルでカッコいいに違いない。もちろん、養父様もだ。
一枚岩に着いたら、私は神体山解放に集中しなければならないので、皆さまの雄姿を拝見できないのは、本当に残念の極みかも知れないな。いつか、実戦での皆さまのご様子を、拝見できればいいと思う。
ああ、でも、実戦となると、皆んなが少なからず危険な目に遭うというわけで、それはそれでやっぱ困っちゃうし、うう、どうしよう!?
そう言えば、前世でアニメで見た、試合とか、対抗戦とかあったっけ。そういうのが、あればいいんではないかな?
まあ、それだと養父様は見れないけど、他の皆んなは見れる。ちょっと期待しておこう。
それにしても、神体山解放は、すっごく怖かったし、不安と緊張のピークだったし、前回と比べても魔力もめっちゃ使って、本当に疲れたけど、なんか、私はアニメの見過ぎなせいか、ちょっと、しっくり来ないっていうか、不思議だなあと思うところはある。
前世ではもっとこう、勧善懲悪な感じがしたんだよね。
で、流行りの傾向としては、悪魔や魔物側が善、って感じの勧善懲悪。
でもこの異世界は、前世の流行りを追っている世界ではないということは、なんとなく分かってきた。
悪魔や魔物側が善でもなければ、勧善懲悪でもない感じ。
勧善懲悪なら、もっとこう派手な感じで、悪をバサーっとぶった切るみたいな、そういう感じがあってもいいと思うんだけど、悪側のボスであろう魔王サタンは、『サタン様は、人を罪へと誘惑する御方。そして彼の御方は、食欲、肉欲、名声欲などあらゆる欲を使い、人々を誘惑する魔王……』ってアスモダイが言ってたし、クラウス先生の授業でも習ったけど、なんか古の時から生きてるのもありめっちゃ強いくせに、武力に固執するタイプでもないっぽいし……。
ただ何て言うか、バサーって感じの戦う系よりも、こういう心に訴えかけるやつのほうが、正直私にとってはダメージ大きいんだなって、分かった。
勧善懲悪のバサーってする戦う系やつは、ポーションとか魔法で回復できそうなイメージだけど、心にダメージ負う系のやつは、その記憶を消さない限り、傷が消えることはない。
今思い出しても今日見せられた凄惨な思念の数々は、本当に吐き気がする。アスモダイは、ちゃんと私のイタイところを突いてきた。改めて私は、ただ黙って虐げられるだけの存在だと、突きつけれた。でも私は跳ね返したい、皆んながいるから、虐げられるだけの人間のまま、決して終わりたくはない。
にしても、この世界の悪魔は、酷いやつだ、ホント。心を追い詰めて貪汚落ち狙いつつ、癒えることのない傷を、私の心に切り込んで来る。本当に厄介だ。
でも、対処できないわけではないと思う。
そのために王様は、私をボールドウィン侯爵家の養女となるよう命令された。お陰で私は日々、心癒されながら過ごしている。もちろん、今まで受けた心の傷が、すっかりなくなることはないけれど、でも、以前とは全く私は違う。これは、断言できる。
両面からのアプローチが必要だろうと思う。
王命通り、ボールドウィン侯爵家の皆さまと共に、楽しく過ごし、心癒される日々を送ると共に、ちょっとしたことですぐ貪汚落ちしてしまうような軟な精神力ではなく、ちょっとやそっとの苦痛には動じない精神力を、自身でもっと、養わなければならないなって思った。
なんか私は色々妄想していたら、隣にいるクラウス先生が、突然クスクスと笑い始めた。
「ソフィー様、眉間に皺が寄ってますよ」
あ、しまった、今回は眉間に皺だったか。
まだマシなほうだ。時々机の角見て何笑ってんの? って指摘されることあるし。
「すいません、いつもの病気です」
って、苦笑いして答えると、後ろからルーク兄様が、
「ソフィー、今、病気って言葉が聞こえたけど、どこか具合が悪いのか?」
と、めちゃ心配そうなお顔をされる兄様、申し訳ない、弁解しておこう。
「兄様、病気は病気でも、いつもの”妄想癖”です」
と言うと、兄様は安心されつつも、
「でも、もし体調が悪くなったら言うんだよ。私が肩を貸してあげるからね」
と笑顔で仰った。
うう、その笑顔、マジで涙出ます。
すると今度はルシフェルが、
「妄想癖? それは命に係わる重傷だな、早く医者にかかったほうがいいな」
と、冗談めかして言うので、私はもちろん、その売り言葉には、買いで応じた。
「私が病気なら、ルシフェルは瀕死の重体ですね。一緒にお医者にかかりましょうね」
「え、俺、瀕死なの?……マジ歩けねーわ、ホント死ぬ、ソフィー、担いで」
と言って、後ろから覆いかぶさってきた!
ルシフェル、ちょっと、ちょっと待って!?
でもルシフェルはちょっと加減してくれているので、そんなにめちゃ重いというわけではない。恐らくすぐさま誰かが自分を剥がしにかかると、予測しているのだろう。
で、でも、後ろから覆いかぶされるのは、バックハグみたいで恥ずかしいな。そう言えば行きがけにも、バックハグされながら口を押えられたっけ?
私は色んなことを思い出して、めちゃ顔赤くなってしまう。
とりあえず、「ルシフェル、やめて下さい!」って言いながら、腕を軽く叩くと、ルーク兄様とクラウス先生がすかさずルシフェルを剥がしにかかり、色々注意された。
「油断も隙もないな。ルシフェルは、冗談を言わないと死んでしまうのか?」
……ルーク兄様、ちょっと面白いです。ルシフェルは確かに、冗談言わないと死んでしまうかも知れないです。
「ルシフェル様、ソフィー様はお疲れなのです。お遊びはご遠慮下さい。それにしてもルシフェル様は、まだまだお元気なご様子。王立学院に戻りましたら、私が剣の稽古をつけても構わないのですよ?」
その言葉にルシフェルは、突然シャキーンとしだし、
「もう、冗談は言いません! すいませんでした!」
と声高らかに宣言した。
私は楽しくてめちゃ笑った。そしてクラウス先生、ルーク兄様、ルシフェルも。とっても楽しそうに。
私は、皆んなの笑顔が大好きだ。
だからこれからも、皆んなの役に立ちたいって、心からそう思った。




