七大悪魔アスモダイ
私にとっては、本当に絶望的な思念だった。
だって、生まれは決められない。生まれた時点で人生が決められ、多くの人間から「こいつは被害に遭わせてもいい人間」というレッテルを、生まれた時点で貼られる、それは本当に、酷すぎる。
救いようのない話に、私には思えた。
でも、今までの酷すぎる思念から、思ったことを正直に言うと、『教育が悪い』から、そういう被害に遭っても致し方ないと考える人間こそ、よほど受けた教育が悪かったのだと私は思ってしまう。
もちろん、被害を受けないように事前対策を練るとか、ある程度必要とは思うけれど、でもそれを突き詰めていけば、イスラム教の女性のように、ベールで顔を隠し、露出は目だけってなるけど、『教育が悪い』という人たちは、女性がそれをしないから、バカだと罵るんだろうか?
もっと言うと、それをすれば本当に、性被害がなくなるんだろうか?
そう言えば、以前テレビで芸人さんが『正直欲情する奴は、ちびまる子ちゃん見ても欲情する』とか何とか言ってたっけ。
そんな訳の分からない様々なニーズに対応しなければ、女性がバカだということになるんだろうか?
『ごめんで済めば、警察いらない』って言葉を聞いたことがあるけど、『教育が悪い』で済めば、警察もいらないし、法律も、裁判所もいらない。だって、『教育が悪い』から、被害に遭っても、我慢して、泣き寝入りしないといけないんだよね? だったら、警察も法律も、何にもいらないよね?
でも私は、被害に遭った人たちは、警察や法律で守られて欲しいと切に願ってしまう。それは、軽視されがちの性被害の女性も一緒だ。
私も前世で痴漢に遭ったことがあるけど、学校の制服着てたし、露出の激しい服を着ていたわけじゃない。また、もしファッションで露出が激しい服、例えばアドリアーナ先生みたいな服を仮に着てたとしても、それで被害に遭っていい理由には、ならないと思う。
なんか、『教育が悪い』とかどうのとか言う人、言ってること、上っ面だけで、とにかく何としても女性に非があるように持って行って、自分の欲を満たさずにはいられない、自分の性欲のためならば、騙しやすそうな底辺でバカな女を、適当に騙しても致し方ない、ひとりの人間として扱う必要ないっていう思いが透けて見える。っていうか、そう思念の男性の心の声、私の耳にたくさん入ってきた。これも、根強い男尊女卑思想だろうか? 正直、『教育が悪い』のは、いったいどっちなんだっていう話だ。
ひょっとすると”教育”ではなく、根強い”文化”なのかも知れないけど。
世の中には男性同士、友達付き合いめちゃ上手で物腰柔らかな男性もいるんだけど、なんであの人たちも女性相手となると、突然蔑視し始めるのかな?
男友達にはひとりの人間として仲良くなれるんだから、女性に対してもそうすればいいのに。
女性だって、性処理玩具扱いではなく、ひとりの人間として、見られたい。私だってそうだ。ひとりの人間として扱われたいと、切に願ってしまう。
だから私は、その女性が嫌がっているのなら、止めて欲しいと心から思っている。
もっと言うと、性被害だけじゃなくて、虐待でも、虐めでも、何でも、誰でも、人が嫌がっているのなら、止めて欲しいと心から願っている。
でも、私が生きていた前世では、それは全て、叶えられない現実だった。
……もうこんな世界、ホントやだ……。
私は今、必死に魔力奉納しているけれど、私の闇の感情が、否応なしに膨れ上がってきて、同時に闇の魔力も溢れ、魔力の器も限界、魔力の器、広げないと、なんとか広げないと、でも、もう……。
そのとき、誰かの声が、脳裏に響いた。
その声は、ジミマイの声でも、イラエ山のときにいた悪魔の声でもない。少し女性に近い声とも思った。
「私は七大悪魔、アスモダイだ」
……やっぱり、この神体山を乗っ取っていたのは、色欲の七大悪魔、アスモダイだったのか。でも、姿かたちは一切見えない。私の脳に、直接語りかけてくる。
アスモダイは言う。
「七大悪魔はサタン様の意思を強く受け継ぐ者。サタン様は、人を罪へと誘惑する御方。そして彼の御方は、食欲、肉欲、名声欲などあらゆる欲を使い、人々を誘惑する魔王……」
アニメのイメージが強いせいか、悪魔と言えば派手に攻撃を仕掛けてくる先入観がある。そして、実際一枚岩の向こう側では、今も派手な戦いが繰り広げられている。でも、七大悪魔はそういう攻撃手段は、ここでは取って来ないらしい。
何か、理由があるのだろうか? 私を殺すのではなく、誘惑し堕落させ、貪汚落ちさせた方がいい理由が。
アスモダイは言う。
「一番怖いのは悪魔ではない、悪魔にそそのかされ、誘惑された人間たちだ。お前が今、一瞬のうちに多くの悲惨極まりない思念を見ただろう。このように、人間の男たちは欲にまみれてどうしようもない。自分の欲をかなえるためなら、女性は被害に遭ってもいいと思っている。こんな欲にまみれた人間は、生きている価値がない。まさに、悪魔に魂を食べられるべき存在である。必要ない。悪魔の食糧としてしか存在価値はない。お前も早く、それに気づけ。この世界に早く絶望し、貪汚に落ちろ。そして、悪魔に呑まれろ。そうすれば悩むことなく楽になれる……」
この悪魔はホント酷い。私が今めちゃヤバいの知ってて、っていうか、だからこそ、こんな酷いことを、さらに畳みかけてくるんだ。人々の恐ろしさを、時には悪魔よりもひどい人間の恐ろしさを私に見せつけてくるんだ。さすが、七大悪魔と言ったところだろうか。
確か本体は、聖剣か聖具、もしくは養父様が持つ家宝『ミサデルミネ』でしか倒せないんだよね。そもそも、前世の人たちの思念、どうやってこっちの世界に持って来んだよって感じ。まあ、私がこの異世界に転生してきた時点で何でもありなんだろうか?
でも、色んな世界軸、パラレルワールドが引き起こす磁場の乱れみたいなのが、この世界では私の魔力量とかに、さらに影響を及ぼしているかも知れないとは思った。
でも私今、ちょっとずつ、物事冷静に考えられるようになってきている……大天使ウリエルが、ヤバい私を助けてくれているのだろうか。ウリエルは、問題解決を司り、かつ聡明とか哲学とかの象徴でもあるってクラウス先生から習った。
ウリエル、助けて……私を、助けて……。
そして私は、ずっと変わらず俯きながら、必死に魔力奉納をしつつ、一所懸命魔力の器を伸ばし始めた。
……できてる……ちゃんと器、広げられてる……。
でも、私は少しほっとしたのも束の間、アスモダイが私の状況を見てヤバいと思ったのか、さらなる思念を私に叩きつけてきた。
相変わらず酷い思念ばかりだ。でも、男が女を襲ってるのばかりで、そう言えば、女が男を襲うとか、性被害逆バージョンの思念はないな。女性のほうが基本非力だからそもそもないのだろうか。でも、前世では”痴女”みたいな話もテレビのバラエティで聞いたことがある。『痴女に間違えられたことがある』とか何とか。でも、実際のところ、私の周りで痴女の話は聞いたことない。痴漢に関しては実際あったし、ご近所の回覧板や掲示板で女学生を付け回す怪しい男に注意的なお知らせは時々来たけど、痴女が現れたから注意っていうお知らせは、今まで見たことない。実際ホントにいるのかな? もちろん、絶対にいないとは言わない。日本のAVシェア率、世界の六割なんだから、どこかにはいるんだろう、多分。まあ、それなのにその思念がないということは、それは私が女だから、そんなの見せたところで意味ないんってことで、端折られてるんだろうか? 分かんないけど。
そんな中で、今度は極めてバカバカしい思念が脳に入り込んで来た。
乱交パーティのニュースを見て、「人の趣味はそれぞれ、何が悪いのか」と思っている男、でもその後、女性側の参加者がサクラで売春婦だった、とのニュースを読み「女も男のような性欲を持っているはずなのに!」と何故か憤慨している。
なんかもう色々、憤りを感じる。
女が男の理想通りでないからと言って、憤慨するのは止めて欲しい。女にも性欲強いのはいるけれど、絶対数として男より圧倒的に数が少ないという現実を受け止めたくない男、現実逃避男が結構いるみたいだ。あくまでこの思念によるとだけど。
まあきっと、日本にはAVが多すぎて、それを見過ぎる弊害だなと思う。
さっきも思ったように、痴漢は身近だけど、痴女は周りにはいない。それが現実だし、真実だ。
まあ、この乱交パーティに参加した男性客が、素人だと思ったのに、プロだった、詐欺だ! とかで激怒してるんなら、全然話は分かるけれど。相手が売春婦と最初に知ってたなら、そもそも参加しない、それなら最初からそういうところに行きますからって思う男性、いると思うし。
でもこの思念は、別に自分が参加者でもないのに、ニュース見て激怒してるだけだから、意味不明よね。本人的には、やっぱり性欲強い女性もいるんだって喜びたかったのかも知れないけれど、それが叶えられなかったからって、ショックを受けるっていう発想がもう、正直わけわからないな。
それにしても何だろう、私が女だからだと思うけど、男が悪いっていう思念ばっかりだな。
正直、私は痴漢にも遭ったことがあるし、父親酒乱で暴力夫だったんで、前世では男性に対してろくなイメージないけれど、正直女だって、酷いもんだ。
私は虐めに遭ったことがあるけれど、私を虐めていたのは女だし、何より私を虐待し、私を殴り殺した母親は、女だ。
なんかアスモダイは、男性ひどい、女性可愛そう視点で、そんな最低な男性に虐げられなければいけない女性=私を絶望させ、貪汚落ちを狙っているみたいだけど、私の中ではなんか違う。私は女のひどい部分も生まれながらにたくさん見てきたので、ただそれだけの理由で女を味方しようという気にはさらさらなれないし、ぶっちゃけ男も女も最低と思っていて、だから何なんだっていう感じだ。
つまりそれは、人間が最低ということ? そう言えばアスモダイも、『こんな欲にまみれた人間は、生きている価値がない』と言っていた。
じゃあ、人間が滅亡すればいいのかというと、そういう気持ちになれないのも不思議だ。
ていうか、私はあまりにも虐待が日常だったので、それが当たり前すぎると、自殺しようとか、人類滅亡すればいいとか、そういう考えには至らないようになってしまうのだ。
前世で私は、夜が来て、寝るときが一番恐怖だった。明日が来てしまえばまた朝から地獄の始まり。ただ夜布団をかぶるとき、明日が来るのを怯え、目を閉じられなかった。睡魔に耐えつつギリギリまで起きてようと頑張った。でも毎日のことなので、知らない間に寝てしまい、翌朝押し入れを開けて、光が窓から差し込んでいるのを見ると、ただ、絶望した。
ひたすら、それだけの毎日だった。
私は時々ニュースで、子供が親の虐待を受けて死亡したというニュースを見たことあるけれど、子供が虐待を苦にして自殺したというニュースは、見たことがない。
それが当たり前の日常過ぎて、生まれながらにして未来に希望を持つとか、そんなこと有り得なさ過ぎて、考えも及ばなくて、自殺だとか、自分もろとも人類滅亡とか、そういった思考回路にならないのだと思う。
正直、こんなこと言ってしまっていいのか分からないけれど、自殺とか、人類滅亡とか考える人って、一度でも人生の中で良い経験をしたことがあって、その経験と今の自分の落差が激しすぎるから、そういう思考回路になるのかなって思っている。まあ、これはあくまで私の勝手な推測だ。私は、前世の人生で一度も良い経験をしたことがなかったので、想像の域を出ない。なので間違ってるかも知れないけど、私は自分の人生を生きて来た中から、考えを導き出すと、そんなことを考えてしまう。
一度でも良い思いをしたことがあるのなら、私にしてみれば、その人たちのこと、本当に羨ましいなって思ってしまうんだけど、それは、間違った考え方なのかな……。
ここに、一度も良い経験を味わったことのない人間が、あなた達のことをとても羨ましく思っているよ、下には下がいるんだよって、教えてあげたくなってしまうな。
だからと言って、もちろん今の不満を我慢しろって言ってるんじゃない。だって、私は母親から殴り殺されたけど、例えば世界には飢饉で死ぬ子供がいて、そっちのほうがもっと可哀そうだから我慢しろとか言われたら、腹立つもんね。
まあとにかく、アスモダイがいくら『この世界に早く絶望し、貪汚に落ちろ』とか言ったって、正直ピンと来ない。
それに、大天使ウリエルが言っていた。『神は……まだこの世に期待している』とも。そして、”まだ”のところに含みを持たせている感じがあって、正直そこは気になってる。
私は、神が期待する世界はどんなものなのか、少しは興味があるかもしれない。
そして何より今、私はとても幸せだと思う。
一緒に過ごしていて楽しいと思える人達がいる。これは、今までの人生ではなかったことだ。これを今手放したいとは、私はとても思えなかった。
だから、私は生きていきたい。この世界で。だって、本当にステキな人たちに、出会えたから。
だから私は絶対に……貪汚落ちなんてしない!!




